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レジェンド  作者: 神無月 紅
三年目の春
1018/3865

1018話

「うう……ん……んあ……」


 ベッドの上で寝返りを打ったレイは、その行動で目を覚ます。

 いつもとはどこか違う様子に部屋の中を見回すが、そこにあるのは私物の類が殆ど置かれていない、見慣れた夕暮れの小麦亭の部屋だ。

 半ば寝ぼけた頭で、どこがいつもと違うのかを探すが、今のレイはそれに気が付くことは出来ない。

 周囲を見回し、そのまま数分程動きを止め……やがて頭が眠気から解放され、ようやく部屋のどこがいつもと違うのかに気が付く。

 そう、いつもであれば朝に目が覚めた時は部屋の中には朝日が窓から入って来ているのに、今日は全くその様子がない。

 雨が降っている訳でもないのは、窓から外を見れば明らかだった。

 そして最終的にレイが出した結論は……


「寝過ごした、か」


 まだ完全には目覚めていない頭で、それだけを呟く。

 窓から見た太陽の感じだと、もう昼近くになっているのだろうとぼんやりと考える。

 そうしてぼんやりとしながら、昨夜のことを思い出す。

 スラム街での戦いが終わり、アーラと警備兵が駆け付けてきてからが忙しかった。

 ポールの右腕に突き刺さっていた茨の槍を引き抜いて身動き出来ない状態から解放し、右腕を失ったダイアスと、ビューネによって縛られていたアドリアを引き連れてスラム街を脱出。

 尚、ダイアスの部下としてビューネを襲った男の姿はいつの間にか消えていた。

 恐らく意識を取り戻して逃げたか、それとも仲間が連れ去ったのだろうと判断したレイ達だったが、早く詰め所へと急ぎたい今は、そこまで熱心に探す必要もないと判断してそのまま放置するという結論に達する。

 幸い、レイ達がどのような戦いをやっていたのかというのは、それを遠くからではあるが見ていた者達によって情報が広められており、スラム街に来た当初のように襲撃されるといったことは殆どなかった。

 ……そう。殆どであり皆無ではないのが、スラム街がスラム街たる由縁だろう。

 襲ってきた相手を迎撃しながら進み、やがてスラム街を出た時には警備兵も含めて皆が安堵の息を吐き、レイも同じように安心していた。

 そうして次に向かったのは、警備隊の詰め所。

 そこで何がどうなったかをランガを含めた警備兵に説明している時に騎士団からも人が来て、再び最初から話すことに。

 その後も詳しい話をして、最終的にレイ達が解放されたのは真夜中だった。

 当然屋台の類もなく、酒場ですら既に閉店している時間帯。

 それでも夕暮れの小麦亭は高級宿だけあって、レイ達を快く迎えてくれた。

 レイは詰め所にいる時に警備兵へと頼んでマジックアイテム屋から夕暮れの小麦亭に連れてきて貰っていたセトへと会いに行き、そこでは自分が置いてきぼりにされたと拗ねているセトを宥めることになる。

 それが終わって宿に戻ると、エレーナ、アーラ、ヴィヘラ、ビューネがそれぞれ空腹を訴えるも、厨房の火は既に落としてしまっているということで、レイのミスティリングの中に入っていた料理で軽く腹ごしらえをし……それぞれが部屋に戻った時には、既に空が明るくなっている時間だった。

 そんな朝方に寝たのだから、寝過ごすのは当然なのだろう。


「……腹が減ったな」


 昨夜の出来事を思い出し、夜食として食べた野菜とハムのスープを思い出したのが切っ掛けとなったのだろう。レイの腹が強く鳴き、自己主張をする。

 ミスティリングの中から時計を取り出して時間を確認すると、予想通り既に午前中と呼ぶよりは昼少し前と言った方が正確な時間だった。


「食堂にでも行くか」


 いつもと違う時間に起きたのが影響してまだ調子が戻らないのか、レイはもそもそと身支度を調えると一階にある食堂へと向かう。






「あら、随分とゆっくりね。……本当に大丈夫?」


 食堂でサンドイッチを食べていたヴィヘラが、レイに向かって声を掛けてくる。

 最初はどこかからかうような口調だったヴィヘラだが、レイがいつもの調子ではないというのはすぐに分かったのだろう。少し慌てた様子で尋ねてきた。

 そんなヴィヘラと同じテーブルでは、こちらも言葉には出さないがレイの様子を心配そうに見つめるエレーナの姿がある。

 エレーナの側には当然アーラの姿もあり、エレーナやヴィヘラ程ではないがレイに心配そうな表情を向けていた。

 そんな四人……正確にはビューネはいつものように無表情にサンドイッチを食べているので三人と言うべきだが、その三人にレイは何でもないと手を横に振る。


「ちょっといつもと起きる時間が違っただけだから、気にしないでいい。少し時間が経てばいつも通りになるだろうから」


 そう告げ、エレーナやヴィヘラの座っているテーブルに着く。

 夕暮れの小麦亭の食堂は、高級宿という位置づけなだけあって決して狭くはない。寧ろ広いと表現した方がいいだろう。

 だが、今その広い食堂にいる少し早めの昼食を食べようとしている客達の視線はその殆どがレイのいるテーブルへと向けられている。

 当然だろう。エレーナとヴィヘラは、方向性こそ違うものの極めつけの美女だ。

 アーラも主人のエレーナには劣るものの、十分に顔立ちは整っている。

 いつもはエレーナの側にいるのでアーラが目立つことはないのだが、もしアーラがその気になれば男を引っ掛けるのに苦労はしないだろうと思える程度の美人ではあった。

 無表情にサンドイッチを食べているビューネも、将来性は十分に期待出来る程の美少女だ。

 そんな四人のテーブルに男が一人座ったのだから、注目を集めるのは当然だろう。

 更にその男がギルムでも有名なレイなのだから、注目を集めるなという方が無理だった。

 そんな注目には既に慣れたレイは、周囲の視線を気にする様子もなく宿の女将のラナへと適当に料理を注文する。

 ……適当とは言っても、空腹のレイが腹を満たす為なので数人前はあったのだが。


「それで、今日はこれから領主の館に行くのよね?」

「ああ。今回の件の報告をしにな」


 レイがラナに注文した料理の量から、取りあえず心配はないと判断したのだろう。ヴィヘラはレイに尋ねる。


「ふむ、では私もそれには行った方がいいだろうな」

「エレーナ様、私はどうしましょう?」

「アーラは……到着したのは戦いが終わった後だし、気にする必要はないのではないか?」

「ですが、エレーナ様だけを行かせる訳には……」


 アーラはどうするのかといったことを尋ねてはいたが、本心としてはエレーナと共に行きたいのだろう。

 それを汲み取ったのか、それとも単純にアーラと共に行動した方がいいと判断したのか、エレーナは少し考えて頷く。


「アーラが私と行動を共にした方がいいというのであれば、私も断ろうとは思わない。だが、いいのか? 昨日の今日だ。アーラも少しくらいゆっくりとしたいのではないか?」

「いえ、問題ありません。エレーナ様と一緒にいた方が私は安らぎますし」

「あらあら、随分と慕われてるのね」


 そう告げるヴィヘラに対し、アーラは複雑な視線を向ける。

 既にエレーナからヴィヘラという人物がどのような相手なのかというのは聞いて知っている。

 正直なところ、アーラとしては目の前にいる相手にどんな態度を取ればいいのか迷っていた。

 ベスティア帝国の元皇女ということで敬えばいいのか、それとも長年の敵対国の皇女として敵対的な態度を取ればいいのか。ただ一つ分かっているのは……


(この人、エレーナ様に悪い影響を与えるような……)


 そう思う根拠は、ヴィヘラが身につけている娼婦や踊り子といった者が身につけているような薄衣だ。

 向こう側が透けて見えるような、それこそ服と呼ぶよりいっそ下着と呼んだ方がいいような薄衣は、当然のように酒場にいる者の視線を……特に男の視線を集める最大の原因となっているようにアーラには思えた。

 実際にはエレーナの美貌も人目を集めている大きな原因だったのだが、アーラはヴィヘラを前にするとそのことをすっかりと忘れてしまっている。

 慣れ、というのはそれ程に大きいのだろう。

 ともあれ、貴族で騎士でもあるアーラの目から見て、ヴィヘラの格好は破廉恥としか呼べないものだった。

 そしてアーラがエレーナから聞いた話によると、ヴィヘラもまたレイに対して恋心を抱いているという。

 貴族として育ってきたアーラにとって、一人の男が複数の妻を迎えるのはそれ程抵抗感はない。

 それでも若干思うところがあるのだが、その辺は自分が口出しをするべきではないだろうという判断もあった。

 だが……ヴィヘラと共にいることで、エレーナがヴィヘラに影響されて同じような服を着るようになってしまったら……そう思うと、正直喚いて部屋にあるパワー・アクスを手に暴れたくなってしまうのも事実。


(あー、もう。本当にどうすればいいの!?)


 今までに経験したことがない事態なだけに、アーラは内心で頭を抱える。 

 そんな内心の葛藤が顔に出たのか、エレーナは木の実を練り込んだ焼きたてのパンを飲み込み、口を開く。


「……寝不足か?」

「あ、いえ。ちょっと思うところがありまして。その、別に何かある訳では……」


 慌てたように告げるアーラの様子に疑問を抱くエレーナだったが、紅茶を口に運ぶと微かに……ほんの微かにではあるが、綺麗に整えられた眉を顰める。

 真っ先にそんなエレーナの様子に気が付いたのは、当然のように小さい頃から共に過ごしてきたアーラだった。


「どうしました? その紅茶が何か……」


 もしかして毒でも? とアーラは一瞬思う。

 姫将軍という異名を持ち、貴族派の象徴のエレーナだ。国の内外にそんなエレーナを邪魔に思っている者はいるだろうし、貴族派の中にすらエレーナを排除したいと思っている者はいる。

 これまでに幾度も暗殺の危機があったのだが、エレーナはその全てを持ち前の知識と実力で防いできた。

 そして今ではエンシェントドラゴンの魔石をすら継承しているエレーナだけに、並大抵のことでは害せる筈もない。

 それでもエレーナに仕える騎士団の騎士団長として……何より幼い頃からの友人として、エレーナに危害を加えるような者を見逃す筈がなかった。

 もっとも、今はそこまで深刻な気持ちは抱いていない。

 本当に紅茶に毒が入っているのであれば、エレーナももっと明確な反応をしただろうと思うからだ。

 そして事実、エレーナはアーラの言葉に何でもないように……それでいて、少しだけ残念そうに口を開く。


「いや、この紅茶がアーラの淹れてくれるものに比べるとやはり劣ると思ってな。アーラの淹れてくれる美味い紅茶に慣れていると、大抵の紅茶に不満を持ってしまう」

「それは……」


 エレーナの口から出た言葉に、嬉しいと思う気持ちと申し訳ないと思う気持ちがせめぎ合う。


「へぇ、その子が淹れた紅茶はそんなに美味しいの? なら、私も是非飲んでみたいわね」

「ん!」


 ことが飲食に関係することだからこそだろう。ヴィヘラの言葉にビューネも即座に賛成の声を上げる。

 そんな二人に、エレーナは嬉しそうな笑みを浮かべていた。

 アーラが評価されるというのは、エレーナにとっても嬉しいのだ。


「だ、そうだが?」

「私の淹れる紅茶でよければ……」

「レイも暫くアーラの淹れる紅茶は飲んでいないだろう?」

「そうだな。前に飲ませて貰った紅茶は美味かった」


 レイの言葉にしみじみとした思いが宿る。

 マジックアイテムの類も使っていたのだが、それは水をお湯にするとか、その程度だ。

 それ以外は純粋にアーラの技量によって紅茶の味が高められていた。


(流水の短剣で生み出した水でアーラが紅茶を淹れれば、それこそ最高の紅茶になりそうだな)


 ミスティリングの中に入っているマジックアイテムへと思いを寄せるレイ。

 本来であれば水を使った攻撃を行う為のマジックアイテムなのだが、レイの場合は炎に特化した適性の為、武器として使うことは出来ない。

 唯一出来るのが、魔力を消費して水を生み出すことなのだが……レイの膨大な魔力を使って生み出された水は、それこそただの水であるにも関わらず天上の水と呼んでもいいような、そんな味だった。


「エレーナ様やレイ殿さえよければ、紅茶を淹れさせて貰いますけど」


 一瞬厨房の方へと視線を向けるアーラだったが、それに待ったを掛けたのはエレーナだ。


「アーラの紅茶は惜しいが、そろそろ時間だろう? ダスカー殿に会うのだから、時間に遅れる訳にはいかないだろう」

「……すいません、エレーナ様。そう言えば時間にそう余裕がある訳ではないですね」


 その言葉にエレーナが頷き、ヴィヘラもまたアーラを興味深そうに見る。


(それなりに強いみたいだし……少し、興味あるわね)


 ヴィヘラの視線に捉えられたとも知らないアーラだったが、何故か背筋が冷たくなるのを感じるのだった。

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