第二十五話
あれから30分くらい経っただろうか。
「使え」という命令による四角い塊の破壊訓練? が全員分終了したのか、兵士が「付いて来い」と命令を出して建物を出て行った。
いや、訂正しよう「俺以外の全員分」が終了したんだろう。
俺はあの後、結局再挑戦の機会は無く、建物の隅で折れ曲がった相棒を握ったまま転がっていた。
お仲間達と違ってとんでもない力は発揮出来無かったが、それは、俺が俺のままだって事だろう。
今はそれを喜ぼう。
しかし、右手は拳が痛むので使えないし、左手も相棒を使って四角い塊をでたらめに叩いた所為で手首が痛い。
背中の擦り傷はもう痛まないが、瘡蓋になっているようで痒いが手が使えないので掻くことも出来ない。
何かと戦ったわけでも無いのに、ネズミ相手のときよりもよほど満身創痍だ。
自分のアホさ加減が悔やまれる。
命令に従い、のろのろと立ち上がる。
小屋に戻ったらゆっくりと休もう。
右手が使えないし、左手には相棒を握っていたので建物の壁に肘を当てて、なるべく手首への負担を掛けないようして立った俺は、その時今の命令に違和感を感じた。
あれ?
昨日までだったら何かイベントがあった後は「戻れ」「休め」だったのに、今回は「付いて来い」だった。
大した意味は無いのかもしれないがなぜ今回だけ違うんだろう?
建物から出ると、丁度隣の建物からも先ほど別れたお仲間達が出てくるところだった。
そのまま合流して兵士達についていく。
一寸した不安を感じたが、考えてみればここへ来る前に小屋を消したままだった事を思い出した。
あのまま「戻れ」「休め」だったら全員が迷子になっていた事だろう。
それがわかっていたから兵士も今回は「付いて来い」の命令にしたのか……。
思ったとおり、兵士達は小屋が有った場所に向かってだらだらと歩いていく。
左手に折れた相棒をぶら下げた俺もその後を黙って付いていく。
いつもの俺なら帰りは草をちぎって食うところだが、今は手が痛くて巧くちぎれそうに無いので諦めた。
同じ理由で、服を作る続きは又今度にする。
こんな所でもさっきの失敗が影響してくるとは、これが踏んだり蹴ったりっていうやつか。
明日までに少しでも良いので回復して欲しい。
そうじゃないと食事も水も取れなくなって体力が尽きておしまいという笑えない未来が待っていそうだ。
そんなことを考えて歩いていたら、急に兵士達が別人のようにきびきびと動き出した。
そしてそのまま暫く進んだかと思ったら今度は急に立ち止まってしまった。
まだ小屋が有った場所には着いて無いのに何で止まったんだ?
何か忘れ物でもしていたのを思い出して取りに帰るのか? とも思ったが、どうやらそういう訳でも無いようだ。
今居る場所は以前ここを探索した時に確認した、兵士が二人張り付いている出入り口の前だ。
扉の前の兵士と話しでもしているのかと思い、何となくそちらへ視線を向けると、何故かそこには指揮官も居て会話に参加していた。
何時の間に現れた?
最初からここで待っていた?
指揮官は何事か指示を出した後、俺達を引率している兵士に何かを渡した。
この位置からでは何を渡したのかが見えない。
受け取った兵士がそれをどうしたのかもこの位置からは見えない。
指揮官の用事はそれで済んでしまったようで、そのまま足早に去っていった。
指揮官の姿が見えなくなると、俺達を引率している兵士達は姿勢を崩し、出入り口を守る二人の兵士も近くの兵士と会話をはじめ、早速全員がだらけた。
やはり、指揮官が居ないところではこいつらはこんな感じなのか。
俺としては手の痛みもあり、さっさと小屋に入って休みたかった。
そのためにも兵士達には、だらける前にこの場所から移動して新しい小屋を作って貰いたかったのだが、なんだか様子がおかしい。
何故か今まで一度も開いているところを見たことが無い出入り口が開いていく。
そして兵士達は今からそこを通りますよといわんばかりに扉に正対している。
上向きにスライドして開いていく扉を前に俺は混乱していた。
この場所からどうやって逃げ出そうかと考えながら過ごした4日間。
とうとうそのチャンスがやってきたというのに、今の俺は両手が不自由だ。
もし、逃げ出せるタイミングがあったとしても本当にそのチャンスを生かせるんだろうか?
いや、今は考えるよりも行動か。
いつだって自分にだけ都合が良い出来事が起こったりはしない。
だとすれば、それがチャンスなのかどうかを見極めるのは俺の判断だ。
本当にそんなタイミングが来たら死ぬ気で走ろう。
覚悟を決めて居る間に扉は完全に開いた。
扉を通して見える向こう側は、沢山の木と薮が視界いっぱいに広がる山の中だった。
一応道はあるようだがそれ以外、人工物は見える範囲に何も無い。
普通はある筈のガードレールや標識も無い。
というか、下から上を見る形になるので山の斜面しか見えない。
例えばトイレに行く振りをしてあの薮の中に飛び込んで隠れてしまうというのはどうだろう?
うーん、自分が裸なのが厳しい。
薮に裸で突っ込めば切り傷だらけになりそうだ。
もう一寸別の方法を考えよう。
そういえば、まともに食事が出来ていない所為か便意が無い。
まあ、今いきなり来られても困るんだが無いのも便秘になりそうで後が怖いな。
そんなくだらないことを考えながら、ぞろぞろと歩く兵士達についていく形で扉をくぐる。
扉から出て周囲を見回すと、薮を刈り取られた半円形の小さな広場になっていた。
ここから見える部分しかわからないが、今まで居た場所を囲っている柵から10m位の範囲にある木は全部切り倒されて切り株になっている。
これは、外部からの侵入者対策だろうか?
でも、ここの住人達が使うようなとんでもない技術(魔法?)を使う相手からの侵入を防ぐには、この程度では意味が無いような気もする。
良くわからないな。
今居る広場から、獣道というほど悪くは無いが舗装もされていない地面がむき出しの、草が生えて無いから道なんだとわかる程度の山道が見える。
道は生えている木や藪の所為である程度先までしか見通せ無いが、斜面に沿ってジグザグに上へ向かって伸びているのがわかった。
そして、ここに生えている草も真っ黒で、昼間だというのに薮の中はまるで暗闇のようだ。
木の影なのか薮の草の色の所為で黒く見えているのか遠目では判断が付かない。
その黒さは悪い方に俺の想像を掻き立て、何か恐ろしい怪物でも潜んで居るみたいに見える。
兵士達が移動を開始したので、置いていかれないようにそれを追いかける。
しかし、裸足で山道を歩かされるのは正直辛い。
道幅は、2m程度有るので広さとしては十分だが、石がごろごろ落ちているし落ち葉の間に枯れ枝が飛び出していて足場はさっきまで居たところより更に悪い。
兵士達は鉄靴をはいているので何の問題も無いのだろうが俺は裸足なんだが……。
そんなところを裸足で歩けば当然、そういったものが俺の柔らかい足の裏に突き刺さる。
それと、普段はこの道を車輪の付いた何かで移動しているのか、道には轍のような物が出来ている。
自動車にしては妙に轍が細いのでリヤカーか何かだろうか?
轍に足を取られると捻挫してしまいそうなので、ただ歩くだけではなく、それにも気をつけなければいけない。
少し歩いただけなのに、足裏に刺さる色々な物が痛くてひょこひょこと不恰好な歩き方になってしまい速度が出せない。
勿論兵士達が俺のペースに合わせてくれるはずも無いので、必死で追いかけた。
唯一の救いは兵士達がだらけている所為でそれほどペースが速く無いことだろう。
それでも、俺にはきつい訳だが。
俺以外のお仲間は、裸足で山道を歩くのが苦にならないのか、平然と歩いている。
どれだけ足の裏の皮が厚いんだよ!
不公平だ、何で俺だけ……。
さっき考えた、薮に飛び込んで逃げる案は絶対に無理だという事を実感した。
山道でこれなんだから、山の中に実際入ったら廻りの枝で肌を切る以前に裸足では歩けそうに無い。
本当なら今のうちに周りの風景を確認しておきたかったが全くそんな余裕は無かった。
足元だけを見てただ歩く。
たまに蔦が落ちているのでそれを折れた相棒に巻きつけて回収していく。
何かの本で読んだがサバイバルにナイフとロープは必需品らしい。
重くて正直邪魔になるが、現状ナイフの入手は無理なのでロープの代わりになりそうな蔦だけでも拾っていこう。
余裕が出来たら石器時代の原始人のように石を割って簡易のナイフも作ってみようかな……。
はじめのうちは歩いているうちに慣れてくるかも、と期待していたが、実際はそんな甘い事は無く、歩けば歩くほど疲労は溜まるし、巻き取った蔦は重いし、足の裏は刺さった石ころや枝か何かで怪我をしてしまい余計歩くのが難しくなってしまった。
せめて相棒が折れていなければまだマシだったのだろうが、それに関しては自分の馬鹿さ加減が招いた結果だったので受け入れるしかない。
今まで生きてきて意識した事は無かったが、靴は物凄い発明だったんだな。
なるべく早く靴か、靴に代わる何かを作るか手に入れよう。
しかし、満足な食事も取れていないのに裸でいきなり山を歩かされるとかどんな拷問だよ。
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