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レジェンド  作者: 神無月 紅
世界樹
1067/3865

1067話

 姿を現した巨大蝉の大きさは、その全長が二十m程。そして左右に五本ずつの足を備えており、その足の先端には見るからに鋭利な棘が何本もついている。

 背中からは羽根が合計四枚生えており、向こう側が見えるような透明感を持つ。

 だが、見るからに薄い羽根だからといって、その羽根が脆いということにはならない。

 事実、まだ脱皮が完全に終わっていなかったにも関わらず、セトの放ったウィンドアローやアイスアローといった攻撃を逸らすような真似をしたのだから。

 蝉型のモンスターだけあって、顔も蝉に近い。

 レイも日本にいた時は山に住んでいたので、蝉というのは小さい頃から嫌になる程に見てきている。

 だが……それでもレイが見てきた蝉は掌に載る程度の大きさであり、とてもではないが全長二十m程もある巨大蝉でははない。

 大きさが違えばそれだけで受ける印象が大きく変わるというのを、今更ながらにレイは実感していた。


「けど……世界樹から離れてくれれば、こっちも思う存分攻撃出来るんだよ! 飛斬!」


 羽根を広げ、丁度世界樹から飛び立とうとした巨大な蝉へと向かい、レイはデスサイズを振るう。

 その刃から放たれたのは、レイにとっては使い慣れたスキル。

 斬撃が飛んでいき、真っ直ぐに巨大蝉へと向かい……


「ギギギギギギギギッ!」


 羽根を広げ、激しく音が周囲に響き渡る。

 その音の正体が何なのかを知ったレイは、咄嗟に叫ぶ。


「マジックシールド!」


 光の盾が生み出されたと同時に、瞬時に光の粒となって消えていく。


「超音波か……それも……」


 マジックシールドが消え去った場所から、地面へと視線を向ける。

 そこにあるのは、全方位に倒れている草……だけではない。

 何ヶ所かの地面が捲れ上がっており、それがたった今放たれた超音波の威力が最初にレイが食らったものよりも強力だということを示していた。

 もっとも、マジックシールドで防げる以上は、レイにとって同じ扱いに等しいが。

 一瞬だけ視線を背後へと向けると、セトは光球を庇うように前に出ており、その身体の何ヶ所かから血が流れている。

 レイの顔に痛ましげな色と驚きの色が合わさって浮かぶ。

 セトの身体から生えている柔らかな毛はシルクの如き手触りであると同時に、強力な防御力も誇っている。

 それこそ、生半可な刃では毛を切るのも難しい程に。

 だが、巨大蝉から放たれた超音波はそんなセトに対して血を流す程の斬り傷を与えたのだ。

 それがどれ程の威力なのか……そう考えるだけで、レイは顔を厳しく引き締める。


(この戦いが終わったら、すぐにポーションで治してやるからな)


 セトを眺めてそう考え、再度巨大蝉の方へと向き直り……そこで蛹から出た巨大蝉が身体を震わせているのを見て、デスサイズを握って一気に距離を詰める。

 しかし……レイの選択は遅すぎた。いや、この場合は巨大蝉の行動が早過ぎたと言うべきか。

 羽根を振るわせ、身体を一瞬沈め……


「させるか!」


 巨大蝉が何をしようとしているのかを悟ったレイが、その行為を……空へは逃がさんとデスサイズを握ってスレイプニルの靴を利用し、空中を駆け上がって行く。

 そして振り下ろされるデスサイズ。しかしその刃が巨大蝉へと触れる寸前、一気に巨大蝉は四枚の羽根を震わせて飛び立つ。

 一瞬前まで巨大蝉の身体があった場所を、デスサイズの刃が通り過ぎた。


「ちっ! 飛斬!」


 最後の悪あがきと、空を飛んでいる巨大蝉へと向かって飛斬を放つも、四枚羽根を使って器用に身体を斜めにした巨大蝉にあっさりと回避される。


「セト!」

「グルルルルゥッ!」


 空を飛ぶ以上、自分の力だけではどうしようもないと判断したレイが、セトの名前を呼ぶ。

 スレイプニルの靴は空を歩くという能力を与えてくれるが、それでも数歩程度……十歩は無理だという程度のものでしかない。

 やはりレイが空の敵と相対するには、セトの存在が必要不可欠だった。

 レイが呼ぶ声に、当然セトは即座に答える。

 そしてやって来たセトの背に跨がろうとしたレイだったが……不意にセトと一緒に近づいてきていた光球が眩く明滅をしたのを見て、その動きが止まった。

 ただでさえ巨大蝉によって魔力や樹液といったものを吸い取られ、弱っていた光球だ。

 そんな状況であるにも関わらず、こうして激しく明滅するというのは自分の命を縮めることに他ならない。

 そこまでして自分に知らせたいことがあるのかと考えたレイだったが、瞬間、巨大蝉の姿が頭を過ぎる。

 勿論世界樹がここまで弱っているのは、巨大蝉以外の理由はない。

 だがレイが思いついたのは、その巨大蝉が飛んだ方向。即ち……真上。

 そしてこの集落の真上には……正確には集落を囲むようにして何があるのかを知っていた。


「障壁の結界!?」


 そこに存在するのは、この集落をモンスターや野生動物、もしくは奴隷商といった者達から守る為の障壁の結界。

 そして障壁の結界を張っているのは世界樹であり……


「やめろぉっ!」


 天を見上げながら叫ぶレイだったが、巨大蝉はそんなレイの声など全く気にした様子もなく上へ、上へと飛んでいく。

 当然だろう。巨大蝉にとって、レイというのは自分に纏わり付く厄介な相手でしかない。

 その一撃は巨体を持つ自分にすら大きな傷を与えるだろう力を持つ敵であり、出来れば離れたいと思うのは当然だった。

 妙に気になる相手ではあったのだが、それが自分をここまで強力にした魔力によるものだというのは、全く気が付いていない。

 レイの魔力と世界樹の樹液により強力な力を持つにいたった巨大蝉ではあったが、それでも知能については話は別だった。

 一刻も早くレイから距離を取ろうと巨大蝉が選んだ選択……それが真っ直ぐ上へと昇って行くことだった。


「ギギギギギギギ!」


 自分の進む方向に何があるのかというのは、同じような結界を使いこなす能力がある巨大蝉は本能的に理解していた。

 先程レイへと向かって放ったのと同じような超音波を……ただし、真っ直ぐに指向性を持たせて放つ。

 自分の進む道を邪魔するものは許さない。そんな思いがあったのかどうかは不明だが、それでも今回の場合は障壁の結界へと向かって放たれた一撃はその効果を発揮する。

 パリィン、と。

 まるで落としたガラスが砕けるかのような音が周囲へと鳴り響く。

 その音が響いたのは、レイのいた世界樹の場所だけではない。集落にいた全員がその音を耳にした。

 そして、ガラスが砕けた音が示すように障壁の結界は欠片となって地上へと向かって落ちて行き、地面へと触れる前に光の粒となって消える。

 障壁の結界の前で戦っていたエレーナ達やダークエルフ達は、その様子に動きを止める。

 ……今まで集落を守ってきた障壁の結界が、まるでガラスか何かのように割れて消えたのだ。

 それを見て、衝撃を受けない者はいなかった。

 異変が起きたのは障壁の結界だけではない。障壁の結界を破壊しようとしていたモンスター達も同様だ。

 今までは目に意思の光すらないままに行動していたモンスター達だったが、障壁の結界が壊された音が聞こえた瞬間、唐突にその目には意思の光が戻る。

 まるで寝ているところを唐突に起こされたように、現状を全く理解出来ないまま周囲を見回す。

 もしこの時、モンスターが先程までと同じ状態であれば、間違いなくダークエルフ達は甚大な被害を受けただろう。

 それこそ、この集落そのものが立ち直ることが出来ない程の被害を受けていた可能性すらある。

 だが……集落周辺に集まっているのは、圧倒的にモンスターの方が多い。

 そしてモンスターは、基本的に自分の同族以外は敵と見なす種族が多かった。

 中には他のモンスターと共存するようなモンスターもいるが、そんなモンスターはほんの一部でしかない。

 また、モンスター達は密集していた。

 つまり、気が付けば周囲には敵だけがいるという状態のモンスターが多かった。

 ダークエルフもいるが、数としては圧倒的にモンスターの方が多い。

 その結果、障壁の結界が砕けたという事態から我に返ったダークエルフ達が見たのは、モンスターの共食いとも呼べる光景だった。


「っ!? モンスターを攻撃して下さい! 集落には絶対に入れてはなりません! 集落の中には女子供が多くいるのですから!」


 ラグドが叫び、その声で我に返ったダークエルフ達がモンスターへと攻撃する。

 それでも無闇矢鱈に攻撃するような真似はしない。

 モンスター同士を戦わせ、勝った相手の隙を突くようにして攻撃するのだ。

 集落に張られていた障壁の結界が消えた今、どこからでもモンスターは集落に入ることが出来る。

 その為、モンスター達にはダークエルフに注意を向かわせず、近くにいる別のモンスターへと意識を向けさせておく必要があった。


(今は何とかなっていますが……このままでは……)


 焦燥感がラグドを襲う。

 今はモンスターの数が多いので自分達以外の存在に意識が向き、結果として何とかなっているが、このまま事態が進めば間違いなくダークエルフや集落の存在に気が付くモンスターも出てくる。

 そうなる前に何か手立てを考えなければならなかったが、今のままではどうしようもない。


(障壁の結界が破壊されたということは、間違いなく世界樹に何かがあったということ。……つまり、先程の脈動が何らかの原因だったのは間違いないでしょうね。何か……何か現状を打破する手段を考えなければ)


 世界樹のある方へと視線を向け……本来であれば障壁の結界によって見えない筈の世界樹がしっかりと見えるのにショックを受けながらも、ラグドは集落に被害を出さない方法を必死に考えるのだった。






 ラグドが現状を打破する手段を考えている頃、レイはセトの背から飛び降りていた。

 本来であれば、障壁の結界を破壊して飛び去った巨大蝉を追うべきなのだろう。

 だが、今はそうすることが出来ない、決定的なまでの事情があった。


「セト! 悪いが俺は世界樹の方を何とかする必要がある! お前は巨大蝉の追撃をやってくれ! それと障壁の結界が破壊された以上、周辺に集まってきているモンスターもどうにかする必要がある! そっちの方も可能なら頼む!」

「グルルルルゥ!」


 レイの声にセトは鋭く鳴き、そのまま巨大蝉の後を追って空へと飛び立って行く。

 セトが飛び立ったのを見たレイは、世界樹へと向かって走る。

 そんなレイの後を明滅する光球が追っていくが、その光は今にも消えそうな程に小さい。


「くそっ、待ってろ! 絶対にお前を死なせはしない。絶対にだ!」


 世界樹の下へと辿り着いたレイは、幹へと掌を触れさせて魔力を流す。

 思い出すのは、マリーナと一緒に世界樹へと魔力を流した時のこと。

 その要領で世界樹へと魔力を流すのだが……注ぎ込む魔力量は、前回と比べても桁違いに大きい。

 それこそ、前回の数倍、数十倍、数百倍にすら達していた。

 本来であれば、これだけ魔力を注ぎ込めば木の方が枯れてしまうだろう。……下手をすれば、注ぎ込まれた魔力によってモンスターと化してしまう可能性すらある。

 だが、今レイが魔力を注いでいるのは世界樹だ。

 この地にて永きに渡ってダークエルフの集落を守り続けてきた世界樹。

 それだけの力を持つ世界樹が、レイの発する魔力を吸収してもモンスター化する筈がない。そう信じて、レイは魔力を注ぎ続ける。

 実際、巨大蝉によって魔力を吸収されて世界樹が持っていた魔力はほぼ限界まで消費してしまっていた。

 根から吸収されただけではなく、蛹となって幹にしがみつかれた時も足の先を幹へと食い込ませ、そこから魔力や樹液といった世界樹が生きていく上で何よりも大事なものを吸収されたのだ。

 その証拠に世界樹は急激に枯れ始めていたのだから。

 最終的には世界樹が展開していた障壁の結界を強引に破壊し、その反動が致命的なダメージを世界樹に与えてしまった。

 光球の明滅する光が本当の意味で消えかかっていたのが示す通り、あのままであれば世界樹は完全に枯れ……命を落としてしまっていただろう。

 そこにレイが魔力を大量に注いだ。

 それは、まさに間一髪とでも呼ぶべき光景。

 もう数分……いや、数十秒遅ければ、世界樹は完全に枯れてしまっていただろう。

 世界樹が完全に死ぬ寸前に大量の魔力を注がれ……その世界樹はかろうじて生きながらえることに成功する。

 そのまま数分、レイは魔力を注ぎ続け……やがて全体的に枯れていた世界樹の葉は、青々とした生命力に満ちていく。

 レイの側で、いつの間にか地面へと落ちてしまっていた光球も、やがて小さくだが動き、明滅する光も強くなっていった。


「……何とか世界樹を殺さずに済んだ、か」


 視線を空へと向け、そこでセトと巨大蝉が戦っているのを見ながら……世界樹を殺さずに済んだことに、安堵の息を吐くのだった。

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世界樹から離れたタイミングで炎帝の紅鎧使えばいいのに……
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