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レジェンド  作者: 神無月 紅
世界樹
1030/3865

1030話

 アーラが馬車を止めて皆が降りる。

 馬車から降りたダークエルフの三人以外の全員が感じたのは、疑問だった。


「ねぇ、マリーナ。本当にここに世界樹の結界があるの? 私の目から見ると、とても何かがあるようには思えないんだけど」


 周囲を見回しながら尋ねるヴィヘラに、マリーナは……そしてオードバンとジュスラが小さく笑みを浮かべてそれぞれ頷き、三人を代表するようにマリーナが口を開く。


「でしょうね。世界樹の結界と言っても、そこにあると分からないようになっているのよ。結界がそこにあると知れば、それを破ろうとする人は当然出てくるでしょう? けど、迷い込んだ相手が知らないうちに結界によって方向感覚をずらされ、森の中に戻っていくというのが第一の結界よ」

「……第一? それだと他にも結界があるってこと?」

「ええ。この結界を越えて暫く進めば、そこには物理的な結界……障壁の結界があるわ。……でも、迷いの効果も私が知ってる頃に比べると、随分と落ちているわね」


 少し悲しそうな表情を浮かべたマリーナだったが、やがて目を閉じると魔力を集中させて口を開く。


「お願い、通してちょうだい」

 

 その短い言葉が発揮した効果は、見て分かる程に明白だった。

 見て分かる変化ではない。だが、確実に何かが変化したのだ。


「これが世界樹の結界なの?」


 驚きの声と共に呟かれたヴィヘラの言葉に、オードバンは誇らしそうな笑みを浮かべて頷きを返す。


「そうよ。これが世界樹の結界。……ただ、マリーナ様が言ってたように、以前に比べると随分力が落ちてるんだけど」


 世界樹の病というのはそれ程に厄介な代物なのだと言外に告げてくるオードバンの言葉に、ヴィヘラは視線を進行方向へと向ける。

 そこにあるのは、深い森。

 そんな森の中からは、幾つもの生き物が動いている気配がしてくる。


「さあ、行きましょう。ここからは今までよりもモンスターは出てこないから、そこまで速度を出さなくても平気よ」


 マリーナが促し、セト以外の全員が再び馬車へと乗り込もうとし……


「キュ!」


 エレーナが抱いていたイエロが、短く鳴き声を上げると羽を羽ばたかせてセトの背の上へと着地する。


「キュ?」


 いい? と小首を傾げてエレーナへと尋ねるイエロに、その主人は少し考えてから視線をマリーナの方へと向ける。


「ここからは今までのように多くのモンスターが出てこない、という話だったが……馬車の速度はどのくらいで進む予定だ?」

「そうね……」


 馬車を牽く二頭の馬は、まだ息が切れてないように思える。だが、それでもかなりの速度でここまで走ってきたこともあり、外からは分からないが、体力を消耗しているのは間違いがなかった。 

 だとすれば、ここで無理に走らせる必要はないと判断する。


「普通に進んでも大丈夫だと思うわ。ただ注意して欲しいのは、この迷いの結界の中にもモンスターはいるということよ。それこそ迷いの結界は一定以上頭が良くないと効果が発揮しないこともあるから、本能に身を任せているモンスターとかは迷いの結界が効果なかったりするのよ」

「……そういうものか。だが、結界の外に比べてモンスターが少ないというのは間違いない事実なのだな?」

「ええ。……そうよね?」


 一応、とオードバンとジュスラへと視線を向けるマリーナ。

 マリーナが知っている限りではその通りだったが、今の弱った世界樹では多少違うかもしれないという思いからの行動だったが、幸い二人共が頷きを返す。


「その辺は以前と変わらないわ。ただ、一定以上の知能があるモンスターでも、すり抜けて入ってくることは多くなってるけど。他にも盗賊とか」

「だからあたしも捕まったんだしねぇ……いつもなら大丈夫だと思ってたのに」


 無念そうに……それでいながら口調からはそうと取れない様子のジュスラの言葉に、皆の口に自然と笑みが浮かぶ。


「さ、まずは急ぎましょう。出来るだけ早く世界樹の治療をしたいし」


 マリーナに促され、結局イエロはセトの背の上に乗ったまま進むこととなり、それ以外の者達は馬車へと乗る。


「では、出発します。この道を真っ直ぐに進めばいいんですよね?」


 御者台のアーラの言葉に、マリーナを始めとした三人のダークエルフがそれぞれ頷く。

 迷いの結界の前までに比べると、明らかに道は悪くなっている。

 それは、迷いの結界の中に入ることが出来ない者が多いということを表しているのだろう。

 もっとも、エレーナの馬車には多少の道の悪さは全く影響しないのだが。

 迷いの結界に入るよりもゆっくりとした速度で道を進む馬車。

 そこには先程までの切羽詰まった様子は一切ない。

 寧ろどこかピクニック気分に近い感じで、レイ達は視線を窓の外へと向けて景色を楽しんでいた。

 世界樹のことが心配なマリーナたちも、今は気分を切り替えてそれぞれに思い出話を口にしている。

 そんな中、ふとマリーナが口を開く。


「そう言えば、お爺様……長老はまだ元気なのかしら?」

「ええ、元気も元気。私をマリーナ様のところに向かわせる時にも、早く行けって杖を振り回してたし……」

「あたしも杖でよく殴られるんだけど……」

「……ダークエルフの長老というのは、随分と元気なのだな。普通長老と言えば、もっと大人しい人物を想像するが」


 エレーナが、ダークエルフの長老という言葉に興味を引かれたのか、口を挟む。

 そんなエレーナに対し、ダークエルフの三人は自分達の長老が大人しい様子を想像したのだろう。反射的に噴き出しそうになり、何とかそれを堪えることに成功する。


「あの長老が大人しかったら、それこそこの世に活発な人はいなくなるんじゃないかしら」

「……そんなにか?」


 どのような人物が長老なのかと、レイもまた興味を引かれたように話に加わる。

 ビューネもまた同様なのか、表情を変えずにではあるがじっと視線を向けていた。


「そうね。例えば……一族の女の子が奴隷商人に連れ去られたことがあったのよ。その時、気が付いたのが早かったこともあって、森から出る前に追おうということになったんだけど……いざ出発しようとしたら、長老がその女の子を連れて戻ってきたこともあったわ」

「まあ、ダークエルフの長老だというくらいだ。当然魔法の技術に関しては高いのだろうから、それくらいやっても不思議じゃないと思うが……」

「そう思う?」


 エレーナの言葉に、マリーナは笑みを浮かべてそう告げる。

 まるで、これからの話を聞けば間違いなくエレーナは驚くだろうという思いを持って。


「……違うのか?」

「間違ってる訳じゃないわ。ただ……戻ってきた長老は、杖と顔と身体を血で染めていたのよ」

「うん? つまり、それは……魔法や弓といったものではなく、杖で殴り殺したということ、か?」


 エルフ族と言えば、基本的には弓や魔法を得意とする者が多い。

 近接戦闘を行う者が皆無とは言わないが、それでもエルフ族というのは個人差はあるが筋力がそれ程高くない者が多かった。

 それ故、エルフ族で近接攻撃を主にする者と言えばレイピアのような軽く速度を重視する武器を選ぶ者が多い。

 そんなエルフ族の一つであるダークエルフの長老が杖や顔を血に染めてきたと言われれば、その話を聞いている者達は当然驚く。

 恐る恐るといった様子で告げられたエレーナの質問に、マリーナは言葉を発さず、ただ頷きを返す。

 すると、まるでそのタイミングを図っていたかのように御者台に座っているアーラが叫ぶ。


「敵です!」


 短く、用件を伝えるだけの鋭い一言。

 だが、それを聞いた一行の行動は素早い。

 それぞれの武器へと手を伸ばし、この場の事情に詳しく、それでいて冒険者としてのレイ達の力を知っているマリーナへと視線が集まる。


「迷いの結界の中に入っているということは、私達の集落にまでやって来るかもしれない。普段であれば放って置いてもいいんでしょうけど、世界樹が弱っている今、結界に余計な負担を掛けたくはないわ。……迎撃しましょう」


 そう告げると、アーラにもその声は開いた扉から聞こえたのだろう。馬車の速度が次第に遅くなっていく。


「分かった。セト!」

「グルルルルルゥ!」


 馬車の中からの呼びかけにも関わらず、セトは威嚇の声を上げる。

 そんなセトの雄叫びは、敵にとっては厄介でしかないのだろう。

 だがセトが味方にいる時、その雄叫びは鼓舞へと変わる。

 まだ完全に馬車が止まっていない状況ではあったが、馬車の中にいた者達が順番に扉から外へと飛び出る。

 最初に飛び出たのは、当然のようにレイ。

 馬車の扉のことを考え何も手にせずに飛び出たレイは、地面に着地してバランスを取りながらミスティリングの中からデスサイズを取り出すという曲芸のような真似をこなす。

 セトとは違う意味での相棒を構え、周囲を見回し……すぐに視界に入ってきたのは、巨大な猛禽類とでも呼ぶべきモンスターだった。

 巨大な翼を左右に二枚ずつの合計四枚を持っているというのが普通の猛禽類とは違うが、それでも翼以外は大まかには鷹や鷲といった猛禽類とそう違いはない。

 ……もっとも翼を広げた状態での横幅は七m近くにも達しており、当然のようにその大きさに相応しくクチバシや足の鉤爪も非常に鋭いが。


「ちっ、よりにもよって鳥型のモンスターのエアロウィングかよ。飛斬っ!」


 馬車へと襲い掛かろうとしていた鳥型のモンスター、ランクCモンスターのエアロウィングに向かってデスサイズの刃から飛ぶ斬撃である飛斬が放たれた。

 だがエアロウィングは、その特徴的な四枚の翼を操って空中で急激に方向転換をして飛斬を回避する。


「レイ、貴方は外すような攻撃をしないでっ!」


 珍しく……そう、もしかしたら初めて聞くのではないかと思える程に切羽詰まった声で叫ぶマリーナに、反射的に何かを言い返そうとしたレイだったが、すぐにここが既に迷いの結界の中……世界樹が張っている結界の中であることを思い出す。

 つまり、ここで魔力を使った攻撃を行った場合、それが外れればあらぬ方へと飛んでいき、結界へと接触する。

 そうすれば世界樹により大きな負荷が掛かり、ただでさえ弱っている今の世界樹にとっては大きなダメージとなるのは確実だった。

 レイが放っているのは公には風の魔法ということになっているが、実際には魔獣術によって生み出されたスキルだ。

 魔法かスキルの違いはあれど、どちらも魔力を使って発動するということに違いはない。


「ここは迷いの結界の中だから、障壁の結界の中で攻撃を外すよりは被害が少ないけど、それでもレイの魔力を考えれば迂闊な真似はしないでちょうだい!」


 叫びながら、マリーナは構えていた弓の弦から手を離し、矢を放つ。

 風を切り裂くかのような速度で飛んでいった矢は、しかしこれもまた四枚の翼を器用に動かしたエアロウィングに回避され……


「シャアアァァッ!」


 鳥だというのに、まるで蛇のような鳴き声で苦痛の叫びを発するエアロウィング。

 その叫びの原因は、足を斬り裂いている刃だろう。

 刃の出所は、連接剣のミラージュを手にしたエレーナ。

 鞭状にしたミラージュを振るい、エアロウィングに攻撃したのだが……


「四枚の翼を持っているだけはあるか。翼を斬り落とすつもりだったのだがな」


 手元に戻して長剣状にしたミラージュを構えながら、エレーナが鋭い視線をエアロウィングへと向ける。

 基本的にランクCモンスターだけあってそれなりに強力なモンスターと言ってもいいエアロウィングだったが、今回は幾ら何でも襲った相手が悪かった。

 それぞれがランクCモンスター……それもランクCパーティで倒すべき、ランクCの中でも上位に位置するモンスターであっても、個人で倒せるだけの戦力が何人も存在してるのだ。

 それでもエアロウィングが逃げないのは……


(マリーナが言ってた、世界樹の悪影響ってことか)


 デスサイズを使ったスキルでの攻撃は外すと不味いと言われたこともあり、デスサイズと入れ替えるようにミスティリングから一本の槍を取り出す。

 魔力を使わない攻撃なら構わないだろうという思いで、その槍を手に構え……投げようとしたところで、エアロウィングは翼を大きく羽ばたかせる。

 同時に放たれる、幾つもの風の刃。

 それは、レイの放つ飛斬を小さくしたような攻撃だった。


「させる訳がないでしょう?」


 その言葉と共に、手甲から魔力による爪を生やしたヴィヘラがレイの前に立ち塞がる。

 そうして素早く振るわれた爪は、風の刃のことごとくを逆に斬り裂いていく。

 格闘の使い手だけに遠距離への攻撃手段を持たないヴィヘラだったが、遠距離攻撃されたのを迎撃するというのは別だった。

 そして、風の刃が途切れた瞬間。


「ヴィヘラ!」

「ええ!」


 短いやり取りだけでレイの意思を理解し、その場から離れる。

 同時にレイの膂力によって空気そのものを斬り裂くかのような速度で槍が放たれ……


「シャアアアアアアアッ!」


 再び爬虫類のような声を上げ、四枚の翼を使って回避をしようとするエアロウィングだったが、投擲された槍はそれを許さず、翼を一枚貫いていく。


「グルルルルルゥッ!」


 槍の投擲によって空中でバランスを崩したエアロウィングに、セトがより高い位置から落下しながらの前足の一撃を……パワークラッシュのスキルを放ち……頭部を爆散させ、地面へと落下していくのだった。

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