第二十六話
歩き続けて体感一時間くらいだろうか?
どうやら兵士達が目指していたのは山頂ではなく尾根だったようだ。
尾根についたところで、兵士から「休め」の命令が来た。
ここが最終目的地かどうかはわからないが、休憩できるというならそれだけでもありがたい。
尾根は、今まで周りに視界をさえぎるように生えていた木々も減り、辺りが見渡せるようになっていた。
もし状況が違えば素敵なハイキング日和だったんじゃあないだろうか?
地面は相変わらずの石だらけだったが、山道とは違い所々に固めのコケが生えていたので、それを椅子代わりに座らせてもらう事にする。
集団の最後尾を必死に歩いていた俺は、尾根にたどり着いたはいいが足の裏は痛いし、気づかないうちに虫にも刺されていたようで体の色々な部分が痒くなっていた。
薮に囲まれた山道を裸で歩いてきた俺は虫にとってはそれこそ御馳走に見えたことだろう。
虫刺されも何とかしたかったが、だが、まずは足をどうにかしないとこれ以上歩くのも辛い。
登山靴があれば全然違うのだろうが、サンダルでも何でもいいのでとにかく靴が欲しい。
ここまでは、痛くなると踵だけで歩いてみたり、逆に踵を浮かせて歩いてみたりと部分部分だけでも足の裏を休ませられないか工夫をしてきたが、それもそろそろ限界に近い。
ひとまず相棒に巻いていた帯を解いてこれを足に巻いてどうにかできないかと試してみたが、少し巻いて引っ張っただけで今にも千切れてしまいそうになった。
こりゃ駄目だ。
一応、尾根に上がるまでの道で蔦を何本か手に入れていたのでこれを使って何か作れないか考えてみよう。
何時移動の再開を告げられるのかはわからないが、こんな何も無い場所にそう長い間居るはずも無いしな。
今、周りにあるもので工夫してどうにかしなければ。
背中のかさぶたは相変わらず痒いし、虫が刺しに来るのも鬱陶しい。
早速工作に取り掛かろうとは思うのだが、立ち上がろうという意思に反して腰は重い。
腰を下ろしているコケが俺の体重によって丁度良い形へと変形していて凄くすわり心地がいいのだ。
まるで低反発クッションのようだ。
出来る事なら何も考えずこのまま座っていたい。
しかし、今動いておかないとこの後はもっと辛くなるだろう。
身体は動きたくないと悲鳴を上げるし、体力的にもだるさが酷くて可能なら、もうこのまま寝てしまいたいくらいだったが無理やり立ち上がる。
辺りを見回し、使えそうな物が無いかを観察する。
今から靴を作るのは時間的にも材料的にも無理だろう。
ならば、足の裏を守れる簡易的な何かを調達したい。
周りにある材料は……くの字に折れた相棒、相棒にまいていた帯、途中で拾った蔦が何本か、まばらに生えた木、さっきまで座っていたコケ、地面に散らばる石。この位か。
この材料で何か作れ無いか……何か。
靴の代わりに、平べったい石を足の裏に貼り付ける……。
蛸じゃ有るまいし、吸盤なんて俺の足には付いてねー。無理。
コケを足の裏に……数歩で砕ける、いや、一歩で砕けるな。これも駄目だな。
要は直接足の裏が地面に触れるから駄目なのであって、足と地面の間に何か平らに近いものが挟まればそれだけで今は満足だ。
じゃあ、木を足の裏に、うーん、蔦でどうにか……。
だが生木を折るにしても枯れ枝を拾うにしても、折れそうな生木は細い物でも俺の太ももぐらいある。
こんな太さの木を本当に折れるのかも疑問だが、折れたとしても太すぎて加工しないと蔦で足裏にくくるのも無理そうだし、加工する為の刃物も無い。
一瞬、漫画みたいに丸太を転がしてその上に立って進むという馬鹿な考えも思い浮かんだが、さすがにこれは検討にも値しない。
だからといって加工を考えなくて良い落ちている枯れ枝を使えば、俺が足を乗せて歩いたら簡単に折れるか砕けるよな?
あ、枯れ枝を箒みたいに束ねて蔦で結んだら……いや、砕けた枝が抜けてばらばらになってお終いか。
いい案だと思ったがこれも無理か。
ふぅ。
がっくりきて視線が落ちる。
何気なく左手に持っていた、くの字に折れた相棒が目に入った瞬間これだ! と閃いた。
相棒は元々机の脚だった事もあり、太さといい、強度といいまさにおあつらえ向きだ。
折れてしまった時はもう相棒ともお別れかと思ったが意外な展開が待っていたようだ。
中途半端に折れていた相棒を、右手が使えないので膝で固定して左手だけで何度も折り曲げて完全に折る。
もともとの長さは80cm位あったので半分でもまだ長い。
それを大きめの石の下に片側を突っ込んで反対側の下に石を挟み、浮いているほうを膝で押さえつけて真ん中に石を叩きつけ、更に半分に折る。
左手しか使える手がないので作業がはかどらない。
俺は右利きなのでなおさらだ。
……どうにか頑張ってみたが、意外とやれば出来るものだ。
何故か思った以上に綺麗に半分に折れてくれた。
こんなところでも相棒には助けてもらうことになった。
これで合計4本の短い棒に変わった相棒の、ぎざぎざになって毛羽立っている折れた部分を表面がざらざらしている石にこすり付けて大まかに鑢掛けする。
ここまでで体感20分は使ってしまった。
急がなければ。
コケの上に座り、足の裏、つま先側から一本棒を当て、親指の付け根に位置する部分に石で線を引く。
次は今線を引いた物と一緒に残り三本をまとめて、線を引いた一本を基準にして同じ位置に残りも線を引く。
表面がざらざらしている石を探し、引いた線に合わせて棒を石の角にこすり付け、溝を作る。
あまり残り時間が無いと感じたので、仕上げの美しさは考慮せず残り3本も同じ作業を、合計10分ほど使って完了させた。
次に、近くに生えている木の枝から親指くらいの太さの物を選んで2本折り取り、根元から5cm位を残して後は捨てる。
生木の枝は根元から折るのは簡単だが、折り取った後、更に5cmの長さに折るのが中々大変だった、生木なのでしなるのだ。
これで5分ほど使ってしまった。
帯を5cmになった枝に丁寧に3周巻きつけてちぎり取る。
4本の棒から長さの近いペアを手に取り、先ほど作った溝の位置に合わせて、帯を巻いた5cmに折った枝をはさみ、更にそれを蔦で2本の棒ごと縛り上げる。
蔦は結び目が外側に来るように縛り、一本でぐるぐると巻くのではなく、一回結び目を作ったらそこで切り、新しく巻きなおす。
これは、途中で蔦が切れた時全体がほどけてしまうのを防ぐ為だ。
左手だけではとてもじゃないが結べなかったので、右手をどうにか使えないか工夫したら、親指と薬指と小指は何とか動かせたので、余り力は入らないがどうにか結ぶことに成功した。
取り合えず2回縛っておいた。
このままだと反対側の端がハの字に開いてしまいそうだったので、縛って無いほうの端も先ほどと同じように石にこすり付けて溝を作った後同じように蔦で縛り上げる。
残りの棒のペアも同じ処理をし、その時点で出来上がったものは20cm位の長さの二本の棒の両端を蔦で縛り、片側は蔦の間から直角に棒が飛び出した不思議な物体だった。
これをどう使いたいかといえば、並べて縛った二本の棒の上に足を置き、そこから上に突き出している帯を巻いた枝を、足の親指と人差し指ではさむ履物にしたいわけだ。
記憶にあるこれに一番近い構造物は竹馬だろうか?
これには竹馬の竹に相当する部分は無いのでこれをなんと呼べばいいか困るな。
ただ、このままだと一寸歩けば蔦が緩んでばらばらになってしまうので、縛り上げた棒の隙間にわざと石を楔のように幾つか挟み込んで遊びをなくしておく。
それが終わったら、足が乗る部分に、さっきからお世話になっているコケをむしってかぶせ、気休め程度の中敷にした。
足を乗せ、指で棒を挟む。
このままでもすり足で動くなら履けない事も無い。
しかし、今は山道を歩いているので足が上げられないのはよろしくない。
なので今度は残っている蔦を使って自分の足ごと足元の棒を編みこんで固定することにした。
直接蔦が足に当たる部分は間に何か入れておきたかったが、帯は入れると逆に足とこすれて痛そうだし、コケではすぐにぼろぼろと崩れて意味が無いだろう。
暫く悩んで、取り合えず大き目の葉っぱをむしってきてそれを重ねて蔦と足の間に挟む事にした。
勿論このときも一回結び目を作ったらそこで切り、新しく巻きなおす。
つっかけのように足の甲を固定する蔦と、かかと側も同じようにわっかを作り、それらを固定するために足首にも蔦で輪っかを作り、足の側面両側からそれに結びつける。
ついでに前と後ろのわっか同士も蔦で縛っておく。
脱ぎやすさは一切考えず、ひたすら強度を優先するために何度も巻き、拾ってきた蔦はこれで全て使ってしまった。
多分、靴擦れを起こすだろうが、素足で山道を歩かされるのとどっちが良いか選ぶなら靴擦れのほうがはるかにましだろう。
足首まで編み上げているので、映画なんかで古代の剣闘士が履いているサンダルがイメージ的には近いだろうか?
当然見た目はこっちの方が断然にぼろいが、まあ、何となくイメージはわかるだろう。
これで少しは歩きやすくなるんじゃないだろうか。
どうにか休憩時間内に作業を完了させることが出来た。
正直、何時出発するのか気が気じゃなかった。
準備が出来た俺は今度は逆に兵士達の様子が気になったのでそちらを眺めてみる事にした。
すると、兵士達は俺達から離れたところで各々楽な姿勢を取って寝ていたり、どこに隠していたのか何かを食べていたり飲んで居たりした。
……完全に行楽気分というか、明らかにサボってるだけだよな?
指揮官の目が確実に届かないところまで来たという安心感からだろうか、今まで見た中でも最高のだらけ具合だった。
俺が時間を気にして必死で作業していたというのにこいつらは……。
思わずイラッとして攻撃的な意思を兵士達に向けてしまった。
「げっ!? しまっ……」
攻撃的な意思を兵士に向けた所為で耐え難い苦痛が襲ってくる。
(なんでサボってる兵士にイラッとして俺が痛い思いをしないといけないんだ!)
理不尽さを感じながら痛みで地面をのた打ち回った。
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