主任がゆく(千文字お題小説)PART6
お借りしたお題は「ナース」「コース」「エース」です。
松子は唐揚げ専門店の主任になった三十路目前の女である。
新規開拓部の住之江に淡い恋心を抱いて、今度こそ前に進もうと思った松子だったが、本社の人事部から来た杉本美樹に、
「彼はこちらの出身なんですけど、本社勤務も長くて庶務や経理の女子達に人気があったんですよ」
と言われ、
「貴女には一パーセントの可能性もありませんから、ご承知置きください」
その言葉に打ちのめされてしまった松子はウイークリーマンションまで徒歩で帰り、酷い靴ずれになってしまった。
幸いな事に次の日は久しぶりの休みだった。
松子はバッグの中から保険証を持ち出して、近くの病院に行った。
(まさか、あの人はいないわよね)
以前恋をしたイケメン医師と再会した嫌な記憶が甦り、寒気がした。
嫌な予感は当たらず、松子は治療を終えた。
何気なくナースセンターと書かれたプレートを見上げていると、
「松子さんですよね?」
看護師に声をかけられた。油断した顔をしていた松子はギョッとして声の主を見た。
「お久しぶりです。私の事、覚えていませんか?」
看護師は微笑んで言い添えたが、松子にはまるで覚えがない。
「そうですよね。あの時は松子さん、車にはねられた直後ですものね」
その言葉が切っ掛けで怒濤のように記憶の糸が解きほぐされた。
その看護師は、車にはねられた松子に一番に近づき、救急車の手配をしてくれた女性だったのだ。
あまりの偶然に松子は仰天してしまい、
「そ、その節はどうも……」
鯱張って頭を下げた。
「お元気そうで良かった。あの後、私、すぐにこちらに発たなければならなかったので、付き添えなくてすみませんでした」
丁寧に頭を下げ返してくれたので、しばらくぶりに人の優しさに触れた松子は泣きそうになった。
「私、瀧本ななみって言います。よろしければ、連絡先を教えてください」
松子はすぐに携帯の番号とウイークリーマンションの住所を教えた。
「近くに安くて美味しいフレンチのお店があるんです。コース料理が絶品ですから、一緒にどうですか?」
ななみが誘ってくれた。思い起こせば、大阪に来て、行く所と言えば、親友の光子の飲み屋仲間の愛の店だけだったので、松子は快諾して病院を後にした。
そして次の日、店に行くと、美樹は来ておらず、住之江と年配の男性がいた。
「ああ、来ましたよ、ウチのエースが。彼女の唐揚げは絶品ですから、是非お食べください」
住之江の話している男性は商店会の会長だった。
さて、新展開の予感です。