第三十三話
……おかしい。
何もかもがおかしい。
俺の記憶の中では、5日前に俺は知らない場所へ裸で(裸同然という言葉があるが、俺の場合本当の意味で裸だった)連れてこられた。
そして、そこで常識ではありえない様な最低の境遇で日々を過ごし、昨日その仕上げとばかりに悲惨な死に方をした……はずだった。
だよな?
俺、確かに死んだと思うんだが……。
それとも俺の記憶の方が間違っているのだろうか?
そもそも俺の記憶では体中にひどい怪我を負っていたはずだが、今俺の体には傷どころか痛む所すらない。
やっぱり何かがおかしい。
それとも今が夢なのか?
それにしては何もかもがやけにリアルだ。
記憶の中と一緒なのは俺が裸であるという部分と、視界に謎の数値が表示されていること、周囲の景色が最後に見た尾根とよく似ていること位か。
わからん、それとさっきから考え事をするたびに頭の中で火花が散る。
更に今度は耳鳴りのおまけつきだ。
『**』
寝起きに色々考えすぎた所為だろうか?
ふぅ、少し休むか。
そういえば、さっきから気になっているんだが、一寸離れたところにあるあの四角い物は何だ?
混乱した頭を休ませるために、一旦体を動かして別のことをしようと思い、四角い何かに近づいてみた。
これが夢の中の出来事なら、俺の想像以上の出来事は起こらないだろうし、現実なら状況の把握は早めにしておきたい。
つまり、どちらにしろ気になるものは調べておいたほうが良いって事だ。
『**』
しかし、俺の決断は余り良い結果を生まなかった。
というのも、四角い何かへ後1m位の距離に近づいてわかったのだが、酷い匂いがそこから漂ってくる。
昔、散歩をしていたときに農道脇で死んでいた野良犬の死体の匂いを思い出す。
こっちのほうがもっと強烈かもしれない。
思わず吐きそうになった。
その場にとどまって居られず、距離をとったが、鼻の中に匂いが残ってしまったようでまだ臭い。
腐敗臭に間違いないと思うが、これは酷い。
この四角い何かは中に腐った死体の入った箱なのだろうか?
ただ、どこにも開け口の様なものは見え無い。
もしかすると死体に上から箱をかぶせているのかも知れないが、開けると今でも酷い匂いがもっと強烈になる予感しかしないのでもうあれは放置しておこう。
とりあえず見てわかったことは、箱の四隅に歪な隙間がある事と、匂いはそこから漏れ出しているんだろうって事位だ。
隙間からだと中身は影になっていて見えなかった。
『**』
嫌な確認方法になったが、あの強烈な匂いは今が夢じゃないと俺に確信を与えてくれた。
じゃあ、今日までの記憶のほうが間違っているんだろうか?
何処にも怪我の無い自分の体を確かめてしまうと今までの自分の記憶を信じていいのか段々自信がなくなってきた。
あれはもしかすると予知夢とかいうやつだったんだろうか?
あんな最低な未来が俺には待っているとか、考えたくないな。
目が覚めてある程度時間がたったのでようやく頭も少しは回るようになってきた。
いつのまにか右手に何かを持っていたので何気なく視界に入れると、これは……フック?
フック……逆さまに吊るされた男……恐ろしい映像が次々と脳裏に浮かび、思わずフックを捨ててしまう。
あれは、いや、でも夢だったんじゃないのか?
『**』
しかし、考えるたびに頭の中で火花が散るのはなんでだろう?
まるで誰かが俺の考えていることに相槌でも打つようなタイミングで頭の中で火花が散る。
何か大事なことを忘れているようなもどかしい気分だ。
そのことに違和感を感じ、顎に手をやって髭を触ろうとしたら髭がなかった。
ああ、やっぱり今日までの出来事は夢だったんだな……。
「って、んなわけあるかああああああああああっ!!!!」
思わず自分に突っ込みを入れてしまった。
じゃあ、この視界に映る変な数値は何だ?
そもそも俺はなぜ裸で記憶にある死んだ場所に寝ていた?
うー、わけがわからなすぎる。
頭を両手でガリガリかきむしりながらもだえてしまった。
また頭の中で火花が散る。
『**』
そういえば、こんな感覚をつい最近もどこかで経験したような気がする。
あれは何処だったろう。
何だか凄く寂しい場所で似たような経験をしたような気がする。
寂しい場所……夢の中の記憶?
そうだ、夢の中で似たようなことがあったんだ。
確か夢の中でも俺は死んでいた。
そこで何度も頭の中で火花が散った後、変な声を聞いたんだ。
生きるか死ぬか選べとか言っていたような?
その瞬間頭の中で沢山の火花が散った。
『接続』
そしてその瞬間、今まで耳鳴りだと思っていた音が何者かの声だと「理解」した。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
不思議な声はうまく喋ることが出来ないみたいなので内容を理解するのに結構な時間を必要としてしまった。
基本的に俺のほうから想像した内容を問いかけて「肯定」とか「否定」とか相槌を返してもらう形でしか会話が進まないので本当に面倒くさかった。
朝から話し始めて今は昼くらいだろうか。
途中、食べるための草を集めたり水を探したりで時間を食ったが、残念ながら水は手に入らなかったので汁気の多い植物をかじって喉の渇きをごまかしている。
現在の場所は目覚めた場所が腐敗臭の発生源に近かったので、尾根を少し登り最初に見つけた座りやすそうな岩の上だ。
俺の気が狂って幻聴を聞いているのでなければ声の主が語った内容はこんな感じだった。
――俺はやはり一度死んで、再び作り直されたらしい。
怪我が無くなっていたのと、自分でも死んだ記憶があったので、その辺に関して何度も問いを重ねることによりどうにかそういった結論を得た。
聞いてみると、俺が死んだときに俺は声の主によって一旦分解され、その後俺がここに現れた瞬間の体と同じものを作ったらしい。
これって、生き物をミキサーに入れて粉々にした後、もう一度繋ぎ合わせて生きている状態にしたって言ってるのと変わらんよね?
少なくとも俺の常識ではそんなことは出来るはずはないんだが、まあここで出来る出来ないを問答しても意味が無いのでそれはもうそういうものだと流してしまおう。
ちなみに、声の主は俺の脳内の隙間に間借りするような形で元々居たそうだ。
これを知った瞬間、お前は都市伝説にある「耳から入ったゴキブリの幼虫が脳を食いながら成虫になった話のゴキブリか!」と言ってやりたくなったがいちいち突っ込んでいたら話が進まないのでやめておく。
いつから居たのかを聞いても要領を得ない回答しか帰ってこなかったのでこの件も保留しておこう。
というか、こちらから問いかけ続けるのは非常に大変なのでどうにかならないものだろうか?
こちらからの質問に答えることが出来るのだからある程度会話も理解しているはずだが自分から話すことが無いのでやりにくくて仕様が無い。
「なあ、俺ばっかり話すんじゃなくてそっちが話すことは出来ないのか?」
ためしにそう聞いてみると意外な回答が帰ってきた。
『可能……入出力……解析中……接続……仲介』
意味はわからないが話せるらしい。
しばらくそのまま我慢して会話を続けていたら、唐突に
『入出力の解析が終了した。
私の記憶野に格納されているこれまで収集した君のエネルギー情報を記憶として検索可能になった。
君の会話インターフェイスと知識を利用して双方向通話が可能になった』
と訳のわからない返答が帰ってきた。
つまりどういうことやねん?
『つまり、君が知識として知っていることを私の知識を説明するために利用することが可能になった』
とのことだ。
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