第三十八話
朝、目が覚めて最初にしたことは、友ちゃんへの朝の挨拶と、寝ている間に口の中に入っていた髪の毛を吐き出す事、後は体中に纏わり付いている髪の毛を払い落とすことだった。
昨日まで感じていた、自分の中にもう一人自分が居る様な不思議な違和感は、一晩寝たおかげか、もうすっかり消えている。
やはり、疲れていたのが原因だったのだろう。
それにしても、昨日から水を飲んでいない所為でいい加減喉が渇いた。
今日はこの場所を離れて、まずは水を探しに行こうと思う。
川の位置は分からないが、人が住んでいるんだ、きっと川くらいはある筈だ。
と、そこまで考えて大変な事に気が付いてしまった。
兵士達は魔法か何かで大量に水を作り出していたよな……。
奴らに飲料水のための水源が必要だったとは思えない。
いや、山があって木が生えているんだ、地中に水が無いなんてことはありえないだろう?
自信は無いが、探せば川くらいきっとあるはずだ。多分。
あれ?
そういえば此処に浚われてから5日は経ってるが、その間一度も雨が降っていない気がする。
雨ってそんなに降らないものなんだろうか?
くそ、専門知識が無いから判断できない。
もしかすると俺が小屋で寝ている間に雨が降っていた可能性もある。
とりあえず、今は川を探そう。
この場所を離れると決めて立ち上がり、今まで寝ていた場所を振り返ると気持ちの悪いものが見えた。
寝床に使った大量の毛髪。
これは回収する方法もないし、集めても使い道を思いつかない。
岩のくぼみにびっしりと押し込まれた大量の毛髪はこのまま放置していくことにしよう。
しかし、やばいくらい気持ちの悪い光景だな、これ。
のろわれそう。
誰か知らない人が発見したら何の跡だと思うんだろうな?
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
さっきまで寝ていた岩場から、尾根の斜面側に移動し、斜面をゆっくりと下る。
しかし、数歩も行かないうちに落ち葉に埋まった枯れ枝が俺の行動を阻害した。
落ち葉、まあ腐葉土的なものだと思って欲しい、これを踏むと俺の体重分足が素直に沈むんだが、その際腐葉土の中に埋まっている枯れ枝が俺の足に刺さって痛いし、柔らかすぎて踏ん張れないので斜面を転げ落ちそうになる。
一旦岩場に戻り、髪の毛で出来た寝床の上に腰を下ろす。
裸でこんな暮らしをしていると誰がどう見ても原始人だよなあ。
と、一瞬関係ないことを考えてしまった。
やっぱり靴が無いと山の中に入るのは無謀だな……。
出来れば直ぐにでも水が欲しいが、足を怪我したり、傷口から破傷風になっても困るので先に靴を作ろう。
しかし、どうやって作るか……。
出来れば履き心地の良い靴を作りたい。
水が欲しいのに靴が無いと探索も出来ない、何かをしようとすると別の問題が発生する。
ままならないな……。
地面に散らばっている髪の毛を弄りながら良い方法が無いか考える。
水の見本があればこの髪の毛みたいに複製してもらえるのにな。
うん? 水の見本。
あ、思いついた。
なあ、友ちゃん。
俺の唾液を分析してみてくれないかな。
『君の記憶を検索した。
唾液に関する情報を取得した。
分析対象を提示せよ』
あ、唾液は俺の口の中にあるんだが、それを直接調べることは出来ないのかな?
『私に距離や方向の概念はない。
口の中が理解できない』
うーむ、又このやり取りか。
これもどうにか簡単に出来ないか考えないとな。
あ、そうだ。
昨日右手の指先を友ちゃんに分かるようにしてもらったのと同じことをしてもらえるか?
『君の記憶を検索した。
該当事例を確認』
返事の後、おなじみの半透明の黒い幕が目の前に出現する。
それに昨日と同じように指先だけで触れて「触れた」と合図した。
これで、準備は完了だ。
友ちゃんは今俺の指先を理解してるよな?
『一連のやり取りから質問の意図を推察。
その認識には齟齬がある。
移植展開された私の一部を認識している』
うん、まあそうなんだけどね。
このやり取りの後、どうにか右手の指先というものを友ちゃんに認識してもらい、俺の指とその周囲の空気との区別を理解してもらった。
つまり、指と空気以外のものが指先に触れればそれを分析してもらえるという流れを作ったわけだ。
じゃあ、この右手の指先にこれから別の物質を付着させるので、それの成分分析をして多いものから二つの結果を教えてくれ。
『了解』
さっそく俺は人差し指をくわえてしゃぶった。
……。
見てくれよ、いい年をした裸の大人が、野外で指をくわえてしゃぶってるんだぜ。
どうよ、このシチュエーション……自分で考えて泣けてきたぞ。
何が一番に出るか分からなかったのでとりあえず分析結果を待つ。
結果は陽子数1の水素と陽子数8の酸素が出てきた。
素でボケていたが、友ちゃんが液体と気体を別物として認識してくれていて助かった。
考えてみれば大気中にも当然水分子は存在していたんだから、下手すると除外されていた可能性があったよな。
まあ、結果オーライということで酸素と水素が結合しているH2Oをパターンとして記録してもらう。
そして、髪の毛の時と同じように水を作ってもらおう、と思ったのだが、ここで一つ大きな問題が発生した。
化学畑の人間じゃない俺は、はるか昔に学校で習ったモルのことなんかもう完全に覚えていない。
記憶の中におぼろげに、モルとかアボガドロ定数という言葉自体は残っているが、具体的な内容はもう完全に忘れてしまっている。
困った、水分子を一体何個作ってもらえば飲料水として適量なんだ?
例えば100mlの水は何モルなんだ?
ぐぬぬ……。
必死になって過去の記憶を漁ると、何とか掛ける10の23乗とかいう数値がうっすらと残っていたので、莫大な数が必要になることがなんとなく想像が付いた。
これは、髪の毛のときと同じで少しずつ量を増やして実験するしかないのか……。
くそう、こんなことなら化学をもっときちんと勉強しておくべきだった……ってこんな未来予想しようが無いわ!!!!
試行錯誤の結果、結局一番の壁は化学ではなく、俺が知っている数の単位が京までだったという落ちがついた。
仕方が無いので友ちゃんに時間をかけて、べき乗を説明するはめになる。
まさか水を飲むためにこんな手間が必要になるとはな……。
友ちゃんの場合、一回理解したら後は俺の記憶から検索が出来るそうなので、二回目以降の説明の手間が必要ないのはありがたいが、友ちゃんの常識と俺の常識は相当違うようだ。
こういった常識の違いが原因で後々トラブルが起きなければ良いんだが……なんだか先行きが不安になった。
誤字脱字、文法表現での間違い等ありましたらお知らせいただけるとありがたいです。




