第三十二話
今、俺は眠くて仕方が無いときに無理に考え事をしているような不快な感覚を味わっている。
誰でも経験はあると思うが、だるいような何もかも投げ出したいようなそんな感覚だ。
しかも身動きが取れないし体の感覚も無い。
だが、酷く頭の回転は鈍いが考えることは出来る。
これが、死ぬという事なのか……。
最後に刺された時、思ったほど痛みを感じなかった。
まあ、あまりにダメージが酷いと脳が麻薬を出すと聞いた事があるしこんな物なのかもな。
そういえば死ぬ時に走馬灯を見ると聞いたが、俺の場合は真っ暗な空間を眺める事になったようだ。
これも走馬灯って言ってもいいのだろうか?
それともこれから見られるのかな?
それにしても最低の数日間だった。
次に目が覚めたら今までが夢だったという落ちなら大歓迎だな。
……。
長い時間が経ったような気がする。
いつまでこの状態なんだろう?
とっくに死んでいてもおかしく無い時間が経過しているように感じる。
でも、俺はまだ意識がある。
意識はあるが、真っ暗で、ほんの少し先も見えない。
最後の瞬間の記憶は残っていたので、死んだという自覚はある。
という事は、もしかしてもう死んでしまっているのか?
人間、死んだ後でも物を考える事が出来るんだな。
誰にも伝える事は出来そうに無いが、新しい発見だ。
印象としては、土の中に埋まっているような、小さい箱の中に折りたたまれて詰め込まれて身動きが取れないような不思議な感覚だ。
しかし、窮屈さや息苦しさとかは無い。
変化する物がないので時間の感覚が狂っていく。
死んでから一分なのか一時間なのか一年なのか全くわからない。
ただ、何も無い空間に一人。
音も光も自分の体すらない。
寂しい。
まさかこれからずっとこの何も無い黒い空間で俺は存在し続けるのか?
これが地獄という奴だろうか、皮膚感覚も無いし、瞬きすら出来ている気がしない。
死んで肉体を失ってしまったのか、考える事以外の一切が出来ない。
狂いそうな孤独を感じる。
こんなところは嫌だ。
何でもいいから変化が欲しい。
今、自分に体が有ったら爪で全身を掻き毟っていただろう。
「**」
その時、耳鳴りのような、雑音のような音が聞こえた気がした。
変化の無かった世界に現れた変化に俺は喜んで飛びついた。
動かせる体が無かったので、それに意識を集中したというべきか。
真っ暗な闇の中、何かの音が聞こえる。
いや、耳が有るのかどうかも分からない今の俺にはそれが本当に音なのかも分からないので、音のように感じるというべきだろうか?
「***」
その音に集中していると、時折頭の中に小さな火花が散るような感覚がある。
これは何だろう?
「**」
音に集中し、頭の中で火花が散るたびに少しずつその音が何かの問いかけであると思えてきた。
変化の無い世界に、とうとう自分も狂ってきたのかもしれない。
だが、この音に縋る以外ここでは出来る事が無い。
「**」
この音は何だろう?
音楽なのか、生き物の鳴き声なのか、単に物体が擦れあっている音なのか。
それとも、さっき考えたように誰かの声なんだろうか?
「***」
3つの音を繰り返し繰り返し送ってきている。
「**」
それが本当に言葉なのか、それとも単なる音なのか理解出来なかったが、変化の無かった世界に気が狂いそうになっていた俺には、その音が聞こえるだけでただただ嬉しかった。
長く聞いているうちに、その音が俺に向けて、何らかの確認を促している気がしてきた。
暫く根気強く声に耳を傾けてどうにか聞き取ろうと努力をしてみる。
「**」
出来る事ならば、語りかけてくる相手のほうに向き直って、もっとしっかりとその言葉を聴きたい。
「***」
だが、振り向こうにも、有るのかどうかわからない俺の体は相変わらず動いてくれない。
「**」
相変わらず相手が何を言っているのかわからない。
だが、不思議なことに頭の中で火花が散れば散るほど少しずつ理解できるようになっていく。
「**」
「***」
「**」
何度も何度も繰り返される問いかけを、どれくらいの時間聞いていたのだろう?
いつの間にか、相手が話している言葉が何となく理解できるようになっていた。
意味のある言葉を聴けるのがこんなに幸せだとは思わなかった。
「問い」
「生きる」
「死ぬ」
声は、この3つの単語を延々と繰り返して居たようだ。
相手が誰かは知らないが俺に生きるか死ぬかの選択をさせてくれるらしい。
でも、俺は既に死んでいると自覚しているのだが。
……すると、生き返るかと聞いているのだろうか?
話しかけてくる相手が何を考えてこんな質問をしているのかはわからないが、答える事によるデメリットも特に思いつかないし、何より今の俺には声に答える他に出来る事も無い。
しかし、生き返ったとしてもまた最低な日々を過ごすくらいならいっそここで死ぬ事を選んだ方がいいのだろうか?
暫くどう答えるかを悩んでいたら、今度は暗闇の中に映像が浮かんできた。
一つはどこまでも吸い込まれそうな渦。
もう一つは懐かしい俺の部屋。
俺は衝動に突き動かされるように選択をした。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
……?
まぶたの向こうが眩しい。
ゆっくりと目を開けると空が見えた。
ここ最近良く見ているなじみの無い空だ。
なんだか頭がぼーっとしている。
休日に寝すぎたら丁度こんな感じだろう。
視界の端には見慣れた意味不明な数値と、黒々とした木々の葉と空を漂う雲が見える。
「あれ……?」
俺はあたりを見回そうとしたが、うまく頭を動かせない。
すっぽりと柔らかい何かにはまり込んでいるような感じだ。
「どこだここ?」
その時、頭の中で何か火花が散った気がした。
驚いて起き上がったら、おかしな光景が目に入る。
俺が起き上がった場所には何故か、昭和のアニメのように地面に人型の窪みがあり、まるで今まで俺が地面に埋まっていたみたいに見えた。
痛て。考えごとをすると、また頭の中で火花が散った。
「なんだこりゃ?」
周囲には誰も居ない。
一寸離れた場所に人が一人隠れられそうな四角い何かがある。
何だあれ?
地面には、何かを引きずったような跡と黒く固まった何かの染みが何箇所もあった。
ついでに何故か俺の近くには何かの残骸が散らばっている。
残骸の中にはどこか見覚えのあるフックが混じっていた。
無意識に右手で落ちていたフックを拾い上げ、裏返したり色々な角度で眺めていて気付く。
あまりにも普通に起き上がれたので、今まで気が付かなかったが、大怪我をしていたはずの体がすっかり治っていた。
それにしても、さっきから何故か考え事をするたびに頭の中で火花が散る。
おかしい事は他にもあった。
いや、これが一番おかしい出来事だろう。
無意識に考えないように避けていたが
……何で俺は生きてるんだ?
――この場所は俺が死んだはずの尾根だった。
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