第四十七話
山の斜面に踏み込んで数歩。
足元が柔らかな腐葉土の所為で一歩歩くたびに足が沈み込み、その度に履物の隙間から色々な物が流れ込んできて痒かったり痛かったりで歩けなくなった。
勿論素足の時よりは相当マシなんだが、少なくとも一時間程度は山の中をうろうろしたいので、それを考えるとこんな状態では探索を続けられ無いだろう。
急遽引き返し一旦履物を取り外し(脱ぐというよりは分解するに近いので)中に流れ込んでいた土や石ころ、細かい枝等を掃除する。
どうやら斜面の探索をするには、もっときちんと準備をしないといけないようだ。
うーん、履物の隙間を埋める接着剤やゴムみたいな物が用意できれば良いのだが何か方法は無いだろうか?
ゴムはゴムの木から取れると聞いたことはあるが、ゴムの木がどんな物かを俺は知らない。
後は、古くから使われていた接着剤というと膠がそうだと聞いた記憶は有るが、言葉として膠を知っていても膠の材料までは知らないんだよな。
他に接着剤といえば……米粒をつぶして糊にするとかか?
そもそも米が手に入るならまずはそれを食べるだろうし、これは論外だな。
……接着剤にこだわる必要は無いか。
要は隙間が埋まって固まるなら何でもいいんだ。
身近に手に入る物で何か代用できる物は無いか?
……身近な物か。
あ。そういえば、植物や樹木を構成する繊維は物凄く強度が高いと聞いたことがあるな。
こいつで代用は出来ないだろうか?
あれってセルロースだったっけ?
でも、セルロースの化学式なんて知らないぞ……。
ん? まてよ。
こういうときこそ友ちゃんの出番じゃないか?
試しに斜面で履物の中に紛れ込んできた小枝のうち、丈夫で良くしなる物を友ちゃんに解析してもらった。
小枝を構成している原子は炭素、水素、酸素が殆どだそうだ。
そして、この小枝を構成する原子が形作る分子結合の中に多分セルロースかそれに良く似た何かが隠されているはずだ。
そこで更にそれぞれの原子の分子結合状態を解析してもらい、分子同士の結合パターンも一緒に解析してもらう。
その結合パターンの中で繰り返し、無理なく繋がっている箇所を拾い出してもらい記録してもらった。
今度はそれを水でぬらした布に対して水の部分だけを解析した小枝の結合パターン及び構成素材へと置換してもらう。
さあ、どうだ?
俺の予想通りならこれで良い筈なんだが。
何を確かめたいのかというと、これがうまく行くなら水を接着剤のように利用する事が出来るんじゃないかと思ったのだ。
すると、布と木材の合いの子のような不思議な物体が完成した。
見た目は布なんだが強度は木材で硬く軽い。
叩くとコンコンと音がする。表面の手触りは固くなった布という感じだ。
勿論、布のように絞ったり自由に形を変えることは出来ないがここで重要なのは形をしっかりと保つという部分とその丈夫さだろう。
今度は布の半分を水で濡らし、同じように水の部分を置換してみた。
しかし、硬くなった部分と布のまま柔らかい部分の境目で折り曲げるとバリバリと音がし、数回折り曲げたら境界部分で割れてしまった。
柔らかいままな部分と硬くなった部分の境目は曲げると駄目なようだ。
全体を完全に硬化したほうはある程度曲げる(反らすというべきか?)ことは出来るが、曲げても手を離すとビヨンビヨンと板バネのように元の形に戻ってしまう。
この辺は元になった小枝と同じ特性を引き継いだようで面白い。
うーん、これはゴム的な使い方に関しては無理そうだ。
でも、単純に隙間を埋める為の接着剤としては良いかもしれない。
それと、気が付いた事が一つ。
布の繊維が毛羽立っている部分に水が付いたまま硬質化すると棘と同じような状態になってしまい地味に痛い。
肌に触れるような箇所の加工は細心の注意を払った方が良いだろう。
そして今回手に入れた分子構造を俺はセルロースもどきと呼ぶことにした。
こうやって名前を付けておかないと友ちゃんに物質変換してもらうとき困るのでなるべく自分に分かりやすい名前をつけている。
今度は履物を装着した状態で履物の表面だけを湿らせるように手のひらで水を塗っていく。
そして塗りつけた水を置換しては状態を確認し、強度的に不安がある箇所は更に上から水を塗って置換。を繰り返し、外は硬く丈夫で内側は布の質感という今までに無い完成度の靴(ここまでしっかりした作りなら靴と呼んでもいいだろう)が完成した。
ただし、今度は簡単に脱ぐ事が不可能になり、脱ぐ場合は靴を破壊しないといけなくなってしまった。
更に完成度を高める為に、履いた状態で歩きながら微調整を行い履き心地を整えていく。
ただ、靴の内側にはもう手が出せないので手を加える事が出来るのは外側に関してのみだが。
靴底と爪先を重点的に頑丈にし、残りの部分は隙間を埋めることを最優先に考えて全体的に表面を硬質化処理してみた。
靴は脛までを覆っているので、歩く時にどうしても動かす必要がある足首の部分は殆ど布のままだが折り曲げるほどの可動性は求めていないし、短期的な利用を前提としてなら問題ないだろう。
取り合えず履き心地はいまいちだが丈夫さだけなら満足できる出来になった。
今回の靴を作る技術を巧く応用すれば単純な作りの物であれば全身を覆う防護服もつくれそうな気がする。
まあ、全身を覆うような物を作る場合は使い捨てでは流石に手間的にも厳しいので、先に服を完成させた上で、後付の膝や肘や肩を守るプロテクターを作って紐やベルトで着脱できるような仕組みにした方が良いだろう。
おっと、思考が脱線してしまった。
今は取り合えず斜面側の探索をしなければ。
短期的な目標としては役に立ちそうな資材の確保。
最終的にはこの山を脱出して例の警戒線の所まで向かってみるつもりなので今のうちに準備はしっかりとしておきたい。
兵士たちに見つからずにあそこまでたどり着く事が出来れば、今のこの状況を打破する鍵が見つかるかもしれないしな。
そんなことを考えながら、山の斜面に再度挑戦。
新しく完成した靴は十分な実用性を発揮して俺の脚を守っている。
歩くたびにザクリザクリと俺の足が積み重なった落ち葉や枯れ枝を踏み砕いていくが靴の中には何も入ってこない。
これなら探索も楽に進むだろう。
難点があるとすれば肌の露出がまだ多いので虫に刺されたり下生えの雑草や低木の枝葉で体を引っかかれる事くらいだ。
それも今回の探索で針の材料を手に入れる事に成功すれば解決する筈だ。
勿論それ以外でも役に立ちそうな物があれば片っ端から手に入れるつもりではある。
針葉樹が何処かに生えてないか?
そう思いながら当ても無くふらふらと斜面を下っていく。
勿論何の目印も無く斜面を下ってしまえば寝床に戻る道順(道なんて無いが)が分からなくなるのでそれは木の幹に鉄の杭で傷を付けていくことで解消している。
具体的には、下ってきた順番に木の幹に数字を刻み付けているのでこれを逆に遡って行けば寝床に帰れるというわけだ。
勿論日中しか使えない手だし、ここは結構森が深いので夕方になったら暗くなるだろうからアウトだ。
それまでに目的を達成して寝床に戻らないといけない。
それにしてもこの場所は頭上の木々の所為で日陰になっている事と、生えている植物が全て黒い所為で、まるで影絵のようになっていて目視で何かを探すのが非常に困難だ。
途中で日が暮れるような事態は考えたくもないが、その場合はその場所から移動せずに朝を待つしか無いだろう。
……しかし、結構歩いたはずなんだが、俺がサバイバルに関して素人な所為か獣道すら発見できない。
お目当ての松のような葉を持つ木も中々発見できなくていらいらする。
なんとなく松の木は海岸の岩場にぽつんと生えてるようなイメージがあるので、もしかするとこういった腐葉土たっぷりのじめっとした場所には生えないのだろうか?
そんなことを考えながら頭上の樹木の葉の形を日差しが作るシルエットから判断しつつ、真っ黒な下ばえを掻き分けながら斜面を進んでいく。
その時、ガサガサと下生えを掻き分けていた手の甲に毬栗でも触ってしまったかのような鋭い痛みがはしった。
「いてっ」
刺されたところを庇いながら一体何に刺されたのかと恐る恐る見てみると、そこには先の尖った葉を生やした植物が。
もしかすると今までも同じような植物は生えていたのかもしれないが、頭上にばかり注意を向けていたのと、黒い物ばかりの下生えの所為で気が付かなかったのだろう。
これを針の代わりにできないか一度試してみるか……。
そう思い、念のため少量ちぎって友ちゃんに記録してもらう。
とりあえず、これで斜面に入った事自体は無駄にならずに済みそうだ。
目的が一応達成された安堵感で気が楽になり、周囲の景色を楽しむ余裕が生まれた。
どうやらいつの間にかかなり視野が狭まっていたようだ。
――その時、俺の耳にチョロチョロという水が流れているような音が聞こえた。
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