表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
レジェンド  作者: 神無月 紅
世界樹
1062/3865

1062話

「うー……あー……?」


 言葉にならない声を口にしながら、レイはベッドの上で起き上がる。

 周囲を見回し、やがて動きが止まる。

 そのまま数分が経ち、ボーッとどこかを見ていたレイの目の中に次第に意思の光が戻ってきた。


「ここは……ああ、そうか……」


 改めて周囲を見回し、自分がダークエルフの集落で借りた家にいるのだと思い出したレイはようやく昨夜のことを思い出す。

 森の中に向かった四人の子供達を助け出す為に、自分達も森へと向かったこと。

 そして四人を助け出し、集落へと戻ってきたこと。

 その上でレイとは別方向に向かっていたエレーナ達を迎えると、既に真夜中に近い時間になっていたこと。

 最終的には眠気に負け、この家へと戻ってくるとそのまま眠ってしまったこと。


「よく寝たな。……いや、寝すぎたか?」


 窓から見える太陽は、既に真上にある。

 もう昼近くなのでは? そう思いながらミスティリングから取り出した時計を見ると、レイの表情は驚きに歪む。

 昼近くどころか、既に昼をすぎていた為だ。


「また、随分と寝過ごしてしまったな。……その割りに静かだけど」


 そっと耳を澄ますが、ダークエルフ達が騒いでいる声は殆ど聞こえてこない。

 恐らく昨日の件でまだ眠っているのだろうというのは、レイにも容易に想像が出来た。


「昨日は遅かったし、そのくらいは当然か」


 呟き、ようやく起き上がる気になったレイは、そのまま身支度を済ませると部屋を出る。

 部屋を出ると、そこはもう居間だ。

 そして居間のソファでは予想通りアースがソファで眠りについていた。

 アースの近くでは昨日と同じくポロが自分の九尾を枕にして眠っている。


(昨日と同じか。……まさかな)


 昨日は今と同じような状況から、ラグドが走ってきたのを思い出す。

 二日続けて妙なことにはならないで欲しい……と考えていると、腹の虫が何か食い物を寄越せと自己主張する。


「今日のことは、朝食を食ってから考えるか。……いや、昼食だな」


 既に昼過ぎだということを思い出したレイが呟くと、まるでその言葉に反応したかのように丸くなって眠っていたポロが顔を上げる。


「ポロロロロ? ポル?」


 ご飯? ご飯? と期待を込めた視線を向けられたレイは、笑みを浮かべてそっとポロを撫でる。

 手触りのいい九尾はいつまでも撫でていたくなるが……そんな訳にもいかないかと、ポロから手を離したレイの手は、次にアースへと向けられる。


「おい、起きろアース。そろそろ食事の時間だぞ」

「んあー……うー……もう少し……」

「寝かせてやりたいのは山々だが、もう昼をすぎてる。このままだと一日中眠ることになるぞ。それに、お前は森の異変を解決するんだろ?」

「あー……」


 それから数分程アースを起こそうとしたレイだったが、アースは愚図るばかりで起きてくる様子はない。

 日中に森の中を動き回って身体を動かし、その夜にも森にいって多くのモンスターと戦う羽目になったのだ。疲れているのはレイも理解しているし、寝かせておいてやりたいとも思う。

 だがそれでも、恐らく今日も行われるだろう森の探索にアースを置いていくのも冒険者としてどうかと思い、更に何度か起こそうとするが……


「もういい。俺は何度も起こしたからな。後で後悔するなよ」


 結局起こしきることは出来ず、先にレイの我慢が限界にくるとそのままアースを置いて家を出て行く。

 ……尚、ポロはどうするか迷ったあげく、それでも相棒を置いて行くのは気が引けたのか、その場に残るのだった。

 そして家を出たレイが真っ直ぐに向かった先は、エレーナ達が借りている家……ではなく、レイが借りている家の厩舎。


「グルルルゥ」


 レイがやって来たのに気が付いたのだろう。セトは嬉しそうに喉を鳴らしながら起き上がる。

 寝転がっていたにも関わらず、瞬時に起き上がった辺りレイが大好きなセトらしいと言えるだろう。


「起きてたみたいだな。腹も減ったし、食事にするか?」

「グルゥ!」


 レイの言葉に、セトが嬉しそうに喉を鳴らす。

 腹が減っているのも事実だが、それよりもレイが来てくれたことが嬉しかったのだろう。

 厩舎から出し、そのままセトと一緒にエレーナが借りている家へと向かおうとしたレイは、ふと足を止める。


「グルゥ?」


 どうしたの? と首傾げて尋ねてくるセトに、レイは何も言わずにミスティリングからとあるものを取り出す。

 レイが取り出したそれを見て、再びセトは首を傾げる。

 何故ここでそれを出すのかというのが、全く理解出来なかったからだ。

 今レイの手の中にあるのは、フクロウ型のモンスターデルトロイの死体。

 レイは、セトに向かって口を開く。


「今日も多分、森に出掛けることになる。ただ、昨夜の件を思うと穏便に済む……って可能性は少ない。そもそも、森の異変を解決する為に動いているんだから何か変化があった方がいいのは確かだしな。だから……」


 そこで一旦言葉を切り、解体用のナイフを取り出してデルトロイの胴体へと突き入れる。

 そうして取り出したのは、レイとセトにとって何よりも大事な素材である魔石。

 まだ一つしかない魔石だったが、それだけにレイとセトにとって貴重な物にまちがいはなかった。


「グルゥ?」


 どうするの? と喉を鳴らすセトに、流水の短剣を使って手や短剣、魔石を洗ってからレイは考える。

 尚、魔石を抜いたデルトロイの死体は、後日きちんと素材の剥ぎ取りをするのでミスティリングの中へと戻っていた。


「この魔石は……セトが吸収するべきだろうな」

「グルルルルゥ!」


 レイの言葉に嬉しそうに喉を鳴らすセトをそのままに、レイは周囲の気配を感じようと目を瞑る。


(周囲にこっちを監視している奴の気配はなし、と。以前世界樹とか家の中で感じた視線の類もないし……いや、昨日の件を考えれば、まだ疲れて起きてる奴が少ないのは理解出来るんだけど)


 それでも集落の全員が眠っているというのは有り得ないので、もしかしたら自分達を見張ってるダークエルフがいるのではないか。

 そんな思いがあったのだが、杞憂であったらしい。

 一応セトにも頼んで周囲の気配を探って貰い、レイ以上の感知能力を持っているセトから見ても誰も自分達を監視している相手がいないというのを確認してから、レイは改めて自分が持つ魔石へと視線を向ける。


(デルトロイの隠密能力を考えれば、恐らく)


 デルトロイとの戦いで意外な苦戦をしたレイは、何となくその魔石で習得出来るスキルが予想出来た。

 勿論何か根拠があってのことではない。

 恐らくそうだろうなという予想と、そうであって欲しいという希望的観測の交じった予想。

 それでも何となく問題は無いだろうと判断し、レイは魔石を手にセトへと視線を向け、口を開く。


「セト、行くぞ」


 そう告げ放り投げられた魔石は、いつものようにセトがクチバシで受け止め、飲み込む。


【セトは『光学迷彩 Lv.三』のスキルを習得した】


 同時に脳裏へと響くアナウンス。

 その声を聞いたレイは、特に驚きはなく……寧ろ安堵したように息を吐く。


「やっぱり光学迷彩が強化されたか」


 闇に紛れるデルトロイの能力を考えれば、光学迷彩が強化されるのではないか。そんなレイの予想が的中した形だ。

 それでいてレイの口が笑みを浮かべているのは、セトの持つスキルの中でも光学迷彩というのは強力無比なスキルの一つだからだろう。

 相手からは見えないようになるという、それだけのスキルではあるが……その姿が見えなくなるのがセトであれば話は別だった。

 身体能力だけで強力な一撃を放つことが出来るセトが透明になる。

 つまり、相手は全く気が付かないうちに敵対しているセトを間近まで近づけることになり、グリフォン特有の強力無比な一撃を防御の態勢も取れないままに受けることになるのだ。

 セトの戦闘力を知ってる者にとっては、まさに悪夢と呼べるスキルだろう。

 ファイアブレスや王の威圧のように、レイ程ではないにしろ広範囲に攻撃可能なスキルを持っているセトだ。光学迷彩を上手く使えば、一軍ですら足止め……もしくは蹂躙することも、やろうと思えば出来る筈だった。


「光学迷彩が得られたのは大きいな。……レベル二の時は透明になってられたのは二十秒くらいだったけど、今はどうだ?」

「グルルゥ!」


 その声と共に光学迷彩が発動し、セトの姿が消えていく。

 そうして、再び姿を現したのは四十秒程が経ってからのことだった。


「レベル三で四十秒か。レベル二で二十秒だから、レベルがあがるごとに倍になっていくのか? レベル四で八十秒、レベル五で百六十秒……って具合に」

「グルゥ?」


 そうなの? とレイの言葉にセトは首を傾げる。

 自分のスキルではあるが、それでもまだ習得したばかりの光学迷彩だ。何より、まだ習得していないこれから先のことを言われても、それに頷ける訳もない。

 自分の気持ちが逸りすぎているのに気が付いたのだろう。レイは苦笑を浮かべると、セトへ手を伸ばしてそっと頭を撫でる。


「そうだよな、まだ習得してる訳じゃないスキルの詳細を知ってる訳がないか。……魔石の吸収も終わったし、そろそろ食事に行くか」

「グルゥ!」


 レイの言葉に空腹を思い出したのだろう。セトは早く行こう、すぐ行こう! と喉を鳴らす。

 そんなセトに引っ張られるようにレイは厩舎のある場所から外へと出ようとして……


「いた! レイ、俺を置いて行くつもりだったのか!? ちょっと酷くないか!」


 慌てた様子のアースが、家から飛び出してくるのに遭遇する。


「……あ、ああ」


 そんなアースに、一瞬だけレイは息を呑む。

 あまりのタイミングの良さに、もしかしてセトが光学迷彩を使うところを見られたのではないかと思った為だ。

 いや、光学迷彩を使用したところを見られる程度であれば、特に問題はない。

 元々セトがグリフォンの希少種であり、様々なスキルを使いこなすということは少しでもレイとセトの情報に詳しい者であれば知っていることなのだから。

 光学迷彩についても、昨年に行われたベスティア帝国の内乱で使用している。それも大勢の兵士の前で、だ。

 だとすれば、それについての情報が広まるのも時間の問題だし、実際に広まっているは事実だ。


(もっとも、セトが透明になるってことで余計に恐怖を抱くことになるだろうけど。それ以前にアースの性格を考えると、見たら見たって言いそうだしな。それを言わないってことは、多分見てないんだろ)


 アースの態度からそう考え、二人と二匹はそのままエレーナ達が借りている家へと向かう。

 その家が近づいてくるに従い、やがて漂ってくるいい匂いにレイだけではなく他の者達も腹の音を鳴らす。


「ポロロロロ!」

「グルルルルゥ!」


 二匹はまるで本能に引きずられるように、早く行こう、早く行こうと鳴き声を上げる。

 ……もっとも、ポロはセトの頭の上に乗っているのだが。

 いつもは背の上に乗っているポロだったが、今は少しでも遠くを……エレーナの家を見たいという思いが強いのだろう。

 レイとアースもそれぞれ自分の相棒の姿に小さく笑みを浮かべると、視線を交わしてから一段と歩む速度を上げる。

 そしてエレーナ達の借りている家の前へと到着すると、そこでレイ達を迎えたのはマリーナの姿だった。


「あら、おはよう。丁度食事が出来る頃にやって来るなんて、随分とお腹が空いてたみたいね」

「マリーナ……もしかして昨日もこっちに泊まったのか?」

「違うわ。起きてからこっちに来たのよ。……さ、入って。朝食にしましょ」


 マリーナに通されたのは、当然のように中庭。

 レイ達が来るというのを予想しており、そしてレイが来るということはセトも来るというのは間違いなく、それを見越しての庭での朝食となった。


「おはよう、レイ。アースも昨日は良く眠れたか?」


 真っ先に声を掛けてきたのは、丁度焼きたてのパンが入ったバスケットをテーブルの上に置いたエレーナ。

 公爵令嬢が食事の準備をしていると知れば、驚きに目を見開く者もいるだろう。

 しかもエレーナはただの公爵令嬢ではない。姫将軍の異名を持つ人物でもある。

 もしこの光景を見た者が他人に話しても、エレーナがどのような人物なのか知っている者でなければ信じることは到底不可能だろう。

 続けてアーラやヴィヘラ、ビューネといった者達も料理を運び……やがて全員で朝食の時間が始まる。


「このパンは美味いな。焼きたてで柔らかい」


 パンを口に運びながら呟くレイの言葉に、マリーナは笑みを浮かべて頷く。


「そうでしょう。この集落でもパン焼きの名人と呼ばれている職人が作ったものだもの」

「……昨日の今日で、良く焼きたてのパンを作れたわね」


 パンを焼くには、生地を練るところからやらなければならず、どうしても時間が掛かる。

 この集落のダークエルフの殆どが昨夜は夜中まで起きていたのを考えると、パンを焼いた職人は殆ど睡眠時間がなかったのではないか。

 そう告げるヴィヘラに、マリーナは少し困ったように頷く。


「そうなのよ。でも、パンを焼いてからはぐっすり眠るって言ってたから、今頃は夢の中じゃないかしら」


 その言葉に、なる程と全員が頷き……丁度そのタイミングで、ドクンッと以前にも感じた脈動がダークエルフの集落全体を襲うのだった。

【セト】

『水球 Lv.三』『ファイアブレス Lv.三』『ウィンドアロー Lv.三』『王の威圧 Lv.一』『毒の爪 Lv.四』『サイズ変更 Lv.一』『トルネード Lv.二』『アイスアロー Lv.一』『光学迷彩 Lv.三』new『衝撃の魔眼 Lv.一』『パワークラッシュ Lv.四』『嗅覚上昇 Lv.一』『バブルブレス Lv.一』『クリスタルブレス Lv.一』


光学迷彩:使用者の姿を消すことが出来る能力。ただしLv.三の状態では透明になっていられるのは四十秒程であり、一度使うと再使用まで三十分程必要。また、使用者が触れている物も透明に出来るが、人も同時に透明にすると二十秒程で効果が切れる。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ