第七話
大勢の足音が小屋に近づいてくる。
どうやら考え事が出来るのもこれまでのようだ。
今日は一体何をさせられるのやら。
暫くすると案の定兵士たちが小屋までやってきて入り口の板を外し小屋の中に顔を見せる。
それにあわせて頭の中に「付いて来い」との命令が来た。
小屋から出る時に、入り口脇の水瓶をチラッと見ると、多分生肉を食べた後そのままふちに手をつけて直接水を飲んだのだろう、瓶は血と油がべっとりと付着し、中の水も濁ってしまっている。
昨日の状態はこうやって出来たものだったんだろう。こいつらマナー悪すぎ。
小屋の外には兵士が20人ほど立っていた。
特に緊張感も無く互いに私語を交わしているようすだ。
勿論何を言っているのかは理解できないが、なんとなくそんな雰囲気にみえる。
ふぅ、ようやく小屋の中から出られた。とりあえず兵士に背を向けて深呼吸をする。
空腹なのは残念だがあの狭い小屋からでられた開放感はすばらしい。
今日の天気は晴れだ。ただ、日差しはあまり強くない。
小屋から全員が外に出るまで暫く待つ様子だったので、兵士の脇に立ったまま何となく外に居る裸の人数と小屋から出てくる人数を数える。
……
俺も入れて全部で22人(人と数えて良いのか今では少し疑問だが)いる。
数えてみて気づいたが、昨日一番最初、指揮官(?)に殴られて額を割られた男が見当たら無い。
いや、俺もはっきり顔を覚えていたわけではないのだが、外に居る奴にも小屋から出てきた中にも頭に怪我をしている奴が一人も居ないので居ないんじゃないかと思っただけだ。
あんな派手な怪我が一晩で消えるはずが無いしな。
まあ、それはいい。しかし困ったぞ。
どうにかして兵士に自分が人間だと判ってもらおうと思っていたが、良く考えてみれば俺は元々攫われた立場だ。
今ここで自己主張をして目立つ事のデメリットは無いのだろうか?
あまり詳しくは無いが、映画などではテロリストの前で騒ぐエキストラは見せしめで殺されるパターンが多いと思う。
そういえば、昨日額を割られた男も条件的にはそれに該当するんじゃないだろうか?
あいつが今見当たらないのは独房にでも入れられているとか?
だが、あいつには真っ先に首輪が埋め込まれていた。
首輪のシステムを考えればわざわざ独房に入れる必要は無いようにも感じる。
まあ、ここにはここの常識があるんだろう、俺にわからないだけで何か理由があって別のところに居るだけかもしれない。
それに、俺はあんなふうに思いっきり殴られたくは無い。
どうにか相手を刺激せずスムーズに待遇改善要求を伝える方法は無いだろうか?
そんなことを考えているうちに集団は移動を開始したようだ。
良いタイミングを見つけたらその時こそ、俺は人間だから人間らしい扱いをするよう兵士に伝えよう。
そう思いながら命令に従いついていく。
勿論頭の中では兵士に触れるという思考を続けて多幸感をブロックするのは忘れない。
昨日出てきた建物とは反対方向へと馬鹿高い柵の側をぞろぞろとまとまりなく歩いていく。
兵士は鉄靴をはいているから良いかもしれないが、素足のこっちは足の裏が痛い。
現代人な俺の繊細な足の裏は一寸した石でも踏むと刺さるような痛さを感じてしまう。
靴が欲しいとまでは言わないが、せめてサンダルくらいはほしい。
服ももらえない今の状況でそんな物がもらえるわけが無いと、わかってはいるがそれでも欲しい物は欲しい。
兵士たちは皆が命令通り付いてくるのをかけらも疑っていない様子で先頭にまとまって歩いている。
俺はわざと集団の最後尾に位置し、歩きながら道端に生えている、黒くて見た目の悪い雑草から花を幾つかむしって蜜を舐めてみた。
甘い! ……でも、全然量が足りない。
ええい、花も食ってしまえ。
……ぐむぅ、物凄く苦い。
ついでに幾つか葉っぱもむしり少しだけかんでみる。
火も通してないから当然だが苦いし青臭い。
それでも久々に入ってきたカロリーに胃袋がもっとよこせと叫びだす。
だが、毒のあるなしもわからないので口に入れる葉っぱは少しだけにしておこう。
こんなところで毒草を口にして死にましたでは流石に無念すぎる。
暫く様子を見て、もし、腹を壊したりしないようなら今度は沢山むしってもりもり食ってやろう。
生肉を食うくらいなら俺は今日からベジタリアンになる!
でも、出来ればせめて鍋と火が欲しい。
そうすれば肉だって煮込んで食べられるようになるだろう。
あぁ、欲しい物が沢山ありすぎて自分が今まで無自覚に享受してきた生活の素晴らしさを実感できる。
無事帰れたらこれからは日々の暮らしに感謝しようと思う。
黒い植物は一種類では無い様で、葉の広いものや、見た目は竹糖のように細長い葉を茂らせたものが入り混じっている。
良い事を思いついたので帰り道に余裕があれば可能な限り竹糖もどきをむしって帰ろう。
集団から離されるわけには行かないので足の裏が痛いのを我慢して必死についていく。
今は周りを観察する余裕が無い、というか、余裕自体は少しだけあるのだが、その時間は雑草の花をむしりとり、蜜を舐める時間で全部使ってしまった。
空腹なので仕方が無い。
……こんな事をしているとまるで自分がミツバチになった気分だ。
どこまで行くのだろうか? と思うくらい歩いた。
どうやら柵の向こうへ出るようだ。
柵に設けられた扉、釣り上げ式の4人程度が並んで通れるくらいの大きさのものが開いていて、そこを兵士がくぐっていく。
扉の向こうに何があるのか期待してくぐってみれば、そこは周囲を柵と同じ木材で囲まれた部屋のようになっていた。
柵の外側にコの字の部屋がくっついてるような感じといえば伝わるだろうか?
大きさは俺たちが押し込まれているボロ小屋の2倍程度か? といっても、ここには天井が無い。
どんな景色が見えるのか少し期待してしまったが、これでは何も見えない。がっかりだ。
最後尾を歩いていた所為で気づかなかったが、見れば向こう側にもう一つ同じような扉がある。
ここは……エアロックと言う程ではないが、2重の釣り上げ式の扉で挟まれた空間のようだ。
左の壁際にやぐらのような物が用意されていて上に人が登れるようになっている。今は誰も登っていないみたいだ。
右は特に何も無いようだが壁際に、廃材置き場のような扱いなのか雑多なガラクタが転がっているのが見える。
全員がこの狭い空間に入った時点で「待て」の命令が来た。
入ってきた側の扉が閉まる。
いよいよエアロックのように感じる。
周り中を背の高い柵に囲まれて後ろの扉が閉まった所為でかなり薄暗くなって圧迫感を感じる。
柵の内側と外側を直通に出来ない理由がこの先に有るという事だろう。
もしかすると、ここは時代劇に出てくる関所のような場所なのだろうか?
兵士たちが反対側の扉の前に何かを設置している。
何をしているんだ?
気になったので一寸前に出て観察すると、数名の兵士が、なんだか地面すれすれに閂のようなものを設置していた。
これから開けるであろう扉の閂を「外す」なら理解できるが、設置しているのはどういうことだろう? と思い注目してみると、閂もどきの中央には穴が開いていて、丁度昨日のドブネズミが一匹潜り抜けられそうな大きさだった。
釣り上げ式の扉の下に穴の開いた閂を設置する理由……しかも穴あき。
見ていると、一名が椅子のような物に乗り、扉上部の柵部分に小さめの杭を差し込んでいる。
見た感じ多分、扉を開いた時、今設置している閂もどき分だけ開くように調整する為の物だろう。
なんだか嫌な予感しかしない。
昨日ネズミと戦わされた時と同じ空気を感じる。
普通に考えれば、扉を開いた時その手前にある閂もどきが仮の扉の役割を果たすのだろうが、そこに開いている穴はつまり、そこから何かが出入りすると言うことに違いない。
そしてこの流れで次に起こるイベントといえば……。
自分の勘に従い、何か武器に使えそうな道具は無いかと周囲を見回すと部屋の隅のガラクタ置き場が目に付いた。
廃材にしか見えない木材の切れ端や、破損したテーブルや脚の数が足りない椅子が放置されている。
長い間雨ざらしになっていたのか幾つかの物にはカビが生えて色が変わっているのが見える。
自分の周囲を見回しても、他の奴らはだらしなくゆるんだ表情を浮かべてその場でボケーッとしているだけで今の状況に危機感を感じている様子は無い。
だが、もし俺の予感があたっているならこの扉の向こう側には又何か厄介な物が待っているに違いない。
今のうちに少しでも準備しよう。
そう思い、巧く動かないからだを叱咤し、可能な限り急いで廃材置き場に向かった。
廃材置き場の机や椅子の脚を掴んで揺らしてみて腐っていない物を探す。
いくつかそうやって探してみて、状態のよさそうな机の脚を見つけた。
どうにか取り外せないか調べてみると脚はネジで止められている訳ではなく、単純に差し込んでいるだけの簡単な作りだったので机をさかさまにして天板に足を掛け、棒部分を両手で掴み、力任せに抜き取る! ……硬い!
接着剤で固定してるのかと思い天板を両足で踏んで押さえつけ、握り締めた机の脚に体重をかけて左右に揺らし、ついでに天板を蹴り飛ばしたらポロッと抜けた。
抜けた穴の中を見たらカビが繁殖していて、これが接着剤のような働きをしていたみたいだ。
引っこ抜いた机の脚は、長さ80cm程度で長すぎず短すぎず、丁度良い感じの長さだ。
何度か掴みやすい場所を探す為に握りなおしてみる。
ついでに汗で滑らないように足元から砂を取って少しだけ握りの部分にまぶしておいた。
本当は持ち手に巻きつける布でもあればもっと良かったが仕方が無い。
手に入った棒をぶらさげて急いで集団に戻る。
閂もどきは既に設置が終了したようで、兵士たちは部屋の左の壁際にあるやぐらへと全員が登っている最中だった。
この後の展開はまず間違いなくあれだろう。昨日と一緒に違いない。
兵士たちがやぐらに全員登った時点で閂もどきが置かれた側の扉が持ち上がり始めた。
やっぱりか、と心の中でうんざりしながら命令を待つ。