第五十話
俺が隠れている薮の中から村の入り口までの間には、綺麗に草を刈り取られた一寸した空間が出来ている。
入り口に行こうと思えば必ずそこを通らねばならない。
今はたまたま誰も入り口に居ないが、こうやってわざわざ入り口付近の草を刈ってあるということは普段は門番なり見張り番なりが居て村に接近するものを確認しているはずだ。
暫く悩んだが折角ここまで来て、誰にも見つからず村の中にも入れそうなこの状況で引き返すという選択肢を俺は選ぶことが出来なかった。
深呼吸を一回して気持ちを落ち着けると、薮を抜け入り口へ向かって歩き出す。
開けた広場をこそこそ移動するほうが怪しいと思った俺は、開き直って堂々と村の入り口へと向かった。
山から吹き降ろす風が柵を揺らしているのか、ギイとかガタという音がたまに聞こえてきてそのたび心臓が止まりそうになる。
近づいてみて分かったが、柵に設けられた出入り口の扉は動物避け位しか考えていないのか誰でも簡単に開けられるようになっていた。
仕組みとしては柵側の出っ張りに扉を挟むような作りで回転するように付けられている木の枝を引っ掛けるだけの単純な物だ。
誰にもとがめられる事無く無事扉にたどり着く事が出来たので、ここからはこっそり行動しよう。
俺は入り口の扉をそっと開け、見える範囲に誰も居ない事を確認すると村の中に忍び込み、元通り扉を閉め、早速村の中を調べて廻る事にした。
……さて、無事村に侵入は出来たが、ここで今回の行動の優先順位を決めておこう。
大事なのは村人との接触は一番の目的ではないということだ。
勿論友好的な接触が可能なら村人たちとの情報交換も是非ともしておきたいし、ここに店舗のようなものがあるなら是非とも利用したい。
しかし、立地的にもこの村の住人が兵士たちと無関係という事は無いと思うので、基本的に友好的な対応は期待せずに居た方がいいだろう。
行動の優先順位は一番が自身の安全、次に現状の改善……例えばそれは情報の把握であったり、物質の入手である。
むしろ誰にも会わずに必要な物が手に入るなら実はその方がこちらとしては都合がいいかもしれない。
普通、こういった行動は窃盗とイコールだが、俺の場合は友ちゃんに解析してもらう事で相手に損失を与えることなく複製を手に入れることが可能なので、時間さえ許すならまるで大昔のRPGに出てくる勇者のように村人の私物を手当たり次第手に入れることが出来る。
こういった点では友ちゃんの能力は本当に凄いものだと思う。
それでは早速調査(という名の複製行為)開始だ。
村の中の建物だが、兵士たちが作っていたような材質不明の一枚板で出来ている物とは違い、木で骨組みを作り表面に泥を塗りこめて作ったものと思われる。
壁を壊して中を確認したわけではないので断言は出来ないが、外から観察した様子ではそう見えるということだ。
一部は日干し煉瓦のようなものも使われているので用途や住人の経済状態によって建物の作りが異なっているのかもしれない。
次に俺は人の気配の無い建物を選んで中を覗き込んでみた。
入り口はドアも無く、単に壁に穴が開いているような感じだ。
雨の日や寒い時はどうしているんだろう? と思ったら内側に立てかけるようにして板が置いてあった。
これで塞いでいるんだろうか?
入り口の壁には板のほかにもつっかえ棒にでも使うのか、先の尖った棒が何本か立てかけてあった。
尖った先端が黒く汚れているので日常的に何かに使って居るものらしい。
内部に床板等は無く、外より一段高くなっている地面が生活空間になっているみたいだ。
奥の壁側には茣蓙のような物や何に使うのかは不明だが色々な道具が置かれているのでここで誰かが生活しているのは間違いなさそうだ。
ただ、不思議な事に竈や囲炉裏のような火を使う為の場所が見あたらない。
もしかすると燃料の管理や火事を防ぐ為に村のどこか一箇所で火を扱っているのだろうか?
気にはなったが、先に目的を済ませておこう。
取り合えず、それが何かとかは後で調べるとして手当たり次第発見したものを友ちゃんに解析依頼をして複製可能な状態にしておいて貰う。
その際、名称は取り合えず村1のように適当に付けて記録した。
後で落ち着いて調べられる場所で複製し、名前をつけなおそう。
その後何軒かの人の居ない住居を家捜していろいろなものを解析した。
ひとまずこの村で手に入りそうな複製元は大体手に入ったのではないだろうか?
これで帰ってしまっても良かったのだが、未だに誰にも会わなかったこともあり、人の気配のする場所で一体何が行われているのかが気になってきた。
念のため最初に何者かの気配を感じた場所へと向かってみよう。
といっても基本的に物陰から眺めるだけにするつもりだ。
相手だって村の中に侵入している俺からいきなり話しかけられたらびっくりして警戒するだろうし、接触をするにしても時期を選びたい。
第一印象はなるべく良いものにしたいからな。
気配を感じた場所は村の中央に相当する場所だった。
場所的に柵の外から眺めても建物が邪魔で見えない位置に大勢が集まって何かをしている。
中央は広場になっており、その広場を囲うように三角形の板を二枚立てかけて作った日陰のようなものが並んでいる。
三角形の高さは一番高いところで2mくらいか?
中には……なんだろう? 何かが吊るされているようで風に合わせてゆらゆらとゆれている。
日陰になっている所為で中のものはシルエットしか見えない。
洗濯物なら陰干しにはあまりしない気がするので川で取れた魚の干物か何かだろうか?
村人達は陰干ししている三角形の向こう側に集まってせっせと何かの作業をしている様子で物音が聞こえてくる。
ここからだと物音だけで直接は見えないが、ああやって集まっているという事は雑談くらいはしていると思うのだがここからでは話し声も聞き取れない。
俺は見つから無い様に足音を殺しそっと三角形の作り出す日陰へと潜り込んだ。
明るいところから日陰に入った所為で目が慣れず、そこに何がぶら下げられているのか見えない。
暫くして目が慣れてくるとそれは綺麗に解体された動物の肉だという事が分かった。
つまり、この日陰は干し肉を作る為に用意されたもののようだ。
そして、中央の広場では今まさに村人たちが集まって肉を解体したり、解体後の内臓を利用してソーセージのようなものを作ったりと作業をしているのが見える。
そこまで確認して、何かが気になった。
一人の村人が地面に置いてある何かを利用して肉を切り分けているのだが、それがどうにも不思議な形をしていて使いにくそうなのだ。
……まるで刃物を握り締めた人の手のような形をしていて、それを両足で挟んで、そのオブジェが握っている刃物で肉を切り分けている。
思わず自分の右手を見てしまった。
そして、次にそのオブジェを見る……何がどうなってるんだ?
まさかまさかまさか、あれは……俺の手?
いや、でも、だって、俺の右手はここにこうしてあるのに何で?
確かに何度か友ちゃんに再構成をしてもらったが、記憶が途切れているわけでもないし俺は今も五体満足な状態でどこも欠損なんてして居ない。
じゃあなんだあれは?
たまたま偶然あんな形のものがここにあったっていうのか?
混乱した俺は膝の力が抜け、その場にしりもちをついてしまい、そのはずみで日陰を作っていた板を倒してしまった。
結構な物音に広場で作業していた村人の動きが止まるのが分かったが俺は今それ所ではない。
……今まで影になっていた所為で見えていなかったそれを見てしまった。
日陰に吊るされていた肉の下、地面に置かれてこちらを向いて並ぶ顔。顔。顔。
何人かは覚えている。
一人はあの夜一緒に台車で運ばれた怪我人であり、別の一人は台車を引いていた奴だ。
そいつらの生首が萎びた果物のように水分が抜けてカサカサになった顔をこちらに向けている。
そこまでならまだギリギリ許容範囲だった。
そして、その中になぜか不精髭を生やした俺までもが混じっている。
何で何で何で!??
友ちゃんとのこれまでのやり取りが脳裏をよぎる。
友ちゃんの説明はいつも分かりにくいので基本的に俺がわかった気になった時点で会話を打ち切ってきた。
何度か再構成をしてもらった時に言われた言葉はなんだった?
普段良くお世話になっている「複製」というプロセス。
複製は髪の毛や木の枝等、生物の一部分に対しても問題なく行えていた。
じゃあ、ここにいる俺は俺は……俺は……。
ああああ……
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