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レジェンド  作者: 神無月 紅
世界樹

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1069/4016

1069話

「さて、これからどうすればいいんだろうな」


 レイは世界樹の幹から手を離して呟く。

 数十秒前まで死にかけ、枯れかけと表現してもいいような状態だった世界樹だったが、今は青々とした葉が生えており、数十秒前までの世界樹の様相とは一変していた。

 それはレイの側で明滅している光球も同様であり、巨大蝉によって魔力と樹液を貪られて今にも消えそうになっていた光は、今は眩く輝いている。

 そんな光球は、嬉しそうに明滅しながらレイの周囲を飛び回っていた。


「落ち着け。……マリーナの話だと、一気に回復させるような真似はあまり身体に良くないって話だったけど、取りあえず大丈夫そうだな」


 レイの口から出た言葉に、光球は動きを止めて激しく明滅して自分は元気だと示す。

 光球の様子に安堵しつつ、レイの視線は空へと向けられた。

 そこでは、今こうして地上にいる状態からでも分かる程に巨大蝉とセトの戦いが繰り広げられている。

 放たれる炎や氷、風といったものが空を彩っていた。

 その姿を見て、一瞬だけ世界樹にくっついている時に倒しておけば……という思いがレイの脳裏を過ぎるが、そもそも巨大蝉がどのような能力を持っているのか分からない以上、何も考えずただ最初から全力で挑むという行為をするのは、愚行以外のなにものでもない。

 少なくてもレイは、自分からそんな間抜けになろうとは思わなかった。

 ただでさえ世界樹が弱っている状況で、それが致命傷になる可能性すらあったのだから。


(世界樹、世界樹か。今更だけど、外から世界樹が見えないってのはともかく、中から外の景色がしっかりと見えるのはどうなってるんだろうな? ……まぁ、完全に外と遮断されたらダークエルフ達の健康にも影響が出て来そうだし、農業とかも出来ないか)


 空に太陽があるのを見ながらそんな風に考え、すぐに頭を横に振る。

 今はそんなことを考えている場合ではないと。

 こうしている間もセトは巨大蝉と戦っているし、何より……


「障壁の結界が一時的にしろ消えたのは不味かった、よな」


 呟くレイに、光球はごめんなさいと態度で示すかのように明滅する。

 そんな光球に気が付いたのか、レイはセトを相手にしているようなつもりでそっと手を伸ばすが……その手は光球をすり抜けていく。


「っと。……まぁ、そこまで心配することはないって。ダークエルフ達も、お前を守る為に精一杯頑張ってるだろ。それにエレーナやマリーナ、ヴィヘラだっている」


 そこで口を止めたレイは、再度空へと視線を向ける。

 そこでは、未だに幾つもの攻撃が行われている様子が見えていた。

 自分の十倍もある巨大蝉を相手に、セトはほぼ互角に渡り合っている。

 いや、正確には互角ではなく膠着状態にあると言ってもいい。

 レイの魔力を吸収した巨大蝉は、その魔力によって強化された身体能力でセトの攻撃を回避し、または魔力を宿した超音波や障壁の結界により防いでいる。

 セトも巨大蝉の放つ超音波の攻撃は既に見切っているのか、当たることなく回避していた。

 戦いは続いているが、自分よりも圧倒的に巨大な相手を前にセトは一歩も退かない。

 今この集落が無事で済んでいるのはセトが戦っているおかげなのは間違いなく、もしこの状況でレイがセトを呼べば多少なりともセトの意識はレイに向かい、その上でレイを拾い上げようとすれば巨大蝉が自由に動けることになる。


(集落から離れるのならいいけど、集落に攻撃を仕掛けるような真似をしないとも……いや、集落から離れても、あんなのを野放しにするのは不味いか)


 つまり、レイは現状でセトの意識を自分に向けるような真似をするのは絶対に避けるべきだった。


「となると……」


 視線が向けられたのは、空ではなく集落。

 先程の巨大蝉の影響で一時的であっても障壁の結界は消滅していた。

 そして集落の周辺には無数のモンスターが集まってきているという報告を世界樹に来る前に聞いていた以上、そちらをどうにかする方が先だと判断した為だ。


(それに、障壁の結界がなくなっていた間に、集落の中にモンスターが入っていないとも限らない)


 戦闘が可能なダークエルフは、間違いなく集落の外に出て戦闘を行っている。

 今集落に戦闘可能なダークエルフはいないか、いても極少数だった。

 実際には戦いで怪我をした者が集落へと戻されているので、必ずしも戦える人材がいないという訳ではない。

 だが、それでも怪我をして戦闘不能になって後方の集落に戻されてしまった以上、戦闘力という面では決して期待出来る訳ではなかった。


「で、自由に動けるのは俺だけか。障壁の結界が消えたままなら、先にそっちをどうにかした方が良かったんだろうけど」


 視線を向けた先にあるのは、元気そうに明滅している光球。

 レイの魔力を大量に注ぎ込んだ結果、驚く程元気になっていた。


(死にそうな老人に無理矢理魔力……この場合は生命力か? とにかく力を注いで生き返らせた……って感じなんじゃないのか? だとすれば、マリーナが世界樹にあまり良くないって言ってた意味も理解出来るな)


 そんなレイの考えを悟った訳ではないだろうが、光球はまるで怒っているかのように激しく明滅する。

 光球に後押しされるように考え、やがてレイはデスサイズを手に集落へと向かって地面を蹴る。

 今はとにかく考えるよりも先に行動をするべきだと、そう考えて。

 光球もレイに置いていかれたくはないのか、明滅しながらレイの後を追う。

 集落へと続く道を走っている間にも、上ではセトと巨大蝉が戦っている音が幾重にも響き渡っていた。

 聞く者が聞けば、もしかしたら祭りの合図なのではないかと思ってしまう音だが、現在の状況でそんなことを考えている者はいないだろう。


(いや、こっちで花火とかあるのかどうかは分からないけど。……魔法があるんだし、タクムみたいに過去に日本人が来てたりするんだから、花火とかあってもおかしくないんだけど。いや、うどんとかもなかったみたいだから期待するだけ無駄か)


 デスサイズを手に走り続け、集落へと到着する。

 当然だが戦える者達は可能な限り集落を守る為に障壁の結界の外へと向かっている為、集落にいる者は殆どいない。

 だが、殆どということは皆無という訳ではなく……


「わっ、わぁあっ! 来るな、こっちに来るなよ!」


 聞き覚えのある声が耳に入り、即座にレイは声の聞こえてきた方へと向かって走る。

 十秒も掛からずに到着した場所では、十人近い子供の姿。

 その中にはイアン、カルージャ、ミュルスといった見覚えのある顔も混ざっており、特にルグドスは他の子供達を守ろうと手にした短剣を振り回して、近づこうとしているゴブリンを牽制していた。

 子供達に迫るゴブリンの数は、三匹。

 それぞれが棍棒とも呼べないような、木の棒……それこそ木の枝を適当に折って武器にしたような物を手に、醜い笑みを浮かべてルグドス達を囲む。

 人数では子供達の方が多いし、子供の中には精霊魔法を使えたり、武器の扱いを習っている者もいる。

 だが……それはあくまでも練習であって、まだ実戦を行ったことはない。

 そして現在は子供達だけであり、世界樹が枯れそうになったり、障壁の結界が壊れたり、モンスターが集まってきたりと、非日常といってもいい状況だった。

 そんな中でモンスターとの戦いが出来るかと言われれば、答えは否。

 特にルグドスは森でゴブリンの棍棒によって頭部を殴られ、怪我をしたばかりだ。

 その時のことがトラウマとなっているのか、今短剣を持っているルグドスの手は恐怖で震えている。


「くそっ、来るな! 来るなって言ってるんだよ! お前達、それ以上近づいたら、ただじゃ済まさないぞ!」


 それでもガキ大将として、ルグドスは必死に虚勢を張って年下の子供達をも守りながらゴブリンを牽制する。


「ギャギャギャギャ!」

「ギョギャギョ」

「ギョギャ」


 ルグドスの虚勢を見切っているのだろう。ゴブリン達はそれぞれ笑いながらも木の棒を手にし……


「そこまでだ」


 その言葉が周囲に響いた瞬間、一瞬の風が吹いたかと思うと、三匹のゴブリンは全てが上半身と下半身の真っ二つに切断されていた。


「え? あれ?」


 一言呟かれた瞬間にゴブリンが死んだのを見て、ルグドスは何が起きたのか理解出来ないといった風に周囲を見回す。

 視線の先にいるのは、身の丈よりも巨大な鎌を持った一人の男。

 それが誰であるのかというのは、ルグドスもこの集落に住んでいるのだから当然知っている。

 世界樹の治療の為にやって来た冒険者。

 そしてルグドスにとっては口に出すことはないが強力な恋敵であり、それでいながら昨夜は森に入って意識を失っていた自分を助けてくれた恩人。


(マリーナ姉ちゃんは絶対こいつには渡さねえ!)


 一目見ただけで心を奪われた年上の女性。その名前を内心で呟きながらルグドスは口を開こうとし……


「にーちゃ! にーちゃ!」


 子供達の中から、一際小さい子供がレイへ向かって走り出す。


「ちょっ、おい、ミュルス!」

「レイさん、ありがとうございます」

「レイ兄ちゃん、ありがと」


 真っ先に駆け出していったミュルスの後を追うように、カルージャとイアンの二人も集団から抜けて走り出す。

 この三人は昨夜森でレイに助けて貰い、その力を直接目にしている。

 特にミュルスは自分を助けてくれたレイを慕っており、少し前まではゴブリンを相手に泣きそうな顔をしていたのが嘘のように笑顔を浮かべていた。

 

「大丈夫だったか?」


 そんなミュルスを落ち着かせるように頭に手を乗せて告げるレイ。

 レイが怖い相手ではないと理解したのだろう。他の子供達も皆がレイの下へと走って行く。


「ねえ、ねえ、お兄ちゃん強いね!」

「今のはどうやって倒したんですか? とてもじゃないけど、ただの人間に出来る動きには……」

「ばっか、お前。この人は長老様と戦って勝ったんだぞ! そんなのが普通の人間な訳ねえだろ」

「あ、そう言えば母ちゃんがこのレイって人は人であって人じゃないって言ってた」

「……? 人なの? 違うの?」


 それぞれが好き勝手に言っている様子を見ていたレイだったが、そのまま軽くダークエルフの子供達の頭に手を置いてから、少し離れた場所にいるルグドスの下へと向かう。


「こうして意識がしっかりしている時に会うのは初めてだな。こう言うのも何だけど、昨日ぶり」

「……ふんっ!」


 恋敵に格好悪いところを見られた。それを我慢出来ずにルグドスはレイから顔を背ける。


「何だ、俺は何か嫌われるようなことをしたか?」

「別に」


 口ではそう言ってるが、態度は完全にレイに対しての不満を表してた。


(何でこう嫌われてるんだ? 俺、実際にはこいつと話すの初めてだよな? 昨日は気絶してたし)


 マリーナとの関係を疑われているとは思いも寄らないレイは、ルグドスの態度に疑問しか感じない。

 それでもこのままここにいるのは危険である以上、子供達を放って置く訳にもいかなかった。


「とにかくここにいるとまた他のモンスターが姿を現すかもしれない。今は障壁の結界が復活してるけど、さっき結界が張られてなかった時にモンスターが中に入り込んだ可能性は十分あるからな。実際危なかったし」


 胴体を真っ二つに切断されているゴブリンを一瞥しながら呟くレイに、子供達は小さく息を呑む。

 今回はレイが来てくれたから助かったが、もしレイが来なければ自分達がどうなっていたのかが明らかだったからだ。


「そもそも、何だってこんな時にお前達は出歩いてるんだ? 家かどこかに隠れてればよかったんじゃないか?」

「むっ、お、俺達だって遊んでた訳じゃないぞ! ほら!」


 ルグドスが背負っていたバッグから取り出したのは、何本かのポーション。

 それも低品質なものではなく高品質だろう代物だというのは、容器に彫り物がされているのを見れば明らかだった。


「……何だってお前達が? 大人は一緒じゃなかったのか?」

「皆忙しいから、俺達が取りに来たんだよ!」

「それにしたって、何人か大人が付いてきても良さそうなものだが」


 呟くレイの声を聞いたルグドスは、そっと視線を逸らす。

 それだけで、レイは理解した。……してしまった。

 ルグドス達が大人に頼まれてポーションを取りに来たのでなく、自分達の判断で勝手にやって来たのだということを。


「お前等……この忙しい時に……」


 暇だから外に出たといったものではなく、少しでも大人達の手伝いをしたいからこういう手段を取ったのだろうというのは、レイにも理解出来た。

 そこにはずっと閉じ籠もっていて暇だという思いもあったのかもしれないが、それでも大本にあるのは大人達を……怪我をした集落の者達を助けたいという思いがあったのだと。

 それでもルグドス達が取った行動は決して褒められるべきものではない。

 ルグドスに向けて口を開こうとした、その時……レイのものではない怒声が周囲に響き渡る。


「見つけたわよ、貴方達! こんな場所で何をしてるのよ! ……あ、貴方は……」


 子供達の側にレイがいたのが完全に予想外だったのだろう。ダークエルフの女は驚きに目を見開く。

 それを見たレイは、自分が叱らなくても大丈夫だろうと判断して口を開く。


「じゃあ、悪いが子供達は頼む。俺はまだやるべきことがあるからな」

「え? あ、はい。分かりました」


 唐突なレイの言葉に、女はそう返すことしか出来ない。

 そんな女をそのままに、レイはデスサイズを手にその場を後にするのだった。

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