第十七話
鉄靴の足音が聞こえたら隠れる、という誰かが見ていたとすれば、見るからに怪しい行動をとりながら、兵士に会わないように歩き始めて体感1時間程度、どうにか誰にも見咎められずに、この場所の大体の見取り図が描ける程度の把握ができた。
隠れて動き回るというのは普通に歩くよりも精神的なストレスの所為か疲れるようだ。
休憩がてら、頭の中を整理するためにも一旦わかった事を地面に箇条書きにして、それに対する俺の感想を括弧つきで書いてみよう。
ここでは相談出来る相手がいないのでこういった方法くらいでしか情報の客観視をする手段が無い。
折角ここまでうまく見つからずやってきたのに、独り言をぶつぶつつぶやいてその所為で兵士に見つかるわけにも行かないしな。
落っこちている石ころから先の尖っている物を選び、それを使って地面に文字を書き始める。
まず、ここは台形の形に周囲を柵で囲まれた土地である。
(周囲の柵が高い割りに内側の土地の面積が狭いので角度的に柵の外の様子がさっぱりわからない)
台形の底辺を下と仮定した場合、右に出入り口が1つ、底辺部分に1つ、上辺に1つの合計3つの出入り口が存在する。
出入り口はどれも辺の真ん中辺りに作られていて、その全てが釣り上げ式の扉になっている。
右の出入り口と底辺の出入り口はどちらも縦4m横10m程、上辺の出入り口は縦4m横2m程。
(用途が違う? 少なくとも通過させる物の想定最大サイズが違う)
俺が想像していたほどここに兵士は常駐していないようだ。
(ここは砦ではない?)
俺達が押し込められている小屋は台形底辺右側の端に有り、同様の小屋が100m程間隔をあけて、全部で5つ用意されている。
(残り4つの小屋にはもしかすると日本人が居る可能性がある?)
小屋の入り口はどれも立てかけられた板でふさがれているので外から内部の様子は不明。
(後ほどこっそり確認しておきたい)
5つのボロ小屋は台形の底辺に沿うように並べられ、間の空間は野原のように雑草で覆われている。
(小屋を一瞬で作ったり消したり出来るということは、もしかすると俺達に小屋内で糞便をさせているのは肥料のつもりか?)
ここ数日ネズミの相手をさせられていた場所は台形上辺の真ん中にある出入り口である。
(見張りが居ない代わりに閉まっていた。通常時は閉運用? 開いていたら廃材置き場を漁りたかったのだが残念だ)
警備状況に関して、常時兵士が張り付いているのは台形右側の出入り口のみ。現在は2名付いていた。
(もし、外への通路があるとすれば多分ここだろう。地面には轍の跡に見えるものも残っていたので頻繁に車輪の付いた物の出入りも行われていると想像できる)
俺達が最初に目覚めたのが台形右上の一際大きい建物で、これ以外にも用途不明の建物が大小6個建っている。
(この数に俺達が割り当てられているようなボロ小屋は含めていない)
それぞれの建物の外周を一周したが窓どころか入り口すら存在しなかった。
(自分が出てくる時は兵士の後を付いて出たので気にしていなかったが、もしかすると継ぎ目がわからないような自動ドアが何処かに隠されているのかもしれない)
台形底辺の出入り口は常時開放されていて、その向こうにも建物が見える。
(そちらには兵士が沢山存在していたので調査できなかった)
ひとまず、以上の様な結果になった。
まとめると、手がかりが増えたような、そうでも無いような微妙な結果になった。
地面に書いた情報と、それに対する感想を元に再度、情報の取りこぼしが無いか考えてみよう。
無意識に手に持った石ころを回転させながら考えをまとめる。
少なくとも、建物への侵入は現状不可能。
唯一出口と思われる扉には警備の兵が常駐している。
開放されている扉の向こうは兵士でいっぱい。
駄目だこりゃ。
希望を持てる要素が無い。
もしかすると、俺が今自由に歩けているのも兵士達にとっては大した問題ではないのかもしれない。
正直、扉を守っている警備兵を俺が実力でどうこうできるとも思えないので手の打ちようが無い。
それに、首輪のこともあるので実力行使にしたって現実的では無い。
首輪のロジックをだます為に不可抗力を演出するなら、狙わずに後ろ向きに投げた石がたまたま兵士2名を意識不明にするような箇所に当たる、そんな奇跡みたいな確率を引き当てないと無理だろう。
そんな都合よく物事が運ぶほどツイているなら、そもそも俺はこんなところに来ていない筈だ。
もし、仮に一時的にでも警備の兵を何処かへ動かすことが出来たとしても、釣り上げ式の扉の動力がどこなのかもわからないし、誰かに合図をしてあけてもらうような仕組みならその時点で俺が開けてもらえるはずも無い。
何かの荷物の運搬にまぎれて通り抜ける手も、建物が完璧に進入不可能な時点で荷物に隠れるという手自体が不可能だ。
何これどんな無理ゲー?
もうこれは段ボール箱をかぶれば誰にも見つからないような特殊能力でもなければ脱出不可能だろう……。
仕方が無い、取り合えず日本語がわかるお仲間が捕まっていないかだけでも調べてみるか。
そう思って俺たちの小屋と見た感じ同じボロ小屋を一軒ずつ廻ってみた。
結果、残念ながら残りの小屋は無人だった。
つい最近まで誰かがそこに居た形跡はある。
というのも、最後に補充されたであろう水瓶の縁や中の水が汚れていたり、床に何かの汚物の跡があったりしたからだ。
床に這い蹲って調べれば髪の毛や抜け毛くらいなら見つけることが出来たかもしれないが、自分達の小屋の状況を考えればここに這い蹲るようなまねはしたくない。
それに、思い返してみれば初日に小屋の壁の隙間から外を観察したとき、兵士が裸の人間を連れ歩いていた。
あの後、俺達の小屋に帰ってきた奴は居ないので、もしかするとそいつらが住んでいたのかもしれない。
多分ここに押し込められていた者達も扱いは俺達と変わらなかったんだろう。
私物を持たず、与えられる食事と水だけで命を繋いでいたとすれば生きた証は精々汚物くらいしか残らないだろうし。
ここにどんな人達が居たのかは不明だが、手がかりが少なすぎるので感傷に浸ることも出来ない。
しかし、仮にだ、誰かがここに居たとして、なぜ今居ないのだろう?
何処かに引っ越した?
俺と同じ立場だったなら自分の意思でそんな事は出来なかっただろうから、兵士の都合で何処かへ送られた?
俺達が連日行わさせられている戦闘訓練(?)を終了すると同じようにそこへと送られるのだろうか?
又、わからない事が増えた。
一つわかった事といえば、俺達もそう遠く無い将来ここを出て何処かへ送られることになるのだろうという事くらいだ。
そんなことを考えていたら便意を催してきた。
丁度外は草原のようになっているので、そこに机の脚を使って一寸した穴を掘り、後始末用に大き目の葉っぱを何枚か集めて軽く揉んで柔らかくしてからおなかの中の固形物を穴に向かって開放させてもらった。
机の脚万能すぎる。武器であり、穴掘り道具であり、疲れれば杖としても使える。
頼れる相棒……棒だけに!
これで後は話し相手になってくれれば完璧なんだがなぁ……。
くだらないことを考えながら用を足す。
はぁ~。すっきり。
まあ、水をぶっ掛けて起こされた上、今の今まで裸のまま外をうろうろしていたし、お腹がゆるくなるくらい仕方が無いだろう。
しかし、ここに生えている草はどれも真っ黒で一寸見た目がよろしくない。
なんだか、これで拭くと尻が黒くなりそうな気がしてしまうんだよな。
まあ、尻を拭くのに緑の葉っぱが適切かと聞かれればそれも疑問ではあるが。
はぁー。真っ白くてやわらかいトイレットペーパーが欲しい。
俺はダブル派なので尚更トイレットペーパーが恋しい。
葉っぱを二枚重ねてもそれはダブルとは言わないんだよ!
近くの小屋に入り、水瓶の上澄みを使って手を洗う。
手を洗わない所為で大腸菌で食中毒にはなりたくないが、この水も似たり寄ったりな気が……大丈夫なのか?
拭く物は無いので高速で手を振り水を飛ばし、風で手を乾かす。自然乾燥って奴だな。
乾かすために手を振っていて気が付いた。
そういえば、最近指先や体の一部がたまに勝手にぴくぴくと動く。
ここに来てからストレスが半端無いので自律神経失調症になりかかっているのかもしれない。
意外と俺も繊細だったということか……。
ひとまず今回の探検はここまでで打ち切ろうと思う。
事後の穴をせっせと埋め戻しながらこの後何をするか考えた。
よしっ!
残った時間を使って普段行けない(これまで通ってない)場所に生えている草を優先的に集めて廻ろう。
多分、集めているうちに日が沈んでくるので、この後は時間との勝負だ。
やっぱり服が欲しいので、なるべく多くの竹糖もどきを探したい。
甘い物が食べたいという気持ちも勿論否定はしない。
さーて、もうひと頑張りしますか。
誤字脱字、文法表現での間違い等ありましたらお知らせいただけるとありがたいです。




