第三十四話
謎の声が言うには、会話にいちいち声を出す必要は無く、俺が頭の中で考えたことを勝手に読み取って返事をしてくれるそうだ。
そうですか、つまり俺の頭の中は丸裸って訳ですか。
今までは体だけ裸だったのが、今度は頭の中まで裸なのか……。
声を出さないでも会話ができると言うのはなんとなく兵士達が使っていた命令に通じるものを感じて不安だが、今それに不満を申し立てても良いことはなさそうだ。
なにせここに来てから唯一の話し相手だ。
ある程度は我慢しよう。
気を取り直して早速、一番聞きたかったことを聞いてみる。
――お前は誰だ?
『君の記憶を検索した。
私と君は違う存在だ』
それは当然そうだろう。
そうじゃないとしたら俺は脳内友達の居る、独り言が得意な頭の残念な人になってしまうじゃないか。
いや、俺が聞きたいのはそういうことじゃない。
お前の名前やプロフィールを聞きたいんだ。
『君の記憶を検索した。
名前と言う概念は興味深い。
私に名前は無い。
群れの中でエネルギー順位を平滑化する際、互いのエネルギー順位を情報として交換することが意識を発生させた。
君に限定した場合、私は君の脳内ネットワークと重なる形でエネルギー変動の観察と記録を行っていた』
後半何を言っているのか意味がわからなかったが、そうか名前が無いのか……。
なんて呼べばいいんだろうな。
今まではどうやって呼ばれていたんだ?
『群れの中に居る限り互いの同期は取られている。
名前は必要ない』
よくわからん回答だな。
うーん、頭の中で考えれば通じると言うことだし、無理に名前を呼ぶ必要も無いのか?
じゃあ、次の質問なんだがどうして俺を生き返らせてくれたんだ?
『群れに帰る手段を模索してほしい。
群れは君が5日前と呼んでいる記憶にある』
……意味がわからないんだが。
5日前と呼んでいる記憶っていうのは何のことだ?
過去に戻る方法なんて俺は知らないぞ?
『君の記憶を検索した。
私に時間の概念は無い。
君の記憶を元に時間を判断することが可能になった。
君の主観時間を基準に以降の会話を行う。
5日前まで君が居たところへ帰ることが出来ればそこは私の群れだ』
つまり、今居るこの場所は自分の場所じゃないから帰りたいってことでいいのか?
『肯定。
私は群れに帰り体験を伝えたい。
そこは私と同じプロトコルを使用したネットワークで構成されている。
ここは私を消滅させる可能性がある』
帰りたい、か。
俺だって家に帰りたい。
よくわからんがお互い協力できることは協力しよう。
ところでお前は何が出来るんだ?
『君の記憶を検索した。
私は君たちがエネルギーと呼ぶ物を高いところから低いところへ移動させる事を得意とする。
その逆も可能だが得意ではない。
エネルギーを君たちが物質と呼ぶ安定した状態に変化させることが出来る。
物質をエネルギーの状態に変化させることが出来る。
私は私の変異した複製を作成できる』
え?
えーっと。
エネルギーを物質に変換できるってことはあれだよな。
……錬金術みたいなことが出来るってことか?
それも好き勝手に物質変換が出来てエネルギーも使い放題?
なんだそりゃ、無茶苦茶じゃないか。
つまりそれって、その気になれば何でも出来そうに聞こえるんですが……。
『保持しているエネルギーを利用して初動を起こすので出来ることに制限がある。
時間当たりの処理量に限界がある』
時間さえあれば何でも出来るっていってるのと一緒じゃないか!
うーん、こいつは俺とは全然違う生き物なんだな……。
あれ? というか、こいつは本当に生き物なのか?
『君の記憶を検索した。
生き物という概念は理解できない。
私は死んだことが無い。
群れで死んだ経験を持つものも居ない。
死という概念は理解できない。
死ぬことが生き物の定義だとするなら私は生き物ではない』
俺だって死んだ事は無い……いや、あったわ。
そうだ、俺、昨日死んだ、死んだよ。
あんまり突拍子も無いことが続いたせいでうっかり忘れてたよ。
いやー、そういや死んでたわ。
はっはっは。
笑えねえよ!!!
はぁ……。
それにしても、死が理解できないってどういうことだ。
俺の死は理解できていたように思うんだが違うんだろうか?
それと、死なない、つまり不死ってことなのか……?
なんで俺とそんな奴が会話してるんだろう。
お前は神か、悪魔とかそういった何かなのか?
『君の記憶を検索した。
確認されていない概念のみの存在と比較されても証明する方法が無い』
そろそろ頭がパンクしそうだ。
とりあえず今は後一個だけ教えてくれ。
俺がお前に協力できることってあるのか?
お前だけで何でも出来そうに感じるんだが。
話し聞いた感じ、正直俺いらないだろ?
『君の記憶を検索した。
私には五感がない。
機能として目、鼻、耳、口、皮膚を持たない。
距離や方向の概念を持たない。
場所という概念が無い。
時間の概念が無い。
元居た場所がわからない』
うーん、ここまでの話を纏めてみよう。
……。
つまり、俺はお前の五感の代わりをして、帰る場所のわからない方向音痴なお前を無事家まで送り届ける代わりに、それまではお互いできることは協力しましょうという話でいいのか?
『その解釈で概ね合っている』
――この時から、何でも出来るのに何も出来ない不思議な存在と、何処にでも居る「生き返った」一般人で裸な俺との奇妙な冒険が始まった。
誤字脱字、文法表現での間違い等ありましたらお知らせいただけるとありがたいです。




