第四十二話
自分が思いついた可能性を、出来れば誰かと話し合ってみたかったが、今身近に居て話し合える誰かは、俺とは常識も根源的な存在のあり方さえも違う友ちゃんしか居ない。
残念だが、どうやら相談は出来そうに無かった。
自分でもなかなか良い思い付きだと思ったのだが、具体的な検証の方法も無いし、結局思考ゲームの域を出ない話だ。あまりこだわっても仕方が無いだろう。
さて、ひとまずこれでトイレ用の穴は準備が出来たぞ。
手に付いた土を、友ちゃんに作ってもらった水で洗い流し、次は何をするか考える。
日の光の下、住環境として見た岩の下の隙間は、吹きさらしで寝床があるだけの粗末な物だ。
流石にこのままでは寝床が外から丸見えなので、風除けもかねて最低でも壁くらいは欲しい。
出来れば遠目で見たときに相手から発見されない程度の偽装もしておいた方がいいだろう。
まあ、隠しても鼻の良い動物にはそこに俺が居る事がばれてしまうと思うが、何もしないよりは良い筈だ。
とりあえず、枝を沢山集め、それを並べて蔦で結び、岩に対して斜めに立てかけて、その上から雑草をかぶせて寝床を見られないようにするのはどうだろう?
なんとなく、相手が動物なら有効な気はする。
人間相手にもこれで通用するのか一寸疑問だが、今日のところは取り合えずこの案で行くか。
そういえば、戦争物の映画なんかだとゲリラが物凄く巧妙な塹壕を作っていたりするが、ああいうのはどうやって作っているんだろう?
穴を掘ってその中にもぐりこんで中から蓋をする……うーん、これだけだとなんだか穴の中で窒息しそうだな。
こんな時、兵士達みたいに何も無いところから壁を作ることが出来れば身を隠すのも簡単なのに。
ああ、でもそれだと岩の下の隙間へ虫みたいに隠れる今の住処じゃなく、最初から必要な時だけ小屋を作ってそっちで暮らしているか。
そう考えると兵士達の使っていた力は便利でうらやましい物が多かった。
小屋を出したり、水を出したり、容器を出したり。
もし俺が同じことをしようと思ったら、まず最初に現物を友ちゃんの領域内に取り込んで分析してもらう必要がある。
一度取り込んでしまえば後は友ちゃんにお願いすれば兵士達と同じようなことが出来るだろう。
あれ? でも、そう考えると……。
兵士達が使ってる魔法みたいなのは友ちゃんでも十分再現可能なんじゃないのか?
!?
そうだ、何で気づかなかったんだ?
友ちゃんが使う力と兵士達が使う力の類似性に。
もし、友ちゃんが領域をもっと大きく出現させられるなら、そこで分析した物は同じように複製できるはずだ。
もしも、小屋よりも大きい領域を作れるなら小屋だって複製可能に違いない。
やばい、考えれば考えるほど兵士達が使っていた力と友ちゃんの力が同じ物に思えて来た。
……この件は今のうちに確認しておいた方が良い気がする。
薮をつついて蛇を出すような結果にならなければ良いとは思うが、聞かずに居ておいて後で蛇どころか鬼でも出てきたら取り返しが付かない。
もしも、最悪の予想が当たっていて、兵士達全員が友ちゃんと同じような能力を持っていたとしたら、発見され次第、俺に勝ち目は全く無いだろう。
その時は恥を捨てて見つかりそうになる度ひたすら逃げ回るしかないな。
まずはじめに、友ちゃんが作り出せる領域の大きさの限界に関して質問をしてみる。
だが、距離の概念を持たない友ちゃんの説明を聞いても俺には良く分からなかったので、実際に最大サイズの領域を展開してもらい、自分の目で確認させてもらう事になった。
結果、友ちゃんが出せる最大の領域は、俺の頭部を中心に足元方向で地面に50cmめりこむ程度、俺の身長が180cm丁度位なので、つまり半径2.3m位だろうか?
考えてみれば、最初から俺の全身を記録したと言っていたのだから、これくらいは出来ないわけが無い。
……うーん、でもこのサイズでは小屋の複製とかは無理そうだな。
実験をしているうちに段々冷静になってくる。
兵士達はそういえば力を使う際、変な宝石を利用しているように見えた。
友ちゃんにお願いする時、あの変な宝石を要求された事は無い。
そういった点も友ちゃんとは違っている。
俺の考えすぎだったのだろうか?
そして、本題の兵士達が使っている能力(?)だが、友ちゃんと同じ物なのかを確認したところ、兵士達というものを俺の記憶映像から理解はしたようだが、空間や立体が理解できない友ちゃんには「兵士達」が理解できても「兵士達」とその「行動」を結びつけて考える事が出来ないようで会話が成立しなかった。
ただ、友ちゃんと良く似た現象を引き起こす力に関しては別の回答を得ることが出来た。
友ちゃんから聞き出した情報は、まとめると次のような感じだった。
この良く分からない場所に俺と一緒に来た時から、友ちゃんの属する群れとは別の群れの存在を友ちゃんは察知している。
理由は良く分からないが、その群れを友ちゃんは酷く恐れており、現在も接触を行っていない。
そして、友ちゃんが言うにはその群れもおそらく、今の俺と同じように生物の脳(人間とは限らない)を住処にしてエネルギーの観察を目的に活動していると推測される。
また、友ちゃんたちの行使している能力は自我を得た最初期の祖先が獲得した物の発展型なので、おそらくこの近くに居る群れも同様の能力を持っている。
俺の見てきた兵士達が使う、常識では一寸説明が付かない現象を含めて、現在の状況から考察すると、断定は出来ないが、群れは兵士達に干渉(支援?)しているのではないかと予想される。
ただ、俺と友ちゃんの様な関係は、本来観察者という立場を好む友ちゃん達にとってはあまり好ましくない状況なので、兵士達と、その脳内に存在する群れはお互い直接の交流は持っていないだろうとのことだ。
でも、そうすると、どうやって兵士達はあの不思議な力の制御を行っているのかが疑問なのだが、そこに関しては、群れの方針として干渉していく方針ならば俺の思考を友ちゃんが解析して読み取れているように、兵士達の思考を読み取って支援している可能性が高いとのことだ。
友ちゃんの種族がなぜそのような支援をするのか、俺にはどうしても分からなかったのでその理由を聞いてみた。
――一寸長くなるが、ここからは俺が聞き出した友ちゃん達種族の歴史になる。
友ちゃんを含め、その同種の存在の群れは、今でこそ群れと名乗っているが、一番最初は一人しか居なかったそうだ。
今ですら場所や距離を理解していない彼らが、最初に何処で誕生したのかは残念ながら不明である。
原因や理屈は不明だが、発生した原初の一体は、最初からエネルギーを操作する能力を持って生まれた。
その力で原子を操作する事が出来たので、周囲の物質の原子構成や配列を操作し、生き残るための生存戦略としてなのか本能なのか、自己の複製を作成。
生まれた複製たちは、手に入れたエネルギーが多い者は少ない者に分け与え、全体でエネルギーに余剰が出来たら複製を増やし、そうやって互いに融通しあい更に増えていった。
この、エネルギーをやりとりするという過程で、当初は互いのエネルギーの多い少ないという情報を送りあっていただけの仕組みが進化、発展し、より効率的にお互いの現在情報を緊密にやり取りするようになる。
そして、相互で通信する情報量が高まっていくうちに、自然に全体での共意識とでも言うべきものが発生し、このとき初めて知的生命体としての一人目が誕生した。この存在を性別があるのかも不明だがここでは仮に「彼」と呼称する。
彼は、生き残るために生まれた仕組みから偶然生まれた知性だったので、当初は全体のエネルギーを効率的に管理し生き残る為にその知性を働かせた。
しかし、効率化を進めていく過程で必然的に獲得した計算能力や、現在(過去)の情報を蓄積し分析する事により起き得る事象の予測を行う「記憶」に相当する能力を獲得する。
これにより一気に意識は鮮明になり、その後、全体のエネルギーリソースに余裕が出来てくると意識はそれまで考えたことが無かった色々な事象に関して思考した。
そして、「考える」という娯楽を手に入れた意識はしかし、それ以降「孤独」を感じるようになり、孤独を感じた意識は、生存戦略という根源目標を建前に、孤独を解消するための存在。つまり総体としての意識を持つ複製、自分のバックアップを作成しようとする。
しかし、この試みはある理由により失敗した。
彼は、彼にとっての世界の端から端まで、ほとんど全てを自分で埋め尽くしてしまっていたので、そこに新たな複製を生み出せるほどの余剰が無かったのだ。
そこで、一旦方針を変更し、現在の自分自身を、機能を損なわず効率化するという試みを開始した。
時間という概念を持たない存在だった彼はひたすら自己改良を繰り返し、いつの間にか彼という存在で埋まっていた世界は彼の要求を満たせるほどに効率化されていた。
そして、まるで受精卵が分裂するように、最初は彼だけで占められていた世界は彼と、二人目とによって二つに分けられる。
意識を持って生まれた二人目の知性は、当初の目的もあり話し相手としての個性が重要視されていた。つまり、二人目は完全な彼の複製ではなく、意図的に変異された複製であった。
これまでエネルギー源としてしか利用してこなかった外部から入力されるエネルギーの影響を複製の際の変異トリガーとして受けとる仕組みが組み込まれ、結果、目的通り複製は変異し、二人目はもともとの自分とはまったく別の存在になった。
そして複製体は更なる自己改良を進め、更に世界を効率化し二人で埋め尽くされていた世界を三人、四人と新しい複製で分けていく。
結果、どれだけの時間が必要だったのかは不明だが、俺の脳の隙間に収まってしまう程の小さな知性体は誕生した。
世界に多様性が生まれ孤独は感じなくなった。
沢山の個性が満ちてそこには新たな娯楽の概念「会話」が生まれる。
新たに生まれた個性達はエネルギーが許す限り活発に会話と思考を繰り返した。
この時点の彼らには、外部からのエネルギー供給が途絶えれば再びエネルギーを獲得するまでは何も出来なくなるという弱点はあったが、彼らにとって記憶と言う物は揮発性ではないので仮にエネルギーが切れたとしても再度供給が始まれば問題なく途切れたその時点から継続が出来た。
彼らには所有欲や、人間で言う三大欲求と言う物が無かった、手も足も目も耳も内臓器官や皮膚感覚、おおよそ人類に備わっているような器官を全て「備えていない」彼らには三大欲求自体そもそも発生しなかった。
その代わりというべきか情報欲、人間風に言うなら知識欲というべきか、が発生する。
勿論、活動する為のエネルギーは必要だったが、この段階では既に会話や思考を継続する為にエネルギーを取得していると言う認識になっていたので、そもそもの手段と目的は逆転していた。
その代わりに会話や思考という形を持たない物が何よりも重要視される事になる。
時間にしてどれくらい掛かったかは不明だが、あるときとうとう話題がつき、思いつく娯楽もすべて試し終わってしまい彼らは再び退屈という苦痛を迎えていた。
なまじ高い精神性を発達させてしまった所為で退屈は彼らにとって大変な苦痛になる。
退屈で退屈で精神的に死にそうで発狂しそうになった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ここで、一旦友ちゃんとの会話を区切ろう。
次の部分は聞いても良く理解できなかったので憶測混じりになる。
当時彼らがどんな環境に住んでいたかを知る手がかりはエネルギーという形で記録された情報にしかないが、多分何らかの天体だったのだろう。
そこで、たまに発生する大きなエネルギー(隕石衝突と思われる)の刺激が彼らに残された楽しみだったそうだ。
そのエネルギーが発生した後は仲間達の数を増やせる(隕石が作るクレーターで地表が立体的に起伏して表面積が増えたといいたいのではないかと思う)事に着目した個体が居て、世界を二次元平面としてとらえていた彼らはそれ以外の何かが存在する事を知り、それを手がかりに自分達の世界(星)を飛び出し宇宙へと広がる道を選んだ。
外の世界には(隕石が降ってくるような)自分たちを退屈させない何かが存在するかもしれない。
その可能性にかけて彼らは自己を更に改造し、ある程度の量が一箇所に集まれば自動的に意識が生まれる仕組みと、エネルギーの外部供給に頼らずとも活動できるように、生得的な能力を更に強化し自在にエネルギーと物質を制御する術を作り上げた。群れの概念もこの頃作られた。
そして、何らかの爆発的な現象を利用し、元々居た天体から宇宙へと拡散し、たまたま俺の居る星「地球」にその一部が降り注いだ。
その後、友ちゃんが食事や何かで俺に吸収され今に至るというわけである。
……理解したような理解できなかったような、俺の許容量を既に大幅に超過した話だった。
話を聞き終わった俺の感想は、たまたまエネルギー操作能力を持った物質がエネルギーを管理していく上で複雑な情報処理を繰り返した結果、蓄積した情報の出し入れが見かけ上、まるで生命のように振舞っていると説明された気がする。
しかし、考えてみれば生命の定義というのは自分が生命だと自己主張するために後からでっち上げた理屈でしかないのだ。
俺は地球教の信者ではないので地球だけが特別でそこ以外に知的生命体が発生しないなんていうつもりは無い。
自分達だけが特別で神の似姿として作られたと主張する気も無い。
人間が大げさに誉めそやす知性にしてもそうだ。
チューリングテストを行うと、壁の向こうのコンピューターを、人間なのかコンピューターなのかを正確に判断できないのと同じで、生命としてそれが正しいとか間違っているなんて答えは多分誰にも出せないだろう。
新しい発見が出来るから人間が機械より優れている、という理屈も物理法則を自力で発見した人工知能により既に覆されている。
同じ人間という生き物同士でも無い限り、本人が自分は生きているといっているならそれは生きていると認めるしかないのではないか?
……キャパシティを超える話を聞かされて、盛大に思考が脱線してしまった。
友ちゃんが言うには、兵士達と共生している群れが仮にあるとしても、観察者の立場を逸脱してまでの支援はしないだろうと考える理由が、彼らの情報欲にあるとのことだ。
俺と友ちゃんの場合は例外として、通常彼ら脳内住人達(友ちゃんとの区別の為こう呼ぶ)は自分達の予想外の情報を好むので、自分達の積極的な干渉で状況が画一化(安定)したり、想定内に収まってしまうことを嫌うとのことだった。
その辺の心理は人間である俺には理解できそうに無いが、同族である友ちゃんが言うのなら信憑性はあるだろう。
それにしても、何だこの超展開は。
当初は単なる誘拐事件かと考えていたというのに。
時間の経過で確かにその認識は大きく変わって来ていたが、それよりも更に、俺が巻き込まれた出来事は複雑な事情を孕んでいるのかも知れない。
誤字脱字、文法表現での間違い等ありましたらお知らせいただけるとありがたいです。




