第九話
皆がネズミと戦っている間、待機命令が出ているとは言ってもずっと座りっぱなしで待つのも苦痛だったので、すぐ側にある兵士たちが上に居るやぐらの観察と、この場所の観察を行っていた。
暫く眺めていたら何点か気になる事があった。
一つは、このやぐらだが、昇り降りするのに梯子が取り付けられておらず、代わりに太い柱の部分に人が手足を掛けられるように杭が互い違いに埋め込まれている。
柱に穴を開けて杭を打ち込む手間と梯子を作る手間とでは一体どちらが大変なのかは俺にはわからないが、これまで見たことのないやり方だったので気になった。
なぜ梯子を使っていないのかは不明だが、これはこれで昇降設備としての役割は果たせそうだ。
ただ、古くなったら杭が抜けて登ってる途中で人間ごと落ちるんじゃないかと思う。
まあ、安全点検くらいはしてるだろう。
あれ?
待て待て。
考えてみればここの兵士達が怪我をしようがどうしようが俺にとっては何の関係も無いことだ。
むしろ今の現状からすれば是非落っこちて怪我をして欲しいくらいだ。
つい、俺の中の常識人が顔を出してしまった。
もう一つ気になったのは、気のせいかもしれないがなんだか太陽が変な気がする。
四方を囲まれ下を見るか上を見るかしかない現状、暫くは戦闘風景を眺めていたが、閉塞感が強い。
地面に写るやぐらの影が、昼間なのにぼんやりしていたので曇っているのかと思い、空を見上げて初めて気が付いた。
こんな事を言うと頭が変になったかと思われそうだが、太陽が暗く赤く見える。
普通、太陽を直に見てしまえば目がくらむだろう?
でも、あまり目が痛くない。目に優しい太陽?
なんだそれ?
なんというか、昼間なのに夕焼けが見えるとでも言えばいいのか?
巧く伝えられそうにないがそんな感じだ。俺の目がおかしいのか?
視界に数字が見えている時点で否定できる要素もないので俺の目がおかしいんだと思っておこう。
後、気づいた事が一つ。
多分どうでもいいことなんだろうが、ここで使われている柵の太い丸太は油か何かをべったりと塗りこまれているようでテカって見える。
腐食対策だろうか? でも、火災の危険とかは無いんだろうか?
まあ、手で触れて確かめたわけではないので、そう見えるってだけで実際は全然違うかもしれないが。
もしかすると、昔の電柱のようにコールタールでも塗ってあるのかもしれない。
ぐうううう
うう、腹減った。
腹減ったといえば、来る途中に生えていた草を帰りに採取したい。
どうやって不審に思われず集めて持って帰るか、その方法を考えてみようと思ったが、そんなものどうやっても怪しいよな?
もう開き直って怒られない間に集めてしまおうという結論に至った。
ただ、もしかするとこれが自分の生命線になるかもしれないので採取量は慎重に考えた方がよさそうだ。
取りすぎて次の日から食べられる物がなくなりましたなんて目も当てられない。
その後、体感時間で一時間ほどかかってようやく入ってきたネズミ達は全滅した。
俺は勿論無傷で済んだのだが、俺が抜けた後戦った内、数人はネズミの反撃に合い、手や足に出血を伴う傷を作っていた。
破傷風とか大丈夫なのか?
全滅を確認した兵士たちがやぐらから降りると、こちらに特に何も言葉を掛ける事も無く、入ってきた方の扉を開けて出て行こうとするので、全員それにくっ付いて扉をくぐり、砦(?)の中に戻ると、この場で解散となった。拍子抜けだ。
命令としては「戻れ」「休め」だった。
どうやらいつの間にかあの小屋は俺たちの「戻る場所」として認識されているようだ。
俺以外の皆は今回、捕まえたネズミをその場でいきなり食っていた所為で帰りの荷物もない。
俺は、帰りに寄り道をしつつ草を集めるつもりなので、この命令は非常にありがたかった。
昨日も思ったが兵士たちはこちらが命令に反抗したり従わない可能性を全く考慮していないようだ。
兵士達は各々好き勝手に帰るみたいで、2,3人でまとまっていたり、一人でさっさと帰ったりと本当に適当だ。
俺達は草を集める目的があるので……いや、まあ俺だけだが。
俺は一人、来る途中に生えていた草を集めるべく目的地へと向かった。
他の奴がこの後どうしたかは知らない。
ほんの少しとはいえ自由に(?)行動できる時間が取れて一寸だけ嬉しかったのは秘密だ。
もしかしたら他の誰かに草が取られているかも知れないという不安もあったが、誰も草には興味が無いのか、来る時に見た場所で草は俺を待っていてくれた。
あくまでも「戻れ」の命令に反しない範囲での寄り道なのでそれほど時間的な余裕もないし、道順を大きく外れる事も出来ない。
少しむしっては小屋に向かって歩き、を繰り返す。
その時、右手に持ったままだった机の脚が邪魔になったが、これは大事な武器なので、手放すわけにも行かない。
とりあえず利き手を空けないと作業しにくいので机の脚は左手に握る。
おっと、このままだと折角集めた草にネズミを叩き潰した時、机の脚に付いた汁っぽい何かが付いてしまう。
まず、机の脚の先端を地面にこすり付け、ある程度の汚れを落とす。
次に大き目の葉っぱを捜して汚れている机の脚の先端部分を包み込み、茎を利用して外側から縛っておく。
これで汁っぽい何かが集めた草に付く事もないだろう。
ふぅ。
急いで無茶苦茶にむしってしまいたくなる気持ちを堪えて虫食いのない綺麗な草を探しては茎の途中から丁寧になるべく痛めないようにやさしくむしっていく。
花に関しては運搬中に落ちてしまうともったいないので、もうこの場で食べてしまう事にした。
蜜だけではなく花弁も何もかも一緒に食べてしまっているので甘さよりも苦さが凄い。
狙いをつけていた竹糖もどきは地面ギリギリから根を傷つけないようにして大量に、それ以外の草はなるべくいろいろな種類を満遍なくとる。
むしっていて気づいたが、なかには可愛らしいサイズの豆を実らせている蔓草もあり、もって帰って食べるのが非常に楽しみだ。
途中尿意を催したので柵に向かって放水しておく。
しかし、素っ裸で放水、何だこのシチュエーション。
こんな経験をする日が来るなんてこれまで想像した事も無かった。
飛び散った物が折角採取した草に付くのは嫌だったので草は少し離れた場所の比較的綺麗に見える地面においておく。
考えてみればここに来て初めての放水だ。
俺がもし、例の事件と同じ状況で連れてこられたと仮定するなら、胃の中の物も腸の中の物も全て失った状態で(どうやってそれを行ったかは知らないが)ここへ連れてこられたって事になると思うので丸一日尿意も便意もなかったのはおかしくはない。
いや、それ自体はおかしいんだが、思考実験としては有り得るだろう。
ただ、同じく連れてこられたと思しき連中が全員黒髪黒目だったのがどうしても気になる。
もしあの事件の被害者が今集められている俺達の集団ならそこには世界中から色々な人種、それどころか野生動物も含まれて居なければおかしいはずだ。
……何か見落としでもあるのだろうか?
まあ、この辺は俺がいくら考えても答えは出ない気がするので流しておくか。
そろそろ、小屋に着く。
他の皆は多分もう既に戻っているだろう。
小屋に居る連中の注意を引かずにどうやって草を食べるか考えねば。
うん、これは重要だ。
昨日と同じように小屋の入り口を開けて中に入る。
片手しか空いていないので一寸不便だが、板は軽いので何とかなった。
見れば全員帰ってきているみたいだ。
俺が草を小脇に抱えている所為で皆が注目する。
ええい! こっち見んな!
念のため数えてみると20人。あれ? 一人足りないな。
まあ、どこかで道草でも食っているのかもしれないしどうでもいいか。
俺の場合はリアルに道草食って来たわけだが。
いつの間にか定位置っぽくなっている小屋の隅っこが又空いていたので、入り口の板を戻した後、草と机の脚を抱えてそこへ向かう。
机の脚を足元の地面に寝かせる形で置く。
早速、採取してきた草を葉っぱの形で分けた。
知識が無いのでこれ以上の分類は出来ない。
行きの道で味見した草は最初に別にしておく。
これは今の時点で腹痛も無いので多分大丈夫と信じるしかない。
それに、もし遅効性の毒があるとか人体に蓄積されて一定量に達したら症状が出るような毒は、確かめる方法も無いのでもう諦めるしかないだろう。
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