第四十四話
まぶしい……もう朝か。
昨晩は興奮して巧く寝付けなかった俺だったが、いつの間にか眠っていたようだ。
まだ眠かったが、朝日が格子の隙間から巧い具合に差し込んで来た所為で嫌でも目が覚めてしまった。
だるかったのでそのまま寝転がって寝床に使っている髪の毛を少量つまみ上げては落とし、と無意味な行為を繰り返す。
朝日を反射し宙を舞う髪の毛を眺めていると心の中にはまだ昨日の衝撃が残っているのを感じて心がざわつく。
ふぅ。
寝不足の所為なのか、俺の頭の中で早速昨日の出来事を否定する意見が飛び出してきた。
念のために言っておくが友ちゃんが騒いでいるわけではない、友ちゃんは基本的に俺が話しかけない限り自分から話しかけて来た事が無いので、今俺の頭の中で騒いでいるのは俺の中の否定意見という奴だ。
勿論、俺だってここが地球じゃないなんて認めたくは無い。
しかし、今までここで体験してきた異常現象の数々がここが地球ではないと示す材料であるようにも感じている。
その所為で比較的素直にここを地球ではないと認める俺と、なぜか頑なにここが地球ではないと認めない俺との間で二つの対立する意見が俺の中で激しく争っている。
激しすぎて正直煩い位だ。
起きて暫く経ったので、だんだん頭がはっきりしてきた。
普通なら今くらいの時間で頭の中が整理できて静かになるはずなんだが、今回は何かが変だ。
勿論、今まで生きてきて自分の中で対立意見を戦わせた事はそれこそ数え切れないほどあるが、これはそれまで経験してきた物とは何かが違う。
というか明らかにおかしい、俺の脳内での単なる情報処理の過程としてあるはずの対立意見なのに、それが俺に対して全く妥協をしない。
まるで、俺の中に俺に良く似た俺じゃない誰かが別に存在しているように感じる程存在感が強い。
もう一人の俺、例えるなら平和な世界しか知らない自分? が、仮にここが俺の住んでいた地球でなかったとしたら、お前がこれまで見てきた人間そっくりな兵士達や、小屋で一緒に生活してきた仲間達をどう説明するんだ? と心の中で訴えている。
煩い! 少し黙っていてくれ!
心の中で強く叫ぶと、渋々といった感じで俺の中のもう一人の俺は静かになった。
何だこの狂った状況は?
まるで人格が分裂してしまった様な不安を感じて気が狂いそうだ。
そういえばつい最近もこれに似た違和感を感じた。
あれは……そう、再構成直後だったと思う。
あの時は一晩寝て起きたらいつのまにか違和感も消えてしまっていたのであまり気にしていなかったが、俺の中のもう一人の俺は何度も再構成を繰り返すたびに段々消えにくくなっているとしか思えない。
それどころか強い主張を繰り返すそいつこそが本物で、俺の方が異物で消される側になってしまったかのような心細さを感じる。
俺の中のもう一人の俺は、俺に怒鳴られた事が不満なのかぶつぶつと文句を言い続けていてその所為で俺は考えが巧くまとまらない。
悲惨な体験を潜り抜け、どうにか今日まで意識を繋いできた俺、そして再構成のたび追加される平和な世界しか知らない俺、再構成を繰り返せば繰り返すほど今の俺が薄れて過去の俺が強く主張するようになって来ている?
不安を感じ、この件に関して友ちゃんに相談したら、以前と同じで『上書きされた記憶の同期を行え』という回答が返ってきた。
――だが、前は理解できなかった『上書きされた記憶の同期を行え』という言葉の意味が今回は何となく理解できてしまった。
俺はもしかすると……、再構成のたびに体だけではなく記憶も含めて完全に作り直されていてそこへ最新の記憶を上書きされているんじゃ無いのか?
そして、元々の体にある記憶と上書きされた記憶が衝突する所為で今のようなわけのわからない状況が発生しているんじゃないのか……?
もし、この推測が正しいならば、可能な限り再構成に頼るのはやめておくべきだろう。
このまま再構成を繰り返せば近いうちに俺の意識は過去の俺に塗りつぶされて消えてしまうんじゃないのか?
そういえば、今まであまり気にしてこなかったが視界右下に見える数値が今は1に見える。
前の再構成の時もこの数値が下がっていたが、これがもし0になったとき俺はどうなるんだ?
ただの勘だが、これが今の俺の中の別人格と何か関係があるような気がしてならない。
前の時は一晩寝たら3に戻っていたのに、今回は短期間で二回も再構成してしまった所為か1から回復していない。
そもそもこの数値が時間で回復する保証も実は無いんだが、前の時は特別な事をした記憶が無いので時間で回復すると期待するしかないか。
数値を減らす方は再構成をすれば試せるとは思うのだが、今の状態でそれをするのは自殺と変わらない気がする。
自分の命を懸けてまで危険な実験をする気は無いので、少なくとも今日一日は大人しくして数値が回復するのを待とう。
次に、数値が3まで回復したら今度は再構成をしないといけない時に再構成後に数値が減っていたかどうかをきちんと確認しないとな。
気持ちを切り替えるために昨日掘ったトイレで朝一の用を足し、友ちゃんにお願いして水を用意してもらい手を洗う。
その後は塩を使って歯を磨いた。
まあ、歯ブラシが無いので指に塩を付けて歯を擦るだけなんだが、これだけでもかなりすっきりした。
うがいをするついでに水で顔を洗う。
残念な事に水を拭き取るタオルは無いので自然乾燥に任せる。
たったこれだけでも人間らしい生活に一歩近づいた実感があって地味に嬉しい。
これで後はまともな食事が出来ればかなりマシになるんだが……。
ひとまずその不満は置いておいて少し考えをまとめる事にしよう。
ここが仮に地球じゃないという前提で考えてみる。
俺の中のもう一人の俺が相変わらずぶつぶつ文句を言っているが無視した。
ここが地球ではなく、違う惑星で、そこに今自分が居るとしたら?
……。
うーん、一体どうすれば宇宙を渡って故郷に帰るなんて事が可能なのかさっぱり見当が付かない。
宇宙船……いや、この場合はロケットか?
それともUFOのような未知の技術の飛行物体でも構わないが、そういった何かが必要なんだろうか?
しかし、運良くそれが手に入ったとして、一体誰がそれを操縦するんだ?
俺には無理だぞ?
じゃあ、運転手を雇うのか?
それで、地球に行ってください。とかお願いするのか?
……レンタカーかタクシーかよ。
馬鹿馬鹿しい。
そもそも、地球の傍で人類が生存可能な惑星なんて今の所、発見されてすら居なかったはずだ。
ここが地球からは望遠鏡や天体学者達ですら発見できていない程遠くの星だとしよう。
当然そこから見える星座もまったく違うだろうから目印に出来る星も無い。
何の手がかりも無く、宇宙の中に無数にある惑星から地球の場所を探し出そうと思ったら一体どうすればいいんだ?
知ってる人から聞く? 誰だよそれ?
……。
あ! そうだ。
知ってるはずの相手が居たじゃないか。
俺をここに連れてきた兵士達なら帰る方法も知っているかも知れない。
……だが、奴らからどうやってその方法を聞きだすんだ?
兵士を捕まえて、脅し、宥め、賺せばぽろっと秘密をこぼしてくれるのか?
そもそも言葉が通じない時点で問うことも、聞くことも出来ない。
八方塞だ。
せめて言葉が通じれば……。
どちらにせよ、いつかは兵士達と向き合わなくてはいけないだろう。
まあ、現時点ではここが本当に地球じゃないと断定も出来ないし、歩いて移動し続ければ知っている場所に出る可能性だってまだ無いわけではない。
できることがある内は先ずそっちを試すか。
ふぅ。
考えすぎると頭がおかしくなりそうだったので、この件は一時保留する。
ひとまずは別のことに集中するか。
再構成を避けるため、今日は危険な事を極力しないと決めているので安全そうな行動を選択しよう。
と、いうわけで、靴や服を作成するための材料の確保と、火を通したちゃんとした食事を作る。を目標に行動する事にした。
食事に関しては、塩と水は確保できたのだから、それ以外も何とかしたい。
暖かくて味のある美味しい食べ物を想像するだけで涎が出てしまう。
何が手に入るかは分からないが、塩、水は有るんだ。単純なところでは焼き物か、鍋だろうか?
鍋に関しては少し思いついたことがあったので後で友ちゃんに頼んで実験してみよう。
火は友ちゃんに頼めば何とかなる気が……って待て。
友ちゃんに火をつけてもらうのって……死亡フラグじゃないか?
……有り合わせの道具で火をつけられないかどうかまずは頑張って、どうしても駄目な時は相談するか。
いやいやいや、数値が3に回復するまではうかつな行動は避けるべきだな。
自力で火を起こせない場合は素直に今日の所は鍋を食べるのは諦めよう。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
鍋の具になりそうなものや、道具を作るのに使えそうな材料が手に入らないか、歩きやすい地肌が露出している所や、山の浅い部分を重点的にうろついて見たが、簡単に行ける場所にそんなに都合よく便利な素材が落ちているはずも無く、俺は今、一寸途方にくれている。
とりあえず、道中で発見した食べられそうな木の実やスカンポ(イタドリの事)に良く似た植物は採集しておいた。
それと、歩いていて、かさかさになった落ち葉や枯葉を踏んだ時に気が付いたが、草の葉を編んで布もどきを作ったとしても、乾燥したら脆くなってしまいバラバラに崩れてしまうんじゃないだろうか?
地球に居たころに自分が着ていた服は綿や化学繊維、後は革とかで出来ていたと思うが、自分で編み物をしたこともないし、革の加工の知識も無い。正直お手上げな気分だ。
そうやってうろついていたら、いつのまにか例の腐敗臭が漂ってくる正体不明の箱が置いてある場所の近くに来ていた。
誰かが箱を回収に来て無くなっていることを少しだけ期待していたが、変わらず箱は置いてあり、そして二日経ってもやはり臭い。
それにしてもこの箱は一体何なんだろうな?
野生動物を捕まえるための罠とかなのか?
うーん、この場所に関してなにか大事な事を忘れているような気もするが良く思い出せない。
少し離れた場所の地面には昔の漫画に出てきそうな人型の凹みと何かの残骸が散乱している。
この腐敗臭がする箱はやはり何らかの罠なんだろうか?
猟師が仕掛けた罠を回収し忘れて捕まえた獲物を死なせてしまい、そのまま腐らせてしまったとかならなんとなく理解できる気はする。
しかし、酷い匂いだ。
臭すぎてあまり近づきたくなかったので、少し離れたところの茂みを漁る事にした。
目的は食べられそうな木の実や植物の採取だったんだが、なぜかこんな所に有るはずの無い、とんでもない物を見つけてしまった。
――それなりの技術できちんと作られた布、大きさ的にはハンカチか手ぬぐい? が薮に引っかかるような形で俺の目の前にぶら下がっていたのだ。
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