第三十七話
しばらく探し回ることになってしまったが、俺は捨てたフックを無事発見し、回収することに成功した。
これが何という金属なのか俺には種類がわからないが、金属には違いない。
これを金属の見本として早速、友ちゃんに分析してもらおう。
友ちゃんに分析を依頼し、さっきも見た半透明の黒い幕を出してもらい、その中にフックを突っ込む。
『分析開始。
君の記憶を検索した。
同位体、酸化物、希少物質は除外。
陽子数6、炭素
陽子数14、ケイ素
陽子数15、リン
陽子数16、硫黄
陽子数25、マンガン
陽子数26、鉄
構成物質中の代表的な核種は以上。
記憶情報内の鉄と呼ばれる金属に条件が合致。
結合状態のサンプルパターンを取得。
完了』
おー。どうやら俺達は鉄を手に入れたようだ。
分析済みのフックは今度こそ用無しになったので捨てる事にした。
嫌な思い出しかないもんな。
何処に捨てても一緒だったが、近くに有るのも嫌だったし、俺が捕まっていた施設のあるほうへと思いっきり投げる。
勢いよく投げられたフックは、くるくる回りながら木々の向こうへ飛び去っていった。
特に何の意味も無い行動だったが、少しだけ気持ちがすっとする。
よし、これで鉄に関しては友ちゃんさえ居れば今後は作ってもらえる筈だ。
そうやって色々しているうちに、いつの間にかだいぶ日が傾いていた。
出来れば鉄に関して物質変換を試してみたかったが、残念ながらもう時間切れのようだ。
実は、いろいろ有って浮かれていた所為で今日寝る場所もまだ用意していない。
これまでは不本意ながら寝る場所は用意されていたので、その習慣が俺を油断させたみたいだ。
完全に日が落ちる前にどこか良い場所を見つけて確保しなければ。
実際、昨日の夜のように、謎の襲撃者がこの近辺を今もうろついて居ないとは限らない。
それにここは山の中だ、夜行性の野生動物だって居るだろう。
……あれ?
そういえばここに浚われてきて以来、全然動物らしい動物を見ていない。
犬や猫どころか鳥すら一度も見ていないことに今更だが気が付いた。
これまでに唯一見たのが巨大なドブネズミだけと言うのは流石にどう考えてもおかしいだろう?
今まで殆ど監禁されていたような状態だったから、その所為で偶々見る機会が無かっただけかもしれないが、空を飛ぶ小鳥すら見てい無いのはどういうことだ?
なんだか凄くおかしな場所だな、ここは。
あ、いかん、時間が無いのにまた思考が脱線してしまった。
今は急いで寝床の確保をしなければ。
俺は自衛能力を持たないただの一般人だから、襲われれば多分昨日と同じ結末が待っているだろう。
そう何度もだまって殺されてやるつもりは無いが、今のままでは何の抵抗も出来ない。
あ、待てよ。
選びたくは無いが自爆覚悟なら命と引き換えに反撃できないことも無いか。
って……いやいや、この考えはおかしい。
助かるための手段が自分を殺すことになるとか本末転倒もいいところだ。
俺も大概疲れているみたいだ、アホな思考が浮かんでしまった。
それに、なるべくなら争い自体を避けたいよな。
俺は、自分で言うのもなんだが、日本で平和に生きてきた一般人だ。
命のやり取りなんてこれまで一度もしたことがないし、したいとも思わない。
殺すのも殺されるのもどっちも勘弁してほしい処だ。
しかしここには昨日みたいに明確にこちらを殺しにくる相手もいるんだよな。
そういう相手に対しては何らかの自衛手段が欲しいのも確かではある。
せめて相手を無力化できるような何かが欲しいな。
鉄も作れるようになったはずだし、明日以降の予定にはそれも含めておこう。
寝床の確保をするために山の中をうろうろとしていたら案の定足が痛くなってきた。
日はますます傾き、気温も下がって肌寒い。
そもそもサバイバル経験もないし知識も無いのでどういう場所が山の中で安全なのかも判断が付かないしな。
こういう時はどうしたらいいんだろう?
快適さまでは望まないので、とりあえず、寝られる場所だけでも確保して腰を落ち着けたい。
尾根を少し登っていくと大きな岩があり、その下がひさしのようになっていて隙間が出来ている場所があった。
かなり暗くなってきていたので、もう、ここでいいやと岩の下の隙間に体をねじ込む。
……
物凄く寒かった。
岩の下、半端ねえー!!
余りに寒くて我慢できず、岩の下から這い出す。
こんなところで寝てたら明日の朝までに凍死するか風邪引くよ!
ああ、こんな時、せめて毛布だけでもあればなぁ。
毛布、漢字で書けば「毛」と「布」……。
あ! そういえば毛なら有るじゃないか。
丁度良い実験にもなると思い、頭から長めの毛を一本選び、ぷちんと千切る。
友ちゃん、物体の複製は可能なのか?
『可能』
なら、複製して欲しいものがあるので分析後複製をお願いします。
『了解』
鉄の時と同じ手順で髪の毛を分析してもらう。
ただし、今回は組成が知りたいわけでも分析結果が知りたいわけでもなかったのでいきなり複製を作ってもらうことにした。
とりあえず、同じものを10万個作ってみて欲しいんだが可能だろうか?
『可能』
作成場所は分析を依頼した場所にお願いしたいんだが出来るか?
『可能』
じゃあ、作ってくれ。
『作成開始』
そして自分でも適当な数量を言ってみただけだったので、一体どれだけ大量の髪の毛が沸いて出るのかと一寸ドキドキする。
友ちゃんには空間把握能力が無いので物を頼むときはかなり面倒な手順が必要になる。
この辺も明日以降の課題だな。
髪の毛が俺の目の前の空間からにゅるにゅると沸いて出ては地面に落ちていく。
偶々岩陰に居たおかげで風がなくてよかったが、今度何かを頼むときはその辺りも注意したほうがよさそうだ。
しかし、この光景は気持ち悪いな……なんのホラー映画だよ。
真っ黒い髪の毛が蛇口をひねって流れ出す水のようにぞろぞろと零れ落ちる。
『完了』
あ、終わったみたいだ。
さて、どのくらい……と、足元に散らばっている髪の毛をかき集めて量を確認したら10万本もあるはずなのに両手で普通に持てる位しかなかった。
なんというか、カツラ一個分くらい?
髪の毛ってボリューム少な!
結局友ちゃんに追加で200万本の髪の毛を作ってもらい、それを岩の下の隙間に敷き詰めて寝床にした。
自分の髪の毛を寝床に使って寝るとか初めての体験だ。
一寸見た目が気持ち悪いのを我慢すれば寒さは凌げる。
しかし髪の毛の寝床はちくちくとして余り気持ちのいいものではなかった。
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