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レジェンド  作者: 神無月 紅
砂漠の街
1123/3865

1123話

 オウギュストが襲撃される少し前のこと、ダリドラは店の中で部下からの報告を聞いていた。


「なるほど。ティラの木の方は問題ない、と。それは間違いないのですね?」


 尋ねられたのは、白衣を身に纏った男。

 ……もっとも随分と洗濯をしていないらしく、薄汚れて白衣と呼ぶのは難しいようになっていたが。


「はい。そちらの方は問題ありませんよ。ただ……」

「ただ?」

「いえ、研究資金の方がちょっと……出来ればもう少し増やして欲しいんですよ」

「またですか? 一ヶ月程前にも同じようなことを聞いて資金を支払った記憶があるのですがね」


 ダリドラの神経質そうな顔が不快そうに歪む。

 ゴーシュで大きな影響力を持っているエレーマ商会であっても、結局は小国のソルレイン国の……更には首都でもなんでもない街でのことだ。

 当然自由になる金額は無尽蔵という訳ではない。……それでも腕利きの冒険者を近隣諸国から集めるだけの財力はあるのだが。

 だがそんなダリドラの様子を全く気にした様子もなく、白衣の男は言葉を続ける。


「ええ。今のままでも殆ど問題はないと思います。ですが、殆どというのは完全という訳ではありません。このままでは、もしかしたら……本当にもしかしたらですが、ティラの木が人に対しても敵対行動を取る可能性は否定出来ません」

「今までティラの木が人に害を及ぼしたという話は聞いたことがないのですがね」


 溜息と共に吐き出されたダリドラの言葉だったが、白衣の男はとんでもないと首を横に振る。


「ダリドラ様が言う通り、今まで襲われたということはないかもしれません。ですが、それはあくまでも今までですし、ティラの木は今まで人間とは殆ど関わることなく暮らしてきました」

「……つまり、今まで被害がなかったのは人とティラの木の関わりが薄かったからであって、私が進めているように壁の周囲にティラの木を植えるような真似をした場合、被害が出るかもしれないと? この話をクトガ、君が持ってきた時にはそのような話を聞かなかったのですけどね」

「可能性です。あくまでも可能性ですよ。ですが不安の種は潰しておいた方がいいでしょう?」


 クトガと呼ばれた男の言葉に、ダリドラは小さく息を吐き、考える。

 既に九分九厘ティラの木が安全だというのは報告を受けているのだ。そこで更に追加の資金を出してまでティラの木の安全性を確認する必要はあるのか、と。


(だが……リューブランド様に確実に安心して貰えるには確実性を求められる。そう考えれば仕方のないことではあるのですが)


 それでもダリドラが渋るのは、大成した商人としての勘によるものだった。

 自分が出している金は、クトガによってティラの木の研究費として使われている。

 それは帳簿の類を見れば分かるし、実際に成果も出しているのだから確実だった。

 しかし……それでも、商人としての勘はこのままクトガを信用してもいいのかと思ってしまう。


(いえ、ここまでことが進んでいるのです。ここで躊躇っても意味がありません。である以上……)


 自分の中で考えを纏めると、やがてダリドラは口を開く。


「分かりました、追加の資金を認めましょう。その前に一度研究所の中を見させて貰いますが、それは構いませんか?」

「ええ、勿論。私の可愛いティラの木達を、思う存分見せて差し上げますよ。では、行きましょう。すぐに行きましょう!」


 もし資金を横領したり、研究とは別のことに使っている場合、研究所に行くと言われて素直に頷くか。

 普通であればすぐに断るだろう。

 である以上、もしかしたら資金は正常に使われているのかもしれない。

 そんな風に思いながらも、ダリドラは座っていた椅子から立ち上がる。


「では、行きましょう。幸い今日は特に急ぎの用事は入っていませんし」


 呟き、ダリドラはクトガと共に部屋を出る。

 クトガに任せてある研究所はゴーシュの中でも端の方にあり、それだけに歩いて移動するには距離があった。

 また、ダリドラもエレーマ商会の会頭だけあっていつまでも暇な訳でもない。

 少しでも移動時間を短くする為、いつものように腕利きの冒険者と共に馬車へと乗ろうとしたのだが……


「待って下さい、ダリドラ様!」


 護衛の一人が、そう叫びながら長剣を手に馬車へと向かおうとしたダリドラの前へと進み出る。

 一瞬遅れ、他の護衛達もダリドラを囲むような陣形を取る。

 その陣形の中心、ダリドラの隣にはクトガの姿もあるのだが、そのクトガは何が起こっているのか分からず慌てて周囲を見回す。


「ダリドラ様? 一体何が……」


 自分の横にいるダリドラへ尋ねるクトガだったが、それに戻ってきたのはダリドラの厳しく引き締まった表情。

 普段は神経質なダリドラだったが、今のダリドラからはゴーシュに強い影響力を持つエレーマ商会の会頭としての色が強い。


「来たぞ!」


 最初にダリドラに忠告した男が叫ぶと同時に、三人の男達が姿を現す。


「何者だ!」


 護衛の一人がそう叫ぶが、すぐにその問い掛けが無意味だったことを知る。

 何故なら、姿を現した三人は口から泡を吐き、目は狂気に染まっていたのだから。


『あああああああああああああああああああああ!』


 三人が叫び、手にした短剣を構えて真っ直ぐ護衛達へと向かう。

 いや、三人が向かったのは護衛ではなく、その中心にいるダリドラなのは間違いない。

 もしかしたら護衛達の中に狙われている者がいる可能性もあったが、それでもここにいる中で誰が狙われているのかと言われれば、ダリドラが一番可能性が高いだろう。


「防げ! 敵は三人、全員が素人同然だ!」


 最初に三人の姿に気が付いた護衛の男が叫ぶ。

 他の護衛達も、その腕を買われてダリドラに雇われているのだ。

 自分達に向かって襲い掛かってくる三人の男が決して手練れではないというのはすぐに分かった。


「はっ、こいつら一体何をとち狂ってこんな真似をしてるんだろうな」

「知るか。それより油断するなよ。こんな場所で死んだりしたら洒落にならないからな」

「そうね。けど、この程度の敵にどうにかされる訳もないで……しょ!」

 

 その言葉と共に、護衛の一人が素早く弓を引き絞り、矢を射る。

 真っ直ぐに飛んだ矢は、寸分違わず襲ってくる三人の先頭にいた男の胴体へと突き刺さるが……


「ちょっと、どうなってるのよこれ!」


 悲鳴を上げたのは、矢が刺さった男ではなく矢を射った女の方だった。

 それも当然だろう。先頭の男は矢が突き刺さっているにも関わらず、全く痛みも何も気にした様子がないまま自分達へと向かって走ってくるのだから。

 普通であれば、矢が手足や……ましてや胴体に突き刺さるようなことがあれば、動きは鈍る。

 痛みそのものは戦闘の興奮で何とか出来るが、矢そのものが邪魔になる為だ。

 身体を動かす時に身体に突き刺さっている矢がその動きを阻害する。

 だが……今ダリドラへと襲い掛かって来た三人は全くそんな気配を見せない。

 身体を動かすのに邪魔な筈が、それを全く気にせず間合いを詰めているのだ。

 弓を手にした女が驚愕の声を上げるのも当然だろう。


「落ち着け! あの様子を見れば、奴等が痛みに鈍感であっても驚くべきことではない! 痛みで動きが鈍らないのであれば、直接動けなくすればいい!」


 護衛のリーダー格の男が、自分達の中心にいるダリドラへと向かって叫ぶ。


「ダリドラ様、奴等を捕らえるのは難しいので排除したいのですが、構いませんね?」


 構いませんね? と尋ねてはいるが、男はダリドラに許可をもとめているのではない。

 それが分かっているだけに、ダリドラもまた即座に頷きを返す。


「分かりました。ナルサスがそう言うのであれば、捕らえるのは無理なのでしょう。好きにして下さい」


 普段は神経質そうな様子を隠しもしないダリドラだったが、さすがにエレーマ商会の会頭と言うべきか。

 自分の命が狙われているというのに、全く恐れた様子はない。

 いや、ダリドラは商人であって冒険者のように身体を鍛えている訳ではない。

 恐怖を感じていないということはないのだ。

 ただ、それを表に出していないだけで。

 この辺、エレーマ商会というゴーシュでも最大規模の商会を率いている人物だけのことはあるのだろう。


「ダリドラ様から許可は貰った! 行くぞ、奴等を殲滅する!」


 ナルサスと呼ばれた護衛を纏めている男の声に従い、周囲にいた冒険者の中から三人が迫ってくる男達へと向かっていく。


(痛みを感じた様子はないようだが、身体の動きを見る限りでは実力そのものは低い。なら、こっちの戦力で十分どうにか出来る筈だ)


 周辺諸国から腕利きとして自分達が集められたという自負から、ナルサスはそう判断する。

 その判断が決して間違っていなかったというのは、襲撃者を迎え撃った三人があっさりと証明する。

 護衛の三人が放つ攻撃は、襲撃して来た者達に何をさせるでもなく、あっさりと命を絶っていったのだ。

 痛みを感じていない様子の三人ではあったが、それだけで手練れの冒険者に対処出来る筈がない。

 首を切断され、胴体を切断され、手足を切断され……といった具合に一分と掛からず三人の襲撃者は死への旅路へと向かうことになる。

 三人が死んでも、ナルサスは警戒を緩めず周囲を見回す。

 自分達を相手に襲撃を仕掛けてきたのだから、この程度で終わるとは思えなかったのだ。

 第二、第三の襲撃がある。そう思って周囲を警戒していたのだが……特に新たな襲撃者の姿はない。

 代わりに、今のやり取りを見ていた通行人が悲鳴を上げ、その悲鳴を聞いた他の者達が集まってくる。


「ダリドラ様、ここは危険です。一旦建物の方に戻った方が……」

「そう、ですね」


 ダリドラは少し考え、やがて頷く。


「クトガ、残念ですがティラの木に関する視察はまた今度とさせて貰います。今回の襲撃者は私を狙ったものだと思われますが、クトガが狙われた可能性も否定出来ません。貴方も暫くうちの店に避難した方がいいでしょう」

「あー……はい、そうですね。……出来れば早いところ研究室に戻りたかったんですけど」


 溜息を吐きながら告げるクトガだったが、それでもダリドラの言葉に逆らうような真似はしない。……いや、出来ない。

 クトガが、自分があくまでも研究者だというのを理解している為だ。

 もし何かに襲われても、今目の前で行われた戦いのように自分がどうにか出来るとは思わない。

 間違いなく手も足も出ないで殺されるだろうことが分かりきっていた。

 である以上、一旦安全な場所に避難するというダリドラの言葉に大人しく従い、店の中へ戻ろうとした瞬間……


「危ないっ!」


 そんな声が周囲に響き、突然ダリドラとクトガの二人が背後から強引に押される。


「がっ!」


 そして上がる悲鳴。

 いや、悲鳴はそれ一つだけではない。


「ぎゃあっ!」

「ぐがっ!」

「があぁっ!」


 次々に上がる苦痛の悲鳴。

 クトガが咄嗟に振り向くと、そこでは何人もの人間が身体を押さえて悲鳴を上げていた。

 悲鳴を上げている中には、ダリドラの姿もある。

 その様子を見て驚いたクトガだったが、慌てて自分の身体を確かめた。

 もしかしたら自分にも他の者達が悲鳴を上げている理由が……矢が身体に突き刺さっているのではないかと思ったからだ。

 興奮している今の状況では、もし矢が刺さっていても気が付けないのではないか。

 そんな思いから慌てて身体中を確認したのだが、幸い自分にはどこにも怪我はなかった。

 ……もっとも、これは純粋にクトガの運が良かったからに他ならない。

 事実、先程ナルサスに押されなければ矢はクトガの頭部に突き刺さっていたのだから。


「キャーッ!」

「おいっ、何だ? 何があった!」

「ダリドラさんが襲われたってよ!」

「誰がそんな真似をしたんだ!?」

「知るか!」


 再び周囲から上がる悲鳴をそのままに、ダリドラやクトガは店の中へと戻っていく。

 それを見届けたナルサスは、ダリドラを庇って受けた傷を押さえながら素早く周囲を見回す。

 飛んできた矢の数は十本を超えていた。

 それがほぼ同時だったのを考えれば、一人や二人といった人数で出来ることではない。

 そうである以上、一人や二人は確実に捕らえてみせる。

 そんな思いで周囲を見回すのだが……視線の先にいるのはゴーシュの住人ばかりで、弓を持っているような者は一人もいない。


「……どうなっている?」


 あれだけの攻撃を仕掛けてきたのだから、必ずどこかに誰かがいる筈だという思いはある。

 だが、そんな思いとは裏腹に襲撃者の姿はどこにもない。


「くそっ、逃がしたか」


 ナルサスに出来るのは、そう吐き捨ててから雇い主の安全を確認すべく店へと戻ることだけだった。

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