1057話
セトの王の威圧により動きを止めたコボルトを一方的に虐殺したレイとセトは、周囲を見回してダークエルフの子供達がいないことを確認する。
そして先程のゴブリン同様にレイがコボルトの一匹をミスティリングへと収納すると、安堵と失望両方の交じった溜息を吐く。
ここに行方不明になったダークエルフの子供がいないのは、コボルトの惨殺現場を見ないで済んだのだから幸運だったと言えるかもしれない。
だが同時に、結局またダークエルフの子供達を見つけることが出来なかったというのは、レイにとって残念な思いを抱かせるのに十分だった。
「次、行くか。そろそろ何らかの手掛かりとか見つけたいんだけどな」
「グルゥ……」
レイの言葉に、セトが同意するように喉を鳴らす。
このままではダークエルフの子供達を見つけるよりも前に、森の中にいるモンスターの殆どを倒すことになりそうだ……というのが、レイの正直な思いだった。
それは決して嫌ではないが、それでも現状を考えれば子供達の確保を真っ先に考えた方がいいのは事実だ。
「とにかく少しでも多く周囲を探りつつ、ついでにモンスターを倒して行くのがいいだろう……な!」
その言葉と共に振るわれるデスサイズ。
同時に、柔らかい何かを切断するような感触がデスサイズ越しにレイの手へと残る。
「何だ?」
自分が切断した何かへと視線を向けようとするレイだったが、それよりも前に再び何かが自分達の方へと放たれたのに気が付き、デスサイズを振るう。
再度感じる柔らかい手応え。
それこそ、まるで布か何かでも斬ってるような、そんな感触。
(何だ? 俺は何を斬っている?)
そんな柔らかい何かで自分に危害を加えることが出来るとは思わないが、それでも敵意と共に攻撃されているのは事実だ。
多分大丈夫だからという理由で、その攻撃を放って置く訳にはいかなかった。
だが敵の攻撃がどんな意味を持っているのか分からない以上、そのまま大人しく防ぎ続けているというのも面白い話ではない。
(ちっ、仕方がないか。夜に使うのは目立ちすぎるから遠慮しておきたかったんだけどな)
内心で忌々しげに呟くと、レイはデスサイズのスキルを使用する。
「マジックシールド!」
その言葉と共に生み出されたのは、あらゆる攻撃を一度だけではあるが防ぐ光の盾。
……その効果は非常に高く、防御におけるレイの切り札とも呼べるスキルではあるのだが……
「やっぱり目立つな」
レイの言葉通り、マジックシールドは光の盾であり、当然夜の……それも月明かりも雲に遮られているような森の中では、異様な程に目立つ。
つまり、敵にとってはいい攻撃の的になるという訳で……
再度放たれた敵の攻撃に、レイは何をするでもなくじっと待つ。
風切り音の類も一切ないままに飛んできたそれは、マジックシールドへとぶつかり、動きを止める。
同時にマジックシールドは光と共に消えていく。
だが……そのマジックシールドにぶつかった何かを、レイの目は見逃すようなことはなかった。
「羽根、か」
そう、それは羽根。
先程から音もないままにレイとセトへと攻撃をしていたものの正体は、羽根だった。
矢のように空気を斬り裂くような音すらもしなかったのは、羽根の柔らかい部分が風切り音を消していたのだろう。
「ホーッ! ホーッ!」
自分の攻撃が防がれたというのに気が付いたのか、羽根を放ってきていたモンスターの鳴き声が響く。
「フクロウ型のモンスターか。……まぁ、見たまま普通のフクロウって訳じゃないんだろうけどな」
夜目は利くレイだったが、それでも木々の茂みに紛れられると簡単にその姿を見ることは出来ない。
それでも微かに見えたのは、間違いなくフクロウの姿のように見えた。
勿論こうして羽根を飛ばすような攻撃をしてくる以上、レイが口にしたようにただのフクロウではなく、モンスターの類なのは間違いない。
事実、レイはフクロウの額に第三の目があるのを見ていたし、身体からも角のようなものが生えていたのだから。
とてもではないが普通のフクロウな筈はなかった。
フクロウの大きさも決してエアロウィングのように大きい訳ではなく、普通のフクロウよりも一回り大きい程度でしかない。
それだけに木々の多いこの森の中では、木の枝に隠れるようにしてレイとセトの目から姿を消そうとする。
レイとセトも夜目は利くのだが、だからといって木の枝に隠れるようにされては目で追うことは出来ない。
また、フクロウのモンスターだけにエアロウィングと違って翼を羽ばたかせても音がしないという特徴がある。
正確には音がしないのではなく驚く程に小さい音なのだが、レイの耳ではフクロウの翼が羽ばたく音を聞き取ることが出来ない。
セトはかろうじてその音を聞き取ることが出来ていたが、それも微かにという程度であって、明確にどこにいるのかを理解出来る程ではなかった。
「ちっ、厄介な……」
舌打ちをしながら、レイは一瞬だけではあったが視界に捉えたフクロウ型モンスターの名前を思い出そうとする。
モンスター辞典に載っていた筈……と、考えるとすぐに思い出すことが出来た。
ランクCモンスター、デルトロイ。
見ての通りフクロウ型のモンスターで、ランクCモンスターという扱いだが個人で倒せる程度の強さしかない。
純粋な戦闘力だけを考えればランクDモンスター相当の戦闘力しかないのだが、夜にしか行動しないという特性や、移動する際に音を立てないことや周囲の闇に同化するかのような隠密行動能力。また、レイが幾度も防いではいるが羽根を飛ばして攻撃するといったような非常に高い隠密性を持つ故に、ランクCモンスターとなっている。
討伐証明部位は尾羽。
クチバシや爪、額の第三の目、内臓の何種類かが素材として取引されている。
「……デルトロイ、か。三ツ目フクロウの癖に、随分と格好いい名前を持ってるようだ、な!」
再び何かが動いたと思った瞬間に振るわれるデスサイズが、デルトロイが放った羽根を斬り落とす。
(こうも何枚も羽根を飛ばしてると、そのうち羽根がなくなるんじゃないのか? いっそこのまま持久戦を……って訳にもいかないか)
ダークエルフの子供達を探す為に、わざわざ危険な夜の森へと入っているのだ。出来るだけ早く視線の先にいるデルトロイを倒し、子供達を探す作業に戻らなければならないだろう。
つまり、なるべく早くデルトロイを倒す必要があると判断すると、レイは牽制とばかりにデスサイズを振るう。
「飛斬っ!」
放たれた斬撃は、真っ直ぐにデルトロイがいると思われる場所へと向かって行く。
だが、そのまま数本の太い枝を切断しながら進むも、既に飛斬の進行方向にデルトロイの姿はなかった。
「痛っ!」
飛斬が外れたと判断して周囲を見回していたレイだったが、不意に右肩の後ろに微かな痛みを感じる。
正確には痛みとまでは言えない程度の刺激。
デルトロイの姿を探す為に極度に集中していたおかげで、ちょっとした刺激でも痛みとして感じてしまったらしい。
デスサイズを右手で持ち、左手を右肩の後ろへと回してみると、そこにはデルトロイの羽根があった。
恐らくレイが先程飛斬を放つより前に後ろへと移動しており、飛斬を放った後の隙を突いて羽根を放ったのだろう。
デルトロイにとっては一撃必殺のつもりだったのかもしれないが、生憎とその計算の中にはレイが着ているドラゴンローブという要素は入っていなかった。
結果として、ドラゴンローブを貫くことは出来ずにただレイにちょっとした衝撃を与えた程度の驚きを与えることしか出来なかった。
「後ろに回ってたか。……厄介な真似をしてくれる」
咄嗟に後ろを振り向くレイだったが、当然のように既にそこにはデルトロイの姿はない。
闇に紛れ、木の枝に紛れ、その場から姿を消していた。
「グルルルゥ」
姿を見せずに襲ってくる相手に、セトは苛立ちを露わに喉を鳴らす。
勿論手段を選ばなければ倒す手段は幾らでもある。
それこそセトのファイアブレスや、レイの炎の魔法を使えば回避することすら出来ずに仕留めることが出来るだろう。
だが……この森の中でそのような攻撃を行うということは、間違いなくダークエルフとの全面衝突を意味する。
そんな事態を望んでいないレイとしては、当然そのような手段を取る訳にはいかない。
「セト、耳が駄目なら鼻だ」
「グルゥ、グルルルルゥッ!」
レイの声に、セトは任せてと喉を鳴らして嗅覚上昇のスキルを使う。
そして通常よりも鋭くなった嗅覚により周囲の臭いを嗅ぎ……すぐに視線を一ヶ所へと向けると、大きくクチバシを開く。
「グルルルルルゥッ!」
その口から放たれたのは、炎……ではなく、大小無数の泡。
セトのスキルの一つ、バブルブレス。
直接的な攻撃力はないのだが、放たれた泡が破れると高い粘着力を持つ液体へと変わって周辺に飛び散る。
その多くの泡が射程の放たれた先にある枝にぶつかって破裂し、粘着性の液体へと変わって周囲の枝とくっつく。
しかし……無数に離れた泡は、その大きさもそれぞれ違う。
上手い具合に枝の隙間を潜り抜け、時には先に破裂した液体によって他の枝とくっついた隙間を通り抜け……やがて幾つかの泡がデルトロイの下へと辿り着く。
「ホーッ! ホーッ!?」
まさか夜の森をテリトリーとする自分がこんなに簡単に居場所を見つけられるとは思ってもいなかったのだろう。
事実、先程のレイの飛斬はデルトロイが消え去った後の場所へと放たれたのだから。
それが油断となったのか、セトのバブルブレスには近くの枝が粘つくまで全く気が付いた様子がないまま、デルトロイはその泡に絡め取られてしまった。
更に運が悪かったのは、枝に止まっていた状態から泡に触れた瞬間に飛び立とうとしたことだろう。
足と枝に命中した泡は、その瞬間に粘着性を持つ液体へと変わって枝とデルトロイの足をその液体でくっつける。
当然飛べると思っていたデルトロイは、音を立てずに翼を羽ばたかせながら枝から飛び立とうとし……次の瞬間飛べないことに気が付き、混乱の悲鳴を上げた。
「よし! ……って、この状況だと俺もすぐに向かうって訳にはいかないな」
セトの放ったバブルブレスは、この状況を打破すべき手段ではあった。
だが同時に、バブルブレスの触れた場所は粘着性の液体に塗れており、レイも迂闊に進むことは出来ない。
周囲を見回して他に敵の気配がないのを悟ると、レイはすぐに決断する。
「セト、暫くここで周囲を警戒」
「グルゥ!」
レイの言葉にセトは素早く反応し、任せて! と喉を鳴らす。
そんなセトに信頼を込めた視線を向けると、レイはその場を後にする。
向かうのは、デルトロイがいる方向……ではなく、右側。
別にこのままこの場を離れるのが目的という訳ではなく、遠回りしてデルトロイの方へと向かう為だ。
バブルブレスの射線は基本的にセトの向いている方向へ一直線であり、そうである以上はバブルブレスのない場所を通って行けば粘着性の液体に触れずに済むという考えだった。
(悲鳴があったし、恐らくバブルブレスで羽根とかを絡め取られて動けない筈。であれば、少し遠回りしても逃がしたりせずに済む筈)
考えながら、レイはデスサイズを手に夜の森の中を走る。
木の枝がぶつかってくるが、ドラゴンローブを着ており、フードを下ろしているレイにとってはその程度は邪魔にすらならない。
顔にぶつかるような長い枝は顔を下げて回避しながら森の中を進んでいくと、やがて視線の先に標的のデルトロイが見えてきたのだが……ここまで走ってきたその動きが止まる。
「……こうなることも予想して然るべきだったな」
溜息と共に呟かれたレイの視線の先では、デルトロイが木の枝にぶら下がっている状態になっていた。
フクロウ型のモンスターであれば、もしかしたら意図的なものかも? と思ったレイだったが、何とか現状から抜け出そうと四苦八苦している様子を見ればそんな思いも吹き飛んでしまう。
バブルブレスによって足と枝がくっついてしまったにも関わらず、それに気が付かないまま飛び立とうとした結果、強制的にぶら下がるような格好になってしまったのだ。
「何て言うか……哀れだな」
「ホーッ! ホーッ!」
レイの呟きに気が付いたのだろう。デルトロイは威嚇するように鳴き声を上げて牽制するも……今の状況では何が出来る筈もない。
それでも何とか羽根を飛ばしたりといった真似をするも、見える位置から放たれる羽根を防ぐのはレイにとってさして難しくもなく……デスサイズの一撃によって、あっさりと首を切断されるのだった。