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レジェンド  作者: 神無月 紅
砂漠の街
1119/3865

1119話

「サンドリザードマンの解体する人員を募集したい」


 領主の館でリューブランドとの早めの昼食を終えたレイは、当初の目的通りギルドでサンドリザードマンの解体の人員を募集する依頼を出していた。

 そんなレイに対応するのは、一人の受付嬢。

 ……レイが最初にギルドにやってきた時に世話になった受付嬢であり、成り行きでレイの担当のようになってしまっていた。

 周囲から半ば押しつけられるようにしてなった担当ではあったが、レイが噂されている程に凶悪な人物ではないというのを知り、今では若干……本当に若干ではあるが、レイと気軽にやり取りが出来るようになっている。

 レイが最初にギルドに来た時に軽く暴れた件は、取りあえず置いておくことにしたらしい。

 また、レイの担当ということになり特別手当てがつくようになったというのも大きく、何より受付嬢を喜ばせたのはレイを恐れて口説かれる回数が減ったということか。

 ギルドの受付嬢というのは、基本的に外見が整っている者が選ばれる。

 そうなれば当然冒険者に口説かれることが多くなるのだが、レイの担当になった受付嬢は男のあしらい方がとてもではないが上手いとは言えない人物だった。

 そのおかげでこれまで何度かトラブルが起きており、そういう意味で他の冒険者が自分に言い寄らなくなったという意味ではレイに感謝すらしている。


「はい、何匹分ですか?」

「十匹以上だな」

「……ああ、そう言えば砂塵の爪の皆さんを助けた時にそれくらいのサンドリザードマンを倒したとか。ギルドとしても期待の新人を助けて貰って感謝しています」


 十匹以上のサンドリザードマンと聞き、ハウル率いる砂塵の爪の話を思い出したのだろう。受付嬢は深々と頭を下げる。


「いや、俺も未知のモンスターを倒すことが出来たのは嬉しかったし、そこまで気にされることじゃないんだけど」

「そんなことないですよ! 今も言いましたが、砂塵の爪はゴーシュでは期待の新人なんです」


 そうなのか? とレイは首を傾げる。

 さっきもそう言っていたが、期待の新人はザルーストがオウギュストの護衛に連れて行ったのではなかったのか、と。

 そう考えて、すぐに首を横に振る。


(別に期待の新人があいつらだけってことはないか。それに護衛に来たいって言った奴を連れていったんだから、オウギュストに雇われてダリドラやエレーマ商会に目を付けられるのを嫌った奴もいただろうし)


 寧ろ、そういう意味ではよくあれだけザルーストと一緒に護衛をしたいと思った者がいたくらいだ……と考えつつ、レイは受付嬢が渡してきた依頼書へと必要事項を書き込んでいく。

 仕事内容と報酬、それと……と思ったところで、レイは改めて受付嬢へと尋ねる。


「ゴーシュだと解体する時にどこか専用の倉庫を借りるって聞いたけど、それはどうなる?」

「そうですね。レイさんが自分で用意してもいいですし、追加料金を支払って貰えればギルドの倉庫もお貸し出来ます。ただ……」


 そこで言葉を濁す受付嬢。

 レイがオウギュストと仲がいいというのは、既にそれなりに知れ渡っている事実だ。

 そうなると、ダリドラやエレーマ商会に睨まれたくない者は色々と理由を付けて倉庫を貸さないという手段に出る可能性が高い。

 勿論中にはオウギュスト派の者もいるので、確実に借りることが出来ない……という訳ではなかった。


「その、こう言ってはなんですが、オウギュストさんと仲のいいレイさんに貸してくれる人がいるかどうか……出来れば多少割高ですが、ギルドから借りた方がいいかと」


 ギルドの倉庫はレイも以前サンドサーペントの解体をする時に使っているので知っている。

 その施設を借りてくれたザルーストに言わせると、必要な機能の充実という意味では一番と自慢していた。


(まぁ、ギルドとしての面目とかもあるんだろうけど)


 モンスターの解体をするのは冒険者であり、そこで剥ぎ取られた素材や魔石を買い取るのはギルドだ。

 そうである以上、ギルドとしては立場から考えても充実した設備を持っていないと体面が悪いのだというのはレイにも理解出来た。


「そうだな、じゃあそうさせてくれ」


 実際に以前使った時の倉庫は問題なく使えたこともあり、また多少費用が高くなっても金に困っている訳でもないレイにとっては問題がなかった。

 特に今回依頼したサンドリザードマンの解体で入手した素材を売れば、すぐに元は取れるのだから。


「はい、分かりました。えっと……大体これで大丈夫ですね。他に何かありますか?」


 受付嬢の言葉に、ザルーストの顔がレイの脳裏に浮かぶ。

 サンドサーペントの解体では、ザルーストが見張っていてくれたから素材をちょろまかすような者はいなかったが、今回は見ず知らずの冒険者を雇うことになる。

 素材を勝手に持って行かれたくないのであればレイが見張っていればいいだけなのかもしれないが、その時間を有効に使いたいという思いもあった。

 いや、そもそもその為に依頼として出すのだから、そこにレイがいる意味というのはないだろう。


「出来れば誰かギルドが信用出来る冒険者を監督役として雇って欲しい。もしくは、ギルド職員でもいいけど」

「分かりました。普段ならここまでしないんですけど、サンドリザードマンが十匹以上となるとレイさんが心配になるのも仕方ありませんね」

「え?」


 受付嬢の言葉に、レイは意外そうな声を上げる。

 サンドリザードマンというのは、実際に戦ってみたレイの経験から考えればそれ程強い相手ではない。

 それこそある程度の強さがあれば何とか出来る程度の敵に思えた。


(まぁ、リザードマンは連携するから、そっちのことを言ってる……いや、違うな。そう言えばゴーシュの冒険者は基本的にそんなに強い奴はいないんだったか。……なるほど、それでか)


 ミレアーナ王国の従属国であり、更には従属国の中でも国土の多くが砂漠であるということもあって、周辺諸国に比べると国力が非常に低い。

 人口も当然少なく、力のある冒険者の数が少なくなるのも当然だろう。


「レイさん?」


 突然妙な声を上げたレイに、受付嬢が不思議そうな視線を向ける。

 だが、レイはそれに何でもないと首を振ってから口を開く。


「効果があるかどうかは分からないけど、素材を着服するような奴がいたら俺は断固とした態度を取るというのは明記しておいてほしい」

「だ、断固とした態度……ですか」


 レイの実力を知っているからこそ、受付嬢の表情は引き攣る。

 それでもここでその要望を蹴るということは、後日素材を着服した冒険者が使い物にならなくなる恐れもあるので、しっかりと依頼書へと文章を追加する。

 深紅の異名を持つ冒険者がこの解体依頼の依頼主で、素材を着服した場合には相応の態度を取ると。

 ……レイと受付嬢の話を聞いていた何人かの冒険者は、それが意味するところに頬を引き攣らせる。

 レイがゴーシュにやってきてから数日。そのたった数日でレイがどれだけの力を持っているのかというのは、色々なところから情報が入っていた。

 ザルーストと共にオウギュストの護衛をしていた冒険者達、ギルドでレイに絡んできた冒険者があっさりと叩きのめされたのを見た冒険者達、ハウルを始めとした砂塵の爪からのサンドリザードマンの集団を一人で殺しつくしたという報告。

 そのような者達から聞かされた話を考えれば、レイがどれだけの実力を持っているのかというのは明らかなのだから。

 また、ギルドの者達は知らないが、ダリドラの護衛についている腕利きの冒険者達もレイの強さを理解していた。

 それでも中にはまだゴーシュに来てから数日ということもあって、レイのことを詳しく知らない者もいる。

 そんな者達であれば、レイの怒りを買う恐れもあり……受付嬢が心配しているのはそこだった。


(この依頼を受けようという人がいたら、きちんとどんな相手か観察した方がいいわね。こっちで拒否出来るような案件ではないけど、信用出来る人に注意するよう知らせることは出来るし)


 ランクEの冒険者がランクBの依頼を受けるというのであれば、ギルドの権限としてその受注を拒否することは出来る。

 だが、今回の場合はサンドリザードマンの解体というものである以上、依頼を受ける為に必要なランクは決して高い訳ではない。

 これをギルドの権限で却下する為には、余程に問題のある人物……それこそこれまで幾つもの問題を起こしているような人物でなければならないだろう。

 そうではない者の着服を防ぐには、やはり誰か信頼の置ける人物に頼るのが必要だった。


「じゃあ、これで」

「はい。それで、希望者多数の場合はどうしますか?」

「うーん、そうだな。その辺はギルドに任せるよ。妙な奴はそこで弾いてくれればいいし」

「ありがとうございます。では、まず明日にでもギルドに来て下さい。依頼を受ける方がいない場合はまた明後日ということで」

「頼む」


 深々と頭を下げる受付嬢をその場に残し、レイはギルドを去って行く。

 そうしてレイがいなくなった後のギルドでは、冒険者達がレイの依頼に意識を集中させていた。

 何故なら、その報酬が普通の依頼よりも若干割高だった為だ。

 いつ依頼ボードに貼り出されるのかと待っていた冒険者達。

 更に冒険者達にとって運が良かったのは、今が日中だということだろう。

 多くの冒険者は現在仕事の真っ最中であり、今ギルドにいるのは今日は休みにしようと思っていた者や、何らかの理由で朝にギルドへと来られなかった者。

 もしくは酒場で食事をしようとしていた者もいる。

 それだけに、レイの持ってきた依頼の競争率は決して高い訳ではない。

 つまり、楽をして多く金を稼ぐ絶好の機会。

 冒険者達は獲物を狙うかのような鋭い視線で、その時を待つのだった。







 ギルドに残してきた冒険者達へ争いの火種をプレゼントしてきたレイだったが、オウギュストの屋敷に戻ってくると家の前には二つの人影があった。

 片方は門番のギュンターだったが、もう片方はオウギュストの妻のキャシー。

 いつもであれば家の中にいる筈のキャシーが、何故かこうして家の外へと出ていた。

 そして、レイとセトの姿を見つけるや否や、走り出す。


「遅かったじゃない! お昼には帰ってくると思ってたのに、心配させないでよ。……もしかして何かあったの?」


 キャシーは怒鳴りつけてはいるが、それでも自分を心配しているというのはレイにもすぐに分かった。

 だからこそレイは素直に頭を下げる。


「悪い、ちょっと領主の館に招待されてな」

「何ですって……その、大丈夫だった? 何もされてない?」

「ああ、大丈夫。ちょっと昼食を一緒に食べただけだから」

「……昼食を? サルマス伯爵と? ……本当に?」


 信じられないといった様子で呟くキャシー。

 リューブランドが自分の夫のオウギュストと対立しているダリドラと仲がいいというのを知っている為だろう。

 それだけに、食事と称してレイが何かされたのではないかと、そう思ってもおかしくはない。

 だがそんな心配をしてくるキャシーに対し、レイは大丈夫だと頷きを返す。


「ほら、キャシー、お前の心配しすぎだって言っただろ?」

「でも、ギュンター……」


 レイが大丈夫だと告げても、それでもまだ納得出来ないらしく、キャシーはギュンターに反論しようとする。

 そんなキャシーに対し、レイの側で成り行きを見守っていたセトが喉を鳴らす。


「グルゥ?」


 大丈夫だよ、と。そう告げてくるセトの様子に、キャシーは一瞬驚きの表情を浮かべ……その行為で何故そうなったのかは分からなかったが、それでもキャシーを落ち着ける効果はあった。


「ふふっ、そうね。セトちゃんが大丈夫って言っているんだから大丈夫なんでしょうね。……お帰りなさい、レイ、セトちゃん。それで今日は結局ギルドにはいけなかったの?」

「いや、行けたよ。きちんと依頼もしてきた。後は明日の朝にでもギルドに行けば、サンドリザードマンの解体をしてくれる冒険者が待ってると思う」

「なるほど。それは良かったわね。……けど、それだと明日もギルドに行くの?」

「そうなる」

「そう……」


 レイの言葉にキャシーは少しだけ悲しそうな表情を浮かべる。

 レイの世話を焼くのを楽しんでいただけに、明日にはまたギルドに向かうと聞き残念に思ったのだろう。

 そんなキャシーの様子に少し居心地の悪くなったレイは、沈黙を破るかのように口を開く。


「昼食がまだ残ってるなら食べたいんだけど」

「……え? サルマス伯爵と食事をしてきたんじゃないの?」

「食べてから結構時間が経つし、少し小腹が空いたから」

「……そう。じゃあ、すぐに準備するから家に入ってちょうだい」


 そう告げ、家の中に入るキャシーの後をレイは追う。

 セトもレイが何も言わずとも、真っ直ぐ厩舎へと向かっていく。

 こうして、レイは何とか話を誤魔化すことに成功したのだった。

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