第四十三話
はぁ……。
色々一気に説明された所為で脳の処理が追いついていない気がする。
何か他にも確認しておかないといけない大事な事があったような気もするのだが、今は脳がオーバーヒートしていて一寸思い出せない。
こういうとき、メモ帳と筆記用具があれば全然違うのだが……。
そういえば、社会人一年生の時、一番最初に指導係の先輩から教わったのはメモを取れだったな。
教わった事を忘れてしまうのは人間だから仕方が無い、だが、メモを取っておけばそれを読み直して思い出せる。だったっけ?
今みたいな状況になってみると本当にメモ帳のありがたさがよく分かる。
メモ帳があれば思いついたことをその場で書きとめられるし、確認忘れも無くせるだろう。
その時気づかなかったような事でも時間を置いて後から再検証する事だって出来る。
これに関しても、そのうち何か良い方法が無いか考えないといけないな。
最悪、大昔の人達のように木簡や竹簡を利用するか?
ただ、木簡にしても竹簡にしても嵩張るので致命的に持ち運びには向かないよな……。
いつのまにか太陽の位置が高い。
ふと気づくと結構な時間が過ぎてしまっていたようだ。
片手間で聞いて良いような話でもなかったので仕方が無いが、話していた間は何も出来ていない。
ひとまず考えるのは中断して寝床を隠す為の壁を作成しよう。
太陽の位置から察すると今は丁度昼くらいだろうか?
俺は、取り合えず目に付く範囲に落ちている枝と、木の幹を這うようにして絡み付いている蔦を手当たり次第に拾い集めていった。
今までなら道具が無かったので、蔦を幹から剥がす事も一苦労だったが、今の俺にはトイレの穴掘りにも使った小さな鉄の杭という一寸した刃物としても使える便利な道具がある。
これで幹に絡み付いている蔦から枝分かれして生えている細い蔦を切り落とし、効率よく太い蔦を回収する事が出来るようになった。
しかし、木の幹に這う黒い蔦って物凄く不気味だな。
なんだか、触るのを少しためらう気味の悪さがある。
まあ、贅沢はいえないわけだが。
そうやって手に入れた枝と蔦はひとまず寝床の側の地面に山積みにしておく。
次は偽装用の雑草集めだ。
細長い葉を持つ草は、その側面が手を切るほど鋭い場合があるので、今回は葉の広いものを中心に集める事にした。
集めた葉っぱを枝と蔦を集めてある横に同じように積み上げていく。
自分的に必要量だと思う量よりは少し多めに集めた。
経験の無いことをする場合、大抵はミスをするものだ。
あらかじめ余裕分を用意しておく位で丁度良い。
そうやって全部の材料を集めるだけでも二時間以上は掛かったと思う。
一輪車でもあればこういう作業で大活躍するのにな。
まあ、無いものねだりだ、取り合えず壁を作ってしまうか。
一旦、休憩を挟み、友ちゃんに頼んで水と塩を作ってもらって摂取しておく。
寝床の前に座り込んで拾ってきた枝を目の細かい……なんていうんだこういう繋げ方? まあ、格子でいいか。格子状に蔦で繋ぐ。
この作業に意外と時間がかかり、全部を繋ぐだけでも日が傾いてくるような時間になってしまった。
蔦がロープほど扱いやすい材料ではなかったのと、拾ってきた枝のなかに脆くなっていたものが混じっていて、繋ぎ合わせている途中で折れてしまった箇所があった所為だ。
ようやく出来上がった壁を、今度は寝床の横に立てかけるわけだが、単純に置いただけだと何かの拍子に体が触れただけで外向きに倒れてしまうかもしれない。
それを防ぐ為に、少し地面に溝を掘り、そこへ作った壁の下端を差込み、手ごろな重石を幾つか積んで土をかぶせてみた。
これで少しくらいなら体が触れても倒れたりはしないだろう。
ついでに、少々の雨なら侵入を防いでくれるかもしれない。
後は、壁の格子に拾ってきた葉っぱを巧く飾り付けるだけだ。
中からは外が見えて、外からは中が見えないように工夫をしながら葉っぱを取り付けていく。
何度も寝床に潜り込んで覗き穴の微調整をする必要があったので意外と時間を消費した。
いよいよ空が暗くなってきてしまう。
一応これで壁は出来たと思うが、明るいところで見るとどう見えるのかは不明だ。
その辺は明日又考えよう。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
うなぎの寝床という言葉がある。
まさに今の俺の潜り込んでいるこの場所がそれだろう。
俺は今、大岩の下の隙間を外から見えないように枝と草で作った壁で隠し、地面には髪の毛を敷き詰め、そうやって出来上がった細長い隙間に潜り込んで横になっている。
しかし、壁を作って寝床を隠したのは良いが、閉塞感が辛いなこれ。
日は落ちたといっても時間的にはまだ早い所為か、あまり眠気を感じなかったので、寝床から頭だけを外に出し夜空を眺めて眠くなるまでの時間をつぶす事にした。
ふぅ……。
こうやって落ち着いた状況で夜空を見上げるのは、もしかするとここへ連れて来られてから初めてかもしれない。
いや、改めて考えてみれば、社会人になってから今日まで、夜中に夜空を見上げる機会なんて無くなっていたな。
人ごみが苦手な俺は、仕事が終われば通勤バスで居眠りしながら揺られて帰り、帰宅すればそのまま次の朝まで外出なんてしない生活だった。
半ひきこもり状態?
仕事人間?
まあ、そんな感じだ。
……ここへ来てから色々なことがあったなぁ。
異常な環境におかれている所為なのか、俺の知っている夜空と今見ている物は何かが違う気がする。
何が俺に違和感を感じさせるのだろう?
俺が野外で裸のまま寝そべっている所為か?
しばらくボケーッとしながら考えてみる。
もしかしたら、視界に映りこむ邪魔な数値の所為だろうか?
……それは確かにあるかもしれないな。
この変な数値は相変わらず表示されっぱなしだ。
何時になったら消えてくれるんだろう?
でも、それだけじゃない気がするんだよな。
うーん、星座の形……は、小学生の頃習ったっきり、すっかり忘れてしまったのでこの違和感とは関係ないだろう。
それにしても、雲も出ていないのに夜空がこんなに暗いのは何故だ?
そうだ、暗いんだ。
……夜空に月が……無い。
寝床の狭い入り口の所為で裸の体が木の枝で作った壁に当たり、擦れて痛いのも無視して、あわてて寝床から這い出し、体ごとうろうろと動き回って夜空の隅から隅までを確認する。
月が見つからない。
大岩の上に登って夜空を隈無く探してみてもやはり見つけられなかった。
地球ならどこに住んでいても見えるはずの月は一体どこに行ってしまったんだ?
夜空に浮かんで居るはずの「帯状で銀色に輝く月」がどこにも見えない。
百歩譲って太陽の色がおかしく見えるのは、俺の視界に変な数値が見えている以上有り得ない事じゃないだろう。
だが、あるはずのものが見えないのはどう考えてもおかしい!
なんだ、これは!?
ここは、一体どこなんだ?
突拍子も無い考えが頭に浮かぶ。
まさか、ここは……地球じゃ……ないのか?
待てよ、待ってくれ、そんな馬鹿な事が……SF映画じゃないんだぞ……。
俺は宇宙人に浚われて別の星にでも連れてこられたとでも言うのか……。
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