第五十三話
暗く閉塞された地底からようやく脱出できた。という開放感と、空を自由に泳ぐという初めての体験に舞い上がり、暫く何も考えずに空を泳いでいたが、泳いでいるうちに段々冷静になり、今の自分の状態を客観的に把握できるようになると今度は恥ずかしくて仕方がなくなった。
裸のおっさんが笑顔全開で空を泳いでいるとかビジュアル的にどんな罰ゲームですか……。
昔何処かで見た、背中に天使の羽をつけた裸のおっさんが野原を笑顔全開で走っている写真を思い出してそれを今の自分と重ねてしまい軽く鬱になる。
もし、さっきの姿を誰かに見られていたら、と思うと恥ずかしくて死にそうな気分だ。
そそくさと両手で股間を隠し、俺は重力に逆らう為に空中でバタ足をしながらだれも見てなかったことを確認する為に周囲を見回した。
「……ふぅ、セーフ。どうやらだれも見ていなかったようだな」
それと、最初は墜落死を免れる為に必死だった事と、後半は浮かれて変なテンションになっていた所為で今まで気が付かなかったが、空を泳ぐのは普通に海やプールで泳ぐよりも体力を必要とするみたいで、かなり疲れる。というか疲れた。
俺と同じように仕事中心な生活をしている社会人ならば理解できると思うが、そもそも慢性的な運動不足であり、休日は用事が無ければ外出もしないような人間だった俺が水泳のような全身運動を長時間続けられるわけも無い。
いかん、自覚したら早速足がつりそうになってきた。
考えてみれば、さっきまで追いかけられて無理やり走らされていたのにその上水泳とか体力的に無理すぎる。
俺はひとまず地上に降り、安全そうな場所を探して一休みしよう。と思い、着地場所を探す為に下を見ると……そこにはいつの間にか池が出来ていた。
バタ足をやめると重力に引かれて自然に高度が落ちるので、勢いがつき過ぎないように注意しながらたまにバタ足をして地表へとゆっくり降りる。
あまり意識していなかったが俺を囲んでいる領域からは、今も絶えず水が流れ落ちているので俺の真下はまるで滝つぼのような状態だ。
水面まであとわずかというところで二重に張っていた領域を両方とも解除してもらい、そのまま自由落下で即席の池の中へ足からドボンと音を立てて落下する。
まあ、池といってもそれほど大きいものではなく精々が立った状態で腰辺りまで水が来る程度だ。
中心は俺が地中から飛び出した時に出来たクレーターで、そこからはまだ濁った泥水が噴出しているがそれも弱くなってきているのでそろそろおさまるだろう。
さっそく俺は濁った水を掻き分けながら岸を目指して歩いた。
それにしても兵士たちの手から逃れて最初に接触した相手が俺を殺した襲撃者達の村だったのには正直驚いたが、逃げる為に色々と時間が無い中でとっさに選んだ選択がそれなりの成功、とりあえず、俺が死なずに逃げ延びられる結果を出せたのでこれはこれで良い選択だったのだろう。
後は、余裕のあるときに今回の反省点と次回に向けての改良点を検討すれば今後はもっと巧く生き残れるに違いない。
そのための具体的な方法はまだ思いつかないが、今回のように友ちゃんに協力してもらえば空を飛んだり敵の攻撃から身を守る事も可能だということは分かった。
それに、これまでのような、失敗するたびに俺の命が危険に晒されるケースも、先ほどの出来事や川でおぼれた時の事を考えれば、俺を友ちゃんの変換対象から除外した事によりかなり軽減されたと判断してもいいのではないだろうか?
どうにか岸にたどり着いた俺は、本当は身を隠す場所を探してから休んだ方が良いのは分かっていたが、どうにも疲労困憊気味で動き回る気力が無かったので友ちゃんに飲み水を出してもらって喉を潤し、ついでに布を何枚か出してもらって体の水分を大雑把に拭き取ると、その場で寝転び体力の回復に努めることにした。
そういえば水を飲む時に見た手のひらは、ずっと水中に居た為か指先が長時間入浴していた時のようにしわしわになっていて……ついでに激しい疲労の所為かプルプルと震えていた。
色々と限界が近かったようだ。
うう、腹減ったなぁ……。
空腹をごまかす為に友ちゃんにお願いして少量の塩を複製してもらい、それを手のひらの上に乗せぺろぺろと舐める。
すると、不思議な事に塩なのに甘く感じた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
そういえば、空を飛ぶというのがあまりに異常な経験だったので飛んでいる間は思いつかなかったが、空を飛び、高いところから遠くを見渡せば今までわからなかった周囲の状況ももっとはっきり分かるという事に今頃気が付いた。
空からならば以前尾根から見回したときよりは少なくとも多くの情報を手に入れることが出来るに違いない。
ここが仮に外国だったとしても有名な場所や地形であれば、俺の知っている物を見つけることも出来るだろう。
それを手がかりにすれば帰還へと大きく前進するはずだ。
別の星だった場合は……どうしよう。
何度か考えた事だが、やっぱり心のどこかで俺はここが自分の知っている地球ではないような気がしている。
「その場合は、地球へ帰る方法……か」
一瞬、宇宙空間を裸の男が泳いで故郷の惑星を目指すビジュアルが脳裏に浮かんだが、どう考えても死亡フラグどころか無理がありすぎる。
そもそも泳ぐような速度で地表から宇宙にたどり着こうと思ったら一体どのくらいの時間がかかるのか想像も付かない。
たしか地表から宇宙って100kmとかそんな距離が有ったんじゃなかったか?
ただ、今思いついて無いだけでもっと簡単に空中で速度を出せる移動方法さえ思いつけばそれなりに現実味は出てきそうなアイデアに感じる。
ただし、裸はNGだが。
そうやって考えてみれば宇宙を渡る最低限の用意(?)は友ちゃんが居ればそれだけで何とかなりそうな気がしてきた。
「それにしても、今日は疲れた……」
川でおぼれ、人里へ行けば大勢に殺す気で追いかけられ、逃げる為に地面の底に落ちてなぜか最後は空を泳いだ。
こんな体験をしたなんて真顔で言う奴が居たら頭の病気を疑うレベルの一日だよな……。
まあ、まずはここがどこなのかを知る事が先決だな。
一休みしたら食べる物を探して食事を取り、その後一晩ゆっくり休んで明日の早朝にでも空から周囲を観察してみるか。
その時に何かを見つけたならそこへ行ってみるのも良いだろう。
ただ、大量の水を発生させながら空を飛んで移動したのでは目立ちすぎるので何か別の方法を考えないといけないな。
地上を歩く危険性と、空を目立ったまま移動する危険ではどちらの危険が大きいんだろう?
そういえば何か友ちゃんに確認しておきたかった事があったような気もしたが、疲れた頭ではそれ以上巧く考える事が出来なかった。
一寸だけ休んだら食べる物を探しに行かなきゃな……。
――そうして疲労の所為で重くなってきた瞼に逆らえずゆっくりと意識が落ちた。
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