第四十九話
魚が目の前で粉末に変わる瞬間を見てしまった俺は、流石にそのまま寝転がっている気分じゃなくなったので、冷えて動きの鈍くなっている体を無理やり動かして川岸を目指してのろのろと移動を開始する。
「うう、まだきついな……」
寝転んでいた状態では分からなかったが、立ち上がり周囲の状況を見て、この領域に関するもう一つの大変な問題点に気が付いてしまった。
「あちゃー」
今展開している領域が手当たり次第に周囲の水を空気へと置き換えている所為で俺の居る周囲は、川の中に突然発生した底なしの穴の様な状態になっていたようだ。
今も必死で吸い込まれまいと泳いで逃げている魚が見えるし、俺の周囲だけ明らかに川の水位が下がっている。それだけじゃなく、俺より下流の水位がどう見ても減っている。
……こりゃやばい。
幾ら自分には害が無いとはいえ、環境破壊をしたいわけでも無いので転びそうになりながらも必死で岸へと急いだ。
水の無い川底は裸足でも問題なく歩けるくらい角の取れた石ばかりになっていて助かったが、素足で歩くのはやはり慣れていないのであまり速度が出ない。
しばらく時間はかかったが、ようやく岸にたどり着いた俺は早速友ちゃんに領域の維持を停止するようにお願いした。
結局どのくらいの数の魚が犠牲になったのかは不明だが悪いことをしてしまった。ごめんなさい。
ひとまず冷えた体を温めたかった俺は友ちゃんにお願いして大量の布を出してもらい、それに埋もれるようにして川原に寝転ぶことにした。
まるで蓑虫の様だって言われそうな格好だが寒くて仕方が無いんだからしょうがない。
そのまましばらくごろごろしていたら日差しが気持ちよかったのと聞こえてくる水の音が子守唄代わりになり、段々まぶたが重く……。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
どのくらいの時間寝ていたのかは分からないが、尿意を感じて目が覚めた。まだ日が出ているのでそれほど時間が経っているわけでも無いだろう。
最初、自分がなんで川原で寝ているのか分からなくて混乱したが、そういえばそうだったと思い出し、とりあえず生理的欲求にしたがって体内から湧き出る水を草むらに向かって勢い良くぶつける作業を開始することにする。
その際、草むらの一部が切り開かれて森の中に続く道のようになっている箇所を発見した。
人間か動物かは不明だが、何者かが川を利用するために道を作ったのだろうか?
発見した道らしき物に関して非常に気になるが、現在素っ裸な俺としては、まずは着る物と履く物を用意しないと落ち着かない。
俺はさっきまで寝床に使っていた布を利用して、作った時の手順を思い出しながら靴を作り、残った布を腰に巻き、今回は腕にも布を巻いてその表面に薄く水を塗ってはセルロースもどきへと置換を行うことで硬質化処理を施し、簡易的な……ガントレットって言うんだろうか? 腕を守るための防具の様な物を作ってみた。
さっき藪の中をうろうろしていた時に腕に巻いたテーピングだけでは防御力的に不十分だと感じたのでその対策だ。
まあ、上半身裸でこいつは何を言ってるんだ? と思われるかもしれないが、人間何かをしようと思ったら最初に触れる場所は腕か脚なので、靴が有る現在、腕を守れる防具を作ることは有る意味必然だろう。多分。
とりあえず、腕に布を巻いてその表面を固めただけのガントレットだが、何層か上からセルロースもどきの層を作って強度を上げて有るのでかなりの丈夫さを実現できた。
問題点が有るとすれば、物を握ったりした時に腕の筋肉が動くわけだが、布をきれいに巻きすぎた所為で内側の空間に余裕が無く圧迫感を感じるということと、まったく空気が通らないので蒸れるということ、後は肘や手首に当たる部分は硬質化処理をしていないのだが、境目の部分は有る程度水が浸透していたようで当然だがそのまま硬質化してしまいその部分が腕を動かす度にチクチクと痛い。
……その場の勢いでなんとなく作ったことを今は少し後悔しています。
まあ、折角作ったので我慢できなくなるまでは使ってみよう。
いざとなればセルロースもどきの部分だけを水や空気に置換してもらえば直ぐに取り外し出来るだろうしな。
とりあえず、これでそれなりに準備は出来た。
問題が有るとすればさっきから腹が減ってきゅーくーと可愛らしい音を鳴らしていることくらいだが、まだ暫くは我慢できるので先に道のほうを調べておこう。
正直兵士達のおかげで人間が怖いという気持ちは有る。
だが、もし、これが人里へと通じる道であれば、今度こそ話の通じる誰かと出会えるかもしれない。
それに、人里が有るのならばそこには店位存在するだろう。
店が有るならば色々な支援を期待できる筈だ。
支払いに関しては残念ながら金銭の用意はできないが、対価として塩、布、鉄で済むなら幾らでも用意できる。
もし、現物での支払いを拒否された場合は一寸卑怯かもしれないが、食料や素材、何らかの製品も現物を手にすることさえ出来ればこちらは複製が可能なので最悪の場合相手と取引が成立しなかったとしても現物に触れる機会さえあればいい。
出来れば対価を払ってお互い納得のいく交渉をしたいが、それが無理な場合はそういう手も手段としては考えておこう。
俺としてもだますようなまねはしたくは無いがお互い損をするわけでもないのでその場合は許して欲しい。
まあ、身一つで見知らぬ環境に放り出されて頼れる相手も居ない俺の立場では、反則的なこの友ちゃんの能力を利用する以外に生きていく手段を用意できそうにないから仕方ないと割り切るしかないか。
仮に店が存在し無くとも会話さえ通じるのならば、現在位置に関する情報や俺を捕まえていた兵士達に関して何か聞くことが出来るかもしれない。
おっと、大前提の「この道が単なる獣道なのか人が利用するために作った道なのか」もまだ分からないのに思考ばかりが飛躍してしまった。
あまり期待しすぎて外れてもショックが大きいし、まずは実際どうなのかを調べにいこう。
だが、兵士達のことも有るので人間を見つけたとしても、出来れば最初は遠くから相手に気づかれないように様子を調べて、接触しても大丈夫だという確証が得られてから接触したいな。
とりあえず、周囲の草から頭を出さない程度に腰を低くして森の中へと続く草むらに出来ている道らしき物を進んでいくことにした。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
しばらくそうやって腰が痛くなるような姿勢でこっそりと移動を続けると、森を抜けた先に意図的に作られた広場の様な物が現れた。
そして、その向こうには柵に囲まれた小さな村の様な物が見える。
此処からでは柵の向こうの様子は良く分からないが誰かが居るような気配は有るので多分村なんじゃないだろうか?
さっきまで人と会うことを期待していたのに、いざ目の前に村があり人と出会えるという状況になったら今度は怖くなってきた。
だが、此処でしり込みしていても仕方が無い。
根性入れろ俺!
ただ、村(仮定)の入り口に相当する部分は閉じられており、周囲に門番も居らず、どうやって出入りを管理しているのかが良く分からない。
柵の出入り口に近づいて大きな声を出せばいいと思われるかもしれないが、俺としては出来れば最初は見つからずに相手の様子を観察したかったので非常に困ってしまった。
仕方が無いので道を外れて森の中に入り、村の周囲を柵越しでは有るが観察してみることにする。
森は高低差がそれなりにあるので高い場所からならば村の中の様子も観察することが出来るかもしれない。
道の無い森の下生えの中をなるべく音を出さないように掻き分けながら進んでいく。
たまに村のほうを確認し、人の姿を探すのだが、中々発見することが出来なかった。
此処はもしかすると廃村なのだろうか?
でも、さっきは人の気配がしたように感じたのだが……。
結局山側からでは村の中の様子は良く分からなかった。
このまま歩き続けると山を抜けて何も遮蔽物の無い野原の様な場所に出てしまいそうだったので此処で一旦折り返して村の入り口まで戻る。
入り口までもどり、今行ったのと反対側の山の斜面も歩いてみるか悩んだが、そもそも村の入り口付近には人が居ないようだったので此処は大胆に行動してみることにした。
村の入り口へと直接向かい、施錠されていないようならばそのまま中に侵入してみるつもりだ。
中に入れたとして、村人に出会ってしまった場合は、入り口に誰も居なかったので入ってしまったと言えば……多分大丈夫だよな?
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