第四十一話
トイレ用の穴を掘ろうと思ったとき、その穴が雨で増水したらどうなるのか? 位は流石に想像した。
今日まで雨が降っていない気がするから明日以降も降らないだろう。流石にそんな事を信じられるほど俺も楽観的な思考回路は持っていない。
というわけで、トイレを掘るなら今、仮の宿に設定している岩の下の隙間よりも低い場所に作らないとだめだ。
穴を掘るなら腐葉土で埋まっている尾根の斜面側を掘れば簡単だろう? と思われるかもしれないが、よく考えて欲しい。
勿論穴を掘る事自体は簡単だろう。
しかし、足が沈むほどの踏ん張りが効かない場所に穴を掘り、その穴にまたがって用を足したとする、では、その穴の周りの地面はいつまで俺の体重を支えてくれるのだろう。はっきり言っていつ崩れてもおかしくないのではないか?
用を足す前ならば崩れても単にヒヤリとするだけの話だ、しかし行為の途中や事後に崩れてその穴に尻から落ちるなり、片足でも突っ込もうものなら、それはもう目も当てられない悲惨な結果が待っていること請け合いだ。
俺には見える、迂闊なことをすれば迂闊な結果を招いてしまう俺の未来が。
自慢することは出来ないが、自分の運の無さを冷静に評価すればこのくらいの予想は朝飯前だ。
おっと、今はトイレの話に戻ろう。
まず検討することは、跳ね返りが返ってこない程度に深い穴を掘るか、穴自体を斜めにして反射の角度を制御するかだ。
斜めにすると雨が降ったら崩れそうな気がしたので少し深めに掘ることにした。
あれ? でも雨が降って中に水がたまってしまったら深く掘っても意味が無いような気もするな。
うーん、でも土だって水は通す筈だから時間が経てば大丈夫なのか?
まあ、野外でトイレを掘った経験なんか無いわけだし、有る程度はエラーアンドリトライですかね。
掘るための道具はそこそこの太さの枯れ枝を鉄化したものを使うことにした。
結果的に自分の手で学ぶことになってしまったが、友ちゃんの言うところの領域は、一続きの物体が対象でも領域内部と外部の境目で、はっきりと扱いが分かれてしまう。
つまり、突っ込んだ部分だけが鉄化するので、例えば枝の一部を領域に突っ込んで鉄化すると、領域の内部に断面の鋭い小さな杭の様なものが出来る。
後、やってみてわかったのだが、内部の繋がり方、構造というべきか? は変化しないみたいで、粘土で棒を作って鉄化してもらったら脆い鉄の棒になってしまった。
友ちゃんに、もっと丈夫なものを作れないかと聞いた所、物質の材質変化は出来るがそれを構造的に理解しているわけではないし直接理解する方法を友ちゃんは持っていないので、俺がその構造を理解し、それを友ちゃんに齟齬の生じない方法を見つけて教えるか、元々構造的に強靭なものを利用するかしか手が無いようだ。
友ちゃんに誤解を与えず構造を伝達しようと思っても、立体構造というものを、それまで立体を見たことも無ければ触ったことも無い相手にどう説明すれば伝わるのかが俺にはわからない。
丈夫なものを作りたければ最初からある程度丈夫な構造をしているものを利用するしか無さそうだ。
まだ見つけていないが、竹か、それに近い物でもあればそれを縦に割って領域に斜めに突っ込んで鉄化すれば小さなスコップというかヘラが出来そうな気がする。
掘っている間は他の事が出来ないので、手に持った小降りの鉄の杭で地面に穴を掘りながらそうやって色々と考えた。
とりあえず、何回も同じ場所で用を足すつもりは無いので一個あたりの穴の大きさはそれほど大きくなくても良いだろう。
掘り出した土は直ぐ傍に積んでおく。
これは、事後に埋め戻す時に使うことになる筈だ。
トイレ用の穴を掘っていたら、トイレで連想して今まで一緒に小屋に閉じ込められていた仲間達の事を思い出してしまった。
奴らは俺の事を仲間だとは思っていなかったかもしれないが、こうやって離れて思い出すとやっぱり同じ境遇を過ごした事もあり、仲間だったんだな、と思う。
一緒に居た記憶の中に良い思い出は一切無かったが、それでも兵士達に対するような怒りをあいつらに対して感じていたわけではない。
いつか自分の事に余裕が出来たらあいつらもどうにか解放できるといいな。
――解放か。
そこまで考えて、いつの間にか自分は随分と気が大きくなったものだと感じた。
友ちゃんという協力者を得ても俺の実力が上がったわけではない。
仲間達の中でも特に何の力も持たない俺が、極めて自然に上から目線でこんなことを考えてしまうとは。
まさしく今の俺は虎の威を借る狐というべきだな。
凄いのは友ちゃんであって、俺の実力では無い。
そもそも二人の協力関係は故郷へ帰るという一点で結ばれている。
それ以外のことに関しても友ちゃんが協力してくれているのは単に俺が願った事を友ちゃんがたまたま拒否しなかっただけの事だ
何をえらそうな事を考えていたんだろう。
俺だけの力では多分、兵士一人の相手も出来ないというのに。
身の丈にあった判断をしなければ又あっという間に殺される事になる筈だ。
自重しなければ。
それに良く考えてみればあいつらには俺には無い物凄い力が備わっていた。
俺が手助けなんてしなくても今頃とっくに全員逃げ出しているんじゃないだろうか?
……って、あれ?
なんだか違和感を感じる。
そうだ、思い出すと違和感しか感じない。
あいつらはあんなに凄い力を持っていたのに何故捕まった初日にその力を使って抵抗しなかったんだ?
そうだ、おかしい。
そのチャンスが無かったとか、そんなはずは無い。
初日に指揮官に反抗して殴られた奴が居たが、あいつはあの時、何も特別な力を使わなかった。
時間が経ちすぎてはっきりとは思い出せないが、力を使ったが防がれた、とかそういった感じも無かった気がする。
それに、俺が見た力はどれも体が光ったり、手の先から火の玉が出るといった見た目にも派手なものばかりだったし、見ていないものに関しても爆発や衝撃を伴うものだったように思う。
なのに、一緒に居た他の奴らにしても特に逆らわず、押さえつけられて首輪が埋め込まれるのをおとなしく受け入れていた。
もしかして順番が逆なのか?
凄い力を持っていたのではなく、首輪を埋め込まれた後から凄い力を手に入れた?
でも、その理屈だと何で俺には何の力も無かったんだ?
俺の知る限り例外なく残りの全員が力を使っていたというのに。
何かが変だ。
そういえば、あまり深く考えていなかったが「使え」という命令もおかしい。
あるか無いかわからない力をわざわざ「使え」なんて命令する物だろうか?
状況的に兵士達は、俺達に特別な力があるのが当然のものとしてその命令を使ったとしか思えない。
つまり、あの特別な力は首輪を付けられた者には当然のように備わっていないとおかしい力だったという事か?
じゃあ、その力が使えなかった俺は仲間達と一体何が違ったんだ?
同じ首輪を埋め込まれ、同じ小屋で暮らし、同じ命令に従い、同じ水を飲み、同じようにネズミと戦わせられ、俺は、俺だけの違いは……その肉を食べなかった。
いや、ネズミだけじゃない、兵士達が毎日配る謎の生肉に関しても俺だけは一度も口にしていない。
肉に関することだけは俺と仲間達は全く違う行動を取っていた。
ではまさか、肉に何か特殊な薬品か仕掛けが施されていたのか?
思考に没頭している間も体は勝手に穴を掘り続け、いつの間にかトイレ用の穴は掘り終わっていた。
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