第五話
いつの間にか二度寝していた……いや、気絶、か? していたみたいだ。
空腹と喉の渇きの所為でとてもじゃないが眠れないと思っていたが、気づいたら朝。
身体の調子は……寝起きでだるいと言う事を省いても昨日からの食事、水抜きが堪えてガス欠状態。つまり最悪だ。だるい。
狭い小屋に大勢で押し込められたのは不快だったが、体温で室温が上昇して寒い思いだけはしないで済んだのはありがたい。
腹を抱えるような形で横になって寝転がっていた身体をゆっくりと起こしながらぼんやりと考える。
蹴飛ばされた腰よりも、何故か背中と右手が痛い。
まるで昨日のやり直しのような目覚めだな。と一寸おかしくなって笑ってしまった。
いや、訂正しよう。水分が足りて無い所為で口の中がからからで喉が張り付いてしまい、笑ったつもりが乾いた咳が出ただけだった。
今が何時なのかは不明だがボロ小屋の四隅にある隙間から外が見えると言う事はある程度日が昇ってから時間がたっているのだろう。
ここがどこなのかは依然わからないがとりあえず二日目の朝って所か。
まだ新しい命令は出されていないので引き続き「休め」の命令が残っているようだ。
生えてきた髭が気になって右手でいじりながらそんなことを考えていた。
……あれ? 握り締めていたはずの先の尖った骨が無い。
やばい! まずい! 今の俺にはあれしか頼れる武器は無い、慌てて周囲を探して見るが見える範囲には無かった。
なんでだ!?
……というか、何かおかしい。
昨日、意識を失う前、俺は小屋の壁を背にして横になっていた。
まあ、理由は騒がしくしてしまった所為で周囲から睨まれて居づらかったという情け無いものだったが。
なのに今は殆ど部屋の真ん中に寝転がっていた。
というか、地面を見てわかったが、どう考えても誰かに引きずられて壁際からここまで運ばれたようだ。
この小屋には床板なんて上等な物は無いので露出した地面に、端的に言えば土の上に俺を引きずった跡が残っている。
注意してよく見れば何人か(?)がこちらに背を向けて硬い物を齧ってる様な音をさせて口をもごもごさせている。
何となく何があったか想像できてしまった。
こいつら……俺の握り締めていた骨を食いやがったんだな。
骨を食うとか、お前らは犬か何かなのか?
握り締めていた俺が意識を失った後、力任せに引きずって骨を奪ってくれたわけか。
それで俺は右手と背中が痛い、と。
ネズミの死体を与えた時も思ったがこいつらは動物的過ぎる。というか、実際に動物なのか?
カロリーが足りない所為で瞬間的に爆発しそうになった怒りの感情は、カロリーが無い所為で持続せずすぐにしぼんでしまった。
怒る元気も無い。
見える範囲全員、命令に従っている証拠の幸せそうな緩んだ顔をさらして座り込んでいるだけ。
男女の区別無く裸で同じ小屋に放り込まれているのにそれに対する羞恥心も働いていないようだ。
まあ、俺も空腹と喉の渇きの所為で目の前に裸の女が居てもどうでもいいと思ってしまっているのでこいつらと状況的には大差ないのかもしれない。
そういえば暫くボーっと眺めていて気づいたが、こいつら同士会話を一切していない。
何なんだこいつら?
何で俺はこんなところに居るんだろう?
そもそもここは一体どこなんだ?
疑問が多すぎて頭がパンクしてしまいそうだ。
そのまま考えているだけだと頭がおかしくなりそうだった。
無理やり気持ちを切り替える事にした。
つくりが悪くて開いている隙間から見える外の様子を今のうちに少しでも見ておこう。
今は少しでも情報が欲しい。
ガス欠の身体を無理やり動かし外の様子が見える部屋の隅へと向かう。
小屋の隅で誰も寄りかかっていない場所が一箇所だけあったのでそこから外を覗いて見た。
今のところここがどういった場所なのかはさっぱりわからない。
少しでも、どんな情報でも手に入れておいて損は無いだろう。
ぼんやりと外を眺めながら現状を整理して見る。
いくつか気になる事がある。
一つは、俺をさらった誘拐犯(?)の話す言葉が俺にはさっぱり理解できない事。
普通に生きていればTVや映画で色々な国の言葉を耳にする機会はあるだろう。
だが、奴らが話す言葉は今までの人生で一度も聞いた事が無いような不思議な言語だった。
先入観無しで無理やり記述するならこんな感じだった。
ふぉーふゅふふょふぉふぉふぉふふー。
こんな状況じゃなければ、お前何いってんの? 馬鹿なの?(笑)って反応をしてしまいそうな言葉だ。
まあ、物凄く訛りが酷くて地元の人間以外聞き取れないと言う可能性もあるだろう。
実際、東北の方のお年寄りが喋る方言は俺には理解できない。
それにしても、こんな変な言語あったか?
まあ、今はそれはいい。
二つ目は昨日のあれ、変な首輪の件だろう。
最初はトリックかとも思ったが、現実がそれを否定している。
今も自分の首に埋まっているんだろうがこれが何なのかどんな技術の産物なのかもさっぱり理解できない。
なんであんな事(首に同化?)が出来る?
とんでもない技術だと言う事はわかるんだが、そんな技術が有ると言う噂すら聞いた事が無い。そんな事ってありえるのか?
しかも、あれを埋め込まれてから頭の中に直接響く変な声で命令を出されるようになったという事もある。
相手が話している言葉は理解できないのに命令はなんとなく理解できるというのも凄く変に感じる。
ついでに言うなら命令に従うと気持ちよく、逆らうと苦痛を与えられるというこのシステム。俺は奴隷にでもされてしまったのか?
ふう、あんまりこのことを考えると鬱になるので次に行こう。
三つ目は視界に表示されるようになった正体不明の数字。
これに関しては今のところさっぱりわからない。
中央上の数字だけは何となく想像が付いているがそれも確証は無い。
四つ目は昨日のでかいネズミに関してだ。
でかいネズミというとカピバラが有名だが、カピバラはもっと可愛い感じの生き物だったはずだ。
昨日のあれはどう見ても巨大なドブネズミ、まあ、ああいうでかい奴が下水道とかに居ると言う噂は聞いた事がある。
ただ、疑問なのは、なんであんなふうに俺はネズミと戦うように命令されたんだろう?
何が目的なんだ? いや、それとも……何をさせたいんだと言うべきか?
そういえば、明るくなって内部がはっきり見えるようになったからわかるんだが、この小屋もおかしい。
昨日も思ったがこの小屋は柱も無いのに壁だけで作られている。
そもそも天井はどうやって乗せたんだ?
この小屋がプレハブなら理解できるが、外から見ても中から見てもただの薄っぺらい材質不明な板が4枚立ってる上に同じ材質に見える板が乗っかってるだけの、床だけ地面むき出しの箱のような不自然な建物だ。
子供が何も考えずにベニヤ板を集めて作った秘密基地のような感じといえば少しは伝わるだろうか?
普通に考えれば自重を支えきれないか、少し力を加えればすぐに倒壊してしまいそうな、そんなつくりとしか思えない。
だが、実際は壁にもたれかかってもビクともしない。
そういえば、昨日持ち上げた入り口の板は非常に軽かった。
触った感じはこの壁も同じ材質のような気がする。
これに関してもすごい技術だと思うが、ここに来てからわからない事だらけだ。
そんなことを考えながら隙間から外を観察していた。
そこから見えるのは昨日ここへ来る途中に見た巨大な柵といくつかの建物、後は歩き回る兵士と何人かの兵士が連れ歩いている裸の人間、それと周辺に生える葉の黒い植物ぐらいだった。
建物は材質の良くわからない何か(多分この小屋と同じ?)で作られており、光の反射の感じだと表面はザラザラしていそうだ。
それぞれの建物は結構はなれて建てられており、もしかすると火災の時の延焼を防ぐ目的でもあるのかもしれない。
まあ、この建材が燃えるのかどうかも疑問だが。
兵士達が連れ歩いている裸の人間は(毛むくじゃらで印象としては人間より獣っぽい)筋肉が発達していて凄く強そうだった。
それと、不思議な事にこの辺に生えている植物はどれも黒い種類の物ばかりのようで、見える範囲に緑色の物はなさそうだった。
選んでそういう種類の植物を植えているのか、この土地ではこの種類の植物が群生でもしているんだろうか?
色合い的にあまりおいしそうには思えないが、毒草で無いなら食べてしまいたい。腹減った。
「***!*****!」
いつの間にか小屋の入り口が開いていたようで、そこから木製のバケツ(取っ手の付いた桶のような物)をぶら下げた兵士が中を覗き込んで大きな声を上げた。
驚いて身構えてしまったが、何か暴力を振るってくるわけでも無いみたいなのでボケーッと眺めていたら、兵士は桶から何かを掴み取り小屋の中にぽいぽいと力を込めず投げ込み始めた。
何だ? 何を始めたんだ?
べちゃっという感じの音を立てて地面に落ちた物を、たまたま近くにいた奴が拾い……食べた。
……どうやら食事を持ってきたということらしい。
これと良く似た何かを昔何処かで見た……ああ、あれだ。動物園で飼育係がイルカに餌を投げるシーン、あれと良く似ている。
兵士達は俺達をとことん人間扱いするつもりが無いようだ。
投げ込まれた物が餌だと気づいた途端、それに群がる裸の人間達。
俺もどうにか食料を手に入れようと努力をしたがとてもじゃないが割り込めそうに無い。
バーゲンセールの主婦よりもパワフルな奪い合いが行われている。これは、一寸無理そうだ。
あきらめ半分で観察していたら、兵士が投げ込む前に握り締めた物が、つまり投げ込まれている何かがはっきり見えた。
投げ込まれている物はぶつ切りになった大型動物の生肉だった。断面はまだ血の色を残しており明らかに生だった。
一つ一つの塊の大きさは250mlのペットボトルくらいだろうか?
それが何の肉かは知識の無い俺にはわからない。
しかし、なんで生肉なんだ?
せめてパンとか、そうじゃなくても加熱した物にしろよ!
とてもじゃないが手に入れたとしても食う気にならないし、生肉は食中毒や寄生虫の心配もある。
結構前だったが焼肉屋で生肉を出していた所為で食中毒で何人も死んだ事件をこいつらは知らないのか?
みんなが肉に群がっている時、もう一人兵士がやってきて小屋の中の水瓶を交換して行った。
といっても前の水瓶を持ち出すところも新しい水瓶を持ち込むところも目にしたわけではないのでもしかしたら間違っているかもしれないが、その兵士が小屋から出て行った後には新しい水瓶とたっぷりの水が残されていた。
俺はどうしても生肉を口にする気にはなれなかったので、せめて水だけでも貰おうと思い水瓶へと向かった。
交換された水瓶は新品なのかとても綺麗な状態で、入っている水も綺麗な物だった。
昨日はもしかすると、小屋に来たタイミングが遅かった所為であんな状態になっていたんだろうか?
とりあえず可能な限り手に付いた土を落とす。
次は少しだけ水を掬ってその水で手を洗った。
そして、コップも何も無いので手で掬って浴びるように飲んだ。
多分、昨日俺が来る前にこいつらは水瓶に顔を直接突っ込んでがぶ飲みしたんだろう。
それであんなふうに汚くなっていた、と。
とりあえず、飲みたいだけ水が飲めて俺としてはこの点だけは満足できた。
一息ついて周囲を見ると、まだ肉の奪い合いは続いているようだったので、一寸悪いかなと思いつつも手で掬った水で顔も洗わせて貰った。
勿論その顔を洗った水は瓶の外に流した。