1081話
「じゃあ、世話になったな」
「ポロロロロ!」
アースが頭を下げると、左肩のポロも鳴き声を上げる。
何を言っているのかというのはその声を聞いた者達には正確に理解出来なかったが、それでも感謝の言葉を言っているのだろうというのは理解出来た。
「いえ、こちらこそ助かったわ。けど……本当に荷物はそれだけでいいの? もっとモンスターの素材を持っていってもいいのよ?」
一行を代表してマリーナがそう告げるが、アースは首を横に振る。
「いや、オークとコボルトの魔石だけじゃなくて、オーガの魔石や素材まで貰ったんだ。これだけでも貰いすぎだろうし、何よりこれ以上貰っても俺だけだと持ち運べなくなる」
そう告げるアースの腰の袋は魔石で限界近くまで膨らんでおり、背中の矢筒の下には布で包まれたオーガの素材もある。
その言葉通り、これ以上素材を貰ったとしても森から出る時に動きが鈍くなるのは確実だった。
ポロという相棒がいるとはいえ、それでも動きが鈍くなるというのはアースにとって致命的と言ってもいい。
元々が弓を武器としており、身の軽さを重視しての戦いを得意としているのだから。
「それに……これも貰ったし」
懐から取り出したのは、紫の水晶。綺麗にカットされたその指先程の大きさの水晶は、宝石としての価値もさることながらこの集落への通行証でもある。
レイやアースが普通に生活していたので本人達にはあまり自覚がなかったが、このダークエルフの集落というのは基本的に限られた人間しかやってくることは出来ない。
その限られた人物だという証明が、アースが貰った紫水晶で出来たものだった。
これを持っている者はこの集落への出入りが出来る為、商人達にしてみれば喉から手が出る程に欲している物だ。
それこそこれを売るだけで一財産にはなる。
「そう? レイと同じく世界樹の素材を幾つか渡してもいいってお爺様から許可は貰ってるんだけど」
その言葉に、レイの側に浮かんでいた光球が明滅する。
構わない、と。そう言っているようにも見えたが、それでもアースは首を横に振る。
「いや、俺はそこまで活躍した訳じゃなかったから。今回の件で活躍したのは間違いなくレイだし、それで俺が厚かましく世界樹の素材を貰う訳には……」
アースの脳裏には、少しだけ悔しさが存在した。
自分の力だけで巨大蝉と戦った場合、とてもではないが勝てるとは思えなかったからだ。
もしかしたらテイム出来たかも? と一瞬考えるアースだったが、今までの経験からそれも難しいだろうと判断する。
これまでにも何種類ものモンスターと絆を育ててきたアースだったが、自分よりも強いモンスターというのは中々心を許してはくれない。
それにも色々と例外があるのだが、アースから見て巨大蝉をテイム出来るとは思わなかった。
(そもそも、テイマーとしてグリフォンをテイム出来るって点でレイは俺よりも格上だ。しかもレイの魔力をあの巨大蝉が吸収してたって話だし、その点を考えればレイの方が圧倒的に巨大蝉をテイム出来る条件は揃ってたのに、結局出来なかったしな)
正確にはレイは魔獣術の使い手であり、テイマーではない。
だがアースがそれを知る筈もなく、グリフォンをテイムしているレイは自分よりも圧倒的に格上のテイマーだという認識がある。
「そう? じゃあ、森から出る時には気をつけてね。昨日の件でモンスターはかなり減ってると思うし、巨大蝉が倒されたからそこまで残っているモンスターも凶暴じゃないと思うけど……それでも、モンスターはモンスターよ」
念を押すようなマリーナの言葉に頷き、アースは最後に左肩のポロと一礼して送ってくれるというダークエルフと共にその場を去って行く。
最初は自分だけでいいと言ったアースだったが、そもそもダークエルフと一緒でなければ障壁の結界を出られないと言われれば、頷くしかない。
また、迷いの結界も世界樹が回復した以上、少し前までのように易々と突破するのは難しくなっている。
人によっては問題なく突破出来る者もいるかもしれないが、やはり確実性を求めるのであればダークエルフと一緒に行動するのが最善だった。
「じゃあ、また。レイもまたどこかで会えるといいな。セトも元気で」
「グルルルルルゥ」
「ポロロロロ」
最後に短い挨拶を交わし、アースはポロとダークエルフと共に去って行く。
それを見送っていたレイ達だったが、二人と一匹の姿が障壁の結界を潜ると、やがてマリーナが口を開く。
「さて……アースと同様に私達もそろそろ帰る準備をしなきゃね。私としては明日か明後日には帰ろうと思ってるんだけど、どうかしら?」
「私は問題ない。……休暇もそろそろ終わりか」
「エレーナ様、また後で来ればいいのでは? 貴族派と中立派はそれぞれ緩やかにですが協力関係を結んでいます。そうなれば、当然これ以後も交流を持つことになるかと」
明確な協力関係ではなく、緩やかな協力関係。
それはいざという時にはお互いをあっさりと切り捨てる程度の協力関係ではあるが、敵対関係よりは明らかに上の関係だった。
「じゃあ、レイは一緒に来てちょうだい。約束の世界樹の素材を渡すから」
そう告げ、誘ってくるマリーナにレイは頷いて足を一歩踏み出すが……
「エレーナとヴィヘラはどうしたの? 私はレイに来て欲しいって言ったんだけど」
レイを連れて行こうとしたマリーナが足を止め、レイの後ろにいる二人の女に尋ねる。
このままだと二人も付いてくることになりそうで、それを不思議に思っての行動だったのだが……
「当然だろう」
「当然でしょう?」
エレーナとヴィヘラは、あっさりとそう答える。
「何が当然なのか、聞かせて貰ってもいい?」
「マリーナとレイを二人きりにすれば、またいらない誘惑をするのだろう? それは私の立場として、黙って見過ごす訳にはいかないな」
「そうね。私もエレーナと同じ意見よ。今のマリーナは色々と危険ですもの。そんなマリーナとレイを二人きりにするなんて……」
即座に答えてくる二人に、マリーナは小さく笑みを浮かべる。
それはダークエルフとして長い年月を生きている分、多くの男達から愛を告白されてきた恋愛についての経験からのものか。
エレーナとヴィヘラは、そんなマリーナに気圧されるように数歩後退る。
年上の女の余裕とでも呼ぶべきものを感じた為だ。
もしこの場にいるのが誰なのかというのを理解している者がいれば、恐らく目を疑っただろう。
片や近隣諸国にその異名が轟く姫将軍、そして片や戦いを愛するベスティア帝国の元皇女という二人が気圧されていたのだから。
だが……その二人は普通では信じられない程の美人ではあっても、こと恋愛に関して言えば初心者も同様だった。
二人共その美しさに言い寄ってくる男は数多くいたが、その全てを断ってきたのだから。
レイはそんな二人の初恋でもあった。
だからこそ、恋愛という意味で二人はマリーナの足下にも及ばない。
そんな二人を眺めながら、やがてマリーナは口を開く。
「そうね、二人にも世界樹の件では苦労して貰ったし、一緒に来ても構わないわ」
「ん!」
自分を忘れるなと、ビューネが短く呟く。
世界樹の素材というのは、そのままではビューネにとっては全く意味がない。
寧ろ、貰っても困るだろう。
だが……その素材がどのくらいの値段で売れるのかというのを考えれば、ビューネとしては是非世界樹の素材は欲しいところだった。
マジックアイテムに加工して貰って使うという方法もあるので、持っていて損はない。
そんなビューネの思いが伝わったのか、マリーナは残念そうに溜息を吐いてから口を開く。
「分かったわ。じゃあ、来たい人は全員来なさい。世界樹の素材を欲しい人には渡すから」
恋敵に関しては幾らでも対応出来ても、子供を相手にしてはそう簡単にはいかないのだろう。
レイとの時間を邪魔され、少しだけ残念そうな表情を浮かべたマリーナは、その場にいる全員を引き連れて集落の中を進んでいく。
この中で特に世界樹の素材に興味のなかったアーラだったが、エレーナが行くのであればアーラがそれについていかないという選択肢は存在しなかった。
集落の中を歩いていると、ダークエルフ達がそれぞれ挨拶をしながら声を掛けてくる。
既に時刻は昼近くであり、昨夜の宴で寝過ごしていた者達も起き出してきたのだろう。
(この時間帯に起きれば、結局また今夜眠れなくなるような気がするんだけど……どうするんだろうな? 眠れないってのは微妙に嫌な状態だし)
眠らなければならないのに眠れないというのは、レイも日本にいた時に何度か経験がある。
緊張していたり興奮していたりすればそうなるし、夏に暑い時も眠れない時はあった。
(まぁ、ダークエルフなら精霊魔法で何とでもしそうだけど)
レイのドラゴンローブのように気温をある程度コントロール出来るのであれば、そのような心配も無用だろう。
エアコンのように……いや、魔力的な現象である以上直接冷風に当たって起きる身体の変調といったものがないのだから、エアコンよりも余程高性能と言えた。
(日本でもこんなのがあれば物凄い売れそうだけどな。……ああ、いや。そもそも向こうには魔力がないのか)
そんな風に考えながら集落の中を歩いていると、やがて一軒の大きめな小屋へと到着する。
小屋……と言っても、当然ただの小屋ではない。
扉の側にはダークエルフが何人か護衛に付いており、窓の類も存在しない。
「ここは世界樹の素材を保管してる場所なの。……あら?」
小屋の説明をしようとしたマリーナだったが、ふと気が付けば先程までレイの側にいた光球が消えているのに気が付く。
「レイ、あの光球は……世界樹の意思はどこにいったの?」
「うん? ……いないな」
マリーナの言葉に周囲を見回すレイだったが、光球の姿はどこにもない。
「自分の素材を取りに行くってのが恥ずかしかったのか? いや、正確には分からないけど」
世界樹の素材というのは、世界樹にとっては恥ずかしいものなのかもしれない。何となく思ったことを口にしたレイだったが、セトの方を見ればすぐに違うだろうというのは理解出来た。
セトの毛や羽根といったものも立派に一級品の素材なのは間違いないが、セトは別にそれを恥ずかしいと思っている様子はない。
「ふむ、女として考えれば少し恥ずかしいのかもしれないな」
納得出来るといった風に呟いたのはエレーナだ。
自分の髪の毛や爪、歯といった部分を素材として誰か他の者に目の前で渡されるというのは、女として考えれば羞恥心を抱いて当然だろう。
少なくてもエレーナは自分の前でそんな行為をされれば、恥ずかしさで死にたくなる。
「いや、世界樹が女とは限らないでしょ」
少し呆れたようにヴィヘラが呟く。
そういった話をしている間にも、マリーナは小屋の見張りをしている者達へと話を付け、小屋の扉が開かれる。
「さぁ、こっちよ。中に入って頂戴」
マリーナに誘われるように、レイ達は小屋の中へと入っていく。
そして見たのは、何本も存在する世界樹の枝、枝、枝。
小屋の中にはこれでもかと言わんばかりに世界樹の枝が存在していた。
(これに似た光景を見たことがあるな。……ああ)
レイの脳裏を過ぎったのは、日本にいた時のこと。
父親が趣味と実益を兼ねてやっていたキノコの原木栽培だ。
普通にスーパーで売ってるキノコの多くは、菌床栽培という方法で作られている。
拳一つから二つ分くらいの菌床と呼ばれるオガクズや米糠を混ぜて固めた物にキノコの菌を植え付けるといった手法が菌床栽培であり、木に穴を空けてそこにキノコの菌を植え付けるというのが原木栽培だ。
そして原木栽培をやる時は、木を何層にも互い違いに重ねるようにして育てるのだが、今レイの目の前に広がっているのはそれにそっくりな光景だった。
「世界樹の葉は後で採ってくるけど、ここでは世界樹の枝を保管しているわ。樹液はまた別の所にあるけど……さて、好きなだけ持っていって頂戴……と言いたいところだけど、残念ながらお爺様や他の人達からもそこまでの許可は貰えなかったわ」
「でしょうね。世界樹の枝といったら、それこそ非常に稀少な素材よ。杖や弓といったマジックアイテムを作るには最適だもの。特に弓はダークエルフにとっても大事でしょ?」
ヴィヘラの言葉に、マリーナが若干申し訳なさそうに頷く。
世界樹の枝は、武器だけではなく色々な使い道がある。
それこそ生活用のマジックアイテムにも使われることがあり、世界樹の枝を使ったマジックアイテムは普通に作った物より数段上の仕上がりとなるのだ。
「そうね。……だから、一人二本が限界だったわ。太さとかも色々とあるから、自分の好みで選んで頂戴」
マリーナの言葉に、レイ達はどんな枝を選ぶのか迷いながらも何とか自分の好みにあった枝を選ぶのだった。




