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レジェンド  作者: 神無月 紅
世界樹
1078/3865

1078話

「あはははははははは! 乾杯、乾杯、かんぱーいっ!」

「ああ、世界樹に乾杯だ!」

「俺達の集落に、乾杯!」


 夜空に月が昇り、星が瞬く中、ダークエルフの集落にある訓練場には多くのダークエルフが集まって宴を行っていた。

 多くの焚き火が周囲を明るく照らし、いたる場所でダークエルフ達がそれぞれ酒を飲んで騒ぐ。

 世界樹が一時的に回復した時も皆が宴を行って騒いでいたが、今回の宴はそれよりも遙かに規模が大きい。

 また、出されている料理の数々も、以前の宴と比べると豪華だと言えた。

 ……もっとも、その豪華な料理の材料は、今日集落を襲ってきたモンスターの肉が大部分なのだが。

 特にダークエルフにとっての天敵とも呼べるオークの肉は人気であり、生きている時はダークエルフに執拗に攻撃されるオークは、死ぬとダークエルフに歓迎されるという奇妙な状態になっていた。

 普段であればダークエルフが戦闘訓練を行う場所なのだが、今日に限っては多くの者達により幸福な場所と化している。

 その幸福はオーク肉を始めとしたモンスターの肉の料理があり、口の幸せ……口福をもたらす。


「それにしても、まさかあの光球が世界樹の意思だったとは……爺さん、今までこんなことってあったのか?」


 ダークエルフの男の一人が、オーク肉の串焼きを食べながら自分の祖父に……オプティスよりは若いのだが、外見ではそう年齢差がないようなダークエルフへと尋ねる。


「いんや。長いことこの集落に住んでるが、初めて見るだーな」

「……じゃあ、何であんな風に?」

「さあなぁ……多分、あのレイという男のおかげなんだろうなぁ……」


 祖父の言葉に、ダークエルフは納得する。

 既に今回起きた一連の事態、巨大蝉によるものと思われる世界樹騒動が起きた理由については既に皆に知れ渡っている。何故なら……


「あんな巨大蝉を倒すような奴だしなぁ……」


 宴会場の隅に置かれている巨大蝉の死体へと視線を向けて呟く。

 レイのミスティリングに入っていた巨大蝉の死体だったが、マリーナにどのような相手だったのかをしっかりと皆に見せたいと要請され、巨大蝉の死体を取り出したのだ。

 ダークエルフの中にはその巨大さに腰を抜かすような者すらいたのだが、それでも殆どの者がその巨大な相手を倒したレイとセトに尊敬の視線を送った。

 ことここにいたって、レイに対する恐怖の視線はほぼ消えたと言ってもいい。

 魔力の件でまだ思う者もいるようだったが、それでも集落を助けて貰った以上、ダークエルフとしてそんな態度を取るのはプライドが許さなかった。

 尚、普通であれば今回の世界樹の騒動の要因となった巨大蝉の死体は、宴の席では真ん中に存在してもおかしくはなかった。

 なのに何故宴会場から外れた場所にあるのかといえば、その巨大さ故にだ。

 巨大蝉の死体が宴会場の真ん中にあれば、宴会をしている者達もそれぞれ移動するのに巨大蝉の死体を避けて通る必要がある。

 数m程度の大きさのモンスターであればそこまで面倒臭くないのだが、全長二十m……胴体で切断されていても、約十mのものが二つだ。

 眺めるにはいいかもしれないが、宴会をやるには邪魔だと判断して結局離れた場所に置かれることになった。


「婿殿、今回は本当に助かった」

「いや、だから婿じゃないって」


 酒の類は得意ではないということで、レイの為にダークエルフが精霊魔法を使って冷たく冷やしてくれた果実水を飲みながらオプティスにそう返す。

 オプティスの方も本気で言ってるわけではなく、半ばレイをからかっているのだろう。

 その証拠に、オプティスの顔には面白そうな笑みが浮かんでいたのだから。

 婿殿と呼ぶのをレイが嫌がる様子を、完全に楽しんでいた。

 それが分かっているレイは、何か反論してもオプティスを喜ばせるだけだと判断し、そっとオプティスから視線を逸らして自分の隣でオークの詰め物を食べているセトに視線を向ける。

 オークの胴体から内臓を取り出し、香草や木の実、果実、野菜といったものを詰めてから糸で縛り、ゆっくりと時間を掛けて焼いていく料理だ。

 今回は時間がなく、精霊魔法を使って調理をするといった真似をしたので手を尽くして料理をしたものに比べるとどうしても味は落ちる。

 だが……それでも、セトにとっては十分に美味だったのか、嬉しそうにオークの詰め物を食べていた。


「見た目はちょっと厳しいけど、匂いは美味そうなんだよな」


 オークの顔や手足もついており、きちんと食べられるように処理をしていても、やはり色々とグロテスクな感じは抜けない。


(ゲテモノ程美味いって話は良く聞くけど……これもそんな感じか)


 溜息を吐き、まだ何かからかおうとしているオプティスが話し掛けようとした瞬間……


「長老……いえ、お爺様。随分と楽しそうですね。何やら先程から色々とレイに迷惑を掛けているみたいですけど」


 そうオプティスへと声が掛けられる。

 その声に一瞬オプティスは動きを止めるが、次の瞬間には笑みを……先程までのからかうような笑みではなく、話を誤魔化すような笑みを浮かべて口を開く。


「いやいや、別にレイに迷惑を掛けている訳ではない。ただ、ちょっと話していただけじゃよ。のう?」


 オプティスの視線は、話をしていたレイへと向けられていた。

 誤魔化して欲しいと視線で訴えてくるオプティスに、レイは口を開きかけ……


「そうなのかしら?」


 マリーナに笑みを含んだ視線で流し目を向けられる。


「思い切り絡んできてたな、うん」


 最初はオプティスを庇ってもいいかもと一瞬思ったレイだったが、マリーナに視線を向けられると即座に方針を転換してオプティスを生贄として差し出す。


「なっ! レイ、儂を見捨てるつもりなのか!?」

「そう言われてもな。俺が迷惑を掛けられたのは事実だし」

「お爺様。ちょっとお話しましょうか」


 その言葉に何か危険なものを感じたのだろう。オプティスは持っていたワインの入ったコップを地面に置くと、即座に愛用の杖を手に逃げ出そうとして……


「あら、お爺様。どこへ行くつもり? お爺様が行くのはこっちでしょう?」


 瞬時に間合いを詰めたマリーナが、オプティスの襟首を掴む。


「なっ!?」


 驚いた声を上げたのは、オプティス。

 幾ら冗談半分での行為だったとはいえ、まさか自分がこうも簡単に捕まるとは思っていなかった為だ。


「マリーナ……お主、何があった?」


 そう尋ねるオプティスの口調は、数秒前のふざけた様子は一切ない。

 自分の孫娘なだけに、オプティスはマリーナの実力については十分に理解していた。

 元々弓術士や精霊魔法使いとしての技量は非常に高いマリーナだったが、その反動か、大多数のダークエルフと同じく決して近接戦闘の能力は高くはない。

 だが、今自分との間合いを詰めた動きはとても近接戦闘が苦手なものに出来る動きではなかった。

 それだけに、マリーナが何をどうしてこのような力を得たのか気になったのだ。

 しかし……真剣な視線を自分に向けてくるオプティスに対し、マリーナは艶然と微笑みながら口を開く。


「今、私の中にはレイの身体から出たものが巡っているの。そのおかげでしょうね」


 マリーナがそう告げると、一瞬周囲の動きが止まる。

 あまりにも……あまりにも誤解を招く言い方だったのだから、無理もない。

 何か想像したのか、それとも酒を飲み過ぎたのか……男女の関係なく周囲で聞き耳を立てていたダークエルフ達は頬を赤く染める。

 当然ながらマリーナの口から出た言葉はエレーナやヴィヘラにも聞こえており、二人はゆらりと立ち上がってマリーナへと向かって歩き出す。

 ゆらゆら、ゆらゆらと。

 まるで幽霊か何かを連想させるその動きは、宴会に参加している者達も先程のマリーナの発言を聞いて動きが止まったままでも心臓がドクンと強く鳴るのが分かった。

 ゆらゆら、ゆらゆらと歩きながら進んでいく二人の様子は、なまじとんでもない美人なだけに周囲のダークエルフ達に強い恐怖を与える。


「マリーナ。ちょっと話を聞かせて貰おうか」

「そうね。出来れば今の発言とさっきのキスについての釈明を聞かせて貰いたいわね」

「あら、そう? まあ、聞きたいと言うのなら幾らでも話してあげるけど? ここじゃなんだし、女同士の話し合いをする必要もあるでしょうから、ちょっと出ましょうか」


 マリーナは特に抵抗もせずに告げ、オプティスへと視線を向ける。


「そういう訳で、お爺様。私はちょっと席を外しますけど、年甲斐もなく羽目を外しすぎないで下さいね。後で他の人に聞かせて貰いますから」


 口元に笑みを浮かべて艶然と微笑んだマリーナは、そのまま立ち上がって去って行く。

 そんな孫娘の後ろ姿を見送ったオプティスは、どこか呆れた視線を近くにいるレイへと向ける。

 先程の女三人のやり取りの中でも、全く気にした様子も見せずにセトと共に料理を楽しんでいたレイへと。


「お主……苦労するの」

「もが?」


 オーク肉の煮物を口の中に詰め込んだレイが、オプティスの言葉にそう返す。

 口の中に食べ物が入っているので、殆ど意味はなかったが。


「はぁ、まぁ、いい。……皆の者。災いは去った。今は大いに飲み、食べ、無事に生き残ったことを喜ぼう!」


 凍り付いた空気を変えようと、オプティスはワインの入ったコップを持ち上げて大声で告げる。

 それを合図に、周囲にいた者達もコップを掲げてそれぞれ今見た光景を忘れようと口々に話す。


「世界樹が復活したんだから、今日くらいは飲んで騒いでってしなきゃな」

「ああ。……けど、なぁ、今オプティス様が口にした災いって、もしかして……」

「言うな。とにかく言うな。それ以上は何も言うな。絶対に言うな。いいか? 災いってのは、あそこで上半身と下半身が真っ二つにされている巨大蝉のことだ。そうに違いない。それ以外には何もない。……分かるな?」


 それ以上は絶対に口に出させないと告げて行く友人の姿に、ダークエルフの男は頷きを返す。

 誰もが理解しているのだ。オプティスの口から出た災いというのが、巨大蝉だけではなく美女三人の女の争いをも示していると。

 だが、それを口に出してしまえば自分にも新たな災いが襲ってきそうな予感がして、口には出来ない。


「そ、それにしても……あのレイが連れてた光球って何だったんだ? 妙に親近感があったんだけど」


 災いについての話をこれ以上したくないと思ったのか、近くにいたダークエルフの男が唐突に話題を変える。

 それに、周囲の者達は呆れたように世界樹の意思だと教えてやる。

 話題は些かわざとらしかったが、早く話題を逸らしたいと思っている者も多いのだろう。特に異論はないかのようにそちらへと話題が移っていく。

 セトと共に料理を食べているレイの方へと視線を向けるが、そこには話題になっている光球の姿はない。

 巨大蝉を倒して集落に戻ってきた時にレイから離れて行ったのだ。

 だからこそ、レイの連れていた光球を見ていない者もいる。

 ……実際にはレイが障壁の結界の周辺で暴れている時よりも前、集落がモンスターに襲われ始めた時に世界樹へと向かっていた時も光球を連れていたので、その時に見ている者も大勢いるのだが……当時はモンスターの襲撃でそれどころではない者が殆どだった。

 見た、かも? と思う者はそれなりにいるのだが、それをしっかりと覚えている者は非常に少なかった。

 ダークエルフ達が、俺は見た、俺は見てない、俺は触った、俺は撫でた……とそれぞれ口にするが、何人かは仲間に見栄を張るなと突っ込まれることになる。

 当然だろう。特に光球を撫でたと口にしたダークエルフの男は、周囲から呆れの視線すら向けられていた。

 光球は触れることが出来ないと知っている者達だ。


「結局あの光球って本当に世界樹の意思なのか?」

「気になるなら、本人に聞けばいいだろ?」

「教えてくれるのか? あんな巨大蝉を倒すような奴だぞ?」

「いや、それは関係ないだろ。レイの性格を考えれば、教えても構わないと考えればすぐにでも教えてくれると思う」

「……じゃあ、お前が聞いて来いよ」

「そうだそうだ。ほら、聞いてこい!」


 口は災いの元とはよく言ったもので、レイに聞けばいいと口にしたダークエルフは、他の者達からの視線を向けられ、やがて立ち上がる。

 元々レイに対してそこまで恐怖心を持っていなかったというのも関係しているのか、そのままレイの方へと近づいていく。

 それでもいきなり光球のことを聞くのではなく、レイが食べている料理について話す。


「レイさん、その料理は美味いか?」

「ん? ああ、美味いぞ。ダークエルフも内臓と豆の煮込みなんて料理を食べるんだな」

「あはは。その辺は家によって違うかな。……それで、ちょっと聞きたいんだけど、あの光球って何だったのか聞いてもいいか?」

「あの光球か? あれは世界樹の意思……のようなものだな」

『……』


 隠しもせずに告げられたレイの言葉に、それを聞いていたダークエルフ達は思わず言葉をなくしてやっぱり、と内心で思うのだった。

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