第十六話
昨日と同じ調子で解散してしまったので、俺は昨日と同じようにこれから草を集める……わけじゃない。
命令を出された時にひとつ気が付いた可能性があったのでそれを試してみることにした。
ん?
何の事かって?
すぐわかる。
他の奴らはまっすぐ新しい小屋があるほうに向かって歩いていった。
欺瞞行動としてそれに暫く付いていく形で歩いていた俺は、背後から兵士たちの足音が聞こえなくなった時点で立ち止まる。
……。
特に何をするわけでもなく、その場でただぼーっとして時間が過ぎるのを待つ。
ぐうぅぅ。
腹が鳴って空腹を思い出したので、近くの草を適当にちぎって口に運びもぐもぐする。
俺は自分が草食獣になったような気がしてきた。
それにしても、このおかしな視界と体の反応の悪さにもだいぶ慣れてきたな。
最初は少し離れた所から見ているような視界と、思い通り動かない体に随分不自由を感じていたが、人間は順応する生き物だって言うのは本当だった。
今ではそれがもう当たり前の様に感じている。
今までの人生がFPS――一人称視点、ゲームセンターにある銃を使うやつ――だったなら、今はTPS――段ボール使いで有名な蛇さんが出てくるようなやつ――に近い感覚だ。
まあ、人生をゲームに例えるのもどうかと思うが、他に適当な例えが思い浮かばないんだから仕方がない。
ゲームといえば、兵士達が使う魔法みたいなものがあるってことは、ここは分類するならRPG的な世界なんだろうか?
でも、俺にはLvも無ければスキルも無い。
……ないよな?
もし目の前の表示を無理にゲームに当てはめるならRPGより格ゲーかSTGか?
あれ?
もしかしてMENUとか言えばメニュー画面が表示されたりするのか?
一寸、一寸だけ試して……みるか?
誰も……見て……ないよな?
「MENU」
誰にも聞こえないようになるべく声をおさえて呟いたんだが
だーーっ!
恥ずかしい!
メニューだってよ!
言っちゃったよ。この人!
……まあ、俺なんだが。
ふう、まあ、当たり前だがメニュー画面は開かなかった。
いや、違うぞ?
こんな事を試したかったわけじゃない。
ほんの一寸だけ自分にも魔法が使えたら良いなって思っただけなんだ。
自分の取った行動に恥ずかしくなって誰もいないのに少しの間、一生懸命自分に言い訳をしていた。
暫くすると俺の前を歩いていたお仲間達も建物の向こうになって見えなくなる。
水をぶっ掛けられて小屋から飛び出した俺は、その後、元小屋のあった場所でぐだぐだやっていた所為で新しい小屋には入っていない。
古い小屋がなくなった時点で俺の「戻る」場所は無くなった。
さっき「戻れ」と命令を出された時にふと思ったんだが、今、俺はどこに戻ればいいんだ?
こんな事を考えてしまうという事は逆に考えれば、もしかすると新しい小屋は俺の戻るところになっていない可能性がある。
つまり、一時的にだが俺は戻る場所を失った事で行動の自由を手に入れた可能性があるわけだ。
実際、暫く同じ場所に立ち止まっていても首輪が苦痛を送ってこない!
昨日は草を集めるにしても暫く同じ場所にとどまっているだけで首輪が苦痛を与えてくるので、少しずつ小屋へと向かう必要があったのに、だ。
これは、つまり俺は(もしくは俺に付けられた首輪は)あの新しい小屋が自分の戻る場所だと認識していないという事じゃないか?
命令に従う多幸感も無いのに、思わず顔がにやけてしまった。
嬉しさで胸が高鳴る。
こんな時、相談が出来る仲間が一人でも居れば、お互いの条件の違いを照らし合わせて首輪のメカニズムを少しでも解明できるんだが、今それを言っても仕方が無い。
多分、新しい小屋が出来た時、向こうにいた奴らには新しい小屋が自分たちの戻る場所だと教える何らかの処置がされたのだろう。
しかし、たまたまあの場に居なかった俺はどうやらその処置を免れたってことじゃないかな?
失った皿と塩は惜しかったが、その代わりに思わぬ僥倖を得られた。
数日間だったが、俺達に接してきた兵士の態度から奴らはこちらを完全に見下しているのがわかったし、命令には絶対に逆らわれない自信を持っていることも理解した。
まあ、こんなとんでもない首輪を埋め込んだ上で思考を含めて一切の自由を奪っているんだからそういった態度をとりたくなる気持ちもわからないでも無い。
だが、その傲慢さが油断となって今の状況を作ってくれた。
今後の為にも精一杯この機会を利用させてもらおう。
いきなりここから逃げるのも選択肢としては有りなんだが、わからない事が多すぎるし、どうやったら逃げられるのかもよくわからない。
もしかすると、この首輪が何かからの距離を測っていてそれを超えると自動的に苦痛を与えるとか、レンタルビデオの裏に貼ってある万引き防止タグのように、この砦を出た瞬間警報音が鳴ったり、それでなくとも砦を出た瞬間自動的にいきなり気絶させられたりしては目も当てられない。
俺がこの首輪を運用する側の人間ならそのくらいのセキュリティは間違いなくつける。
それに、この場所が何処かもわからないので、極端な話、逃げ出してみたら外が全て砂漠だったり、廻り中が海だったとしてもおかしくは無いんだ。事前の準備はして置いて損は無いだろう。
もし、今の俺の状況が例の行方不明事件と同じ物だと仮定するなら、帰還者が一人も居ない時点で脱出の難しさは大変な物に違いない。
行き当たりばったりで動いて折角のチャンスを無駄にしたくは無い。
まずは、今、自由に動ける間にやっておきたい事を列挙してその中から優先順位をつけて、高い順、もしくは簡単な順にこなしていこう。
そう思い、地面に文字を書こうと思ったが、机の脚では太すぎたので、一旦机の脚は地面に置き、そこらに落っこちている石の中で先の尖っている物を選び、しゃがんで地面に書いていく。
文字を書きながら、たまに近くに生えている草をちぎって口に運ぶ。
1.外部との連絡手段の発見。
2.会話可能なお仲間が何処かにとらわれていないかの捜索。
3.常駐している兵士の人数の把握。
4.この場所の出入り口の場所とその警備状態の把握。
5.出入りしている車があるようならその配置と出入り口を通る際のチェック体制の確認。
6.燃料庫、貯水池、食料庫があるようならその位置の把握。
7.建物ごとの役割の把握。
8.高くて辺りを見渡せる場所があるならそこに登り、周囲の把握。
9.衣類の調達。
10.鍋や皿などの道具類の調達。
11.首輪の無効化の手段の調査。
うーん、取り合えず、とっさに思いつくのはこれくらいか。
後はどういう順番でやるか、それが問題だな。
まずは、この砦(?)の全体像が把握したいので目立たないように一周するところからはじめようか。
これで、巧く行けば一気に全部達成できる可能性もある。
ただ、首輪の無効化に関しては、正直期待していない。
というのも、専門の知識の無い俺が言葉の通じないここで何かを知ろうと思っても、多分文字も理解できないだろう。
仮に文字が理解できたとしても、この首輪が魔法の産物だった場合完全にお手上げだしな。
魔法という仮定が外れていてオーバーテクノロジーの産物だったとしても一般人の俺に出来る事はなさそうだ。
兵士達が進んで自分から俺の首輪を外してくれるような状況か、首輪の機能自体が無効化されてしまうような特殊な状況でも起きない限り解決しそうに無い。
まあ、どれもほとんど無い可能性だけど、期待するだけならただなので期待だけはしておこう。
一周した結果、達成できなかった項目に関しては見て回って得た情報を元に達成難易度を評価して低い物から試してみるか。
それに、途中で脱出に使える予想外に良い物を見つける可能性もある。
さて、考える事にあまり時間を割きすぎて実際の行動が取れなかった。なんて馬鹿な真似だけはしたくないのでそろそろ動こうか。
下手の考え休むに似たり、兵は巧遅よりも拙速を尊ぶ。ともいうしな。
わからないなりにもまずは動かなければ始まらないだろう。
時間が無限にあるわけでも無いし、明日の朝、小屋に俺が居ない事がばれるのも厄介なので、ひとまず日が沈むまでをタイムリミットに頑張ってみよう。
これがスパイ映画とかだと夜中に活動するところだろうが、現実には装備も無い素人が夜中調べて回るのは無茶を通り越して無謀だろう。
暗視能力も無い俺は、明るいうちに自分に出来る範囲で調べる位が丁度良い。
そして日が沈む前には食料を確保して小屋に戻ろう。
方針も決まったので机の脚を逆手で右手に持ち俺は立ち上がった。
地面に書いた11項目を忘れない為に、さっき拾ったまま持っていた先の尖った石で簡単に机の脚へと転記しておく。
TEL、仲間、兵数、警備、出入、庫、建物、高所、衣類、鍋、首輪
俺が見てわかればいいだけなので、これで十分だ。
さあ、探検をはじめよう。
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