第三十九話
やあみんな! 試行錯誤の結果、友ちゃんが水を作れるようになったよ。
のどが渇いていた俺は、大喜びで早速友ちゃんに水を作ってくれるようにお願いした。
出現地点の指定が難しかったので、今回は俺がくわえた指の場所、つまり口の中を指定する。
口の中の空間に、どういった形で水が出てくるのか分からなかったので、とりあえず大きく口を開けて舌を突き出して水を待つ俺。
大口を開けてぼけーっとしている裸の男、相当馬鹿っぽい外見だとは思うが、この際見た目にかまってはいられない。
いきなり口の中に大量の水が出現しても窒息してしまうので、最初は少量だけ作成してもらい、加減を見て量を増やしてもらうことにした。
水道みたいにじょろじょろと水が沸くならそのまま飲んでしまえばいいし、一気に塊の様な水が出てくる場合は一度に作る水の量を減らしてもらおう。
そんな事を考えていたら、俺の舌の上にとうとう念願の水が……。
勿論友ちゃんが作ってくれたのは純粋なH2O。
「あれ?……あんまり美味く……ない? というか味がしねえ」
不純物が一切無い水はあまり美味しいものではなかった。
とりあえず、飲めるだけでもありがたいので味に関して贅沢は言わないで置く。
まあ、そのうち何かいい方法を考えよう。
さて、いよいよ次は昨日の続きだ。
昨日は日没であきらめたが、今日は鉄を使った実験をしよう。
これは夢の中で思いついた素晴らしいアイデアだ。
多分巧くいくはず。
まず最初に以前座ったことのある座り心地のいい苔を探した。
材料としてあれがいいと思うんだ。
道草を食いながら、尾根をうろうろ探し回ること30分、ようやくお目当ての苔を発見した。
それを小さめの缶コーヒー程度の大きさ毟り取って手の中でこねて粘土状にする。
次に、その辺に生えてる葉っぱや木の葉の中からなるべくまっすぐで、先端に向かって鋭角に尖っているものを探す。
うーん、あんまりいい形のものが無いな……。
仕方が無い、一寸方針を変えるか。
手ごろな大きさの石を選び、それを目の前にかざして友ちゃんの半透明の黒い幕(領域)を展開してもらい、領域の中で石を鉄に変えてもらった。
その時に領域からはみ出していた部分が欠けて落ちたが、少しだったし気にする事でも無いだろう。
次に、その鉄の塊を使って落ちている拳程度の石を適当に割る。
どんな石が今回の目的に適しているのかわからなかったので本当に適当に割っていく。
何個か割っていくうちにきれいに刃物っぽく割れたものを選んで一つ拾った。
こういうの何て言うんだっけ?
石器? 石包丁?
まあ石器でいいや。
そして今度は石器を刃に見立てて持ち手の部分にさっきから手に持っていた粘土状の苔を合体させて完成。
見た目だけは果物ナイフに良く似た何かが出来上がった。
普通に考えたらこんなものに価値は無いのだが、友ちゃんが居るなら話は別だ。
さて、友ちゃん、此処で質問です。
領域内に色々な物質で出来た化合物を入れた場合、それを単一の鉄に変化させることは出来るのでしょうか?
『可能』
おお、やった。
ということは思った通り作れそうだ。
俺は、狙い通りのものが作れそうなので少し興奮して友ちゃんに領域の展開をお願いした。
そして、石器に粘土をくっつけただけの見た目は果物ナイフっぽい何かを右手に握った状態で領域に突っ込み、今突っ込んでいる物全体を一つの鉄にしてもらえるよう頼んだ。
『了解』
次の瞬間、俺の右手首から先が急に重くなり、何故か途中からポロっと外れて地面にズシンと落ちた。
は?
今何が落っこちたの?
一寸信じられなくて視線を足元に向けてみた。
そこには何故か人の手がナイフを握っている非常に精巧な造りの鉄の塊が落ちている。
友ちゃんは俺がお願いしたとおり、領域内に入っているもの全体を一つの鉄の塊にしてしまった。
勿論、俺の右手首から先も含めてだ。
あぎゃああああ!?
痛いいたいイタイいいいいぃぃぃぃ!!!!
痛い、痛すぎるっ!!!
何でこんなことに!?
切り離された手首からは当然ビュービュー血が噴出る。
鉄の塊になって地面に落ちてしまった右手首を拾いあげ、友ちゃんに元通り繋いでくれとお願いしたら
『君の記憶を検索した。
元に戻す、が理解できない。
再構成は可能。
記憶の中の映像を解析。
映像情報として右手に該当する物を発見。
構造不明。
構成物質不明。
再現不可能』
右手を鉄に変化させる直前の情報が友ちゃんの中には無いらしく、やるなら全身を作り直せと言われる。
出血で死にそうだったので、あまりやりたくなかったが俺は友ちゃんに再構成をお願いした。
……。
やっぱり昨日と同じように再構成後は変な違和感がある。
俺の中にもう一人の俺が居てこの状況に戸惑っているような、説明しづらい違和感を感じる。
それにしても、今回も明らかに指示した自分のミスなんだが、友ちゃんと俺の常識の違い、というか何が相手にとって危険なことなのか、の認識が全然理解しあえて居ない気がする。
思い返すと最初に石を鉄化した時、領域の外に有った部分が欠けて落ちるという出来事があった。
あれがヒントだったのに自分のしたい事とは直接の関係が無かったので無視した結果がこれか。
どうにかして、友ちゃんに俺の常識を一部でもいいので理解してもらえないものか……。
流石に立て続けに起こったトラブルの連続に、このままでは命の危険を感じたので、友ちゃんと脳内会議を開催した。
俺が考えている便利な能力を持った何でも出来る友ちゃん像は、あくまでも俺のイメージでしかない。
現実の友ちゃんを理解し、同じように俺の事も友ちゃんにしっかりとわかってもらわないと。
それが難しいようならせめて、俺が何かを実行する前に、その結果何か危険な出来事が起こりそうなら、あらかじめアドバイスを出して欲しい。
そう思って要望を伝えたらこんな返答が返ってきた。
『君の記憶を検索した。
一日前に伝えたとおり私には五感がない。
機能として目、鼻、耳、口、皮膚を持たない。
距離や方向の概念を持たない。
場所という概念が無い。
時間の概念が無い。
私は君と言う主観を通した上で距離と方向を知ることが出来る。
君が見た、記憶化された情報が私の知ることが出来る情報』
うーん、分かりにくい。
もう少し分かりやすいたとえとかは出来ないかな?
『君の記憶を検索した。
盲人に口頭で色、空間を教えてもそれは完全には伝わらない。
私には君と同じ肉体も概念も備わっていない。
現在の会話は君の記憶と入出力インターフェイスをエネルギー的に解析した結果偶然成立しているものである。
君の肉体が、現在どういう状態なのかを私は理解していない。
危険という概念が理解できない。
君の肉体は常に変動している。
危険と変動の違いが理解できない』
分かりやすく言ってもらえるようにお願いしたら余計分からない回答が返って来た……。
うーん、無理やり翻訳するなら、俺は生きている限り変化するから、それが危険によっての変化なのか、通常の状態なのかが友ちゃんには分からない、と。
ついでに、俺が思うような「これは危険だ」と感じる漠然とした可能性を友ちゃんはそもそも理解が出来ないってことなのか?
でも、それだと友ちゃんは言われたことは例え結果がどうなろうと気にせずやってしまうってことだよな。
その結果に俺の死が含まれていようが、さっきみたいに体の一部が鉄の塊に変化してもそれが危険だとは分からないからアドバイスも出来ないし止めることも無い。
つまりそんな感じの解釈でいいのか?
『その解釈で概ね合っている』
げぇ……。
それって、ボタン押したらその機能どおりの動作はするけど、押す側が何が起きるか理解してない場合、仮に自爆スイッチを押しても何の警告もなく爆発するってことだよね。
そして友ちゃんに関する操作マニュアルが俺の手元には存在しないから、押してはいけないスイッチが分からない。
性能的に便利だからといって使っていたら、いつのまにか自分の墓穴を掘っていたとかそんな落ちしか待っていないような気がしますが……。
話せば話すほど、厄介な相手と手を組むことになってしまった気しかしない。
一番の問題は、友ちゃんの能力が俺には凄く魅力的に見えてしまう事だろう。
――後は、なまじ会話が成立する所為で、相手が自分のことを理解してくれているような気に俺が勝手になってしまう事か。
物語に出てくる悪魔を前にした人間の心境はこういう感じなんだろうか?
お願いすれば何でも叶えてくれる、そんな存在が直ぐそばに居たとして、自分が追い詰められている状況でお願いしないで居られる人間はどれだけ居るのだろう?
俺は今の状況で友ちゃんに頼らずに生きていける自信が無い。
それならば、どうにか無理の無い範囲で友ちゃんに上手な指示を出す方法を模索しなければいけない。
俺の前途はまだまだ多難そうだ。
誤字脱字、文法表現での間違い等ありましたらお知らせいただけるとありがたいです。




