第二十二話
方針を決定した俺はひとまず小屋の中に戻り、もう一度小屋から外に出られるかを確認する事にした。
なぜそんな事をするかというと、首輪の動作原理の解明と、何がトリガーになって小屋を「戻る場所」として認識しているのかの特定の為だ。
外部からの救出が絶望的になった今、自分を助ける事が出来るのは自分だけだ。
自分が出来る事で少しでも生存の可能性を増やす事が出来るなら積極的に行わない理由は無い。
もし、俺の無意識のような物がこの小屋を自分の戻る場所だと判断したとかならば、「戻れ」の命令が出ている今、一旦小屋に足を踏み入れた段階でもう自分の意思では小屋から外に出る事は出来ないだろう。
しかし、これが兵士の側で何らかの設定のような物が必要な出来事ならば、昨日それを受けていない俺はこの小屋を自由に出入りする事が出来るはずだ。
そして結果は、自由に出入りが出来た。
どうやら、首輪の制御は兵士側が何らかの設定を任意に行う形でなされているようだ。
勿論、基本事項のような物はあるのだろう、兵士に意図的な危害を加えようとするとか、この場所を逃げ出そうとすると首輪から苦痛を受ける事は確認済みだ。
それを首輪がどうやって判断しているのかはわからないが。
ただ、この「自由に出入りできる」というアドバンテージも次に小屋を作り直されるまでのものでしかないので、今のうちに小屋の外でやっておきたい事は済ませておいたほうがいいだろう。
もし、運良く次回の小屋の作り直しの際の設定を回避出来たとしても、それを今からあてにして動くわけには行かない。
あくまでも、今だけのアドバンテージだと思って出来る限りの事をしておこう。
それにしても、今が何時なのかわからないのが痛い。
今日も多分なんらかの訓練(運動?)が行われるだろう。
それが今すぐなのか1時間後なのかもっと先なのか、それがわかれば出来る事の選択肢も全然変わってくるというのに。
ひとまず、今小屋の中に置いている作り掛けの服を小屋の外の空き地の何処かへ隠しておこうと思う。
小屋の再生成がどういった理屈で行われているのかは不明だが、小屋が消滅する際その中にあったものも一緒に消えてしまう事は学習済みだからだ。
そして、今日も小屋の中はとんでもなく臭い。
昨日は糞尿の匂いが気になったが、今日はそれに体臭も追加されて、まるで臭さが固体になって襲い掛かってくる感じだ。
もはや臭いだけでなく目に痛いレベルだ。
まず間違いなくこの小屋も消される事になるだろう。
何時兵士達が来るのかもわからないので、急いで相棒(机の脚)と作りかけの服を手に取り小屋の外へ出る。
それ以外の残っている草に関しては、朝のとんでもないイベントの所為で時間が経って小屋の中の匂いが移ってしまっているので、少しもったいないがもう放棄してしまうことにする。
昨日の小屋再生成と全く同じ工程が行われるとは限らないが、情報が少なすぎるので、同じだと仮定して隠す場所を決定した。
その場所は、小屋の外壁でネズミが出てくる扉がある場所に近い側だ。
なぜそこを選んだのかといえば、昨日小屋が消えた後、小屋の壁があった位置との境目に草が綺麗に生え残っていたのを憶えていたからだ。
ついでに言えば、今日もし「戻れ」で小屋が俺の帰る場所になったとしても、これなら帰り道に少し寄り道をすれば服を回収できる可能性が高い。
昨日のケースであれば、新しい小屋は古い小屋から少し離れた場所に作られたし、古い小屋は消える時にその壁の外側に関しては影響を与えていなかった。
以上の理由により、うかつな場所に隠すよりは小屋の壁のすぐ外の方が安全だと判断した。
さて、隠すといっても小屋の外に物陰等あるわけも無い。
勿論、小屋があるうちは小屋自体が遮蔽物になってくれるだろう。
しかし、ここでの常識は小屋というものは一瞬で消えてしまう物なので、物陰としてあてには出来ない。
じゃあどこへ? といえば、地面に穴を掘って埋めるくらいしか思いつかなかった。
小屋の外に出た俺は服を埋めるため、まず草の生えている地面に対し、相棒をスコップ代わりに使ってコの字に切れ目を入れた。
そこへ手を突っ込み形を崩さないように気を使いながら地面をドアを開くように草の根っこごとめくる。
手に付いた土を払い落とした後、めくられて露出した四角いくぼみに周囲の草をちぎって放り込み、これから埋める服が土とくっつかないようクッションを作る。
準備が出来たところで服をそっと置き、その上に先ほどと同じように草を敷き詰めて、開いた地面を丁寧に戻した。
周囲と比べると少し草が盛り上がってしまったが、あらかじめそこに何かがあると知っている俺が、注意して見ないとわからない程度の違和感なので問題ないだろう。
草を隠すなら草の中、ではなく草で作った服を隠すなら土の中って訳だ。
そこまで終わらせると、また手に付いた土を落とし急いで小屋に戻る。
入り口の板は外した状態のままにして小屋の外へ顔を向け、口に草をくわえて寝転んだ。
相棒はすぐつかめる位置、小屋の入り口脇に寝かせた状態で置いてある。
そして、小屋から流れ出る空気が臭いので手は口の前だ。
そういえば、昨日起こされる時にぶっ掛けられた水以降、俺は飲み水を貰っていない。
水が飲みたい。
噛み潰した草を口の中でひたすら噛んでいると唾液が出てくるのでそれで喉の渇きをごまかしながら時間をつぶした。
暫く待っていたらようやく兵士達の鉄靴の足音が聞こえてくる。
近づいてきた兵士達の様子を薄目を開けて観察すると、今度はいつもの餌係(?)の二人組みで片方の兵士が生肉の入った容器を右手にぶら下げて左手を容器に突っ込んでいるところだった。
心のどこかで今回もまた指揮官が来たら俺はどうなるのか、と不安を感じていたので二人の姿を確認できた事でようやく安心できた。
手ぶらの兵士はいつものように小屋に……入ろうとして匂いが気に食わないのか手で顔を覆って回れ右しやがった。
生肉を投げようとした兵士も匂いに気づいたのか投げる動作を中断し、向きを変えた兵士と二人揃って小屋から少し離れ、その場で何事か話し合っている。
まあ、小屋の中が臭い事に文句でも言っているんだろうと思う。
でも、昨日も臭かったんだし当然了解済みだよな?
俺は、流石に昨日と同じことを繰り返したりはしないだろう。と、根拠の無い予想をし、早く水をよこせと心の中で騒いで見る。
昨日のパターンだとここで引き返し……やがった。
おいおいおい、お前らは学習能力が無いのか?
昨日だって小屋は臭かっただろうが!
事前に匂い対策をするなり、先に小屋の中の全員を水洗いして小屋を作り直すなりするのが当たり前じゃないのか?
なんで餌を持ってきて、小屋が臭いからって引き返すんだよ!
あほなのかお前らは!
心の中で罵倒している間に兵士達はどんどん遠ざかっていく。
あかん、こいつら役に立たねー。
首輪は兵士に対する「感情」までは罰する事は無いようだ。
昨日みたいに兵士を害する行動に繋がる意思の場合は容赦なく苦痛を与えてくるが、今回のように単純に罵倒するのは可能みたいだ。
別にそんな事を知りたかったわけではないが、又一つ首輪に関して情報が増えた。
もしかすると、餌を運んでくる兵士は毎回同じ二人組みではなく、当番制か何かでローテーションを組んでいるのかもしれない。
その所為で前任者からの情報共有が出来ていないのだろう。
いや、まてまて。
俺達がこの場所で初めて捕まった集団だというならその可能性もあるが、今までも同様のルーチンワークを繰り返してきたのならこうなる事を知らないはずは無いよな?
だって、この近くには無人の小屋が何個も残っていたし、そこには過去に誰かが居た形跡もあった。
なんだ? たまたま今回、新人の兵士達が俺達の面倒を見ていて全員が情報を持っていないまっさらな状態だったとかなのか?
それでも、普通先任からレクチャーくらいあるだろう。
どういうことだ?
もしかすると、今みたいに餌と水を与えて生かしているというのは兵士達にとって未経験な出来事なのか?
いや、でも、古い小屋にも水瓶は有ったよな?
なんだこりゃ?
また疑問が増えた。
誤字脱字、文法表現での間違い等ありましたらお知らせいただけるとありがたいです。




