第三十話
動き出した大八車は振動がしゃれにならん。
サスペンションも何も無いただの木の車輪から直に路面のでこぼこが振動として伝わってくる。
せめて荷台にクッションでもあれば又違うんだろうが当然そんなものは用意されていない。
まあ、この施設の中を一寸移動するくらいなら我慢できるだろう。
左足と背中で大八車に体を押し付けて、振動で振り落とされないように踏ん張る。
左手は胸を刺された奴が振り落とされないように掴んでいる。
さっき俺は赤毛に助けてもらった、恩返しという訳じゃないが今度は俺が少しでも誰かを助けたい。
もう少しだ。
そう思っていた俺は甘かった。
何故か大八車は最初に入ってきた斜面側の扉をくぐり、昼間下ってきた山の斜面を俺達を乗せて登っていこうとする。
今居る施設の中に病院は無いのか……。
乗せられているだけの俺にはわからないが、引いている3人にとってこれは地獄だろう。
ただでさえ片腕しか使えないのに、治療もしてもらえず重量物の運搬。
見れば足を踏み出すたびに全身に力が入る所為か、傷口から血が流れ出している。
運ばれているだけという今の立場に罪悪感を感じるが、足をやられているので降りて後ろから押す事も出来ない。
速度が出せるはずも無いとわかってはいるが瀕死の重傷者の為にも頑張って欲しい。
胸を刺された奴は小刻みに震えていて素人目で見ても非常に危険な状態に思える。
一緒に居る兵士達はただ付いてきただけなのか全く手伝いもしない。
真っ暗な中明かりも無く山道を大八車に乗せられて登る。
まるでホラー映画のように異常なシチュエーションだ。
山道を歩いている時邪魔に思った轍は、今俺が乗せられている大八車のものみたいだ。
轍に車輪が乗っているのだろう、まっすぐ進むときは比較的スムーズに行くのだが、山道は勾配を緩やかにする目的なのかジグザグになっている。
切り替えしをする時は物凄くゆれるし、引いている人間の負担も物凄そうだ。
俺も荷台の傾斜と振動で自分と胸を刺された奴が振り落とされないようにするのに必死だった。
それにしても、いくら命令が出ているからとはいえ、3人を乗せた大八車を片腕しか使えない怪我人3人で引いているにしてはよく登っていると思う。
どうにか尾根まで登った時にはもう完全に日は沈み、辺りは星明りしか光源の無い状態だった。
気温も下がってきているので怪我をしている身には厳しい。
逆に大八車を引いていた3人は激しい運動を続けていた所為か体中から湯気を出している。
疲労も相当なものだろう。
どうやらここで一旦休憩するようだが、胸を刺された奴の容態が心配だ。
みんなの休憩に合わせて、俺もここまで振り落とされないように突っ張っていた体を休めることにした。
大八車を引いてきた3人は少し離れたところで各々腰を下ろしてくつろいでいる。
ここで意外な出来事が起きた。
いままで何もせずにただ付いて歩いていた二人の兵士達が大八車の方にやってきて胸を刺された奴の背中に手を回し、上半身を起こしてやっている。
もしかすると彼らなりに容態を心配していたのだろうか?
規則で俺達の手助けが出来ないとかそんな縛りが有ったのかもしれない。
俺は少しだけ兵士達を見直した。
何をするのか、兵士達が大八車から胸を刺された奴を降ろした。
もしかするとこんなところで治療をするのだろうか?
兵士は二人がかりで胸を刺された奴を運び、大八車の持ち手側に廻る。
位置的には俺の目の前だ。
そこで怪我人を地面に降ろし、片方の兵士が腰の袋からほのかに光る宝石を取り出した。
暗さに目が慣れていた俺にはその光はかなりまぶしく見える。
もしかして魔法を使うのか?
それも回復魔法って奴じゃないのか?
この光は希望の光だろうか。
そういうことが出来るならもっと早くして欲しかった。
まあ、瀕死になれば使ってもらえるなら文句も言えないか……。
と思ったら、何故か兵士は空の壷を作った。
なんで壷? 回復が出来る壷?
そして、もう一人の兵士が腰の刃物を取り出し、胸を刺された奴の頭を押さえて喉を切り裂いた。
全く抵抗しなかったので何か命令をされていたのかもしれない。
かなり弱っていたのだろう、あまり勢い良く血は出なかった。
暗闇の中、赤いはずの血液は黒く見える。
切り裂かれた喉からは暫くピーっと弱弱しい笛の音のような音がしていた。
俺は頬に飛んできた血を感じても、今自分が何を見ているのか理解できなかった。
治療をするんじゃ……なかったのか?
喉を切り裂いた兵士が死体の体を壷の方へ傾け、もう一人の兵士が空の壷で出てくる血を受け止める。
なんでだ……なんで殺す……治療は?
血が出なくなると今度はロープで死体の両足首を縛り、逆さまにして大八車に備え付けられていたフックでぶら下げた。
ああ、フックはこのためのものだったのか……。
逆さまにされた死体からは体内に残った血が流れ出す。
兵士は先程の壷を、吊るされた死体の真下に移動し血を回収している。
自分の想像とあまりにかけ離れた事態の展開に意識が追いつかず呆然としてしまった。
血が出てこなくなると、兵士達は手馴れた様子で死体を解体していく。
俺がじっと見ていると何を勘違いしたのか兵士は切り分けた肉片を俺のほうに放り投げてきた。
やっぱり、こいつらが俺達に与えていたのは仲間の肉だったのか……。
俺の胸の上に飛んできた、まだぬくもりの残るその肉が目の前の出来事は現実だと教えてくれる。
この後、俺達は治療をされるんじゃなく、肉に加工されるのか。
どうりで怪我人ばかり連れてきたわけだ。
「はは、ははは」
気づいたら俺は泣きながら笑っていた。
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