1019話
リトルテイマーの15話が今夜12時に更新されますので、興味のある方は是非どうぞ。
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「……なるほど。カバジード殿下の仇討ちが目的だった訳か」
領主の館にある執務室、そこにあるソファに座ってレイやヴィヘラの説明を聞いていたダスカーは、しみじみと呟く。
その口調に宿っているのは、当然のように苦い色だ。
仇討ちをされる理由というのには、十分に身に覚えがあった。
去年起きたベスティア帝国の内戦に、貴族派と共にヴィヘラと手を組んで介入したのだから。
そして内乱で最も活躍し、カバジードが死ななければならない程に追い詰めた最大の原因がレイであるというのも理解している。
それでも仇討ちの為にここまで大きな騒ぎを起こすとは思っていなかったし、何より……
「カバジード殿下は、上に立つ者としては十分な素質を持っていたんだな」
「そうね。兄上を慕っていた者も多い。それだけの実績を積み上げていたというのも大きいでしょうしね」
自分の分のサンドイッチをビューネの方へと渡しながら告げるヴィヘラに、ダスカーはしみじみとした表情で頷く。
「それで、結局その錬金術師が残した資料や素材、マジックアイテムの殆どは消滅したんだな?」
視線を向けられて尋ねられたレイは、即座に頷く。
「はい。ポールのマジックアイテム屋の地下にある部屋には、まだある程度の資料とかが残ってると思いますけど……恐らく本当に大事な代物はズボズが持ち出していたかと」
そして最終的に小屋の爆発によって消滅した。
万が一にも自分達が負けた時のことを考えての措置だったのか、それとも何か別の意図があったのかはレイにも分からない。
だがそれでも、結果としてズボズの持っていた貴重な資料やマジックアイテムが消滅してしまったのは事実であり、レイにとっても非常に惜しかった。
(まあ、あの爆発の中を無傷でやり過ごせただけ運が良かったんだろうけどな。いや、打撲は無傷って言わないのか?)
ふと、レイはそんなことを考える。
爆発によって降り注いだ小屋の破片は、ドラゴンローブによってレイを斬り刻んだり、貫いたりといったことはしなかった。
だが、それでもドラゴンローブを通して伝わってくる衝撃は防ぐことが出来ない。
結果として、レイは直接的な負傷こそないものの、身体中を打撲することになっていた。
それでも一晩寝ただけで大分痛みがなくなっているのは、レイの身体が特別製だからこそだろう。
普通の人間であれば、数日は痛みに呻いていたのは間違いないのだから。
「その辺はランガから話を聞いている。……それで、悪いんだがズボズとやらが持っていたマジックアイテムや素材に関しては、こちらで一通り調べてからお前に渡すことになりそうだ」
「それは仕方がないでしょうね」
レイがあっさりと頷いたことに、ダスカーは少しだけ驚きの表情を浮かべる。
「いいのか? てっきりもう少しごねられると思ってたんだがな」
「はい。ズボズが使ったあのマジックアイテムは色々と危険かと。今回はズボズだけでしたが、もし他にも資料が残っていれば同じようなマジックアイテムを作る者がいないとも限りませんし、対抗策はあった方がいいでしょうから」
そんなレイの言葉に、ダスカーは安堵の息を吐く。
恐らく大丈夫だとは思っていたのだが、それでももしかしたらマジックアイテムや素材、資料を早く返却して欲しいと言われるかもしれないという思いが、微かにではあるがあった為だ。
レイがマジックアイテムに強い執着を持っているというのは、ダスカーも十分に知っている。
そして、ズボズが残したマジックアイテムは、レイの興味を惹くのは間違いないと。
もしそうなっていれば、粘り強く交渉する必要があっただろう。
ラルクス辺境伯というダスカーの立場からすれば、強引な手段を取ることも出来る。
だが、ダスカーとしては友好的な関係でもあるレイに対して強硬な手段を取りたくはなかった。
……そもそも強硬な手段を取ろうとしても、純粋な戦力ではレイの方が上だというのもあるのだが。
更にもしそんな真似をして、レイが不利になってしまうようなことがあれば、レイはさっさとセトに乗ってギルムを出て行くというのも明らかだった。
そうすればギルムにおける戦力は大きく減ってしまう。
それにギルムでのセトの存在感を考えると、下手をすれば暴動すらおきかねない。
(……随分とギルムはレイとセトに寄り掛かってるんだな)
ふと、そう思う。
実際問題、ギルムにおけるレイとセトの存在感というのは決して馬鹿に出来ないだけのものがあった。
レイがズボズの遺産とでも呼ぶべきものを大人しく自分達に預けてくれるというのは、そう考えれば非常に幸運だった。
「悪いな、感謝する」
「いえ、こう見えて俺もギルムには愛着がありますから」
「あら、自分でこう見えてとか言うのね」
レイとダスカーの話を聞いていたヴィヘラが、小さく笑みを浮かべつつ告げる。
その言葉が面白かったのか、エレーナやアーラまでもが口元に笑みを浮かべていた。
だが笑われているレイにとって、その言葉は不満だったのだろう。少しいじけたように皿の上のサンドイッチへと手を伸ばす。
「ふふっ」
そんなレイの姿を見て、ヴィヘラは嬉しそうに笑みを浮かべる。
好きな相手を苛めるという行為を楽しんでいるというのは明らかだった。
「ん、ごほん。とにかく、今回の件は助かった。錬金術師を捕らえることが出来なかったのは残念だったが……」
ダスカーの視線が一瞬レイの方へと向けられる。
その視線に反応し、いじけていたレイが何かを口にしようとした瞬間、ダスカーは口を開く。
「話を聞いた限りだと、とてもではないが生け捕りにするのは無理だったらしいな」
「はい。そもそも本人の意識がない状態で、暴走してましたから」
「報告は受けている。何でも、仲間を食い殺そうとしたらしいな」
しみじみと呟くダスカーの言葉に、レイは右腕を食い千切られたダイアスと、レイが助けなければ頭を食い千切られていただろうポールの姿が脳裏を過ぎる。
暴走していたのは事実だったが、最終的には暴走したまま新たな知性を持ったのだろうズボズ。
もしあのまま上手く捕獲することが出来ていれば、色々と新しい発見があっただろう存在。
だが、その時のことを考えて、レイはすぐに内心で否定する。
(あんな存在が知性を持ったところで、多分ろくなことにならないのは間違いない。だとすれば、俺が仕留めることが出来て良かった……と言うべきだろうな)
ズボズが自分に対しての恨みを暴走させた結果の知性だったのかもしれないが、だとすれば余計に生きたまま捕らえなくて良かったと思われた。
迂闊に生け捕りにすれば、後に何らかの悲劇が起こったのは間違いないだろうと、半ば勘任せではあるが、そんな思いがあった為だ。
「ズボズ、とか言ったか。そいつを捕らえることが出来なかったのは残念だが、その代わりに他の三人はきちんと捕らえることが出来た。特にポールは不思議なほどにこちらに協力的でな」
「あの男が?」
レイにとってポールとは、正直何を考えているのか全く分からない相手だった。
ベスティア帝国の手の者で、以前行われたスパイ狩りでも引っ掛からずに生き残っていた男。
そんなポールの立場を考えれば、ズボズに協力するのは分からないでもない。
だが、何故今ここで、自分を捕らえた警備兵や騎士団といった者達に協力的なのか。
(単純に損得を考えて寝返った……って訳じゃないのは間違いないだろうけど)
もっとも、ポールが何を考えてそんな行動を取ったのかは分からないが、それでもギルムにとって有益なのは事実だ。
「他の二人はどうです?」
レイの口から出た疑問に、ダスカーの表情は一瞬だけだが引き締まる。
本当に一瞬の表情の変化であり、ダスカーとある程度付き合いのある者か、鋭い者でなければ分からないだろう変化。
レイはダスカーとの付き合いが多少あるし、ダスカーの気性も知っている。だからこそその変化に気が付けたし、エレーナやヴィヘラは元々勘が鋭い。
ビューネは盗賊であり、アーラもエレーナに仕えるということから観察力は高い。
結果として、この場にいる殆どの人物にダスカーが僅かにであっても表情を変えたというのは気が付かれたのだが、誰もそれを指摘はしない。
ギルムの領主という地位にあるダスカーが話さないのだから、相応の理由があるだろうと判断した為だ。
ダスカーの方も気が付かれたのは分かっていたが、特に何かリアクションをせずに話を進めていく。
(まさか、レージセア王国から出奔した将軍がギルムのスラム街にいるとはな。噂では権力闘争に巻き込まれて、出奔というより半ば放逐に近かったと聞いてたが)
レイ達と会話を交わしながら、ダスカーはダイアスのことを考える。
故国から半ば追い出されるようにして出奔してきた男だったが、将軍を務めていただけあって有能な人物だ。
ダスカーとしてはダイアスを自分の部下として欲しいのだが、今回の件に関わっている以上、そう簡単には部下に取り立てることは出来ないし、何より本人もその辺は望んでいなかった。
(右腕を失ったから最前線に出ることは出来ないだろうが、それでも兵を指揮することは出来る)
ダスカーは、ダイアスをどうすれば自分の旗下に加えることが出来るかと考える。
「とにかく、よくやってくれた。エレーナ殿も昨日来たばかりでいきなりこんな騒動に巻き込んでしまって、大変申し訳ない」
「いや、気にしないでくれ。私もこんな風になるとは思わなかったが、それでもレイと共に行動出来たのは決して悪くはない出来事だったからな」
「そう言って貰えるとこちらとしても助かる。……それで、エレーナ殿はいつくらいまでギルムに滞在を? 勿論俺としてはいつまでいてくれてもいいんだが」
貴族派の象徴でもあるエレーナが、ギルムに長期間滞在するというのは中立派の中心人物であるダスカーにとっても決して悪い選択ではない。
だがそんなダスカーの言葉に、エレーナは少しだけ申し訳なさそうな表情で口を開く。
「申し訳ないが、夏になる前には戻らないとならないのだ。残念だが長い間とはいかない」
「……いや、夏までで十分だと思うけどな」
ダスカーが長い間と言ったのは、数週間……出来れば一ヶ月程という考えからだった。
だがエレーナの口から出て来たのは、夏までという言葉。
これにはダスカーも、内心でダイアスをどうやって説得するかを考えていたのをすっかり忘れ、思わず素の言葉使いで突っ込む。
「まぁ、それもこれも、ベスティア帝国でミレアーナ王国に友好的な勢力が出来たおかげなのだがな。こちらとしては、ベスティア帝国に警戒するというのは変わらないが、それでも去年よりはかなり楽になった」
「あら、じゃあ私にお礼を言ってもいいのよ? そうね、お礼としてレイと二人きりで熱い時間を過ごさせて貰うとかどう?」
流し目をレイへと向けながらそう告げるヴィヘラに、エレーナではなくアーラがヒクリと頬を動かす。
エレーナが何も言わないので行動は起こさないが、もし何か行動を起こすのであれば真っ先に自分が……という思いがあった。
だが……そんなアーラは次にエレーナの口から出た言葉に完全に意表を突かれる。
「ふむ、そうか。では明日辺り熱い時間を思う存分過ごすといい」
「……え? エレーナ様!?」
まさか、エレーナがこうもあっさりと許容するとは思わなかったのだろう。アーラの口から素っ頓狂な声が上がる。
「ふふっ、どうしたアーラ? 何かおかしなことでもあったのか?」
「いや、ですから……えっと、その、いいんですか?」
話している間にアーラも多少は落ち着いてきたのか、恐る恐るとエレーナの方を伺う。
そこにあったのは、エレーナの美しい笑顔。
「アーラ、何か勘違いをしていないか?」
「勘違い……ですか?」
「ああ。ヴィヘラの言っていた熱い時間というのはどのような時間だと思う?」
「どのようなと言われても……その……」
エレーナの言葉に、アーラはそっと視線を逸らす。
そして逸らした視線の先にいたのは、熱い時間という言葉を口にしたヴィヘラ。
艶然と微笑むその様子は、熱い時間というのがアーラの想像通りのもののように思えた。
「あら、どうしたの? 何を想像したのかは分からないけど、きっとそれはそんなに間違ってはいない筈よ?」
「え!?」
再び驚きの声を口に出すアーラだったが、やがてそんなアーラが可哀相になったのだろう。
エレーナは小さく溜息を吐いてから口を開く。
「ヴィヘラ、その辺にしておけ。……アーラ、そこのヴィヘラは、いわゆる戦闘狂だ。つまり、熱い時間が何を意味するのかは……言わなくても分かるな?」
戦闘狂、と口の中で呟いたアーラは、ようやく自分がからかわれたことを理解するのだった。