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レジェンド  作者: 神無月 紅
砂漠の街
1087/3865

1087話

 空には雲一つ存在せず、これぞ夏といえるようなどこまでも高い真っ青な空。そして太陽から放たれるのは、こちらもまた夏らしい強烈な日射し。

 地上へと降り注ぐ日光はまだ完全に夏に入った訳ではないのに、強烈な暑さで人の体力を奪う。

 街道を歩く者は少し離れた場所の景色が歪む陽炎に思わず眉を顰める。

 旅人や冒険者といった者達は、憎々しげに我が物顔で天に浮かんでいる太陽を睨み付ける者も多い。

 暑さにより体力を奪われるというのは、非常に辛いものがある。

 そんな中……夏の太陽の下でしか咲かない花の採取を依頼された冒険者は、パーティの仲間達同様に苛立ちを込めて空へと視線を向け……そこで奇妙なものを発見する。


(モンスター?)


 呟きつつ、それでも即座に迎撃態勢に入らなかったのは、そのモンスターが自分達の方には全く意識を向けた様子もなく翼を羽ばたかせていたからだ。

 空を飛ぶモンスターはそれ程多くはないが、かといって皆無という訳でもない。

 自分達の方へと向かってくるのであれば、逃げるなり迎撃するなりといった対応をしなければならないが、今男の視線の先を飛んでいるモンスターは全く自分達に興味を持っておらず、ただ優雅に空を飛んでいた。

 この強烈な日射しの中で空を飛ぶというのがどんな経験なのかは分からないが、それでも太陽光に熱せられている地上に比べると涼しいのだろうと思うと、自分も空を飛びたい……と思ってしまう。

 目を奪われるように空を見上げていた男を、他の仲間が呼び……その声で我に返った男は慌てて仲間の後を追うのだった。






「もう少し雲とかが多ければ、この光景に飽きは来ないんだけどな」

「グルゥ」


 地上で行われているやり取りに全く気が付いた様子のないレイは、セトと共に夏の空を飛んでいた。

 夏の太陽から降り注ぐ日光は地上と比べても強烈と言ってもいいようなものだったが、幸いレイには簡易エアコンとも呼ぶべき機能を持つドラゴンローブがある。

 セトもランクAモンスターである以上、この程度の日光を浴びても特にどうということはない。

 ギルムから大分離れたこの場所をレイがセトと共に飛んでいたのは、マリーナから提案された砂漠にある街、ゴーシュへ向かっている為だ。

 黄昏の槍の件で多くの商人に付きまとわれていたレイだったが、それが一段落するまでの間の避難場所としてマリーナが選んだのがゴーシュだった。

 ミレアーナ王国の隣国……それも小国であり、実質的には属国に等しいソルレインという国は多くの地が砂漠となっている。

 それも、レイが以前ダンジョンで経験したような岩石砂漠ではなく、純粋に砂で出来た砂漠が多い。

 そんなソルレインという国の中で五本の指に入る程に発展した街が、レイがセトと向かっているゴーシュだ。

 オアシスを中心にして発展した街であり、一年中暑く……とてもではないが、夏に向かいたいとは思わない場所。

 だが、レイはセトと共にそんな場所へと向かっていた。

 マリーナから提案された旅行ではあったが、普通であれば断っただろう。

 それを引き受けたのは、特に急いで何かをする用事があった訳でもないというのもある。

 ゴブリンの肉についての研究はマーヨと共に行っていたが、熟成というレイの話を聞いて現在マーヨがそれを試しており、今のレイが何かをする必要はないと言われた。

 マーヨもレイが黄昏の槍の件で商人に付きまとわれているのを知っているので、気を使ったのだとレイは認識している。

 現状でレイがやるべきことは特にないということもあり、迷宮都市エグジルのダンジョンとは違う砂漠ということで未知のモンスターがいるのかもしれないという予想もあって、レイはゴーシュ行きを決めた。

 ヴィヘラがビューネの里帰りに付き合って留守にしていたので、戻ってきたら怒られるかもしれないという思いもあったのだが、そちらはマリーナが口利きをしてくれるという話になり、安心して旅立ったのだ。

 夏に砂漠へ行くというのは、ギルムで暑さに苦しんでいる者にとっては正気の沙汰ではないように思える。

 特に太っているマーヨのような者にとっては、その思いは人一倍強いだろう。

 だが……幸いレイはドラゴンローブを持っているし、何よりレイの身体はゼパイル一門の技術を結集して生み出されたものだ。

 当然暑さや寒さにはある程度の耐性はあるし、その上でマジックテントを使えば快適に過ごすことが出来る。

 また、隣国であればミレアーナ王国程にはレイの名前が知られていないだろうという思いもあった。

 勿論ベスティア帝国との戦争や闘技大会といったもので活躍した以上、全く名前を知られていないということはないだろう。

 同時に冒険者ギルドであればレイの情報が回ってきている可能性は十分にあったが……それでも、商人にしつこく付きまとわれるよりはマシだという思いもあった。


「砂漠、か。どんな魔石を入手できるんだろうな」

「グルルゥ!」


 レイの言葉に、セトが嬉しそうに喉を鳴らす。

 世界樹の件で幾つかのスキルを入手したことにより、それを使ってみたいという思いもあるのだろう。

 特に王の威圧といったスキルは強力なだけに、簡単に使う機会もない。

 既にギルムを発ってから数日。珍しいことに……それこそ本当に珍しいことに、レイとセトは特にこれと言ったトラブルに巻き込まれないまま気ままに空の旅を続けている。

 野営をしている時にも盗賊の類に襲われることがなく、空を飛んでいる時に盗賊やモンスターに襲われている馬車を見掛けることもなく、道に迷ったりもせず順調にゴーシュへと向かっていた。

 マリーナも立場上詳細な地図を貸すことは出来なかったが、ゴーシュまでの大雑把な地図はレイに渡したし、ある程度の道のりは説明して貰っている。

 ……そこまで念を押されてもトラブルに巻き込まれるのがいつものレイなのだが、不思議と今までは全く問題なく移動出来ていた。


(この暑さにトラブルも動きたくないとか思ったのか? ……まさかな)


 次第に周辺の景色も普通の景色から岩石場砂漠に近いものへと変わっていく。

 ゴーシュがあるのは砂の砂漠であり、この岩石砂漠の一帯を通り過ぎればその砂の砂漠へと周辺の景色は変わる。


「グルルルゥ?」


 ふと、飛んでいたセトが喉を鳴らす。

 何があったのかとレイがセトの方を見ると、セトは地上へと視線を向けていた。

 その視線を追うと、そこには商隊の姿があった。

 レイがいつも見るように盗賊やモンスターに襲われているのではなく、のんびりとした速度で岩石砂漠を進んでいる。

 そんな商隊の何にセトが目を奪われたのかと、レイはじっと地上の商隊を観察する。

 すると、今まで見てきた商隊と違う場所がすぐに理解出来た。

 それは、馬車。普段であればその名の通り馬が牽いているのだが、その商隊の馬車を牽いているのは背に瘤のある動物……駱駝だ。


(駱駝が牽いていても馬車なのか?)


 ふとそんな疑問を抱いたレイだったが、飼い慣らしたモンスターに馬車を牽かせている光景を何度か見たことがある以上、馬車は馬車でいいのだろうと判断する。

 そんな風に考えながら地上の商隊を見ていたレイだったが、商隊の何人かが空を飛ぶセトの存在に気が付いたのだろう。慌てて迎撃態勢を取り始める。


「ありゃ、この距離でこっちに気が付くってのは、結構腕利きの護衛がいるらしいな。……セト、行くか」

「グルゥ!」


 レイの声に鳴き、セトはそのまま翼を羽ばたかせてその場を離れる。

 そうして進むこと数分、再びセトが地上へと意識を向けているのにレイは気が付く。

 また駱駝を連れた商隊でもいるのではないかと思ってレイも地上へと視線を向けるが、そこに広がっているのは岩石砂漠と砂の砂漠が入り混じったような光景だった。

 これまでの場所と違うのは何かと言われれば、その程度の違いしか分からない。


(駱駝の肉を食べてみたいってセトが思ってたようだけど……その心配は杞憂だったか)


 駱駝というのはレイの常識から考えればとても食べられるようには見えない。

 だが、モンスターの肉を好んで食べるのだから、駱駝という動物を食べても特に不思議はないのだろうとレイは考える。

 それに駱駝を食べるというのはレイにとって常識外だったが、日本にいる時にTVで駱駝肉を使った料理を見たことがあるし、駱駝の乳で作ったチーズや牛乳、ヨーグルト、アイスといった乳製品は場所によっては非常に高価らしいというのも知っていた。


(駱駝の瘤は中華料理だと高級食材ってのも何かで見たことがあったな。……実際には脂肪の塊らしいけど)


 何故か駱駝料理のことを考えながらも、セトが未だに地上へと視線を向けているのが気になり、再びレイはそちらへと視線を向ける。

 セトがここまで熱心に地上を見ているのは、きっと何か理由があるのだろうと注意深く地上を見ていたレイだったが……不意に地面が盛り上がりながら動いているのが目に入ってきた。

 それはまるで地面の下を何かが動き回っているかのようであり……実際、そう思ったレイの予想は外れていなかった。

 細長い何かが地面の下を動いているのだ。空中からでは大雑把な形しか理解出来ないが、それはミミズや蛇のように細長い何かだ。


「ミミズ? いや、まさかな」


 ここまで巨大なミミズがいるのであれば、それは人外魔境の地だろう。

 普段自分がいるのがミレアーナ王国でも唯一の辺境であるというのを忘れたかのようなレイの考えだったが、すぐにギルムを旅立つ前に図書館で見たモンスター辞典の内容を思い出す。

 それは、以前にも迷宮都市エグジルのダンジョンで遭遇したことのあるモンスターのサンドワームだ。

 だが、以前遭遇したサンドワームは足が生えていたが、現在地上を……正確には地中を移動しているサンドワームには足が生えているようには見えない。

 勿論地中を進んでいるのだから、単純に上空からでは足が見えていないだけという可能性もあったが……


「小さいな」


 地中を走る、恐らくはサンドワームだろうモンスターを見て呟かれたレイの言葉は、期待外れといったものだった。

 以前に遭遇したサンドワームに比べると明らかに大きい。

 普通であれば全長五mのモンスターというのは間違いなく巨大であると認識するのだが、レイの場合は少し前に全長二十mの……それも空を自由に飛び回る巨大蝉と戦ってから一月程度しか経っていない。

 また、世界樹の大きさも普通の木と比べると桁外れに大きく、巨大なモンスターには耐性が出来ていた。


「ともあれ、ここで見逃すのは惜しいか。……セト」

「グルルルルゥ!」


 レイの言葉だけで何を言いたいのか理解したセトが、その場で反転して通り過ぎて行ったサンドワームと思しきモンスターの後を追う。

 セトの速度を考えれば、地中を進むモンスターに追いつくのはそう難しい話ではなかったが……モンスターの進行方向に何がいるのかを理解したレイは、微かに眉を顰める。

 モンスターが何を目的としていたのか、それを理解した為だ。

 視線の先にいたのは、駱駝で馬車を引っ張っている商隊……そう、先程セトが追い越した者達だった。


「うわっ、また面倒臭い展開に……」


 呟くレイだったが、商隊の方も近づいてくるモンスターの姿に気が付いたのだろう。慌てて迎撃態勢を整えていく。

 冒険者の数は二十人程。駱駝の馬車が五台の商隊なのを考えると若干人数が少ないが、これは旅をする場所が砂漠だというのが関係している。

 砂漠を旅する以上、当然水を大量に持ち運ばなければならないのだが、人数が増えるとそれだけ水の消費量も多くなる。

 その為、基本的には一定以上の腕利きを少人数雇うのが一般的だった。

 勿論これはあくまでも一般的な例であって、それ以外の選択をしている者もそれなりに多いのだが。

 ともあれ、地上にいる商隊は逃げ切るのではなく迎え撃つという選択をしたらしく護衛が隊形を整える。

 すると、まるで防御隊形を整えるのを待っていたかのようにモンスターは砂の中から姿を現す。

 その姿に、レイは少しだけ驚きの表情を浮かべる。

 何故なら、姿を現したモンスターはサンドワームではなかったからだ。

 てっきりサンドワームだと思っていただけに、意表を突かれた格好だった。

 姿としてはレイが誤解をしたようにサンドワームに近い。だが、サンドワームとは違って身体に鱗が生えている。

 ミミズのようなものではなく、蛇。


「サンドサーペントだったか?」


 モンスター図鑑に書かれていた内容を思い出す。

 ランクCモンスター、それもパーティで倒す方のランクCモンスターだ。

 体長五mのサンドサーペントの頭が高い位置から眼下の獲物へと視線を向け、舌を出して護衛達を牽制する。

 護衛達の方も伊達に腕利きを揃えられていた訳ではなく、それぞれ対抗しようとするが……レイは寧ろ丁度いいと笑みを浮かべる。


「黄昏の槍……試させて貰おうか」


 その言葉と共に深紅の槍がレイの手の中へと姿を現す。

 ミスティリングから取り出された槍に魔力を流し……そのまま投擲する。

 真っ直ぐに、それでいて砂漠の空気を斬り裂きながら飛んでいった黄昏の槍は……次の瞬間にはサンドサーペントの頭部をあっさりと砕き、その命を奪うのだった。


「……あれ? ちょっとやりすぎた、か?」

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