1117話
こちらの手違いで1116話を5日に更新してしまい、1115話を6日に割り込みで更新しました。
申し訳ありません。
リトルテイマーの29話が今夜12時に更新されますので、興味のある方は是非どうぞ。
URLは以下となります。
https://kakuyomu.jp/works/4852201425154961630
屋敷の中に入ったレイは、入り口でセトと別れて客室へと案内された。
入り口で別れたセトは、メバスチャンが屋敷の者にしっかりと餌……ではなく、きちんとした食べ物を与えるように言っていたので、今頃はレイよりも一足早く腹を満たしている筈だ。
この場合、悲惨だったのはセトに食べ物を与えるように言われた者か。
メバスチャン程に肝が太くない男は、セトを……グリフォンを間近で見たことに恐怖しながら、恐る恐るセトへと接していたのだから。
……そしてサルマス伯爵家に仕える料理人に頼み、幾つもの料理を作ってはセトの下へと運ぶことになる。
リューブランドとレイの会食の準備に追われながらセトに食べさせる料理も作らなければならなかった料理人達こそが、現在この屋敷で最も忙しい者達だっただろう。
「へぇ……」
メバスチャンがメイドに言って用意させたお茶を口に運び、レイは少しだけ驚く。
てっきり普通の紅茶だろうと思っていたのが、味わってみると多少の辛味があった為だ。
一瞬毒か何かかと思ったのだが、すぐにそれが何らかの香辛料であると知る。
料理にはそれ程詳しくないレイなので、その香辛料が何という名前の香辛料なのかは分からない。
だが、微かな辛味を与えるそのお茶は、辛味の次には濃厚なミルクの味が口の中へと広がる。
(日本にいた時、チャイとかいうインドのミルクティーをTVで見た時があったけど、似たようなものか? けどこんな砂漠だし、牛乳じゃなくて他の動物の……もしくはモンスターのミルクなんだろうな)
最初の一口は驚いたが、二口、三口と飲んでいると意外にレイの口にも合うのが分かった。
そうしてチャイに似た何かを飲んでいると、やがて客室の扉がノックされる。
「失礼します、レイ殿。食事の準備が出来ました。リューブランド様がお呼びです」
「分かった」
メバスチャンの言葉に頷き、レイは座っていたソファから立ち上がる。
一瞬このままの格好でいいのかとも思ったのだが、そもそもギルムの領主であるダスカーと会うのにもこのままの格好なのだからと思い直す。
……まぁ、ダスカーの場合は本人の型破りとも呼べる性格により、相手がどんな姿をしていようが、余程のことがない限りは全く気にしないのだが。
「じゃあ案内してくれ」
「はい、こちらです」
メバスチャンが一礼すると、レイを伴って客室を出る。
そのまま数分程通路を進み、やがて一つの部屋の前で足を止めた。
客室に比べると大きな扉をしているのは、やはり食事をする部屋ということからか。
客室の扉よりも一回り……もしくは二回り程大きな扉を見ながら、レイは考える。
大勢の客を集めて食事をする時、大きな皿の料理を運び入れる時の為に扉が大きいのだろうと。
そして先程ダスカーを思い出した流れからか、ダスカーの屋敷の執務室の扉を思い出す。
その扉だけで芸術品と呼んでもいいような、豪華な扉。
レイから見ればノックするのも恐ろしくなってしまうような扉だったが、ダスカーに仕えている者は慣れているのだろう。特に躊躇もせず扉へと手を伸ばしていた。
そんな風に考えながら食堂と思われる部屋の中に入ると、その予想は見事に当たっていた。
長方形の大きなテーブルがあり、そのテーブルの端には一人の男が座っている。
中肉中背の四十代程の男。
最初レイは、その男を見てリューブランドであるとは思わなかった。
良くも悪くも、これまでレイが会ってきた貴族というのは色々な意味で個性的な者が多い。
また、そこまで個性的ではなくても多少なりとも印象的な部分があった。
だが……今レイの視線の先にいる人物は、そんな印象的な部分は存在しない。
特徴がないのが特徴とでも表現すればいいのだろう人物。
(本当にこれがリューブランドなのか? 実は影武者だったりしないだろうな?)
そんな風に疑問を抱くレイだったが、ミレアーナ王国のような国ならともかくソルレイン国のような小国で影武者を使うとは思えない。
(だとすれば、こいつは本物か? いや、でも……うーん、この辺どうなってるんだろうな?)
目の前にいる人物が本物かどうか分からずに悩むレイに対し、リューブランドは口を開く。
「お主がレイか。何でも異名持ちの冒険者だとか。お主に会えて嬉しく思うぞ。さ、座るといい。少し早いが昼食にしよう」
リューブランドの視線の先にあるのは、幾つもの料理。
特に目立つのは、オアシスで獲れる魚だろう。
このゴーシュでは非常に貴重な食材なのだが、それでもこうも容易く用意出来るのはゴーシュの領主という立場故か。
(まぁ、オウギュストも魚は用意してたし、庶民には全く手が出せない値段って訳でもないんだろうけど)
魚の蒸し料理を眺めつつ、レイはリューブランドに勧められるままに椅子へと座る。
「お主の情報は幾つもこちらに入っている。何でもサンドサーペントや砂上船を持った砂賊を倒し、サンドリザードマンをも倒したとか。異名持ちだけあって、随分と腕利きのようだな」
目の前の人物にどのような口調で話し掛ければいいのか迷ったレイだったが少し迷った末に、まだ明確には敵対していないということもあって、丁寧な――レイにとってはだが――口調で言葉を返す。
「幸い俺には優秀な相棒がいますので」
「ほう、そうか。やはりグリフォンというのは素晴らしいモンスターのようだな。……どうだ? そのグリフォンはお主の従魔と聞く。それを譲る気はないか?」
自分を誘ったのはそれが理由か? と一瞬思うが、その割りにはリューブランドの目にはどうしてもグリフォンを欲しいという強欲な色が存在しない。
欲しいと言ってるが、心の底から欲しいと言ってる訳ではないように思える。
(何だ? やっぱり今まで見たことがないタイプだな。どうなってるんだ?)
疑問を抱くレイだったが、だからと言ってここでリューブランドの提案に乗る訳にもいかない。
「残念ですが、セトは小さい頃から俺と一緒に育ってきたモンスターです。言わば、俺の友人……いえ、家族と言ってもいい存在。リューブランド様は家族を誰かが欲しいと言えば渡したりしますか?」
「するぞ」
「そうでしょう。つまり、俺も……え?」
さらり、とレイの言葉に入って来たその言葉にレイはリューブランドに視線を向ける。
そんなレイの視線を受け、リューブランドは何に驚いているのかといった風に言葉を続ける。
「いいか、貴族というのは個人よりも家の存在そのものが大事だ。それは私も変わらん。だからこそ、十歳も年上の妻を娶ったのだからな」
「……その割りにはいませんが?」
結婚しているのであれば、この食堂に妻や子供がいてもおかしくないのでは? そう告げるレイに、リューブランドは小さく笑みを浮かべて肩を竦める。
「妻と息子は現在所用でラーナイドに行っている」
「……ラーナイド?」
聞き覚えのない単語だったが、その言葉からどこかの街なのだろうと判断するレイだったが、そんなレイの姿に今度はリューブランドが驚きの表情を浮かべる。
「知らぬのか? このソルレイン国の首都なのだが」
「あー……そう言えば、聞いたことがあるような気がします」
マリーナから聞いたような……と思いながら、照れくささを隠すようにして蒸し魚へとフォークを伸ばす。
口の中で柔らかく解ける淡泊な白身の魚に、香辛料をたっぷりと使ったソース。
十分に美味いと表現出来る料理なのは間違いないのだが……
(キャシーの方が料理の腕は上だな)
オウギュストの家で食べたキャシーの料理の方が味としては間違いなく上だった。
(この場合、領主の館の料理人よりも料理の技術が上のキャシーを褒めるべきか……いや、でもキャシーの場合、褒めても愛の力よ、とか言いそうなんだよな)
何度となく見せつけられた熱々ぶりに、レイは少しだけ苦笑を浮かべる。
すると苦笑を浮かべたレイの様子に何か思ったのか、リューブランドが口を開く。
「どうしたのかね? その蒸し魚料理はこのゴーシュではそれなりに高級品だ。勿論ミレアーナ王国で暮らしていたレイにとってはそこまで特別なものではないのかもしれないが……口に合わなかったかな?」
「いえ、美味しいですよ。オアシスに住む魚というのは、ゴーシュに来て初めて食べることが出来ましたし」
その言葉は決して嘘ではない。
レイがこれまで食べていた魚は、基本的には川の魚。そして港街のエモシオンで購入した海の魚だ。
オアシスで育った魚というのは、オウギュストの家で出された料理で初めて食べたのだから。
(湖とかの魚ってのは食べたことがないけど、こういう形なのか?)
ふとそんな風に思ったレイだったが、それより先に考えを進める前にリューブランドが口を開く。
「そうかそうか。そう言って貰えるとこっちとしても嬉しいよ。本来ならもっと手の込んだ料理を出すところなのだが……今回は急なことだったからな」
「まぁ、それは確かに」
メバスチャンがレイに会いに来て、それでこの領主の屋敷へとやって来たのだ。
そう考えれば、レイが屋敷に来てからの短時間でこれだけの料理を作ったのは見事と言ってもいいだろう。
(だとすれば、キャシーは時間を掛けて料理を作ったんだから、別にキャシーがここの料理人よりも腕が上って訳じゃないのか)
リューブランドの言葉で、レイは自分が思い違いをしていたと知る。
時間を掛ければ誰でもこれより美味い料理を作れるという訳ではないだろうが、それでも一定以上の腕があれば……と。
レイがこの領主の館にやって来て、客室で待たされた時間はそう長いものではない。
その間に蒸し魚からシチュー、炒め物、野菜や果実を使ったサラダといった風に何種類もの料理を作ってみせたのであれば、それは間違いなく一流だろう。
改めて目の前にある料理の数々を味わっていると、それを満足そうに見ていたリューブランドが不意に口を開く。
「さて、レイ。こうしてお主を呼んだのは、異名持ちの冒険者と会ってみたかったというのもあるが、その他にも理由がある」
「……理由、ですか?」
何かの肉を油で煮たようなもの……肉で作ったオイルサーディンとも呼べる料理をパンに挟みながら尋ねるレイに、リューブランドは頷きを返す。
「ああ。お主はこのゴーシュに来てからまだほんの数日だというのに、それなりに有名になっている。それは理解しているな?」
「それは、まぁ……」
グリフォンのセトを従魔とし、このゴーシュで強い影響力を持っているエレーマ商会の会頭であるダリドラと敵対しているオウギュストと親しく、更にはそのダリドラが持っている砂上船を奪いすらした。……名目上は砂賊から奪った形になっているが。
そんな自分がゴーシュで……ソルレイン国の中ではそれなりに大きいとはいっても、ギルム程には大きくない街で話題になるのは当然だった。
レイの実力を見た者そのものはまだ少ないが、オウギュストの護衛をザルーストと共に受けた者達や砂塵の爪の四人といった具合に確実に存在する。
そして何よりレイが話題になっているのは、やはりセトの存在だろう。
グリフォンという存在は、それだけ強烈なインパクトを持っていた。
「単刀直入に聞こう。お主はティラの木をゴーシュの周辺に植えてモンスター対策にするのは反対なのか?」
「は? えっと、何故急にそんな話に?」
勿論レイは現在このゴーシュで壁を補修するのかティラの木を使ってモンスター対策にするのかで意見が二つに割れているのは知っている。
もっとも二つに割れてはいるのだが、ティラの木を使う方にダリドラが賛成している以上、圧倒的にそちらが優勢なのだが。
それでもオウギュストが支持している防壁をそのまま使う方の勢力が無力かと言われれば、決してそんなことはない。
オウギュスト以外にも、多少ではあるがエレーマ商会の力が及ばない独立独歩の存在はいるのだから。
そのような者達と共にオウギュストは頑張ってティラの木を使うことに反対しているのだが、当然のように劣勢ではあった。
だが……そこにレイのような存在が加勢をすればどうなるか。
純粋な戦力というだけではなく、話題性すら持っていってしまうだろう。
それは、ダリドラと手を結んでいるリューブランドにとって、決して許容出来ることではなかった。
じっと自分を見てくるリューブランドに、レイは少し考える。
自分がこのゴーシュの出来事に関与してもいいのか、と。
マリーナからここに来るように勧められた以上、必ず何らかの理由があるとは思っていたのだが、それがこれなのかどうかは分からない。分からないが故に……
「今のところは分かりません」
そう答えるのだった。