1020話
ズボズの騒動が解決してから十日程が経ち、レイはエレーナ、ヴィヘラ、ビューネ、アーラといった四人と行動を共にしていた。
正確にはそこにセトとイエロも入るので、四人と二匹と表現すべきだが。
エレーナとアーラはその身分から冒険者登録はしていないが、それでもレイ達と共に行動をしている為に半ばパーティを組んでいる状態となっている。
もっとも討伐依頼の類をしている訳でもなく、何度か以前サイクロプスの件があった森へと足を運んで異常がないのかを確認するくらいしかしてなかったのだが。
他にはコボルトの襲撃で以前途中で終わったサイクロプスの解体といったところか。
寧ろ、依頼以外でレイは四人に……正確にはエレーナとヴィヘラに振り回されていた。
エレーナのギルム見物に付き合ったり、もしくはヴィヘラと模擬戦を行ったりといった具合にだ。
そんな風に過ごすレイ達は、今日はギルムのとある一画へと向かっていた。
「……何で私達も行く必要があるの? アジモフに仕事を頼んだのはレイだけでしょ?」
ヴィヘラが少し不機嫌そうにしているのは、本来であれば今日はエレーナとの模擬戦を行う筈だったからだろう。
模擬戦をやる為にギルムの外に出ようとしたヴィヘラとエレーナだったが、そこにアジモフからの手紙が届いたのだ。
「ま、ヴィヘラの不満は分かるけど。そもそも手紙を寄越すくらいなら、直接来た方が早いと思うんだけどな」
アジモフの性格を考えれば、手紙を渡すといった真似よりも直接自分達に会いに来るだろう。
そんなレイの言葉には他の全員も納得出来たのか、愚痴を言っていたヴィヘラも好奇心を刺激されて機嫌を直し、ギルムの街中を進む。
美女、美少女揃いでグリフォンのセトがおり、そのセトの背にはイエロが乗っている。この中で唯一目立たないのはドラゴンローブのフードを被っているレイだけという、大通りを進めばこれ以上ない程に周囲の注目を集める一行だったが、人通りの少ない裏通りではそんな人の目も少ない。
注目されるのに慣れている者が多い一行ではあっても、やはりこうして人目の少ない場所に入るとどこか安堵のような気持ちがその身を包む。
見られることに慣れているからといって、それで疲れない訳ではないのだ。
人通りの少なくなってきた通りを進んでいくと、やがてレイが以前に何度か訪れたアジモフの家兼研究所が見えてくる。
「ほう、あの建物が……周囲よりも少し大きいように思えるが、外見的には特にこれと言って他の建物と変わったところはないな」
それがアジモフの家を見たエレーナが最初に口にした感想だった。
事実、外見を見た限りでは普通の建物にしか見えないのは事実だ。……外見は、だが。
「その辺は中に入ってからのお楽しみってところだな」
あの散らかりようを見て、エレーナがどんな態度を取るのか。
そんな、若干意地悪い考えを抱きながら、レイは扉を叩く。
(どうせまた実験に夢中になって出て来な……)
出て来ないんだろうけど。
そんなレイの思いとは裏腹に、次の瞬間扉は開く。
「おう、遅かったな」
「……パミドール?」
レイがノックをした扉から姿を現したのは、盗賊の大親分とでも表現すべき凶悪な表情を浮かべたパミドールの姿。
ふとレイが視線を背後へと向けると、エレーナはミラージュの柄へと手を伸ばし、アーラは背中のパワー・アクスへと手を伸ばしている。
「落ち着け、お前達。外見は凶悪で、性格も凶悪だけど……あれ?」
本来であれば危険はないと説明しようとしたレイだったのだが、その口からパミドールについての詳しい説明をしようとすると、結局凶悪な人物ということになってしまう。
そしてレイの説明を聞いたエレーナ達は、当然の如く目の前の人物をアジモフの家に不法侵入した人物だと判断し……
「じゃなくて、こいつはアジモフの友人だ!」
そんなレイの声で、エレーナ達の動きが止まる。
そして言葉の真偽を確かめるべくレイへと視線を向けてくるが、それに対してレイは視線をエレーナ達の後ろにいるセトの方へと向け、口を開く。
「見ろ、セトも特にパミドールを警戒したりはしてないだろ」
その言葉は事実であり、パミドールと何度も会ったことがあるセトは特に気にした様子も見せず、久しぶりと言いたげに喉を鳴らし、イエロはそんなセトの上で春の日射しを浴びながら昼寝をしていた。
それを見たエレーナ達は、ようやく警戒態勢を解く。
そんなレイの姿を呆れたように眺めるのは、ヴィヘラだ。それでいて、エレーナとアーラの態度も不思議ではないと言いたげに笑みを浮かべる。
ビューネの方は、相変わらず特に表情も動かさないままに一連の騒動を眺めていた。
「悪いな、パミドール」
レイの言葉を筆頭に、他の面々もパミドールへと謝罪の言葉を述べる。
そんなエレーナ達に対し、パミドールは特に気にしてないと首を横に振って口を開く。
「ま、いつものことだし気にするな。それより随分と綺麗どころを連れてるな」
少しだけ羨ましそうな様子がレイには印象的だった。
……凶悪な顔で言っている為か、傍から見ればレイを脅して女を置いて行けと言っているようにも見えるのだが。
「いいのか、そんなことを言って? お前は結婚してただろ? ……残念ながら俺はパミドールと結婚するような物好きと会ったことはないけど」
「抜かせ。そのくらいで嫉妬するような器が小さい女じゃねえよ」
そんなどこか気安いやり取りをした後で、パミドールが口を開く。
「それより、そっちもアジモフに呼ばれたんだろ?」
「ああ、そうだけど。……ってことは、そっちもか? 槍の件で何か進展があったとは聞いてないけど」
レイとパミドールとアジモフ。この三人が揃うということは、もしかしてレイが頼んでいた槍についての進展があったのではないかと一瞬思ったレイだったが、パミドールは首を横に振る。
「いや、槍じゃない。……ただ、ちょっとお前の槍の件にも関係がない訳でもない……って感じの話だったな」
どうやらパミドールは既にどんな理由でアジモフがレイ達を呼んだのか理解しているらしい。
「また、曖昧な感じだな」
「俺だって別に詳しい説明を聞かされた訳じゃないしな。アジモフと話して、多分そうだろうって思っただけだ。ま、とにかく上がってくれ。……俺が言うのもなんだけど」
「パミドールなら別にいいだろ。アジモフと仲がいいし。……セト」
「グルゥ」
レイに呼び掛けられたセトは、それだけでレイが何を言いたいのか理解したのだろう。短く喉を鳴らし、背中にイエロを乗せたままでアジモフの家の玄関の脇に寝転がる。
「キュ? キュキュ、キュウウ!」
セトが寝転がったのに気が付いたのだろう。その背で眠っていたイエロが地上に降りるとセトに遊ぼうよ、と声を掛ける。
「グルゥ……グル、グルルルルゥ」
そんなイエロに、セトは尻尾を使って遊び相手になる。
見ていると和む光景に、暫く眺めていたいと思ったレイだったがアジモフに呼ばれていたことを思い出すと家の中へと入っていく。
それは他の者達も同様であり、出来ればこの場所にいたいと思っている者の方が多かったが、それでも手紙という手段を使って呼ばれた以上はアジモフも何か大事な用件があるのだろうと家の中に入っていく。
……二匹の愛らしい姿に後ろ髪を引かれながらも。
そうして家の中に入り、パミドールに案内された先には喜色満面といった様子のアジモフがレイ達を出迎える。
普段は機嫌が悪そうにしていることが多いアジモフにしては珍しく、それだけに何かがあったのだろうと思うには十分だった。
「良く来てくれた! 実はレイ達を今日呼んだのは、ちょっと報告したいことがあったからだ」
気分が高揚しているというのは、今のアジモフを見れば誰でも理解出来るだろう。
それ程に、アジモフは普段の不機嫌そうな様子とは違っていた。
「俺とパミドールを呼んだってことは、てっきり槍の件かと思ったんだけど……違うって?」
「ああ。いや、正確には槍の件にも関係してくるんだけどな。……レイが持ってきた、サイクロプスが使っていたという鎚があっただろう?」
「あったな」
攻撃した場所に雷を走らせ、使用者に強力な再生能力を与え、最終的には体内に張った根で身体を乗っ取るという、ズボズが作った戦闘自動反応神経の実験用マジックアイテムがレイの脳裏を過ぎる。
サイクロプスを倒してその鎚を入手し、アジモフに頼んでいた槍の件に使って欲しいと提供したのだが……
「つまり、あの鎚で何か分かったのか?」
「そうだ。これは、上手くすれば世紀の大発見になるかもしれない。……ただ、あの鎚があってこそだから、まずあの鎚の素材を作れるようになる必要があるんだけどな」
「素材、ね」
色々と隙も多く、最終的には暴走したズボズだったが、それでもやはり錬金術師としては非常に有能だったのだろう。
今のアジモフの様子から、レイは嫌でもそう思わざるを得なかった。
「それで、あの鎚がどうなったんだ?」
「……簡単に言えば、マジックアイテムの量産が可能になるかもしれない」
しん、と。部屋の中は静寂に包まれる。
今、アジモフの口から出たのが、それ程予想外の話だった為だ。
そんな中で最初に口を開いたのは、アジモフと最も付き合いの長いパミドールだった。
「アジモフ、一応……本当に一応聞くんだが、量産出来るってのは日常的に使う明かりのマジックアイテムとか、火種を起こすマジックアイテムとか、そんなんじゃねえよな?」
「当然だろう!」
パミドールの言葉に、アジモフは即座に反応する。
明かりや火種のマジックアイテムといった代物は作りも簡単であり、既に量産されている。
その量産されている代物を、改めて量産する必要はないだろうと。
「この場合の量産とは、分かりやすく言えば魔剣のような代物だ。……勿論量産されて生み出された魔剣の能力は、決して職人が作った物には及ばない。だが、それでも魔剣と呼べるだけの性能は持っている。そうだな、言うなれば普通の長剣と魔剣の間に位置する魔剣といったところか」
「量産というのなら、そうなっても仕方がないか。……で、具体的にはどうやってその量産型の魔剣を作るんだ?」
魔剣の量産という言葉に興味を惹かれたのか、パミドールは好奇心に目を光らせてアジモフへと尋ねる。
すると、待ってましたと言いたげにアジモフは通常の、何の変哲もない長剣を取り出す。
「いいか? まずはこの長剣の刀身を魔力によって生み出した水で洗う。これは血や錆、汚れといったものを洗い流すためで、打ったばかりの物であっても必ず必要になる」
そう告げると、アジモフは長剣の刀身を魔力によって生み出された水へと沈め、こちらも錬金術用に魔力を込められた布でその刀身を拭く。
次に用意されたのは、一見すると粘土にしか見えない代物。
「この粘土には、レイが持ってきた鎚との親和性が高くなるように調整した魔力を込めてある。この粘土に更に俺の魔力を込めながら刀身に滑らせ……」
言葉通り、刀身へと粘土を滑らせる。
粘土に魔力を込めている為か、粘土が擦った刀身には淡い光が宿っていた。
刀身の全てに粘土を滑らせると、最終的には刀身の全てが淡い光に包まれる。
「この光が出ている間に……これだ」
次に用意されたのは、丁度長剣の刀身と同じ長さの入れ物。
金属で出来ており、その入れ物の中には何かの粉が入れられていた。
(何だかカツを作ってるみたいだな。小麦粉に卵にパン粉的な感じで)
少し腹が減ったと考えているレイの視線の先で、アジモフは刀剣の収まった入れ物を魔法陣の中へと入れて呪文を唱え……最後に一瞬だけ眩く光ったかと思えば、長剣の刀身は今までと少しだけ違う色へと変わっている。
「完成だ。……もっとも、さっきも言ったがこの魔剣はそこまで強力な代物じゃない。ゴーストのような、実態のないアンデッド系モンスターにも攻撃は有効だが、あくまでもダメージを与えられるって程度だからな」
それでも、一般的な魔剣よりは安く手に入るという意味では間違いなく売れるとアジモフは話す。
「売れはするだろうけど……それで結局鎚の問題がどう影響してくるんだ?」
「これだ」
そう言ってアジモフが見せたのは、金属の粉。
そこまでされれば、レイにもこの金属の粉が何で出来ているのかが分かった。
「あの鎚を金属の粉にしたのか」
「そうだ。ああ、勿論お前の槍に使う分はきちんと分けてある。これはそれ以外の部分を使った奴だ」
「それはいいけど、それだと結局あの鎚がなければ量産出来ないんじゃないか?」
「そう、レイを呼んだのはそれが理由だ。あの鎚の素材を手に入れたらこっちに回してくれないか? もうちょっと研究すれば、もっと別の素材でも同じことが出来るようになるかもしれない」
アジモフの言葉に、レイは手に入れたら……とだけ告げて、槍の進捗状況を聞いてからアジモフの家を出るのだった。
「マジックアイテムの量産となると、レイにとっては嬉しいのではないか?」
帰り道、裏道から大通りへと出て、レイがマジックアイテムを集める趣味があると知っているエレーナの言葉に、レイは難しい表情を浮かべる。
「マジックアイテムって言っても廉価版だろ? それだと……」
「レイさん!」
レイが最後まで言う前に、周囲にそんな声が響くのだった。