第十九話
一人だけ小屋から連れ出された俺は、先導する2人の後を嫌々付いていった。
並び順は指揮官(?)、兵士、俺の順だ。
もう俺の中で指揮官(?)は指揮官で固定されてしまったのでこれからは(?)は付けずに指揮官と呼ぼう。
前の二人はたまに何かを話しているが俺には当然理解できない。
気になるのは、指揮官が何回も俺を指差す事だ。
俺を指差すな。
服を着ている相手から、着ていない自分を指差されると物凄い劣等感? 何だろう、この気持ち、言葉にしづらいマイナスの感情がわいてくる。
言葉は通じないのに馬鹿にされている気がして仕方が無い。
さっきから不安でひざに力が入らず、足元の地面が揺れているような気がする。
なのに命令に従っている所為で気持ちいい。
ここ最近は多幸感をブロックして過ごしてきたが、今みたいな精神的に不安定な状態だと考えがまとまらず、うまくブロックできない。
兵士に触れるというイメージを維持するだけなので簡単に出来そうなものだが、指揮官がそばにいるという強いストレスが俺の心を乱す。
矛盾が酷すぎて吐きそうになった。
そのまま暫く歩いてたどり着いたのは、最初にここへ来た時目覚めた建物。
昨日見つけられなかった入り口は、指揮官が近づくと壁の一部が四角く切り取られたように無くなる形で現れた。
壁にあいた穴を指揮官、兵士、俺の順番で通る。
開く前は単なる壁にしか見えなかった。
こんな隠蔽の仕方をされたのでは昨日いくら探しても入り口が見つからないわけだ。
仕組みとしては自動ドアと似たようなものなんだろうが、俺に開ける方法が無いので折角開く場所が見つかったのに、これではお手上げだ。
入り口をくぐる時、死刑囚が死刑台に上がる時はこんな気持ちなのかな? と思った。
内部を観察する絶好の機会だったのかもしれないが、緊張と不安と多幸感でわけがわからない。
とてもじゃないが観察する精神的な余裕は無かった。
暫く建物の中を進むと初日にドブネズミと戦わさせられた部屋と同じような扉の前で「待て」と命令され、俺をその場に残して指揮官と兵士は連れ立って何処かへ行ってしまった。
俺はてっきり昨日からの自由行動がばれていて、その件で体罰でも待っているのかと思っていたのだが、なんだか様子が違う。
そういえば、今頃気づいたが建物の中にはちゃんと扉に見える出入り口があるんだな。
外壁と違って内部のドアの位置は肉眼で見てわかるようにしていないと不便だということなのかな?
まだ油断は出来ないが、これは別件で呼ばれたってことだろうか?
だとすると何の用だろう?
もしかすると、毎朝何故か一人ずつ小屋の人数が減るのは、ここに連れて来られてその後別のところへと送られているのだろうか?
そんな事を考えていたらドアが開き、中の様子が見えた。
「前に進め」の命令が来たので取り合えず逆らわず前進して部屋に入る。
部屋の中は、なんと言うか……緊張していたのが馬鹿らしくなった。
猿に知能テストをする実験を知っているだろうか?
天井からぶら下がったフックに引っ掛けられた、そのままだと手が届かない餌と、床に散らばったいろいろな形のブロック。
俺の知っている物は餌がバナナだったが、これはその部分が切り取られた生肉に置き換えられている。
それ以外は一緒だといっていいくらいにそっくりだ。
そして、この部屋もネズミの時と同じように二階席があるようで、そこから指揮官と兵士がこちらを眺めている。
……馬鹿にしてるのか?
!
いや、待て。
もしかするとここ数日の俺の行動を見て獣扱いが不適切と判断された結果がこの実験なんじゃないか?
もしそうなら、ここはいいところを見せないと駄目だろう。
後ろで扉が閉じると「与える」の命令が来た。
一寸だけやる気になっていた俺は、命令が来ると同時に頭の中でシミュレートしておいた解答に従ってブロックを組み立てる。
組み立て終わった俺は速攻で餌(生肉なのは勘弁して欲しい)をフックから掴み取った。
しかしこの生肉、妙に気持ち悪い形してるな。
まるで人間の肘から手首の間を切り取ったかのように見える。
多分、牛か豚なんだろうが、こんな形の部位が有ったっけ?
これ豚の前足か?
こんなだっけ?
自分の腕と比較するとその類似性にますます薄気味悪くなった。
鳥肌が立つ。
出来れば持って居たく無いが捨てると怒られるんだろうか?
手に持った気味の悪い生肉を眺めていたら、いつの間にか部屋の扉が開いており、指揮官と兵士が入ってきていた。
兵士は何度も俺を指差し、指揮官にアピール(?)している。
人を指差すもんじゃないって教えてもらわなかったのか? 不愉快な。
指揮官の方も頷いていて満足げだ。
俺は……これで少しは扱いがよくなるんだろうか?
ほんの少しの期待感と、手に持った生肉に俺の体温が移ってだんだん生暖かくなる言いようの無い気持ち悪さと、命令を達成した多幸感で吐きそうになりながら次の展開を待つ。
場所を移動するようだ「付いて来い」の命令が来た。
そういえば、肉に関しては最初に「与える」の命令がされていたな。
前のドブネズミは他人に与える事が出来た。
という事はこの部屋においていく事も出来るだろう。
ためしに部屋の床に置いても首輪は何の苦痛も与えてこない。
俺はこの肉を持っておきたく無かったので部屋においていく事にした。
……
途中兵士だけ別れて何処か別の場所へと向かった。
俺は指揮官につき従う形で通路を進む。
次にやってきた部屋は、ある意味懐かしい場所だった。
記憶に間違いが無ければ、俺が最初に目覚めた部屋だ。
あれからまだ数日しか経っていないが、まるでここで目覚めたのが大昔のように感じる。
あまりに異常な状況が連続した所為で、それまでの変化の無い日常と比較して密度が高すぎた所為かもしれない。
ああ、帰りたい。
家に帰って風呂に入り、好きな物を料理して食べ、TVでも見ながらくつろぎたい。
いつの間にか目が熱くなり頬を何かが落ちていった。
後ろで響いた鉄靴の足音で、誰かが部屋に入ってきたのがわかった。
慌てて手の甲で涙をぬぐい、振り向く。
さっき別かれた兵士が戻ってきたようだ。
何か色々と道具の入った風呂敷? 布を巻いてその中に道具を入れて運ぶのはなんていうのだろう? 簀巻き? まあ、荷物でいいか。
荷物を持って指揮官と話をしている。
兵士は荷物を降ろすと部屋の丁度中央辺りに、荷物を包んで持ってきた布を広げ広げ……広がりすぎだろおい。
かなり薄い布だったのか物凄く広がった。
縦横10m以上あるだろうか?
広げ終わると重石の代わりなのか四隅に宝石のような物を置いている。
宝石はまるで自身が光を放っているように見える、というか、本当にぼんやりと光ってる?
それが済むと、不思議な事に宝石も、さっきまでそこにあった布も床に吸い込まれたかのように消えてしまった。
もう、このくらいでは俺は驚かないぞ。
いつの間にか指揮官の横に空の壷が出来ていた。
俺達の小屋にある水瓶よりも一回り大きい物だ。
それを兵士が部屋の中央まで運び、それで何かの準備は済んだようだ。
さあ、この後は何が起こるんだ?
……?
なぜか二人がこちらを見ている。
相変わらず二人とも、目元しか見えて無いので何を考えているのかイマイチ把握できない。
何でこっちを見ているんだ?
ただ、なんとなくだが、嫌な予感がする。
ここ数日、嫌な方の予感ばかり、かなりの的中率を誇っている。
そういえば、俺は何の為にここに連れてこられた?
今更ながら疑問が浮かんできた。
これから一体ここで何が起こるんだ?
兵士が持ってきた荷物から袋と輪っかを持ってこちらへ近づいてくる。
というか、今、広げてある荷物を見たらでかい鉈のような刃物があった。
あれは何に使うつもりなんだ?
「付いて来い」と命令が来る。
「い、嫌だ」
久々に出した肉声は恐怖で掠れていた。
命令に逆らった所為で激しい苦痛が俺を襲う。
堪えきれず床に転がった俺を、兵士が足首を掴んで部屋の中央へと引きずっていく。
ザラザラした床を引きずられる痛みと首輪から与えられる痛みのダブルパンチが俺を襲う。
痛みにもだえる俺のすぐ横には空の壷。
苦痛の中、テロリストが見せしめで捕虜を殺す動画が脳裏に浮かぶ。
まさか、まさか、まさか
命令に逆らった反動で動けない俺の頭を兵士が掴んで持ち上げる。
そのまま頭からすっぽりと袋をかぶせられ、袋の口が喉の辺りで締められた。
その状態で腕を動かせないように腕を縛られる。
そして袋の上から何か、多分先ほど見た輪っかを額にはめられた。
!?
俺は……こんなところで!
「死にたくない! いやだ、いやだ、いやだ!!」
恐怖にせかされ真っ暗な袋の中で必死に叫ぶ。
額にはめられた輪っかがだんだん熱を持ち、その熱が恐ろしくて恐ろしくてたまらない。
「誰かー! 誰か、助けてくれっ!」
恥も外聞も無く叫んだが誰も助けになんて現れてくれなかった。
誤字脱字、文法表現での間違い等ありましたらお知らせいただけるとありがたいです。




