第二十三話
答えの出ない問題に頭を悩ませていると、遠くから沢山の鉄靴の足音が聞こえてきた。
視線をそちらへ向けると、20名ほどの兵士がぞろぞろとだるそうに歩いてくるのが見える。
こいつら、どうにも覇気が無いというか、やる気が感じられない。
めんどくさいとか投げやりな気持ちが動作の端々に見える。
状況が見えないが、兵士達は相当士気が低いようだ。
たまたま今が朝だから、では無いだろう。
これまで四日間、何回もこの兵士達を見てきたが指揮官がその場に居ない時の兵士達のだらけぶりは凄まじい物がある。
ただ、こちらとしては俺に実害が無い限り、大いにだらけていて欲しいので大歓迎だ。
観察していたら「付いて来い」の命令が来た。
目立ちたくないので慌てず、先に数人小屋から出るのを待ち、その後を付いていく形で小屋を出る。
勿論、相棒を逆手に掴んで持っていくのは忘れない。
小屋から出ると、予想通り水をぶっ掛けられた。
何も持って無い様に見える数名の兵士が伸ばした腕の先から放水してくる。
水の勢いが強いのでしっかりと確認する事は出来なかったが、反対の手のひらに例の宝石を握っているように見える。
俺は折角なので、ついでに口をあけて水を飲ませてもらう事にした。
久々の水だ、勢いが強すぎて喉に当たって飲みにくいが、うまい。
ついでに頭や体も洗わせてもらう。
俺の羞恥心メーターがここ数日で危険なくらい下がっている。
無事帰ることが出来たら日常生活で支障が出ないか心配なレベルだ。
うっかり人前に裸で出て行くとかしたらどうしよう。
暫く放水が続いたかと思うと唐突に放水が終了した。
しかし、タオルも無いのにこんなにずぶぬれにされると風邪ひきそうなんだが、その辺の配慮は全くしないんだな。
念のため小屋から出たお仲間達の数も数えておいた。
今日は19人だった。
……。
……え!?
一人減ってる。
残念ながら誰が居なくなったのかはわからない。
俺が居ない間に更にもう一人何処かへ連れて行かれたということか。
今まで多分毎日一人ずつ減っていたのが今日は何故か二人減るところだった?
それとも、俺は最初から殺されない予定だった?
いや、そんな事は無いだろう。
あれだけあからさまに殺すぞ、という状況を揃えておいて実は殺す気はありませんでした。なんてありえないと思う。
わからん。
この件は保留しておくか。
そうやって俺が勝手にびっくりしてる間に生肉が配られていた。
まあ、配るといってもいつも通り地面に放り投げてるんだけどな。
いつもとの違いはここが小屋の外だって事くらいか。
昨日も、もしかすると俺が古い小屋の辺りで這い蹲っていた間にこうやって生肉を配っていたのかもしれない。
俺が無意識で自分と相棒に残っている水滴を落としていると、兵士の一人が小屋の方へ向かって歩くのが見えた。
生肉に興味の無い俺は(人間の肉かもしれない今となっては尚更だ)小屋が消える決定的瞬間を見られるかもしれないと思い注目した。
すると、兵士が腰につけた小さな袋から何かを取り出し、左手に握りこむのが見えた。
左手を良く見ると宝石を握りこんで居るのがわかる。
大きさ的には握りこんだ手のひらに隠れてしまい、はっきりとは見えないのだが、指の隙間から光が漏れているのがわかるので間違いは無いだろう。
やはり、この謎現象と不思議な宝石は関連しているようだ。
兵士が開いた右手を上げると次の瞬間、今まで俺達が居た小屋が空気に溶けるみたいに消えた。
そして、タイミングを合わせたように兵士が左手に握っていた宝石も無くなったようだ。
その証拠に今は兵士の左手も開いていて、その手には何も持っていない。
小屋の跡地は平らな地面がむき出しになっているだけの空間になっていた。
この辺は昨日と一緒だ。
何かをすると宝石を消費するということか。
折角なので新しい小屋を作るところも観察しようと思って注目していたら、何故か兵士達がだらだらと移動を開始した。
新しい小屋は帰ってから作るのだろうか?
置いていかれるわけには行かないので途中草をつまみ食いしながら、兵士たちの歩くペースに合わせてのんびり付いていくと、いつものネズミが出てくる扉のところで止まらず、今日は更にその先に行くようだ。
今まで入ったことの無い細長い建物が2つ並んでいるところへと連れてこられた。
幅と高さは5m程度で奥行きは15m位だろうか?
建物の前で大雑把に2つの集団に分けられて、それぞれ目の前の細長い建物に入っていく。
俺は向かって左の建物へ入る事になった。
兵士に続いて建物の中に入ると、建物はがらんどうの壁と天井しか無いつくりで、印象としては俺たちの小屋に近い。
違いは奥に細長い所と、壁の境目が無く天井に明かりが、いや、天井自体が発光している?
ただし、床は無く地面はむき出しだ。
入って正面奥に立方体がひとつ置かれているのが見える。
それ以外この建物の中には何も無いようだ。
立方体は……なんというか、大昔のゲームに出てくる物凄い単純なポリゴンのような?
真四角の塊で何の装飾も無く、大きさはどの辺も1m程度で継ぎ目の無い箱のように見える。
あれは何だろう?
ここからだと何も音は聞こえてこないが、あの中に又、ネズミか何かが入っているのだろうか?
見た目からは硬いのか柔らかいのか重いのか軽いのかも判断が付かない。
発泡スチロールの塊だと言われても納得してしまうかもしれないし、コンクリートの塊だといわれても納得しそうな何とも判断に悩む物体が置いてある。
特に説明も無く、まあ、されても言葉がわからないので理解は出来なかっただろうが。
俺達は兵士に付いて歩き、立方体が置いてある反対側の端っこに適当に集まった。
これから何が起こるのかはわからないが、俺は目立ちたくないので、極力おとなしくしていようと思う。
頭を吹っ飛ばされて宝石にされるのはごめんだ。
俺は活躍しすぎて目立つようなまねはもうしない。
そんなことを考えていたら、お仲間の一人に命令が出たようだ。
俺にはまだ何も命令が無いし、廻りの奴らも動きが無いのでそいつ一人に出された命令なんだろう。
付き添い(?)の兵士から離れ、そいつは一人、奥の立方体に近づいていく。
手を伸ばせば立方体に触れられる距離で立ち止まると、拳をもう片方の手のひらで包み込むようにし、それを頭上に振り上げて構える。
そいつはまるでこれから拳を立方体に叩き付けますよ。というような体勢をとった。
もし、箱の中に何か危険な生き物がいたとするなら、近づきすぎているように感じる距離だ。
開けようとする素振りもないし、箱が勝手に開いたりもしないということは、あの立方体は中に何か生き物が入っているわけじゃないのか?
あいつは何をするつもりなんだろう?
まさか本当に素手でいきなり立方体を叩くんじゃないよな?
仮に叩くとしても、先に触ってどの程度の硬さか位確かめた方がよく無いか?
と、俺は一寸心配しながら眺めていた。
「ゴァ!」
という、気合を込めた声を出し、そいつは「全身を輝かせながら」両腕を振り下ろし、目の前の立方体を粉砕した。
どこぞの超戦士のように全身を輝かせて、組んだ両手で叩き潰す動作をしただけで拳が当たった立方体は粉々に砕け散った。
ゴシャ! とも ゴバァ! とも聞こえそうな音を立てて立方体は爆発するような勢いで粉々に砕けた。
俺は、その現実離れした光景に、
はー。あの四角いのは相当脆いつくりだったんだなー。とぼんやり考えていた。
輝いていたのは見なかったことにした。
飛び散った破片が建物の壁で反射して幾つか俺の足元にも飛んでくる。
……。
呆然としながら足元のかけらを拾ってみた。
物凄く硬いよこれ?
小さめの消しゴムと同じくらいの大きさの破片なんだが、そのサイズに砕かれているのに俺の力では二つに割る事すら出来ない。
なにがおこったの?
こんな物、力いっぱい殴ったら普通手のほうが砕けるよね?
さっきまで目立たないようにしようと思っていた自分が馬鹿らしく思える。
……何が目立たないようにしようだ。
「ゴァアアアアアア!!!」
立方体を砕いた奴が、命令達成時の多幸感の所為だろう、嬉しそうに雄たけびを上げていた。
俺がこんな奴らの中で目立つはずなんか無いだろう!
なんなんだよこいつらは一体!!
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