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レジェンド  作者: 神無月 紅
世界樹
1074/3865

1074話

 セトの背に乗って空へと駆け上がってきたレイが見たのは、予想以上に巨大な敵の姿だった。

 巨大蝉と内心で呼んでいるくらいだから、当然その大きさが並ではないというのは予想していた。

 ましてや、体長が二mあるセトと違って、レイの身長は百六十cm半ば程度。

 それに対して、巨大蝉は全長約二十m。

 その大きさの差は、明らかだった。


(世界樹で羽化しようとしていた時も近くで見たし、攻撃もした。羽化して世界樹から飛び立ったのも見た。それでも……やっぱりこうして見ると大きいな)


 セトの背の上で、じっとデスサイズの柄を握る。

 巨大蝉は既にセトの姿を確認しており、感情の見えない目をセトと……その背に乗るレイへと向けていた。


「ギギギギギギ!」


 最初に動いたのは、巨大蝉。

 超音波による音の刃をセトとレイへと叩きつける。


「グルルルルゥ!」


 だが、超音波による攻撃は既に何度も見ているセトにとって、それを回避するのは難しくはない。

 翼を大きく羽ばたかせ、指向性の超音波の範囲から距離を取る。

 しかし巨大蝉もセトが超音波の攻撃を回避するくらいはこれまでの経験から理解していたのか、回避した先へと土の槍を放つ。

 回避先を読んだ上で放たれた土の槍は、真っ直ぐにセトの身体を貫かんと向かうも……


「飛斬っ!」


 セトの背の上で放たれた飛斬が、土の槍を纏めて斬り裂いていく。


「俺がいるってのを忘れて貰っちゃ困るな。そもそも、セトが若干でも機動力を落として俺を背に乗せた理由……それを教えてやるよ!」


 再度放たれる飛斬。

 対抗するように巨大蝉は超音波を発し、だがその超音波の刃でも飛斬の斬撃を完全に消滅させることは出来なかった。

 そのまま巨大蝉に命中するか、そう思ったレイだったが、実際にはその前に障壁の結界が生み出され、飛斬を防ぐ。


「ちっ、やっぱりこの状態でも使えるのか。……だよな」


 一応の確認としての一撃だった為、飛斬が防がれたこと自体には特にショックはなかった。

 それでも面白くないのは事実であり、すぐに次の行動に移る。


「セト、巨大蝉の上に行って俺を落としてくれ。そのままセトは俺とは別に急降下しながら巨大蝉に攻撃。俺もスレイプニルの靴で空中を移動しながら攻撃する」

「グルルルゥ!?」


 危険だ、とセトが慌てたように鳴く。

 だが、レイは巨大蝉の隙を窺うように飛び回っているセトの首を撫でながら口を開く。


「安心しろ。世界樹にいる時は森が側にあって使えなかったけど、ここなら炎帝の紅鎧を使える。……まぁ、奴を落とす場所は選ばないといけないけどな」


 下が森である以上、炎帝の紅鎧を使って迂闊な場所に落とす訳にもいかなかった。

 振るわれる一撃により森が燃やされてしまう危険を考えると、出来るだけ燃える物の少ない場所へと巨大蝉を落とす必要がある。

 巨大蝉の放つ超音波や土の槍の攻撃を回避し、セトがそれに対抗するように水球やウィンドアロー、アイスアローといった攻撃をしているのを見つつ、地上へと視線を向ける。

 どこか巨大蝉を……全長二十mの大きさを持つ巨大蝉を炎に包まれた状態で地上に叩き落としてもいい場所は……と。

 だが、そんな巨大な更地の類がそう簡単にある訳もなく……


(どうする? どうすればいい?)


 レイが地上を見て巨大蝉との戦闘に相応しい場所を探している間にも、セトと巨大蝉の戦いは続いている。

 少しでも早く巨大蝉を叩き落としてもいい場所を見つけなければ……そう考えていると、不意にこの戦いの間もレイの側に存在していた光球が激しく明滅する。

 忙しく空中を動き回っているレイやセトだったが、光球はそんなのは関係ないと言いたげにレイの側を飛んでいた。


「何だ?」


 その明滅にレイが光球へと視線を向けると……不意に地上の一部が脈打っているかのような光景が目に入ってくる。

 疑問の答えは、すぐに明らかになる。

 地上に無数に生えていた森の木々が、まるでそのまま強制的に移動させられたかのように動き、木も何も生えていない更地が出来上がったのだ。

 ダークエルフの集落からそれ程離れていない場所……直線距離で徒歩二十分程度の場所に出来たのは、集落と同程度の大きさの更地。


「……お前の、仕業か?」


 セトが土の槍を回避する為に身体を斜めにしたのに合わせるようにレイも身体を斜めにしながら、それでも自分から離れない光球へと尋ねる。

 そんなレイの言葉に反応するように、光球は明滅していた。


(幾ら世界樹って言っても……ここまでの力があるのか? 自分だけならまだしも、森に生えている他の木まで動かすなんて。いや、更地になった場所は荒れ地で土にも何も生えていないし、動物もいない。つまりこの光球は木だけじゃなくて草とか動物とかそういうのも纏めて移動させたってことになる)


 今の行為を見たレイは、世界樹がダークエルフ達に半ば崇められている理由を知る。

 弱っている状態ではなく、完全に回復した状態での世界樹が発揮した力……それは、レイにして驚く以外のことは出来ないものだった。

 だが、レイの乗っているセトが素早く身体を動かしたのを感じ、すぐに我に返る。


(そうだった。今は驚いて呆けるんじゃなくて、行動すべき時だ)


 今脅威なのは世界樹の能力ではなく、空で暴れている巨大蝉。

 その巨大蝉も、地上の異変には気が付いたのだろう。レイとセトへと向けて行われる攻撃は、先程までに比べると明らかに鈍っていた。

 土の槍を放つ攻撃も、若干ではあるが遅くなり、狙いの精度も外れている。

 範囲攻撃である超音波に関しては多少狙いが逸れても特に不具合はなかったが、それでも攻撃が鈍っているのは事実だ。

 ただ、更地の一件が完全にレイ達にとって有利に働いているという訳ではない。

 セトに掴まりつつ巨大蝉の動きを見ていたレイは、視界の端で地上のダークエルフが何人か更地の方へと向かっているのを目にする。

 当然だろう。ダークエルフ達にとっては、モンスターと戦っている最中に突然大地が動くという経験をしたのだから。

 世界樹が枯れそうになったり、障壁の結界が一時的にしろ破壊されるという経験を短時間でしていた為に、今回の件も自分達にとって不利に働くのではないかと考える。

 そんな要因を見逃す訳にはいかなかった。

 かといってレイがここから叫んでもダークエルフ達に聞こえる筈はないし、まさか巨大蝉とセトがやり合っている状況で地上へと降りていって離れるように言う訳にもいかない。

 レイが出来るとすれば、巨大蝉を叩き落とした時に巻き込まれないように祈ることと、実際に更地での戦いになった時に声を掛けることだけだった。


(炎帝の紅鎧の威圧で動けなくなってるかもしれないけど……その辺は賭けだな)


 覚悟を決めると、レイはセトの首の裏を叩いて口を開く。


「いいか、セト。さっきも言ったようにお前は奴の上まで飛んで、俺を落とすんだ。俺はスレイプニルの靴を使って一気に奴に攻撃を仕掛ける。あの巨大さだから一撃でどうこう出来るとは思えないけど、最低でも羽根は斬り捨てる。お前は下から奴の追撃を」

「グルルルゥ!」


 セトがレイの言葉に強く鳴く。

 まだレイを心配する気持ちはあったが、レイの魔力を吸収した巨大蝉が強力なモンスターであるのは変わらず、倒す為には多少の無茶も仕方がないと判断したのか。

 それを確認し、レイは少しでも巨大蝉の注意を引き付けるようにデスサイズを振るう。


「飛斬!」


 飛ぶ斬撃は、一直線に巨大蝉へと向かう。

 レベル五になって飛躍的に威力を増した飛斬だったが、難点を挙げるとすれば、一直線にしか飛ばないその軌道だ。

 地上であれば木々や岩といったもので回避する場所が限られるが、空中という戦場では回避する場所に困ることはない。

 巨大蝉も、真っ直ぐ自分に向かって飛んできた飛斬を四枚の羽根を使って少しだけ飛ぶ軌道を変化させて回避する。

 その一撃を回避されたレイは、だが特に悔しげな表情は見せない。

 元々今の一撃は牽制にすぎず、巨大蝉が回避することによって動きを一瞬でも鈍らせることが出来ればそれで十分だったからだ。


「グルルルルゥッ!」


 巨大蝉が進路を変えたのを見た瞬間、セトは王の威圧を使用しながら上空へと駆け上がって行く。

 王の威圧により、巨大蝉の動きは若干鈍る。

 相手がレイの魔力を存分に吸収して強力になっている以上、王の威圧で動きを止めることが出来るとは、セトも思っていない。

 だがそれでも、少し……ほんの少しであっても動きを鈍らせることは可能であり、セトが欲していたのはそのほんの少し。

 翼を羽ばたかせ、巨大蝉の真上に到着したセトの背中から、レイは飛び降りる。


「セト、後は頼んだ」

「グルゥ!」


 空中を落ちながらレイはセトに呼び掛け、セトはそれに答えるように翼を羽ばたかせて地上へと向かって進んでいく。

 自由落下をしているレイを追い越して行く速度は、下手をすれば真っ直ぐ地上にぶつかってしまうのではないかと、一瞬だけレイに嫌な想像を抱かせた。 

 だが、次の瞬間には頭の中からその考えを振り払い、スキルを……デスサイズではなく、自分だけの特有のスキルを発動する。

 レイの周囲の魔力が濃密になり、濃縮し、凝縮していく。

 やがて魔力が可視化出来る程にまで濃くなっていき……レイの持つ属性により、周囲の気温が急速に上がる。

 巨大蝉もそれを察知して危険を感じたのか、自分のすぐ横を通り過ぎて下へと向かうセトではなくレイの方へ向き直った。

 これまで続いてきた空中戦ではセトと戦ってきただけに、その判断は巨大蝉にとっても意外なものだったろう。

 だがそれでも……レイから感じる脅威は、絶対に見過ごせるものではなかった。

 炎帝の紅鎧を前にしても怯えて動けなくならないのは、レイの魔力をその身に宿している為か。


「ギギギギギギッ!」


 レイへと向かって放たれる超音波。

 レイの魔力を得たことにより、普通の超音波では有り得ない幾つもの特性を得たその超音波だったが……

 轟っ! と。

 レイの身体に纏わり付くかのような赤い魔力に触れた瞬間、超音波という物質ですらないものにも関わらず燃やしつくされる。


「ギギ!?」


 巨大蝉は自分の放つ超音波が燃やされるということが完全に予想外だったのだろう。驚きの鳴き声を発し……だが、次の瞬間には巨大蝉を中心として複数の土の槍が姿を現し、自分目掛けて落下してくるレイへと向かって放たれた。

 空中を落下しながら自分へと向かってくる土の槍を見たレイは、そのままデスサイズを握っていない左手を振り下ろす。

 同時に、レイを覆っていた炎帝の紅鎧の一部が幾つにも千切れ、拳大の大きさとなって土の槍を迎撃する為に飛んでいく。

 深炎。炎帝の紅鎧を利用したスキルの一つであり、レイのイメージした炎となるスキル。

 レイの先を行くように拳大の深炎が飛んでいき、巨大蝉の先を行くように土の槍が飛ぶ。

 それぞれがレイと巨大蝉の間にある空間の中心近くでぶつかり……それを見た瞬間、巨大蝉は四枚の羽根を使って不意に方向転換をする。

 それは、巨大蝉のモンスターとしての勘だったのか、それとも意味もなく成り行きでだったのか。それはレイには分からなかったが、それでもその行動が正しかったというのはすぐに判明する。

 ぶつかり合った拳大の深炎と土の槍だったが、土の槍は一秒と持たずに燃やしつくされてしまったのだから。

 それどころか、土の槍を燃やしつくしながらも、深炎は全く勢いを衰えさせずに真っ直ぐ突き進み……数秒前まで巨大蝉の身体があった場所を通りすぎていく。

 もし巨大蝉が進路を変えていなければ、間違いなく深炎は巨大蝉へと命中していただろう。

 落下しながらその様子を見たレイは、目標としていた場所に巨大蝉の姿がないのを確認しつつ、それでも慌てた様子もなくスレイプニルの靴を発動させる。

 スレイプニルの靴で空中そのものを足場として踏み、落下途中で別方向へと跳躍する。

 その先にいるのは当然巨大蝉だ。

 まさか空中を蹴るといった真似をするとは思っていなかったらしく、巨大蝉は一瞬だけ動きを止め……その一瞬があれば、炎帝の紅鎧を展開しているレイには十分過ぎる隙だった。

 ふと気が付けば、まだ少し離れた場所にいた筈のレイは巨大蝉のすぐ上にある。

 炎帝の紅鎧を使って強化された身体能力で再度スレイプニルの靴により空中を蹴って、巨大蝉の真上へと移動。そこも足場にして三角跳びの要領で移動したのだ。


(いけるな)


 最初に狙うのは羽根のつもりだったが、この一撃で仕留めることが出来るのであればそれがいい。

 狙うべき場所を羽根から胴体へと変え……魔力を込められたデスサイズを、巨大蝉の胴体目掛けて振り下ろす。

 炎帝の紅鎧を展開しているのだから、恐らく巨大蝉にその動きは見切られていなかった筈だった。だが……それでもレイの魔力によって育った為なのか、それとも野生の勘で命の危機を悟ったのか……身体を無理矢理動かし、本来であれば命を奪う一撃から逃れることに成功する。

 だがそれでも完全に死神の刃から逃れることは出来ず、巨大蝉の右側にある二枚の羽根は中程から切断されるのだった。

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