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レジェンド  作者: 神無月 紅
三年目の春
1001/3865

1001話

 突然目の前に現れたエレーナの姿に驚きつつも、レイとセトはそちらよりもまず確保する必要があるアドリアの方へと向かう。

 もしアドリアが普通の状態で走っていれば、突然目の前に足を伸ばされても転ぶようなことはなかっただろう。

 アドリアとて腕には自信があるのだから、伸ばされた足を咄嗟に回避するくらいは出来た筈だ。

 それが出来なかったのは、アドリアがマジックアイテムを使って走っていたから。

 勿論それは、アドリアがマジックアイテムを使いこなしていないという意味ではない。

 いや、まだ完全に使いこなしていないという意味では同じようなものかもしれないが。

 とにかく、突然エレーナによって転ばされたアドリアは、大人しくレイやセトに捕まるのはごめんだと逃げ出そうとしたのだが……


「グルゥッ!」


 立ち上がるよりも前に、背中をセトの前足に押さえつけられて動けなくなる。


「くっ、この……離せ!」


 何とか立ち上がろうと暴れるアドリアだったが、背中の中心部分を真上から押さえつけられては動きようがない。

 押さえつけているのが人間であれば何とかなったかもしれないが、押さえているのがグリフォンのセトなのだから、幾ら抗っても無駄だった。


「取りあえずこの者がレイから逃げ出したから足止めをしたが……構わなかったのだろう?」


 白を基調とした金属鎧を夕焼けの色へと染めながら尋ねるエレーナに、レイは頷く。


「あ、ああ。それは助かったけど……いつの間にギルムに? 何日か前に対のオーブで連絡を取った時にはそんなことを一言も言ってなかっただろ?」

「男と女の間には驚きも必要だとアーラが言うのでな。少し試してみた。……驚いて貰えたか?」


 口調は尊大と言えるものだったが、エレーナの表情にあるのはレイに喜んで貰えたか、怒っていないか、驚いて貰えたかといった幾つもの感情だった。

 もっとも、その感情の中で一番大きいのはやはりレイに会えて嬉しいというものだったが。

 そしてレイもまた、エレーナの言葉に笑みを浮かべて頷きを返す。


「ああ。かなり驚いた。けど、ここに来たってことは……」


 元々春になったらギルムに来るとエレーナは言っていたのだから、ここにいるのに驚くことはない。

 それを知っているレイだったが、それでもエレーナのいきなりの登場に酷く驚いたのは事実だった。

 この辺り、アーラの狙いがこれ以上ない形で当たったと言えるだろう。

 そして、今更ながら少し前から街中が騒がしかった理由はエレーナにあるのでは? と、納得してしまう。


「それで、何故この者を追っていたのだ? レイが追っている以上、何らかの意味があってのことだと思うのだが」


 太陽の光そのものを髪にしたかのような金髪を掻き上げながら尋ねるエレーナに、レイもようやく今の状況を思い出して口を開く。


「最近ギルム近辺で色々と特殊な事件が起きていてな。その容疑者ってところだ」

「特殊な事件?」


 首を傾げるエレーナに、レイはサイクロプスやコボルト、ギルムの門の前で起きた冒険者の騒動を手短に説明する。


「……なるほど。そのような真似をする輩がいるというのは、正直信じたくはないが……どうなのだ?」


 少し前まではセトに押さえつけられ、何とか脱出しようとしていたアドリアへと尋ねるエレーナ。

 尚、アドリアの背中を押さえつけているセトの背には、いつの間にか小さな黒竜のイエロが降り立ち、いつものようにキュウキュウ、グルゥといったように会話を交わしている。


「残念ながら、あたしは何も知らないよ」

「じゃあ、何でお前からこいつが腐臭を嗅ぎ取ったんだ?」

「腐臭? それは多分モンスターを討伐している時にモンスター同士が殺し合ったような現場に通りかかった時についたんじゃないかな?」

「……なら、何故急に逃げ出したんだ? 疚しいところがないのなら、逃げる必要はないと思うが?」

「このグリフォンみたいな高ランクモンスターが急に姿を現したんだから、逃げるのは当然だろう?」

「ギルムの住人なら、こいつの存在を知らないとは言わせないぞ?」

「残念ながら、あたしはギルムに来たばかりで、セトの存在は知らなかったんだ」


 アドリアが呟いた瞬間、黙って今のやり取りを聞いていたエレーナが口を開く。


「待て。何故お前はセトの名前を知っている? 今の私とレイの間でセトという名前は出ていない。……レイ、この者を追う前にセトの名前を出したのか?」


 エレーナの口から出た言葉に、レイは裏路地での会話を思い出して首を横に振る。


「いや、出してないな」

「らしいが? さて、何故セトの名前を知っていたのか教えて貰おうか」

「…それは、ギルムに来たんだから有名な相手の名前を覚えるのは当然だろう? いきなり目の前に出て来た時は驚いて咄嗟に逃げちゃったけど」


 セトの名前を出してしまったのに一瞬だけ動揺の表情を浮かべるアドリアだったが、すぐに言葉を返す。


(我ながら、間抜けなことをしてしまったわね。足を引っ掛けられたことといい、この女は色々な意味で厄介な相手だよ。……姫将軍、予想以上の代物だ)


 突然姿を現した、まるで美の化身のような存在。

 いや、その本質が美しいだけではないということは、ベスティア帝国に住む者であれば誰でも知っている。

 姫将軍という異名をもつ美貌の戦女神の存在は、寧ろミレアーナ王国よりもベスティア帝国の方で有名だった。

 そんな人物がいきなり……本当にいきなり、何の脈絡もなく唐突に姿を現したのだ。

 アドリア自身はそんなことで動揺しているつもりはなかったが、実際には普段なら絶対に犯す筈のないミスを犯してしまった。

 グリフォンに出会って逃げたと言ったのに、そのグリフォンの名前を知っていたと。

 それでも何とか誤魔化そうとしたアドリアに向かい、エレーナはその視線をじっと向ける。

 その視線に気圧されながら、それでもアドリアは視線を逸らすようなことはしない。

 もしそんな真似をすれば、自分から後ろ暗いところがあると言っているようなものだからだ。


「ふむ、なるほど。色々とそちらにも言い分はあるのだろう。だが、ここまで怪しい人物がいる以上、放っておく訳にもいかないな」

「……あたしをどうするつもり?」

「何、難しい話ではない。警備兵に引き渡すだけだ。もし本当にお前に後ろ暗いところがないのであれば、堂々と警備兵の取り調べを受けるといい」


 その言葉は、普通であれば受け入れられただろう。

 本当に何も後ろ暗いことがなければ、だが。

 だが、残念ながらアドリアにはここで捕まる訳にはいかない理由があった。


(どうする? こうなってしまった以上、戦うという手段は論外)


 それなりに自分の技量には自信があるアドリアだったが、それでもレイ、エレーナ、セトの二人と一匹を相手にしてどうにか出来るとは思っていない。

 いや、それどころかその二人と一匹の誰と当たっても勝てるとは思えなかった。 


(となると、逃げるしかないんだけど……)


 それもまた、自分の背中をセトが押さえている以上はどうすることも出来ない。

 手元には空気に反応して数分程煙を生み出すというマジックアイテムがあるが、それを使ったとしても、セトに背中を押さえられている以上はどうにか出来るものでもない。


(となると、今は大人しくするしかない訳だけど。幸いズボズは研究に集中していて、外の騒ぎを見に来たりはしないし)


 もしここにズボズがいれば、間違いなくレイの姿を見て何らかの反応をしただろう。

 そうなってしまえば、逃げるにしても逃げられない。

 この面子以外の者であれば、自分一人でなら何とか逃げ出せるだけの自信がアドリアにはあったが、ズボズも一緒の場合はどうしても足手纏いになる。

 当然だろう。ズボズは元々錬金術師であり、アドリアのように実際の戦闘に身を置くような者ではない。

 錬金術師としての腕は一流であっても、それが実戦で使えるかどうかというのは全くの別問題なのだから。

 セトに捕らえられたまま、ズボズがここにいないことに内心で安堵の息を吐きつつアドリアは口を開く。


「分かったわ。じゃあ、警備兵が来るまで大人しくしてるから、なるべく早く呼んできて頂戴」

「安心しろ、現在ギルムの警備兵は色々と勤勉だからな。こんな騒ぎがあれば……」


 エレーナが最後まで言う前に、丁度タイミング良く警備兵が姿を現す。

 ベスティア帝国の錬金術師が騒動を起こしているという話は警備隊の隊長であるランガと、その周辺の数名くらいしか知らない。

 それでもランガの命令により、現在は警備兵がいつも以上に仕事熱心な姿を見せていた。

 エレーナが口にしたように、このような騒ぎがあればいつも以上に素早く駆け付けてくるくらいには。


「何の騒ぎだ! ……レイ? セト? それにそっちは……」


 そんな叫び声を上げながら、四人の警備兵が野次馬の中から半ば強引に姿を現す。

 その場にいるのが顔見知りであるというのを知ると、警備兵の一人が事情を求める視線を向けてくる。


「この女はダスカー様から受けている指名依頼で捕らえるように頼まれた相手だ。正確には、捕らえるように頼まれた相手の仲間で、本命の居場所を知っている可能性が高い、だけどな。お前達の隊長のランガが探している相手って言えば分かりやすいか?」


 ランガの名前を出されれば、警備兵達も慎重にならざるを得ない。

 普段は穏やかな人柄のランガが、ここ数日時々だが険しい表情を浮かべているのを、その目で見ている為だ。




「ランガ隊長が……分かった。ならこの女は連れて行ってランガ隊長に引き渡した方がいいか?」

「あー……そうだな。尋問とか俺はあまり得意じゃないし、本職に任せた方がいいか」


 盗賊達が聞けば泣いて抗議するようなことを告げたレイは、警備兵の言葉にすぐに頷きを返す。

 レイの了承を得た警備兵は、セトに押さえられているアドリアの方へと近寄って行く。


「セト、聞いての通りだ。この女を引き渡してくれないか?」

「グルゥ」


 セトもレイの話を聞いていた以上、警備兵の言葉に逆らうつもりはない。

 警備兵がアドリアの四肢を押さえ込んだのを見てから、背中に乗せていた前足を退ける。


「あらあら、女の扱いがなってないね。もう少し優しく扱うのが男の甲斐性じゃないかな?」


 セトの前足が外れて若干の余裕を取り戻したアドリアがそう告げるが、警備兵達はその言葉に耳を貸すような真似はしない。

 セトが押さえ付けていたという時点で、アドリアがどれ程危険な相手なのかというのは十分に理解した為だ。

 四肢を押さえつけられたアドリアも、警備兵達が全く油断していないことに気が付いたのだろう。表情に出さないようにしながらも、不満を抱く。


(ギルムの警備兵は練度が高くて規律にも厳しいと聞いてたけど、こうして実際に捕まってみるとそれが分かるね。さて、逃げ出すにも深紅やグリフォン、それに姫将軍までいるとなると、さすがに無理だ。ここは暫く大人しくしていた方がいい、かな?)


 飄々とした態度を崩さず、それでいながら内心では機会があればいつでも逃げられるように心の準備を整える。


「残念だが、レイやセトが捕らえた相手を侮るような真似はしない。そのまま大人しくしていれば乱暴に扱うことはないから、覚えておくといい」

「はいはい。あたしだって別に乱暴されたい訳じゃないんだし、大人しくしてるよ。潔白を証明する機会があるのに、それをわざわざ自分から潰すような真似はしないさ」


 笑みすら浮かべて告げるアドリアの様子を見ていたレイは、先程の逃げ足の速さを思い出す。


「その女、何かのマジックアイテムを使っているか、それとも何らかのスキルとして身体強化でもしてるのか分からないけど、逃げ足は妙に速かったから、気をつけた方がいい。一度逃がすと、追いつくのは難しい」

「……分かった。すぐに警備兵の詰め所へと連れて行く。レイ、色々と助かった」


 感謝の言葉を告げてくる警備兵に、レイは小さく首を横に振る。


「気にするな。俺も無関係じゃないし。それと、この通りの先にあるマジックアイテムを売っている店に何らかの手掛かりがあるかもしれないから、俺はそっちに行ってみる」


 そう告げると、レイはセトとエレーナを連れて裏路地へと戻っていく。

 それを見送った警備兵は、すぐにアドリアの両腕を掴んだまま強引に立ち上がらせる。

 レイの助言に従ってマジックアイテムを外そうとしたものの、一介の警備兵にはどれがマジックアイテムなのか分からず、取りあえず今は逃げ出されないように左右から両腕をしっかりと掴む。


「さぁ、行くぞ。お前には色々と聞きたいことがあるからな」

「はいはい、分かりましたよっと。じゃあ、面倒な件はさっさと済ませるとしようか」


 全く緊張した様子もなく、アドリアは警備兵に引き連れられて夕方で人通りの多い大通りを周囲の通行人や野次馬から大きく注目されながら連行されるのだった。

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