第二十九話
俺が無防備に接近したおかげ(?)で場が動いた。
動けなくなった俺は、少し離れた地面から一部始終を見ていた。
光源が星明りしか無い所為で影絵のようにシルエットしか見えないためか、どこか現実感が無い。
捕獲対象の持っている棒は星空を背景に見上げると反射を抑えた材質の良くわからない真っ黒な針のように見えた。
武器の名称には詳しくないので俺が知る中で一番これに近い武器である槍だとしておこう。
角度の問題なのか、この槍には刃がついてないように見える。
さっきの俺は黒い植物が繁茂する野原で星明りだけの中、マットブラックの槍を正面から打ち込まれたのか。
どうりで、まったく何も見えなかったはずだ。
吹っ飛ばされてもしばらく自分に何が起こったのか理解できなかったが、さっきの俺は普通に死んでいてもおかしくない状況だった。
今も、捕獲対象が槍を突きこんでいるが、手元が動いているのはわかるのに、槍の先端部分は早すぎてまったくどう動いているのかわからない。
あんなものを三発も食らったのか……。
仲間達が、俺が刺されるまで、周りを囲んだだけで動きが無かったのはむしろ当然だったのだろう。
今、場が動いた所為で仲間達は捕獲対象を取り押さえようと飛び掛っているが、次々と突き込まれる槍の穂先の風切り音と、聞こえてくる湿った衝突音が人体に槍が刺さっている音なんだろう。
その時、なかなか思うように進まない状況に痺れを切らしたのか、それとも兵士が別の命令を出したのか、先ほどの俺とは違い槍に向かって思い切り良く踏み込んだ奴がいた。
余り時間を掛けすぎると先ほどどこかへ行った三人が戻ってくる可能性があるのだろう。急ぐ理由はわかる。
だが、当然、捕獲対象も大人しく捕まるわけが無い。
槍で牽制しようとしたんだろう、だが、お互いが真っ向から運動エネルギーをぶつけた所為で槍は見ていて怖くなるくらい深くめり込んだ。
俺に見えるのはシルエットだけだが、上半身を貫通して背中まで突き抜けているように見える。
この行動で、刺さりすぎた槍は抜けなくなり、今までの苦労が嘘のようにあっけなく捕獲対象は取り押さえられた。
腰に付いている予備の武器を使えばまだ時間は稼げたのかもしれないが、槍に拘泥して予備の武器を使わなかったのが捕まった原因だろう。
残った一人も背後を守ってくれる相棒をなくし、赤毛達がその勢いのまま捕まえた。
自力で起き上がることが出来なくなった俺は、地面に転がったままその様子を眺めていた。
そして今もまだ相変わらず地面に転がってうめいている。
腕が、足が、痛いんだ。
さっきチラッと見た俺の太ももには直径3cm位も有る穴が開いていた。
ペットボトルの飲み口くらいの大きさといえばよくわかるだろう。
そんな穴が太ももに開いていたんだ。
本当はもっときちんと怪我の状態を確認するべきなんだろうが、見るのが怖い。
誰か医者を、医者を呼んでくれ……。
今頃になって斜面からぞろぞろと兵士達がやってくる。
一番装備が整っている兵士達が一番安全なポジションで俺達をこき使う。
そこに理不尽を感じるが、今は怪我の治療を急いで欲しい。
見てくれこの怪我を、お前達の命令に従った結果、こうやって怪我をしたんだ、早く治療をしてくれ。
そう思いながら近づいてきた兵士に血を流し続ける右腕を差し出す。
兵士は、俺のそんな動作を気づいていないのか意図的に無視しているのか素通りして捕獲した二人の元へと向かった。
その途中、恐ろしいことに、上半身に槍が刺さっている奴から兵士は無造作に槍を引き抜いた。
兵士達は捕獲した二人を取り囲むと、彼らの手足を紐で縛り上げ、縛った手足に彼らの持っていた槍を通し、槍を担ぎ棒にして運搬するつもりのようだ。
俺はその間ずっと放置されていた。
手足が尋常じゃないほど痛い所為でうめき声しか出せない。
担ぎ棒の準備が出来て、赤毛達がそれを持ち上げ、捕獲した二人を運びはじめても俺を治療してくれる気配が無い。
まさか、俺はここに置いていかれるのか?
確かに脱出したいとは思っていたが、それは体がまともに動く状態での話だ。
こんな、そのまま放置されれば死んでしまうような状態で見捨てられるようなケースは想像もしていなかった。
皆が移動を開始した。
俺には何も命令が無かった。
俺は……もういらないのか。
いやだ、こんなところに置いていかれるのは!
俺は寝転んだまま必死で左手を伸ばし、助けてくれ! 置いていかないでくれ! とアピールした。
それが通じたのかどうかはわからないが、赤毛の一人が立ち止まり、俺を肩に担いで運んでくれた。
ありがとう。ありがとう。あんたは俺の命の恩人だ。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
赤毛の運び方が雑なのか足場が悪いのか、移動するときの振動が怪我に響いて俺の口から悲鳴が漏れる。
揺らされる度、俺の中から血が抜けていくのがわかる。
帰りは山の斜面ではなく、真っ黒な野原を結構な速度で進んでいる。
うつぶせの状態で運ばれている俺には足元の景色しか見えないが、体にかかる荷重で進んでいる方向くらいはわかる。
一度も曲がらないので出発した扉をまっすぐに目指しているのだろう。
早く帰って治療を受けたい。
俺の目と鼻からは、もう一生分くらい液体が出っぱなしだ。
振動が響いて痛くて痛くて涙を止める事が出来ない。
でも、あそこに捨てていかれるよりはよほどマシだろう。
あの時は夜の山の中、一人置き去りにされて野生動物の餌になる、そんな絶望的な恐怖を感じた。
ああ、仲間が居る事がありがたい。
こうして怪我をしても運んでもらえる、どれだけ感謝をしてもし足りない。
痛いのか嬉しいのか自分でも良くわからない精神状態で泣きながら運ばれてどのくらい経っただろうか?
ようやく到着した。
やった、これで治療してもらえる。
助かった。
扉をくぐって施設に入るとそこには何故か大八車に良く似た物が1台用意されていた。
大八車との違いは、引き手側の荷台の端の真ん中に丈夫そうな柱が立っていて、何に使うのかはわからないが地上から高さ2mほどの位置の引き手側にフックが取り付けられている。
その柱は何かが染み込んでいるのか黒ずんでいて妙な雰囲気を醸し出している。
フックはかなり頑丈そうで、大人がぶら下がっても大丈夫なくらい太く、先端はかなり尖っている。
ここに引き綱か何かを引っ掛けて動物にでも引かせるのか?
その割にはフックの先は尖っているし、良くわからない構造をしている。
まあ、大八車に良く似ているので、こいつは大八車と呼んでもいいだろう。
捕獲された二人は赤毛達に担ぎ棒で担がれたまま兵士が引率し何処かへ連れて行かれた。
じゃあ、この大八車は何に使うんだ?
そう思ったら、俺をここまで運んでくれた赤毛が迷い無くその大八車に俺を乗せた。
一寸雑な乗せ方をされた所為で怪我に響くが、文句を言える立場でもない。
これが、ここでの救急車の代わりなのか?
「赤毛のあんた、ありがとうな。助かったよ」
言葉は通じないのがわかっているので、大八車に寝かされたまま左手で俺をここまで運んでくれた赤毛の太ももを軽く叩き、目線と心で精一杯の感謝を伝える。
巧く伝わって居ればいいのだが……。
今まで自分の怪我の所為で周りを全く気にする余裕が無かったが、俺以外にも何人か大怪我をしたものが居たようだ。
考えてみれば最後に槍が刺さった奴なんて即死していてもおかしくないんじゃないだろうか?
そいつらは俺と一緒に大八車に乗せられていく。
それにしても喉が渇いた。
気になっていた胸に槍を刺された奴もどうやら生き残れたようで俺の隣に乗せられた。
ただ、想像通り傷口は凄い状態だ、胸にぽっかり穴が開いている。
そいつは息をするたび口から血を吹いている。
顔色なんか青いというよりも黒くなっていた。
医療の知識は無いがかなり危険な状態じゃないのか?
他の奴はそこまで酷くはなかったが、俺と同じように足に穴を開けられて自分で歩くのが無理になった者がこの大八車に乗せられているようだ。
片腕に穴が開いている奴は大八車の横に立っているので、多分一緒に治療を受けに行くのだろう。
この段階になってようやく自分の怪我の状態を確認する覚悟が出来た。
恐る恐る見てみると、右手はパンパンに腫れ上がり傷口から溢れた血が固まってこびりついている所為で凄い状態になっていた。
動かすと激痛が走るのであまり見やすい角度では見れないが、どうにか傷口を確認する事が出来た。
傷口のある腕は前方から斜めに槍を差し込まれたんだろう、手首の内側から肘の方向に向けて何かが刺さった跡がある。
槍には刃が無かったのか、無理やり太い針を突き刺して抜いたような感じの怪我だ。
刺さった部分は大きく腫れ上がり、皮膚の中で出血していて今は真っ黒に見える。
足のほうは最初見たときのペットボトルの飲み口のような穴は閉じていたがやはり腕と同じように腫れ上がり、廻りの肉に押されて血まみれの中にアヒルの口みたいにぼこっと傷口が二箇所飛び出している。
どこまで槍が刺さったのかは不明だが足を動かせないのでもしかすると骨までやられたのかもしれない。
それでも、腕も足もちゃんと繋がっていて良かった。
後は、きちんとした治療を受けさせてもらえれば多分元通り治ると信じたい。
一緒の大八車には重傷者が俺を含めて3人、片腕のみの怪我をしたものが同じく3人の合計6人が集まっていた。
何か理由があるのか偶然なのか今回怪我をしたのは全員が男で、しかも黒髪黒目の俺のお仲間達だけだった。
赤毛達はこういった荒事に慣れていたのか……そういえば体に傷跡が沢山付いていた。
既に今日みたいな事を何度も経験していたんだろう、その経験の差がこうやって怪我人の数の差で表れたんじゃないだろうか。
うう、痛い、早く病院に連れて行ってくれ。
そう願いながら兵士達を待っていると、ようやく兵士が二人、大八車へとやってきた。
驚いた事に、兵士達は大八車を自分達で引かずに片腕のみ怪我をした怪我人に引かせるつもりらしい。
せめて怪我をして無い奴を何人か用意すればいいのに、何を考えているんだこいつら……。
大八車にくっついているフックには特に何も取り付けられなかった。
一体どういう意味があるんだろうか、このフック。
まあいい、病院がどこなのかは知らないが、急がないと胸を刺された奴が死にそうだ。
急いでくれ、早く!
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