第四十六話
何時の間にか視界右下の数値が2まで回復していた。
状況的に、視界右下の数値と俺の中のもう一人の俺に関連性があるのは間違いがなさそうだ。
心を落ち着けて耳を澄ませば、まだ何かを訴えてくる声、というか思い? が送られてきているようにも感じるが、もうはっきりとは聞き取れない位なので精々が違和感を感じる程度に治まっている。
この状態が最初に再構成された時に感じた違和感の正体だろう。
とりあえず、正体不明の声に悩まされる事がなくなったというメリットは大きい。
これで目の前の作業にも集中できる。
早速マットを作る材料を集める為に、複製した布を足に巻いていく。
今までは足を怪我することが怖くて踏み入る事が出来なかった腐葉土が堆積している斜面も、身を守る装備を準備できる今なら侵入可能だ。
これまで入手できなかった色々な素材がそこには待っているに違いない。
その準備の為に、布を裂いて細長い帯を作りたかったので、まずは折り目が付くように半分に布を折りたたみ、次にその折り目を、穴掘りにも使った先端の尖った鉄の杭で何回もなぞり切れ目を入れていく。
ある程度はっきりと切れ目が入ったら布を左右に引っ張り、切れ目に沿って15cm×60cmに分割し、それを更に半分に折り7cm×60cmの細長い帯を作り、今度はそれを友ちゃんにお願いして複製してもらう。
出来上がった細長い帯をひとまず脇に置いておいて、次に切っていない布を幅だけは足の裏と同じ大きさになるように丁寧に折りたたみ、何箇所かベルトの紐のように帯を通せる切れ込みをいれてから端を踵に合わせ、余った部分をつま先側で折り返し、先ほど作っておいた細長い帯を利用してそれを脚に固定する。
これだけでは布だけで作ったスリッパもどきになってしまうので一旦帯を解いてまだ加工していない布を2枚用意し、それを一枚ずつ半分に折り畳み、先ほどと同じように帯を通せる切れ込みを開けておく。
出来上がった一枚は足の甲から脛を覆うように、もう一枚は踵からふくらはぎを覆うように足にあて、最初に用意したスリッパもどきと一緒に帯を切れ込みに通して固定する。
これで足を完全に覆う長靴のような何か、が完成した。
ただし、靴とは違い一度脱いでしまうともう一度帯を巻きなおさないといけないので着脱はかなり面倒だし、雨天への対応は一切考えていない。
まあ、あくまでも短時間山に入る間、足を傷つけない事が目的の物なのでこれでいいのだ。
ただ、足のほうはこれでいいとしても上半身は裸だし、下半身だってようやく腰を隠せているだけなんだよな……。
鶏と卵はどっちが先かって話じゃないけど、服を作る為の材料を探しに薮へ入るのに、薮に入るには服が欲しいというこの矛盾が辛い。
まあ、今回は誰に急かされる訳でも無いんだしゆっくり落ち着いて行動すれば服は無くても何とかなるかな?
念のため手のひらから肘までの間に余った帯をぐるぐると巻きつけておく。
本当ならボクサーのように綺麗なテーピングができればいいのだが、残念ながら知識が無いのでいい加減な巻き方になってしまった。
今まで生きてきて自分には関係ないと思い、何気なく見過ごしてきた色々な知識の大切さをこんなところからも感じる。
しかし、こうやって体に布製品を巻いているだけでもかなり文明人に近づいたと思う。
今の俺は腰に布を巻き、手は肘までテーピング、足には不恰好な履物を履いているのでムエタイの選手のコスプレをしようとして失敗したような感じといえば伝わるだろうか?
大体準備が完了したが、流石に空腹が酷かったので出発前に拾って来た物の中から木の実を選んで水洗いしてから齧ってみる。
うげぇ……。
人間が品種改良した美味しい果実とは違い、かなり渋かった。
見た目が食えそうだったので幾つかもいできたが、一寸これは食えそうに無い。
……もったいないがこいつは捨てる事にしよう。
齧りかけの木の実を山の斜面に向かって投げる。
同じ種類の木の実は残しておいても仕方が無いので同じようにぽいぽいと投げ捨てた。
次に、残った食材の中で一際存在感を主張していた俺が知っているスカンポに良く似た植物を手に取りその皮をぺりぺりとむいて齧ってみる。
うん、すっぱい。これは色こそ黒いが見た目も味もスカンポそのものだろう。
ただ、スカンポは沢山食べると(理由は忘れたが)体に悪い筈なので、程々でやめておく。
塩もみすれば良いと聞いた記憶があるが、うろ覚えなので当てには出来ない。
うーん、しかし今思ったが、集めた食材をそのまま地面に置いておくと言うのも不衛生だよな?
一寸予定とは違うが先に入れ物として鍋を作る実験をしてみるか……。
これは、友ちゃんの物質変換能力を何度か間近で見てきて思いついた事なので、実際に思ったようなことが出来るのかは不明だが、試してみる価値はあるだろう。
それに、物質変換は既に何度か実験した能力なので、扱い方さえ間違えなければ比較的危険が少ない筈だ。
早速実験に移る。
最初に用意するのは最近良くお世話になっている座り心地の良いコケだ。
今回は結構な量を使用する予定なのであらかじめ友ちゃんに頼んで複製をしてもらう。
量的には普通サイズのバケツ一杯分というところだろうか。
ここからが難しい所だ。
まず最初に友ちゃんに次のような確認をする。
領域を展開してもらい、その中に含まれる空気を認識できているか聞いてみると、案の定良く分かっていなかった。
今までは、展開した領域の中に外部から挿入した物を解析する形で物質変換をしてきたが、今回は一寸違う手順を取りたいのでこのままでは都合が悪い。
そこで、領域を広げた状態でそのまま俺が寝床にしている岩に顔を近づけ、領域の中の空気が岩と置換された状態でそれを一旦友ちゃんに覚えてもらう。
次に、岩から顔を離し、岩が空気に置換された状態で分析をしてもらい、その差異から俺が空気と呼んでいるものを理解してもらった。
空気を理解してもらったついでに、以前指を認識してもらったやり方で領域内の空気以外を「俺」として認識してもらう。
ただ、地面に足をつけた状態で最大まで領域を広げてしまうと、地面も空気以外なので「俺」として認識されてしまい都合が悪かったので、少し小さめの、脛辺りまで拡大した領域を作ってもらい、俺がジャンプして足を曲げ、領域内に俺以外は空気しか無い状態で合図を送り「俺」を認識してもらうことに成功。
そして、これが重要な部分だが、再構成の依頼のように俺のほうから明確に指示出しをしない限り「俺」を友ちゃんの物質変換の対象にはしないように念押ししておいた。
多分これで準備が出来たはずだ。
確実にこれで大丈夫というほどの自信は無いが、今までよりはよほどマシだろう。
ふぅ、事前の準備だけで中々大変だな。
友ちゃんに頼んで頭をすっぽりと覆う程度の領域(半径30cm程度)を展開してもらい、そのまま地面に座り込み、土下座のようなポーズをとる。
後から必要になるはずなので目印用に視界の左右に線を引いておく事も忘れない。
そして、地面に鼻先ぎりぎりまで近づいた状態で友ちゃんに物質変換をお願いして「領域内の地面(空気と俺以外)を水に変換」してもらった。
領域を解除してもらった目の前には、当然だがほぼ真円の水溜りが出現したので、そこへ先ほど大量に用意したコケをそっと浸して水中で良く揉み解し、気泡が残らないようにしながらかき混ぜていく。
余分な水は地面に吸収されていくので、そのまま暫く作業を続けると、どろどろの粘土で埋まった窪みが出来上がった。
俺はその粘土の塊を丁寧に上から押し込み、全体が均一になるようしっかりと力をかける。
多分これでいいはずだ。
俺はもう一度友ちゃんに同じ大きさの領域を出してもらい、今度は粘土状になった地面に対して土下座のようなポーズをとり、事前に引いてあった目印の線を頼りに先ほどと同じ位置に頭が来るよう調整し……地面からの正確な距離は分からなかったのでさっきよりは高い位置に頭を固定し、その状態で「領域内の俺以外」を空気に変えるよう指示する。
すると有り得ない位ツルツルぴかぴかで、半円形にくりぬかれた粘土が目の前に出現した。
そのまま少しだけ頭を下げ、友ちゃんに「領域内の俺以外」を鉄に変えてもらう。
すると鉄製の鍋……いや、取っ手が無いのでボウルか?が完成した。
ただ、俺は精密機械では無いので完璧な動作はできないし脈拍や呼吸で意図しない動きも入ってしまうため、最後の仕上げで縁が偏ってしまい、厚みのバランスがおかしくなってしまったが……これで一応鉄製の鍋が完成した!
泥を最初に作ったのは地面の土をそのまま鉄化すると水漏れすると思ったからだ。
実際、水溜りの水は当たり前のように地面に吸収されていたので、そのまま土を鉄化したら隙間だらけで穴だらけの鍋が完成しただろう。
さすが俺、頭良い!
そう思いながら大喜びで泥の中から鍋を掘り出すと……底が分厚く縁が薄いというとても不恰好な鉄の器が手に入った。
そういや領域は真円なんだから当たり前だよな……。
しかも、泥に埋まっていた所為で底が吸着していたので鍋の側面を持って力を入れて引っ張り出しただけで縁がクシャっと歪んでしまった。
おまけに縁が物凄く鋭利で研ぎたての刃物のようにギラギラと輝いている。こわっ!
今回はたまたま運が良かったのか手を怪我しなくて良かった。
……これは酷い。
そこで閃いた。
考えてみれば頭の位置を下げて泥を鉄に変換したのが間違いだったのか。
友ちゃんの領域は大きさが可変なんだから、あの時頭を下げずに友ちゃんに領域をほんの少し大きくしてもらって鉄化すれば完璧な鍋が出来たはずだ!
ついでに領域を更に一回り大きくして鉄以外を空気か水に変換すれば簡単に取り出せたじゃないか。
……アホすぎるぞ俺。
実際にやってみて一度失敗しないと気が付かない自分が残念すぎる。
一寸ため息が出そうになったが、一度やったおかげで手順を確立出来たので二回目は早かった。
まあ、友ちゃんのおかげで一度手に入れた材料は集める必要も無いしな。
今度も縁が刃物のようになっていたので怪我をしないように布を使って鍋を回収し寝床へと仕舞いに向かう。
こいつは帰ってきた後で石をこすり付けて角を取ることにしよう。
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