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レジェンド  作者: 神無月 紅
世界樹
1029/3865

1029話

 奴隷商人達と分かれて一時間程で、馬車は森へと到着していた。

 本来ならまだ数時間掛かってもおかしくはないのだが、幸いレイ達が乗っている馬車は普通の馬車とは比べものにならない程に高性能で、何より牽いている馬も小さい時から特別に訓練を受けてきた馬だ。

 馬という意味では間違いなく動物なのだが、ゴブリン程度のモンスターであれば相手にもならない程の強さを持っている。

 そうして動きの止まった馬車から、全員が一旦降りる。

 ダークエルフの集落とは少数の行商人が取引をしているし、ギルムからここまでやってくる者もいる。

 当然そうなれば、自然と地面は踏み固められて道となっていた。

 エレーナの馬車も通れるだけの道ではあったが、それでも一旦馬車を止めて降りたのは、ダークエルフの三人が今の森がどうなっているのかを直接見て、感じたいと主張した為だ。


「これは……遠くから見た時にも思ったけど、随分と弱ってるわね。それにさっきの男達の言葉にあった通り、モンスターが暴れている気配なのかしら」


 久々に……それこそ百年ぶりに戻ってきた故郷の姿に、マリーナは何とも言えない表情を浮かべる。

 とてもではないが、自分が生まれ育った場所には思えなかったためだ。


「そうね。私がマリーナ様を迎えに行った時と比べても、見て分かる程に森の生命力が減ってるわ」

「うーん、あたしはそんなに前じゃないから、特に変わらないけど」


 ダークエルフ三人がそれぞれ話し合っているのを、レイ達は離れた場所で眺めていた。


「私の目では、随分と活き活きとしている森に見えるのだが……」


 エレーナの言葉に、他の面々も頷く。

 元々の森の姿を知らないからこそだろうが、それでもこうして目の前にある森を見ても、とても弱っているようには感じられない。


「弱っているのでこれなら、世界樹が治療されればどうなるのかしらね。ちょっと見てみたい気もするけど」


 ヴィヘラの言葉を聞きながら森の木へとレイが手を触れると、しっかりとした頑丈な木だ。

 触れればしっかりとした手応えがあり、例えば病気で連想されるような中身が空洞になっていたり、腐っていたりといったことはない。

 そんな木の感触を楽しんでいると、やがて満足したのだろう。マリーナがオードバンとジュスラの二人を連れてレイ達の方へと戻ってくる。


「ごめんなさい、少し時間を取らせてしまったわね。じゃあ、そろそろ行きましょうか。迷いの結界のある場所まではもう少し掛かるでしょうけど、森の中に入ったらいつモンスターが襲ってくるか分からないから注意してね。……普通なら、モンスターの心配はしなくてもいいんでしょうけど」


 呟きながらマリーナの視線が向けられたのは、早速森の中に入ってイエロと一緒に走り回っているセトの姿だ。

 その言葉通り、普通であればグリフォンに自分から近づいてくるようなモンスターは殆どいない。

 ランクAモンスターのグリフォンの前では、大抵のモンスターが単なる餌にしかならないのだから。

 それも、セトはただのグリフォンではなく、希少種と認識されている。

 稀少種は大抵基になったモンスターの一つ上のランクとして扱われ、そういう意味ではセトはランクSモンスター相当となる。

 ……もっとも、正確にはセトは魔獣術で生み出されたモンスターであり、モンスターのランクは当てに出来ないのだが。

 ともあれ、普通に考えればそんな高ランクモンスターがいるのだから、他のモンスターが襲ってくるようなことはないのだ。

 だが森に来る途中で遭遇した奴隷商人からの情報で、森の中にいるモンスターが凶暴になっているというのがあった。

 本来であれば同種で争うということは少ないモンスターが、それとは関係なく争っているとなれば、例えグリフォンが相手でも襲い掛かってきかねない。

 そうである以上、どうしてもこの森を進む時にはセトという存在に頼り切るのではなく、全員で周囲の様子を警戒する必要があった。


「ここからマリーナの住んでいた場所……世界樹の結界がある場所までは、具体的にどれくらい掛かるんだ? 時間が掛かるようなら、全員が外に出ないで、半分ずつ戦力を分けた方がいいと思うけど」


 外から森の中の様子を確認しつつ尋ねるレイに、マリーナは少し考えて口を開く。


「そうね。迷いの結界までは……徒歩じゃなくて馬車での移動となると、四時間か五時間といったところかしら。でも……この馬車なら、その辺のモンスターが襲ってきても大丈夫じゃない? 速度も普通の馬車よりも速いし、全員で周囲を警戒しながら進むよりは全員で馬車に乗って一気に駆け抜けた方がいいと思うわ」

「そうか? うーん……エレーナ、どう思う?」

「私か? そうだな、ここで余計な時間を使えばモンスターに襲撃される可能性はより高くなるだろう。であれば、一気に馬車で移動した方がいいと思う。幸い、この馬車は私が乗る為に作られた代物だ。その辺のモンスターの攻撃でどうこうなる程に弱くはない。それに……」


 エレーナの視線は、馬車ではなくそれを牽く馬へと向けられる。


「並大抵のモンスターであれば、攻撃する暇もなく踏み潰されるであろうな」


 普通の馬と比べると、明らかに巨馬と呼ぶべき二頭の馬。

 低ランクモンスターであれば、あっさりとその蹄により踏み潰されるのは間違いない。

 そんなエレーナの言葉を聞き、やがて少し考えたレイは頷いて口を開く。


「分かった。じゃあ、マリーナの意見を採用しよう。それに、モンスターが出て来たとしても、セトがいるしな」

「グルルゥ!」


 レイの言葉に、セトが嬉しげに喉を鳴らす。


「キュウ! キュウウウウウッ!」


 そんなセトの背に乗っていたイエロが、自分も忘れるなと鳴き声を上げていた。

 もっとも、そんなイエロの鳴き声は愛らしいと表現するのが相応しく、とてもではないが戦闘でイエロを頼ろうと思う者はいないだろう。

 実際には戦闘に便利な能力を幾つか持っているのだが、イエロの姿はとてもではないがそれを連想させるようなものではなかった。


「イエロ、お前は私と一緒に馬車の中だ」

「キュウ……」


 エレーナの言葉に、イエロは残念そうに鳴きながらセトの背を飛び立つ。

 ここからはマリーナが口にした通り、かなりの速度を出して移動することになる。

 イエロも空を飛べはするのだが、その速度はまだまだセトには及ばない。

 勿論ここではぐれても、高い防御力を持つイエロを害せる存在がそうそういるとはエレーナも思わなかったが、何にでも例外や万が一ということがある。

 そうである以上、イエロをこのまま馬車の外に置いておく訳にはいかなかった。


「グルゥ」


 そんなイエロの姿へ、少しだけ寂しそうに喉を鳴らしながらセトが視線を向ける。

 セトにとってもイエロというのは大事な友達であり、出来れば一緒にいたかったのだろう。


「ほら、セト。お前がイエロを守ってやればいいだろ? な?」


 寂しげなセトを一撫でし、レイは馬車へと乗り込む。

 他の者達も同様に馬車に乗り込み、アーラのみが御者台へと座る。


「いいですか、行きますよ!」


 アーラのそんな声と共に、馬車の移動が開始された。

 最初はゆっくり……だが、少しずつ速度が上がっていく。

 馬車を牽いている二頭の馬も、ここが危険地帯だというのは理解しているのだろう。後先省みない全速力……という程の速度ではないが、それでも森へ向かっていた時よりは明らかに速度が上がっていた。

 ここはきちんと街道として整備された訳ではなく、長年踏み固められて出来上がった道だ。

 馬車で移動している者も多いし、ダークエルフにとっては嬉しい話ではないが奴隷商人が通ることも多い為に、自然と馬車が通れるだけの道幅はある。

 だが、それでも結局は踏み固められた道でしかない。

 当然起伏もあり、速度を出して走れば馬車の中にいる者の乗り心地は到底いいとは言えなかった。

 ましてや、レイ達が乗っている馬車を牽いている馬が速度を出せば、並の馬の全速力よりも尚速い。

 そうである以上、本来なら馬車の中は上下左右に揺られていなければならないのだが……


「ふむ、この干した果実は美味いな。甘みは強すぎず、適度に酸味もある」

「そう? 一応ダークエルフの里から持ってきた物の残りなんだけど……エレーナ様に喜んで貰えて嬉しいわ」


 エレーナの言葉に、オードバンが嬉しそうに笑う。

 美人や美少女を見るのを好むオードバンにとって、エレーナの笑みというのはマリーナやヴィヘラの笑みと比べて極上のと表現してもおかしくはないだけの価値を持っていた。

 それこそ、この笑みを見る為であれば大事に取っておいた干した果実を食べさせてもいいと思う程に。


「それにしても、この馬車は凄いわね。外の景色は物凄い勢いで流れているのに、こうして馬車の中にいても全く揺れを感じないなんて」

「ん」


 窓の外を見て感心したように呟くヴィヘラに、こちらもオードバンから貰った干した果実をゆっくりと味わっていたビューネが短く答える。

 いつもであれば出来るだけ多くの果実を食べようとするビューネだが、今回はそこまで必死にはなっていない。

 甘いものは好きだったが、それでも出された全てを自分が独り占めにしなければならない……というような性格をしている訳ではないのだから。

 慌てて食べるべき時とそうでない時。そのくらいの判断は出来た。


「グルルルルルゥッ!」


 不意に聞こえてきたセトの声に、何人かが視線を窓の外へと向ける。

 そこでは、セトの放つ前足の一撃がオークの頭部を破壊しているところだった。


「ありゃ、オークがきちゃったかぁ……頑張れ、セト。オークなんて全滅させちゃえ」


 ジュスラの応援の声が馬車の中に響く。

 言葉は軽いのだが、それでいながら目に宿っている憎悪は強い。

 普段とは全く違う様子のジュスラだったが、ダークエルフにとって……いや、女にとってオークという存在がどのようなものなのかを知っていれば当然だ。

 多種族の女を使って繁殖するオークは、美形揃いと言ってもいいダークエルフにとっても当然のように唾棄すべき敵だった。

 そしてこの森にオークがいるということは、オークが狙っているのは当然ダークエルフなのだろう。

 そう考えれば、レイとしてもジュスラのことを止める気にはなれない。

 ……もっとも、ダークエルフもオークを殺すと肉として食べているのだから、お互いが相手を憎むというのは変わらないのだろうが。

 元々オークの肉はそのランクに似合わず美味であり、文字通りの意味で美味しいモンスターなのだから。

 ジュスラを見ながら、ふとレイはそのオーク肉を回収することが出来ないのを残念に思う。


(セトなら一匹か二匹はオークの死体を持ってきても良さそうだけど……そんな余裕はないか)


 馬車が揺れていないので分かりにくいが、こうして呑気に考えている今も二匹の巨馬はかなりの速度で馬車を牽いているのだ。

 実際、窓から見える景色は見る間に流されていくのだから。


(それでも……それでもセトなら、もしかして……)


 そうも思うレイだったが、結局駄目なんだろうなという思いも強い。


「オークか。……厄介なモンスターではあるな。毎年少なからず被害が出ている」


 同じ女として思うところがあるのだろう。エレーナは憂鬱そうに溜息を吐きながら呟く。

 レイ以外は全員女という馬車の中の状況では、皆が同じようにエレーナの言葉に同意していた。

 それはビューネですら同様であり、普段は変えない表情を頷かせている。


(いや、俺以外にもいたか)


 少し離れた位置で木の実を囓っているイエロへと視線を向けるレイ。

 そんなレイの視線を感じたのか、イエロは小首を傾げて視線を向け、やがて馬車の中を飛んでくる。

 レイの腕に着地すると、食べる? と木の実を差し出す。


「キュ?」

「いや、それはお前が食っていいよ。俺は今はいいから」


 イエロの少し冷たい鱗を撫でながら告げると、それが気持ちよかったのだろう。もっと撫でてとレイへと身体を擦りつける。

 そんなイエロの様子に、オークに対しての不愉快な思いを抱いていたエレーナ達の雰囲気も和らぐ。

 そうしてオークとは関係のない話になり、そのまま暫くが経ち……不意にマリーナ、オードバン、ジュスラの三人が揃って言葉を止め、馬車の外へと視線を向ける。

 やがて三人を代表するかのように口を開いたのは、当然のようにマリーナ。


「どうやら到着したようね。……アーラ、馬車を一旦止めてくれる?」


 その言葉は、ダークエルフの住む森の中でも最重要の場所……世界樹の結界の一つ目が張られている場所に到着したということに他ならなかった。

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