第五十七話
気がついたら真っ暗な空間に居た。
ここは最初に死を意識したときのあの空間に良く似ている。
だが、あの時と今回ではひとつだけ明確な違いがあった。
すぐそばに何かがある。
これは……石ころ?
暗闇の中なのに、なぜか視認できる石ころがひとつ。
意識をその石ころに向けると吸い寄せられるように石ころのすぐ目の前へと自分の視点が移動した。
近づいて気づいたが、この石ころから音が……いや、声がする。
しゃべる石ころとか意味分からん、これは夢なのか?
とはいえ認識できる範囲にはその石ころしかなかったのでとりあえず何を言っているのか聞いてみることにした。
石ころは「俺は石だ……俺は石だ……俺は石だ……」と、言い続けているようだ。 気味が悪い。
(……石が自分が石だってつぶやいてる? なんだこりゃ、変な夢だな)
「俺は石だ……ん? 誰だお前?」
しばらく石ころを観察していたら唐突に反応が変わり、まるで俺に気がついて話しかけて来たような口調になった。
(え? 俺は……あれ? 俺……)
問いかけられて気がついたが、自分が何者だったのか思い出せない。
そういえば、ここのところ一度も自分の名前を思い出そうとした記憶が無い。
……なぜだ!?
「ああ、わかったもういい、それ以上考えるな、狂うぞ?」
(え?)
まるで俺の心の中を覗いたみたいなタイミングで石ころに話しかけられた所為でパニックを起こしそうな思考が中断させられた。
「俺は元はお前だった。
今は石だ」
(はあ? (何言ってんだこいつ?))
唐突に意味不明なことを言われた。
「お前だって薄々気がついてるんだろう?
もう何回も死んでやり直してるしな」
(え。 お前何を言って)
なんだか知った風な口を利く石、というよく分からない存在となぜ俺は会話をしているのだろう?
「良いんだ、ごまかさなくても。
俺はお前と同じ経験をすでに飽きるほど繰り返して途中で嫌になってリタイアしたんだよ」
(リタイア? 同じ経験?)
「ちょっと待て、少しお前の経験を閲覧させてもらうぞ」
(は?)
次の瞬間、頭の中をグリグリとかき回されるようなひどい不快感と頭痛に襲われ、同時になぜか走馬灯のようなものが見えた。
(ぐあああぁあぁぁ!? 頭が痛い!痛い!痛い!)
「……なるほど、だいぶすり合わせが進んだみたいだな。」
石が何か言っているみたいだが頭痛の所為でこっちはそれどころじゃない。
いままで夢の中の出来事のように感じていたが、この痛みは現実としか思えない。
なんだここは、この空間は、状況は?
「お前が友ちゃんって呼んでいる存在とうまくコミュニケーションできているみたいじゃないか。
俺の努力も少しは報われたよ」
(どういう……意味だ……? お前……ほんと誰だよ?)
「まだ分かってないのか、そうか。
うーん、説明したら発狂しそうで嫌なんだが……」
(誰だって聞いてるんだよ!!)
「聞きたいなら教えてやるぞ? どうだ、聞いとくか?」
(さっきから答えろって言ってるだろっ!)
「狂うなよ? じゃあ、具体例を少し挙げてやろう。
お前はこれまで色々な事に違和感を感じなかったか?
記憶を閲覧したが、たとえば手が鉄になってもげたとき一緒にお前の首はなぜ落ちなかった?
外から領域に入ったという条件は首から下も手もおんなじだった筈だろう?
何を言っているのかわからんか?
そうか、なら、もう少し分かりやすく言ってやろう。
生き物は生きてるんだから完全な静止状態でなんか居られるわけがない、つまり、あの時本当なら首から下がほんの少しでも動いて領域に入り込んだら、入った瞬間その部分だけ鉄化してそこで胴体と頭は切断されてさようならだったわけだ。
まあ、体の動きを例に出したが血流でも同じ話だな。
そうならなかったのは、お前より前に俺が何度も似たような失敗をして死に続けて理解させたおかげなんだぞ?
それとな、お前の中ではどう認識しているのかは知らないが、記憶は連続してないぞ。
最初に目覚めた時の記憶は与えられて居るようだが、お前が最初に生き返ったと思った時、周囲の状況は何かおかしくなかったか?
なんとなくで流して違和感を無視したんじゃないか?
ついでに言っておくと俺もお前も、お前が友ちゃんって名づけたあいつも本質は同じものだからな。
お前もそれを想像できるだけの説明は受けたはずだぞ?
それにお前の常識でも死んだ人間が簡単に生き返ったりはしない筈だろ?
人間と同じ生理反応を持った俺らはあくまでも三次元世界を把握するための翻訳機として用意されたインターフェイスなんだよ。
あまりに人間に近い形で再構成された所為でそのままだと意思の疎通が取れないから間に何かを中継して翻訳してるみたいだけどな。
そうやって俺たちが集めた情報をお前が友ちゃんと名付けた存在に渡して、その先がどうなっているのかまでは知らん。
その先があっても異質すぎて俺には理解できないからな。
つまり、友ちゃんと俺たちはギリギリ理解しあえる境界に存在しているリレー回路なんだろうな。
俺たちの場合、人間の記憶と感情、生理反応まで再現された所為で元になった人間と自分を同一視してしまうほど人間とそっくりだけどな、大きな違いもあるだろ?
普通に考えれば友ちゃんと会話が成立するはずないよな?
声も出さずに会話出来るとかどこの超能力者だよ。 漫画じゃねーぞってな。
とまあ、長々説明させてもらったが、俺だって本当のところ正解はわからんさ、さっきも言ったように異質すぎる思考は理解できないからな。
でも、それほど間違っていないとも思うぜ。
あ~あ、せっかく現実逃避していたのにお前が話しかけてきた所為で正気に戻っちまった。」
一方的にものすごい量の情報を流し込まれて即座に言い返せない。
だが、これだけは言える。
(お前は石じゃないか! 人間の形すらしていないのに俺とどこが一緒だっていうんだよ!)
そう言葉を返すと「お前だって一緒じゃないか」といわれた。
気がついたら自分も石ころだった。
なんだこれ?
今まで口に出して言葉をしゃべっていたつもりが俺には口なんて無かった。
一度に情報を詰め込まれた所為で頭がパンクしそうだ……頭って何だ? 石ころの俺に頭なんて無い。
無い無い無い、俺は人間じゃない? じゃあ俺は何だ? 助けてくれ誰か! 何だこれ。
「そろそろ限界か……最後に大事なことを教えてやるよ。
空に上がれ、月を目指せ。 そこに手がかりがある。 後は自分で確かめろ。
まあ、俺はその所為でリタイアしちまったんだが、お前は別の答えを出せるといいな……」
急速に意識が遠のいていく中、俺じゃない俺達の経験を見せられた。
俺達は何度も死にながら試行錯誤を繰り返して友ちゃんと同調していく。
最初の俺、リタイアした俺、今の俺。
俺は……。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「その理屈には穴がある!! げほ、うげっほ! おええっ!」
クレーターの中央で目覚めた俺は叫びながら飛び起きた。
なぜか周り中灰だらけで俺の動きにつられて舞い上がった灰が息をする度飛び込んできて咳が出る。
そういえば焼け死んだような記憶が……どうやらまた俺は再生されたようだ。
起きる前に誰かとした会話、覚醒していくにしたがってどんどん薄れていく記憶の中で妙に印象に残った一言。
「月を目指せ……って月ねーじゃん……」
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