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レジェンド  作者: 神無月 紅
世界樹
1031/3865

1031話

 頭部を破壊されて地面へと落ちてきたエアロウィングは、その見掛けとは裏腹にそれ程大きな音を立てなかった。

 そんな様子に疑問を持ったレイは、投擲して手ぶらになった手へと再びミスティリングからデスサイズを取り出して握る。

 飛斬のように飛んでいくスキルは使う訳にはいかないが、それでも純粋に武器としてデスサイズは使いやすかった為だ。

 ……大鎌のデスサイズは普通なら扱いにくい武器なのだが、レイはそんな常識は関係ないと態度で示すように、地上へと落下したエアロウィングへと近づいて行く。

 頭部を失ったエアロウィングだが、素材としてはまだ十分に使える。

 そして何より、胴体部分が無事である以上レイが欲している魔石も無事であることを示していた。


(まぁ、全員で倒したんだから素材の分配はする必要があるだろうけど……まさか、森に入っていきなりモンスターと遭遇……いや、オークがいたか)


 エアロウィングの死体を眺めていたレイの視線は、エアロウィングの頭部をパワークラッシュで破壊した……否、消し飛ばしたと表現した方が相応しい一撃を放ったセトへと視線を向ける。

 既に地上へと着地したセトは、地面に右前足を擦ってそこについているエアロウィングの血や肉、脳髄といったものを落としていた。


「レイ、そのエアロウィングはアイテムボックスの中に収納してくれるかしら。今はとにかく集落に向かうことを優先しましょう」


 馬車からのマリーナの声に頷くと、レイはそっとエアロウィングの死体へと手を伸ばす。

 次の瞬間にはエアロウィングの姿はそこに何もなかったかのように消える。


「うわっ、え? 何それ!? モンスターの姿が消えたよ!?」


 少し離れた場所で、戦いには全く出番のなかったジュスラが驚きの声を上げる。


(セトの存在には殆ど驚かなかったのに、ミスティリングには驚くのか?)


 セトを初めて見た時のジュスラは、驚愕の表情を浮かべて驚いてはいた。

 だがそれでも、オードバンと同様に初めてセトを見た者が表す驚きとしては圧倒的に小さかったと言ってもいい。

 ……もっともオードバンの場合はセトよりもレイに対する警戒心の方が強かったというのが、セトを見ても驚かなかった理由なのだが。


「驚いているところを悪いけど、マリーナの方を見た方がいいぞ」

「え? あっ、ごめんなさいマリーナ様!」


 既にレイとジュスラ以外の面々は馬車へと戻っており、マリーナが馬車の扉を開けて二人が来るのを待っている。

 それを見たジュスラが、慌てて馬車へと戻っていくのを見送ると、レイもまたそんなジュスラの後を追う。

 だが、その途中でふと視線を感じたような気がして、足を止める。


「……気のせいか?」


 周囲を見回すが、どこにも自分に視線を向けている者はいない。


(気のせいか)


 再度同じ言葉を内心で呟くと。そのまま馬車の方へと向かって歩き出す。

 気のせいだと自分で思ってはいても、実際には恐らく違うのだろうという思いを抱きつつ。

 それでもここで周囲を詳しく探さなかったのは、ここでこうしている間にもまたモンスターに襲われる可能性があった為だ。

 勿論レイとしては未知のモンスターに襲撃されるのは全く構わないのだが、ここにいるのはレイだけではない。

 ましてや、レイ達は今回世界樹の治療の為にダークエルフの森までやってきたのだ。

 そしてここで下手に魔力を使った攻撃をし、それが外れると多少なりとも世界樹の負担になると言われれば、それを承知の上でここに残りたいという我が儘は口に出来ない。


「レイ?」


 マリーナの言葉に我に返り、すぐに馬車の方へと向かい、馬車の中へと乗り込む。

 結局最後までレイは自分に視線を送っている相手を見つけ出すことは出来なかった。






「エアロウィング、か。また厄介なモンスターが姿を現したわね」


 そう呟くのは、空を飛ぶモンスターに対する攻撃手段が殆どないヴィヘラだ。

 殆どとあるように、攻撃手段は一応ある。

 だが、それは近くにある石を拾って投げたりといった方法であり、とてもではないがヴィヘラの戦闘欲を満足させてくれるようなものではない。

 出来れば近接戦闘を行いたいというのがヴィヘラの希望なのだから。


「まあ、それでも良かったんじゃない? エアロウィングがレイに攻撃をしようとしたのを防ぐことは出来たんだから」


 ゆったりとした雰囲気の中で、マリーナが呟く。

 そんなマリーナの言葉にヴィヘラは少し不満そうにするものの、それ以上は何も言わずにテーブルの上の紅茶へと手を伸ばす。

 尚、この紅茶はエレーナが淹れたものではなく、ジュスラが淹れたものだった。

 ジュスラが紅茶を淹れられるということに、この場にいる全員……それこそオードバンですら驚いたのだが、ジュスラの淹れた紅茶はエレーナが淹れた紅茶よりも味が上なのは事実であり……それを知ったエレーナは、少し悔しそうに紅茶を口へと運ぶ。

 そんなエレーナの近くで、レイは甘酸っぱい木の実を練り込んで焼かれたパンへと手を伸ばしながらマリーナへと尋ねる。


「それより、障壁の結界だったか? それがある場所にはどれくらいで着くんだ?」

「そうね。今みたいにモンスターが出て来るかもしれないから、何とも言えないけど……このまま特に何もなければ三時間くらいかしら」

「モンスターが出てくるのはあまり面白くないけど、エアロウィングならまだ許せるかなー」


 ジュスラの言葉に、マリーナとオードバンはそれぞれ頷く。


「エアロウィングは素材としても美味しいけど、純粋に肉としてもかなり美味しいものね。以前私が戦った時は、ダンジョンだったから自由に動かれずに済んだけど、それでもビューネがいなければ逃がしていたでしょうし」


 勝てなかったではなく逃がしていたというところにヴィヘラのプライドが表されていたのだが、客観的に見てそれは事実でもあった。

 それだけの実力をヴィヘラが持っているというのは、この場にいる全員が理解している。

 合流したばかりのジュスラも、この森に戻ってくるまでの間に野営をした時、ヴィヘラが模擬戦をやっているのをその目で見て、どれだけの力を持っているのか理解している。

 だからこそヴィヘラが強がっている訳ではなく、純粋に自分の実力を理解した上で言っているのだということはしっかりと理解していた。


「ん!」


 そして、ビューネは以前エアロウィングと戦った時に活躍した長針を取り出して、少しだけ唇の端を曲げて自慢そうに声を上げる。


「ビューネの攻撃方法は、色々と便利よね。正直羨ましいわ。ねぇ、ビューネ。もし良かったら、私に今度その長針の使い方を教えてくれない?」

「ん」


 そう誘うような言葉を継げてくるオードバンに、ビューネは首を横に振る。

 オードバンやジュスラがこれまでの日々でヴィヘラの能力を理解したように、ビューネもまたオードバンの性癖とでも呼ぶべきものを理解していた為だ。

 勿論性癖と言っても、本当に貞操の危機という意味ではない。

 オードバンが好むのは、あくまでも美女や美少女といった相手を見て楽しみ、少し触って楽しむということであり、恋愛的な部分でまで女が好きな訳ではない……筈だった。

 少なくても、この一行はそう認識している。

 どことなく怪しい雰囲気になりそうなのを察したのか、エレーナが機先を制するように口を開く。


「エアロウィングはどう分ける? 私は特に必要はないのだが……」

「素材はいらないから、魔石と……出来れば肉も欲しい。ただ、肉に関しては可能であればって範囲でいいけど」


 最初に声を発したのは、当然のようにレイ。

 デスサイズに使うにしろ、セトに食べさせるにしろ、未知のモンスターの魔石というのは是非とも欲しかった。

 肉に関しても美味いというのであれば、食べてみたいという思いが強い。


「レイが魔石を集めているというのは分かってるから、私は構わないけど」

「そうね。私も特に問題ないわ」


 マリーナとヴィヘラがそれぞれ頷くと、他の面々も特に異論はないのか頷きを返す。

 ビューネは少し躊躇いがあったが、それでも最終的にはレイに魔石を譲る決断をした。

 ここで意地を張ってレイから貰える美味い料理を食べられなくなるのは困ると判断した為だ。


「じゃあ、肉だけど……正直、大きさよりも取れる肉はあまり多くないのよね」


 溜息を吐きながら告げるマリーナだったが、その言葉は決して間違ってはいない。

 エアロウィング自体は大きいのだが、それは翼を含めての大きさだ。

 その翼を入れなければ、大きさは半分……いや、三分の一くらいにまで減ってしまう。

 そうなれば、当然食べる部分も少ない。


「誰か一人に独占させるんじゃなくて、全員で食べる時に使うのはどうです?」


 ジュスラの言葉に皆が頷き、レイもまたそれならいいかと判断して肉の行方も決まる。

 その後はエアロウィングの素材……特にその身体を覆っていた羽毛は布団や服を作るのに便利らしく、寧ろ羽毛の取り合いでそれなりに白熱することになる。

 最も羽毛を欲しがったのはマリーナで、それに対抗するヴィヘラも一歩も退く様子はない。

 オードバンやジュスラも羽毛は欲しかったのだが、結局マリーナに遠慮して、エレーナは特に欲しがる様子を見せず、ビューネは微かに欲しそうだったが、それでもマリーナとヴィヘラの間に入っていくのは無理だと判断したのか、テーブルの干した果実を食べていた。


「ヴィヘラはそんな服装をしているのに、エアロウィングの羽毛なんて何に使うのかしら?」

「あら、そう言うマリーナだって、そのドレスのどこに使うつもり?」


 お互いに相手を牽制しあっている様子は、まさに女の戦いと呼べるのかもしれない。

 ふとそんなことを思ってしまうレイだったが、関われば色々と面倒なことになるのだろうと判断し、エレーナへと話し掛ける。


「この馬車を牽いている馬、かなりでかいけどモンスターとか普通に踏み殺したりしそうだな。前にもそんなことを言ってたけど」

「うん? ああ、小さい頃からしっかりと訓練してきた馬だからな。馬というのは、本来酷く臆病な動物だ」


 その言葉を聞いても、この馬車を牽いている馬を見て納得する者は少ない……いや、いないだろう。

 それだけこの馬車を牽いている馬は巨体であり、見るからに凶悪な面構えをしている。

 低ランクモンスター程度であれば、出てくれば問答無用で蹄で踏み潰していくだけの力を持っているのだから。


「ふふっ、レイが何を考えているのかは分かるが、それなりに可愛いところもあるのだぞ?」

「……あるのか?」

「ああ。世話は主にアーラがやっているが、時々私も手伝っている。その時には酷く大人しく、セトやイエロ程……とは言わないが、それなりに甘えてくる」


 レイの脳裏を、馬車を牽いている馬の姿が過ぎる。

 馬というより、馬に似た別の生き物……とでも表現した方が相応しいだろうその姿でエレーナに甘えている様子は、全く想像出来なかった。


「うん? どうやら想像出来ないらしいな。まぁ、他の者に言っても同じような顔をするので、大体想像は出来ていたが。だが、そうだな。セトという存在がいるレイなら、あの二頭も懐くかもしれないな。今度挑戦してみるか?」

「そうだな、少し面白そうではある」


 馬という生き物とレイが関わったのは、エルジィンに来てからだ。

 そんな中でも、現在レイが乗っている馬車を牽いている二頭の馬は色々な意味で特別だった。

 訓練された馬というのは、他にも何匹も見たことがある。

 だが、それらの馬と比べても尚、この馬車を牽いている二頭は別格に思えた。

 レイが乗り気なのを理解したのだろう。エレーナは嬉しそうな笑みを浮かべる。

 自分の好きな人が、自分と同じものを好きになってくれるというのは、とても……そう、とても嬉しいことだった。

 予想外に訪れた幸福の一時ではあったが、そんな時間は長く続かない。


「あら、エレーナ。随分と嬉しそうね。私がマリーナと話している間に、いいことがあったのかしら」


 ヴィヘラが笑みを浮かべてエレーナに声を掛け……


「ふーん。……ねぇ、レイ。エレーナ様と何かいいことがあったのかしら? 私にはあまり関係ないけど、同じ馬車の中でそんな空気を作られると、ちょっと気になるわ」


 胸元の深い谷間を強調してレイへと声を掛けるマリーナ。

 そんなマリーナの様子に、エレーナへと詰め寄ろうとしていたヴィヘラまでもが足を止める。


「ちょっとマリーナ。何でレイに迫ってるのよ。誘惑は禁止よ」

「うむ。少しマリーナははしたないのではないか? もう少しこう、慎みをだな」


 数秒前までは敵対していたとは思えない程に息を合わせるエレーナとヴィヘラ。

 そんな二人に、マリーナは余裕を感じさせる笑みを浮かべつつ、二人の追及を誤魔化すのだった。

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