第八話
扉が上がり始めると向こう側の様子が少しだが伝わってきた。
開く扉に刺激されたのか、何かが沢山集まっているようでガリガリ引っかくような齧り付いているような音がいくつも聞こえてくる。もうあまり時間は無いようだ。
念のため、鈍い身体を無理やり動かして何回か机の脚で素振りをし、軽く地面を叩き、狙った場所をきちんと叩けるか確認しておく。
……むう。
やってみてわかったが、どうしても地面に当たる瞬間に叩きつけの反動が怖くてびびって勢いを殺してしまい軌道がぶれて巧く叩けない。
仕方が無いので自分をだます為に、叩きつける場所は地面ではなくその少し下、地中に目標があるつもりで思い切って振りぬいてみるとどうにか地面を強く叩く事が出来るようになった。
ゴッ!
やっぱり叩いた反動が直に手のひらに伝わってくるので非常に痛いし手のひらが痺れる。
こんな勢いで叩けるのはせいぜい後、5回か6回だろう。多分握力が無くなるより先に手首を痛める。
しっかり掴まないと強く叩けないのに、しっかり掴むと衝撃が手のひらにビリビリきて手首が痛み、握力が出せなくなる。
悪循環だ。せめて持ち手にタオルでも巻ければ全然違うのだが……。
まともに叩ける回数でどれだけやれるかはわからないが出来るだけ頑張ろう。
そうこうしている間に扉がある程度上がって、待ちきれなくなったのか上がりきる前の閂もどきに開いた穴から昨日も見たあのドブネズミの鼻面が飛び出してきた。
この時点で「戦え」の命令が入り、それを素直に受け入れると前回と同じように爽快感とともに視界がクリアになり、身体が自由に動かせるようになった。
このドブネズミ(?)は頭よりからだの方が太いので例によって完全に開くまではこちらへと全身を進めることが出来ないようだ。
相手の準備が整うのを待ってやる義理も無いので先制攻撃を加える事にする。
最初からそのつもりだった俺はすぐにでも殴りかかれるように穴の真横、つまり扉に張り付くように立ち、既に棍棒代わりの机の脚を振り上げていつでも殴れるよう準備をしていたので、迷い無くドブネズミの頭に向かって渾身の一撃を叩き込んだ。
ただ、頭といっても、扉の向こう側にある身体がつっかえて居るせいでこちら側に突き出しているのは目から先くらいなのでそれを狙って叩く事になった。
グチュ、ともボチャともつかないなんとも言いようの無い嫌な音を立てネズミの顔はぐちゃぐちゃにつぶれた。
不思議な事に、思ったより叩いた時に自分に伝わるダメージが少ない。
ゴッ!
練習で地面を叩いた時は、直接叩いたエネルギーが跳ね返ってくる感じだったが、間にドブネズミというクッションが入ってくれたおかげで自分に跳ね返ってくるダメージが減ったようだ。
色々な意味でありがたい。
……叩き潰した時の嫌な感触は勘弁して欲しいが。
バチュ!
わ○わ○パニックというアーケードゲームを横からやってる感じといえばイメージが伝わるだろうか?
勿論叩き潰せば血も吹き出すし、匂いも凄い。手ごたえなんて最悪だ。
グチャ!
あのゲームと違う点は、敵が出てくる箇所が一箇所で、しかも最初の一匹が馬鹿な死に方をした所為で後ろがつかえてしまい、次の敵が出てくるには前の奴を押し出すしかなく、ドブネズミの短い前足では巧く押し出せないようで鼻面を使って押し出してくるのだが、そうやって押し出そうと頑張るのは良いが、頑張って押し出しているとその間素早い動きが一切出来なくなり出口へ顔を出したとたん俺に叩かれる。
つまり、叩き放題になってしまっている。
ガッ!
命令に従う多幸感でドブネズミを叩く動作をするたび気持ちよくて仕方がない。
ブチュ!
正直これなら俺一人で10匹でも20匹でも倒せそうだ。
グシャ!
ただ、何時も急所を叩けるわけでもなく、当たり所によっては机の脚で思いっきり叩いても死なない奴は死なない。
押し出された後も、もがくように動いている奴も居るが、それらは待ち構えている俺以外の21人がその場で襲い掛かって食い散らかしている。
ドシッ!
勿論俺が叩いてその場で死んだネズミは後から入ってくるネズミに押し出された後、そのまま周りを囲んでいる21人が食ってしまう。
ただ、この戦法を取る上で最低一匹分は出口に死体が必要なのでそれは持って行かれ無い様に死体が出口に二匹になった時点で一匹を俺が棒で引っ掛けて取りやすい位置へと滑らせている。
ドスッ!
本来戦えの命令に食って良いと言うのは含まれて居ないと思うのだが、戦えの命令は自由度が高い所為か食うのが当たり前みたいな状況になってしまった。
なんというか、俺がドブネズミを倒す係りで、それ以外が食う係り?
まあ、この状況を見て兵士たちがどう思っているのかは知らないが。
バカッ!
暫くそんな状態が続き、俺が一人で10匹倒した時、新しい命令が来た。
え? 何で匹数がわかるのかって? 数えなくても視界中央上の数字が、一匹始末するごとにカウントアップされていくからだよ。
この数字がどういう意味を持っているのかはわからないが、どんなタイミングで上がっていくのかは今回で何となく理解できた。今は11になっている。
どうやら新しい命令は俺だけに来たようで「付いて来い」と命令が来た時、扉を離れたのは俺だけだった。
戦闘終了とともに薄れて行く多幸感で食事をまともに取ってない現実が襲い掛かってくる。
正直今すぐ地面に横になりたいくらいだ。
今回大活躍した血と体液で汚れた机の脚をぶら下げたまま、兵士たちが登ったやぐらの側へ呼ばれた後「待て」と来た。
とりあえず、ここに居れば良いようなので、そこに体育座りで座る。
右手はいつでも動かせるようにして机の脚を握っている。
左手は少しでも腹を押さえつけるようにして空腹をごまかす。
視線をさっきまでいた辺りに向ければ、当然だが俺が入り口で待ち構えるのをやめさせられた所為で穴からはどんどんドブネズミが侵入していた。
いままで待っていればネズミを食えた21人もようやく自分たちが戦う事になったと気づいたようだ。
しかし、素手で地面を素早く走り回る生き物をどうこうするのは非常に難しい。
どうするのか眺めていたら、何人かはネズミと同じように四つんばいになりそのまま噛み付きと、飛びついて手のひらで掴むようにして襲い掛かっていた。ワイルドすぎる。
それ以外の者は、足で蹴り飛ばしたり前かがみになって手掴みで対処しようとしていた。
どいつもこいつも道具を使うという発想はない様子で俺の中の「俺以外は獣疑惑」がますます濃厚になってきた。
その時、扉が動いたような気がしたので視線をやると、いつの間にか扉は下りていた。
新しいネズミの侵入はこれでなくなったので今この場に居るネズミを全滅させれば今日のイベント(?)は終了だろう。
入ってきたドブネズミ達は直前までネズミ丸齧りを行っていた21人から漂う血臭に惹かれるのかほぼ全てがそっちに行ってしまった。
たまにこっちへ向かってくるネズミは目の前の地面を机の脚で音が出るように叩けばびっくりして戻っていくので俺は命令に従いここで待っているだけだ。
昨日に引き続き今日も戦わされた事。
昨日は一人、今日は集団。
状況に差はあるが「戦え」という命令。
どうやら俺たちは、身代金目的の営利誘拐で攫われたわけでは無いみたいだ。
何らかの目的でここでは戦う事を強制される運命にあるということか。
誤字脱字、文法表現での間違い等ありましたらお知らせいただけるとありがたいです。




