第五十一話
正直今ここで狂ってしまえればどれほど楽だっただろう。
しかし、俺は何処か冷静に今の状況の不味さを理解していた。
日陰を作って俺を隠していた板を倒してしまった所為で、俺は今村人たちから丸見えになっている。
当然、広場に集まっていた村人達は俺に対して……いや、訂正しよう。
こいつらは村人なんかじゃない、以前山の中で俺達を襲撃し俺を殺した襲撃者達だ。
……つまり、今こいつらに捕まったら確実に殺される。
しかも殺されるだけではなくその後は食料にされるのだろう。
さっき見た干し肉は状況的にどう考えても人肉に違いない。
そこまで考えるのに多分一秒も掛からなかった筈だ。
しかし、そのわずかな時間の間に襲撃者達は無言のまま手近に有った作業に使っていた棒やその辺に落ちていた石を拾って立ち上がり、正面に居たものたちはそのままそろりそろりと俺に近づいてくる。
まるで野生動物が獲物を驚かせて逃がさないように振舞っているかのような動きだ。
それ以外の少し離れた場所に居た奴らは広場を離れ、大きく迂回して……多分俺の退路を断つべく行動を開始した。
誰かが音頭を取っているわけでも無いのに物凄く連携が取れている。
しかも、今に至るまで誰何の声も上がらず、それが又逆に恐ろしい。
訓練された闘犬は吼えないというが、それに近い雰囲気といえばいいのだろうか?
これが殺気というものだと誰かが説明してくれれば納得してしまいそうなぴりぴりとした緊張感が漂ってくる。
俺は、生き残る為に目の前の状況だけを考える事にした。
そして、襲撃者達に背を向けると、逃げる為に一目散に入ってきた入り口の扉を目指して走り出す。
俺が走った事が合図になったのか、襲撃者達も一斉に走って追ってきた。
位置的に俺が一番扉に近いのでよほど足の速さに差があったり、転んだりしない限りはここから逃げ出す事が可能なはずだ。
そこまで考えた時、俺のすぐ側をヒュッと風切り音を立てて何かが通り過ぎ、正面の建物の壁に音を立てて突き刺さった。
壁に半ばまで埋まったそれは木製の槍……というには太い、杭だ。
そういえば、あの夜も奴らは杭を投げて俺達を殺しに来た。
俺はまっすぐ走ると狙い撃ちにされそうだったので建物を盾にしてジグザグに走ったが、その所為で扉までの距離が伸び、それだけではなく走る速度も落ちる。
だめだ、このままでは扉にたどり着いた頃には迂回している別部隊が俺を扉の前で待ち構えているだろう。
かといって村を囲む柵をよじ登っていたのではその隙を付かれて槍に撃ち抜かれて殺される。
こうなってはもう扉に向かうことも出来ない。
俺は人の気配の少ない方を目指してただ闇雲に村の中を走った。
襲撃者達は俺をこの村から逃がさない自信が有るのか積極的に追ってきたりはせず、俺が足を止めるたびに少し離れたところから石や杭を投げつけてきてはいたぶるようにして追い詰めてくる。
追われる俺のほうは休む事も出来ず段々遅くなる足を叱咤して走るが、このままでは限界も近い。
そうやって無理やり走らされながら、何処かにここから逃げ出せるところは無いのか? と、周囲を観察するが、村を囲う柵に簡単に逃げ出せるような綻びは無く、最初に入ってきた以外の出入り口も見つけることが出来ない。
必死になって逃げながら何か起死回生の手は無いか考えた時……一つ思いついた。
さっき川の中で領域を使って水を消し去ったように今度は俺の周りにあるもの全てを空気にしてしまえば障害物を全て排除できるんじゃないのか?
このアイデアが俺の思っているように作用するのか、はたまた水を空気へと置き換えた時のように想定外の効果を発揮してしまうのかは分からなかったが今この瞬間にも命が危ない状況で落ち着いて検証する余裕は無い。
思いついたそのアイデアに縋る事にして俺は柵めがけて最後の力を振り絞って走りながら、友ちゃんに頼んだ。
(領域を最大に展開して、次に指示を出すまで領域内の俺を除く物質全てを空気へと置換し続けてくれ!)
『了解した』
友ちゃんの答えはいつも簡潔だ。
俺は再構成の事で色々と友ちゃんに問いただしたい事は有ったが、いまはこの打てば響くような応答が頼もしい。
最高に勢いを付けてジャンプをした瞬間、半透明の領域が俺を完全に取り囲んだ。
そのままの勢いで柵へと衝突する……かと思ったら柵は領域に触れた瞬間、元々無かったかのように消えてしまう。
背後の襲撃者達が慌てて杭や石を投げつけてくるが、俺に届く前、領域に触れた途端全てが消滅する。
「やった!」
想像以上の効果に喜んだ俺はその勢いのまま柵を越え、その先の地面に着地し、走って森へと……逃げられなかった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
……。
俺は今なぜか暗闇の中……多分、土の中にいる……。
着地するはずの地面は何の抵抗も無く俺を素通りさせてしまったのだ。
どうしてこうなった?
それに、今どうなっているんだ?
体に感じる加速度からすると、今俺は結構な勢いで落ち続けている。
ひとまず襲撃者達という分かりやすい脅威からは逃げる事ができた。
当座の生命の危機は去ったのか、それとも余計に危険な状況になったのか。
考えてみよう、全ての物質を空気に置き換えたとしたらどうなるのか……。
そうか、俺は今地面に穴を開けながら惑星の中心に向かって落っこちているんだな。納得。
なーんだ。
「って、あほかー!?」
今すぐ領域を解除……は、勢いが付きすぎていて不味い。
領域を解除した途端足元の地面と衝突して結果的に飛び降り自殺なんて勘弁してくれ。
じゃあ、どうする?
今何メートルだ?
それとも既に何十メートルも落ちているのか?
手がかりが無いので全くわからない。
くそ、時間を掛けるともっとやばくなる。
仕方が無い、一か八か……。
(今から領域内の俺を除く物質全てを水へと置換し続けてくれ!)
『了解した』
足の先から水とは思えないほど固い感触の中にズドンという音でも聞こえそうな勢いで飛び込んだ。
勢いのまま暫く水の中を落下していたが、暫くするとその勢いも止まった。
どのくらいの加速になっていたのかは不明だが、いきなり死んだり骨折したりするほどではなかったようで、そこだけは助かった。
しかし、このままだと今度は地面の底で溺死というわけの分からない状況になってしまう。
何か手は無いかと考えて考えて……必死に考えて、一つとんでもないアイデアを思いついた。
こんな事が本当に出来るのかは分からないが、出来なければ多分俺は死ぬ。
それにもう息が続かないのでこれ以上何かを考える余裕も無い。
(友ちゃん、領域の中にもう一つ領域を作る事は出来るか?)
『可能』
(今展開している最大サイズの領域はそのままで、その中に別に領域を作ってその中は俺を除く物質全てを空気へと置換し続けてくれ!)
『了解した』
途端に頭の周囲だけ水の無い空間が出来る。
いつも作ってもらっているスタンダード(?)なサイズの領域が頭を覆うように展開されその中が空気で満たされ、呼吸が出来るようになった。
俺をすっぽりと覆う大きな領域の中に希望通りの小さな領域が生み出されたようだ。
助かった……のか?
……どうやら俺は取り合えず、すぐに死んだりはしないで済みそうだ。
それは良かったんだが。
次の問題は、ここからどうやって脱出するか、だな……。
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