第二十八話
兵士達がようやく移動を開始した。
不思議なことに、扉のところで遭遇した兵士達と赤毛達も並んで一緒についてくる。
赤毛達と俺達は、あの場所で偶然ご対面したわけではなく、俺達を待っていたということか?
そうでなければ赤毛達は位置的に扉から出て尾根に向かって居なければおかしいだろう。
今日はイベントが起こりすぎだ、これ以上一体何が起こるんだ?
あ、もしかして今日からはこの赤毛たちも一緒に生活するということなのか?
尾根を通って外から入ってきた今ならわかるが、俺たちが元居た施設もここも尾根に挟まれたわずかな平地部分に作られている。
探索したときに施設全体の形が台形になっていたが、あれはそういう理由があったようだ。
扉を通り抜けて右側、つまり尾根から見下ろしたときに見えた防衛線側に向かって柵のそばをぞろぞろと歩く。
ここの兵士達も俺達の付き添いの兵士達と同じく、だらけているのかと思ったら少し様子が違う。
なんというんだろう?
どこか緊張感が漂っているように感じる。
この差は一体どこから来るんだろう?
単に赤毛達の付き添いの兵士が人見知りな所為で馴染みの無い相手に緊張を感じている……わけじゃないよな?
そんな事を考えて居るうちに、前の施設と同じ配置だったらぼろ小屋が建っている辺りに来た。
つまり、台形の底辺の辺りだ。
思ったとおりここも同じ場所にぼろ小屋が並んでいる。
数は……同じく5つ建っていた。
正直そろそろ体力的に限界を感じていたので出来るだけ早く解散して休ませてほしい。
ぼろ小屋の見た目に個性は無いので、まるで俺達が出発した場所へいつの間にか帰ってきたような錯覚すら感じる。
しかし、これでようやく休める。
小屋に着いたら蔦を解いて足を楽にしたい。
素肌に蔦が直接あたった状態でずっと歩いてきたので靴擦れと似たような状態になってしまった。
それに水も飲みたい。
俺のそんな希望は叶えられることは無く、なぜか兵士達はぼろ小屋のところで足を止めずに更にその先にある扉のところまで進んだ。
え? どういうこと?
ようやく休めるかと思ったのにまだ移動するのか……。
この扉の向こう側がどうなっているのかわからないが、俺はもう休みたいんだよ。
こちらの都合などお構いなしに兵士達は扉を開けてそこをくぐっていく。
「ついて来い」の命令が出ている俺に拒否権は無く、だるくてふらふらする体に鞭を打って後について扉をくぐった。
扉をくぐった先は休憩所……ではなく又、外だった。
しかも、こっち側には道も無く生い茂った草の所為で目の前が真っ黒に見える。
その上そろそろ日が傾いてきているので大分暗くなってきていて余計に黒さが強調されている。
なんで又外に出なきゃいかんのだ……。
ここからは赤毛たちとその付き添いの兵士達が先頭に立ち草薮を掻き分けてどんどん進んでいく。
獣道も無いようなところを迷いも無く進んでいるので、何か俺には見えない目印の様なものがあるのかもしれない。
折角周囲が草だらけなので俺は相棒を持つ必要がなくなって自由になった左手を使い、適当に近くの草をちぎっては口に放り込みながら兵士達の後ろを、歩きにくくて足がつりそうになりながらも必死でついていった。
しばらくそうやって進んでいたら、赤毛達は急に進路を曲げて今度は斜面に生えている木と藪の中へと向かった。
とんでもなく歩きにくいところへ入ってくれたおかげで最後尾を歩いている俺は置いていかれそうになる。
唯一の救いは、最後尾を歩いているので皆が踏み均した後を歩いている分歩きやすいことだろうか。
ただ、場所が斜面なうえ踏み均された草が汁気を含んでいるのと、足元が腐葉土で踏ん張りが利かないので、常時木の棒の上に立っているような状態の俺は滑って転びそうにる。
さっきまでは太ももがつりそうだったが、今度は脛がつりそうになってきた。
それにしたってこれはひどい。
少しずつ離されていくみんなの背中を、暗くなってきて視認しづらい森の中必死で追いかける。
薄暗い山の斜面じゃ殆ど手探りで進んでいるのと変わらないというのに、俺以外のみんなは夜目でも利くのかまったくその辺を苦にして居ない。
頼むからもう少しゆっくり進んでくれ。
そうやって30分も進んだろうか?
追いつくことに必死になっていて気づかなかったが、いつの間にか皆は足を止めていたようで、俺は俺の前を進んでいたお仲間の背中に追突する形でぶつかってしまった。
怒鳴られるかと思い、とっさに通じないことも忘れて「すまん!」と小声で謝ってしまう。
相手は迷惑そうな顔でこっちを睨んだが、それ以上特に何もしてこなかった。ほんとにすまん!
しばらくじっとしていたら荒くなった呼吸もどうにか収まり、何でこの場所でとまってじっとしているのか不思議になり前のほうを覗き込んでみると、兵士達は藪に隠れるように中腰になり木々の間から何かを観察してたまに指を差している。
兵士達が観察しているのはここから少し下ったところに広がる平地に居る五人の人間のようだ。
五人は俺たちがさっき出てきた施設のほうを手に持った細長い棒で示しながら何かを話し合っている。
もうかなり暗いうえに地面に生えている植物まで黒いのでよく見えないが、シルエットで判断すると、五人とも右手に2m位の先の尖った細長い棒、左手の肘には何か丸いものがついているように見える。
棒は両手で持っている者も居るので、左の肘にある丸いものは棒を握るのに邪魔にならない小型の盾か何かだろうか?
頭には俺達を引率している兵士達と同じようなヘルメットをかぶり、肘やひざにも何かを装備しているみたいでシルエットがそこだけ膨らんで見える。
左の腰にも何か細長い棒の様なものがくっついている。鞘だろうか?
あれは、一体誰だ?
もしかすると、こいつらが尾根の上から見えた防衛線の兵士達なのか?
そして、俺達を引率する兵士達が隠れるようにしてそれを見ているということは、やはり俺が想像したように防衛線に居る何者かは、俺達を捕まえているものにとっては敵対的な組織の一員なのだろうか?
しかし、どうにもこれは愉快な状況じゃないな。
この後どんな命令が出るかは知らないが出来れば人間相手に殺し合いはしたくない。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
その後もしばらく兵士達は観察を続けていた。
その間俺は少しでも体力を回復させるためにしゃがんで近くの木にもたれかかっていた。
他のお仲間も「休め」の命令ほどではないが、各々楽な姿勢をとって休憩している様子だ。
兵士達がいつ命令を出してくるのかは知らないが、きっと嫌な命令に違いない。
しゃがんだまま木にもたれかかって平地に居る何者かを眺めていると、そのうちの三人が防衛線の方へと歩いていき、この場には二人が残された。
状況が動いたのでいよいよか、と思ってどきどきしていたら、暫く何も命令がこなかったので、もしかしたら様子を見に来ただけでこのまま帰れるかも! と信じても居ないことを考えてしまった。
その時、俺に命令がきた「捕まえろ」と。
お仲間達が一斉に動き出したので全員に同じ命令が出たようだ。
これだけの人数を用意して、相手は二人、何もせずに帰るわけないか……。
俺に出た命令はここから見て左の人物を捕まえるように言っているのがわかる。
無理やり山の中を進んできたと思ったら今度は誘拐の手伝い……なんでこんなことを俺がしなきゃいけないんだ。
ここは断固NOだ!
兵士に抗議しようと立ち上がった瞬間、俺に埋め込まれた首輪から激痛が与えられ、痛みで立っていられなくなる。
今まで居た場所が傾斜のある山の斜面だった所為で、普通に倒れるだけじゃなくそのままごろごろと結構な勢いで斜面を転げ落ちた俺は、首輪の所為で受身も取れず途中にあった木に頭からぶつかった。
目の前に星が飛び、一瞬意識が飛んで自分がついさっきまで何を考えていたのかわからなくなった。
……
気がついたら命令が出ていた。
命令は「捕まえろ」
対象は……暗くて良く見えないがあれか、多分ねずみか?
ぐらぐらする頭を抱えて黒い草で覆われた野原を目標に向かって進む。
何だか凄く歩きにくい。
平衡感覚も狂っているようでかなり気持ち悪いがさっさと命令を完遂して休ませてもらおう。
目で見えていなくてもなんとなく頭の中に捕獲対象の場所が伝わってくる。
その場所には仲間達がなぜか何かを囲むように立っていた。
またか、こいつらは、俺が居ないとねずみ一匹まともに捕まえられない困ったやつらだ。
さーて、また相棒でねずみを押さえつけて仲間に捕獲させるか。
あれ? 俺の相棒は何処だ?
頭の痛みと周囲の暗さの所為か良く見えない。
それでも、目の前に居る誰かがその手に細長い棒を持っているのが見える。
おい、それは俺の相棒だ、返せよ。
そう思い、相手に近づきながら右手を伸ばす。
するとなぜかいきなり俺の右腕が自分の意思に反して跳ね上がった。
あれ? なんで?
かと思ったら今度は同じく右の太ももに、体の奥にズシンっとくる衝撃が二回走るのと一緒に火箸を押し付けられたような熱さが2箇所発生した。
ぐあ、なんだこりゃ! あちっ!? 右腕も熱い!?
しかも、その直ぐ後、俺はなぜかその場から強い力で弾き飛ばされた。
野原に転がされてしばらく呆然とした後、多分俺は殴られるか蹴り飛ばされるかしたんだ。と理解し、文句を言ってやろうと起き上がるために右手を地面に突いたら脳みそを突き抜けるような強烈な激痛が走った。
うぐあっーーー!!!!?
その瞬間右手だけじゃなく太ももに感じていた熱も一緒に激痛へと変化した。
腕と太ももが、なんだ、穴が開いてる。
なんだこれ? え?
物凄い激痛のおかげでようやく混乱状態から回復した俺は、今自分がどんな状況だったかを理解した。
今、俺死ぬところだった。
さっき頭を打った所為で、ここが何処なのかも今がいつかもわからなくなり、ここ最近のルーチンワークだったねずみを捕まえないといけないという強迫観念に急かされて、捕獲対象の持っている槍が俺の相棒だと誤解し、返してもらおうと槍を持った相手に手を伸ばして反撃されたのか。
薄暗い中だった所為もあり、多分、相手にも俺の姿ははっきりとは見えなかったのだろう、そのおかげで致命傷を負うことだけは回避できたみたいだ。
しかし、この怪我ではもう俺は自力では起き上がることも出来そうにない。
何でこんなことに……。
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